15.魔導士からの贈り物
「ラ、ライカ!?」
真っ赤なスポーツカー。黒髪に知的な眼鏡。窓を開け、こちらを微笑みながら見つめるライカに私の体が固まる。
「先生、何かお困りですか??」
「なんでお前がここに居るんだ……」
ここは離れ小島。偶然で出会える場所ではない。
「ああ、先生の匂いが漂ってきたので、車ごと来ちゃいました」
(な、何を言ってるんだ……)
もう言動が想像の斜め上を行く相手。ストーカーと言う生易しい言葉では表せない。
「せ、先輩。この人って、まさか……」
私の後ろでやり取りを見ていた万里子が、ライカの顔を見て驚く。
「藤堂ライカよ。よろしく」
そう言って窓から万里子に手を出し握手を求める。万里子は緊張しながらその手を握り挨拶する。
「さ、早乙女万里子です。よろしくお願いします……」
そして私に尋ねる。
「せ、先輩。どうしてノーバル賞の藤堂先生と、お知り合いなんですか……」
当然だろう。ライカは今世間で話題の美人天才科学者。それが一介の高校生の私に声をかけるのだから。それにはライカが答えてくれた。
「ええっとね。彼には以前私の研究を手伝ってもらったことがあって、そこで、まあ詳しくは言えないんだけど凄い発見をしてくれてね。だから知り合いだし、愛情を込めて先生って呼んでるわけ」
全て噓ではない。前世で私は彼女の研究の手伝いをしていたのは事実だし、いくつかの発見もした。だがこの世界でその設定はやや無理がある気がする。
「す、すごいです!! 先輩」
と言うのは杞憂だったようだ。万里子はすっかりライカの言葉を信じてしまっている。私が話題を変えるように言う。
「ええっと、ちょっと船に乗り遅れてしまってね。困っているんだ」
私はライカに船のことや宿泊施設で断られてしまったことを説明した。黙って聞いていたライカが私と万里子に言う。
「じゃあ、三人で一緒に泊まりましょうか。私が責任者でね」
そこから話は驚くほどスムーズにいった。
スポーツカーに乗った私と万里子を、ライカは島一番の高級旅館へと連れて行く。高そうで訪問すらしていなかった旅館。ライカは私達を『研究の助手』として紹介し、彼女が責任者として宿泊することになった。旅館の従業員たちは突然現れた『美人天才科学者』に驚き、記念撮影やサインなどを争うようにもらっていた。
「す、すごい。お料理……」
夕食に出て来たのは最高級の和食コース料理。大きな伊勢えびが丸ごと使われた豪華な内容。躊躇いながらも空腹だった万里子は、あっと言う間にきれいに平らげてしまった。
ちなみにライカが私の隙を見て、使いかけの私の箸を自分のものとすり替え、隠れてべろべろ舐めていたことには気持ち悪かったが目をつぶることにした。
「よかったら散歩に行かないか?」
私は食事を終えた二人にそう声をかけた。旅館の女将が『この島は星が綺麗なんですよ』と言っていたのを思い出し、ぜひ『可愛いものが好き』と言う万里子に見せてあげたくなったのだ。
「はい、行きます!!」
「いいですね。ぜひ喜んで」
ふたりはそう言うと私と共に旅館の敷地内にある高台へと向かった。
「ちょ、ちょっと待って~」
敷地内にある高台。意外と長く続く階段に、日頃運動不足のライカがすぐに音を上げた。私の隣を歩いていた万里子が微笑みながら言う。
「先輩、すごいですね」
「なにが?」
私は本当にその言葉の意味が分からなかった。万里子が言う。
「えー、だって何でも知ってるし、喧嘩が強かったり、あんな凄い人とお知り合いだったなんて。ほんと驚いちゃいました」
(まあ、確かにそうだよな……)
強さに関してはまだ私に気を遣っているところはあるのだろうが、高校生でノーバル受賞者と知り合いと言うのは確かに普通ではない。
「先輩の色々なこと知れて、嬉しいです」
何気ない一言。ただそれは私の心に深く響いた。
(万里子も、彼女も私のことを知ろうとしてくれていたんだ……)
今回は『私が』彼女を知るために誘ったようなもの。すべては自分目線で考えていた。ただ万里子からしてみれば、逆に私を知るためのお出かけだったのかもしれない。
(お互い知ることはできた。そこで問う。彼女は『マリ』なのか……?)
