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11.早乙女万里子は恥ずかしい。

「マリナ、良ければ夕方私と……」


「ふん! 知らない!! (好きっ!!)」


 授業が終わると、私は毎日のように百瀬マリナに声をかけるのだが、やはりこのように邪険にされてしまう。ツンデレ族とオタク族。改めてその種族の溝の深さにため息が出る。



「こればかりは仕方ないな。まあ彼女が元気になってくれただけいい。さて、部活に行くか」


 私が望むのはマリナが生きていてくれること。そして彼女が『マリ』であるならば是が非でも彼女と一緒になりたい。至極単純なことだ。

 私は彼女が教室を出るのを見てから、ここ数日訪れていなかった読書部の部室へと向かった。



 ガタガラガラ……


 部室のドアを開けると、中央の机で本を読んでいた後輩の早乙女さおとめ万里子まりこが頭を上げてこちらを見つめる。黒のボブカットに眼鏡。大人しそうな彼女は一見『マリ』とは別人のようだが、雰囲気は間違いなく彼女のもの。私が笑顔で挨拶をする。


「ごきげんよう。万里子」


「ご、ごきげんよう……、先輩……」


 自然な挨拶。まだ彼女のことはよく知らないが、距離を縮めるのにこの自然さは重要だ。顔を引きつらせる彼女に気付かぬまま、私は椅子に座り、手にしている本について尋ねる。



「何を読んでいるのかな。ラノベ?」


「あ、はい。こんなのです……」


 万里子はそう言うと読んでいた本のタイトルを私に見せる。『勇者の〜』。タイトルは長いが、察するに勇者が魔王を倒す伝記のようだ。

 いつの時代の物語だか知らないが、この世界には非常に多くの勇者が存在することを知った。魔王も然り。故に日頃から見解や知識を深めることは非常に重要である。


「研究熱心なんだね」


「え? 研究ですか??」


「ああ、素晴らしいことだ」


「は、はい……」


 万里子が下を向き顔を赤らめる。真面目で研究熱心。学者タイプだろうか。私は思い切ってあの質問を彼女にぶつけてみた。



「ひとつ、聞いてもいいかな?」


「は、はい。何でも……」


 彼女の目が真剣になる。私が尋ねる。



「万里子は、()()なんだ?」


(え?)



 戸惑った。万里子は玄人の質