最も重要な点。それが私がこの世界にやって来た理由。早乙女万里子が私の愛する『マリ』なのかどうか。
「や、やっと追いついた……」
そんな私の思考をかき消すようにライカが追い付く。私は苦笑し、二人に言う。
「さあ、頂上までもう少し。頑張ろう」
「はい!」
「は、はい……」
私は二人に笑顔でそれに応え、残りの階段を上り始める。
「つ、着いた……」
最後、ライカは万里子に手を引かれながら這う這うの体で頂にたどり着いた。万里子が高台からの景色を見て声を上げる。
「綺麗ですね!!」
「あ、ああ……」
確かに高台からの景色は悪くなかった。夜の海。真っ暗なその景色に島のわずかな明かりと、対岸の本土の光が帯状になって見える。悪くはない。ただお目当ての星空がそこにはなかった。
「曇っちゃってるな……」
夕方からわき出した雲。夜になってそれは空一面を覆うように広がっていた。ライカが汗だくになって言う。
「せ、先生。私はちょっと休んできます……」
彼女はそう言うと近くにあるベンチへと移動し腰掛ける。替わるように万里子が言う。
「私は全然平気ですから。先輩と一緒に来れただけで嬉しいです!」
前向きである。万里子はいつだって前向きだ。少し寂しそうな表情をする彼女を見て、私は決意した。
(上手くできるかどうか分からない。ただ彼女の為、全力を出す!!)
私は万里子の隣に立ちながら夜の闇に紛れ、気付かれないよう魔力を集中。すっと右手を上げる。
(風よ、起きよ!! 天を揺さぶれ!! オーバーストーム!!!!)
無詠唱魔法。私が最も得意とする攻撃魔法を応用した広域風魔法。威力を極限まで落とし、対象範囲を広域に設定して雲を風で吹き払う。使ったことはない。だがやれる。私はそう思っていた。
(……何も、起きない)
これが現実であった。
魔法の理が違うこの世界。私の魔法も思うように発動しない。自身の頭上の雲ひとつ掃えない現状に、私は落胆し、項垂れる。
(最強魔導士の名が聞いて呆れる。もう私には……)
「わあ、先輩。見てください!!」
そんな私に万里子が声高に言う。顔を上げる私。そこには驚きの光景が広がっていた。
「星空……」
奇跡か偶然か。私達の頭上を覆っていた雲が徐々に薄れていき、その合間から満天の星空が顔を出した。沖にある小島。光源が少なくより星を見ることができる。
「先輩、すごく綺麗ですね。感動です!!」
「うん。そうだね」
私もしばし、その思いがけない星空を眺めていた。魔法が効いたのか。それは分からない。だが間違いなく、その美しい景色を私達に見せてくれた。
やがて星空は再び湧き出した雲によって見えなくなった。万里子が感慨深そうに私に言う。
「私、ずっと家ばかりに居て、こんな綺麗な星空見たの初めてなんです」
風に吹かれ、ボブカットの髪を押さえながらそう話す万里子の横顔を見つめる。その顔が私に向けられ、笑顔になって言う。
「先輩、本当にありがとうございます。私、幸せです」
「うん、良かった」
心からそう思った。万里子が喜んでくれる。それがいま私にとって一番の幸せであった。
「先輩、藤堂先生、ありがとうございました!!」
翌日、旅館を出た私達は定期船で本土へ戻り、ライカの運転する車で家まで送ってもらった。そう笑顔で言って小さく手を振って帰っていく万里子を見つめながら私が思う。
(早乙女万里子。彼女が『マリ』なのだろうか……)
未だ答えは出ない。私を翻弄する五人の『マリ』。もっともっと彼女らを知り、考察し、検証しなければならない。運転席で缶コーヒーを飲むライカが私に言う。
「マリさんは、見つかりましたか。先生?」
手渡された缶コーヒーを受け取りながら私が答える。
「まだ、かな。苦労しているよ」
「ずっと分からないんです?」
「分からない。だから苦労しているんだ」
ライカは缶コーヒーを開け、一口飲んでから言う。
「もしかしたら、先生の知っている『マリさん』とは異なっているのかもしれませんね」
私は頷いた。ただ私の解釈した意味と、彼女の思った意味が違うことに後に気付くこととなる。
ただやるべきことは変わらない。残りの三人の『マリ』。彼女らとの距離を縮めもっと知ること。私は黙って缶コーヒーを口にした。




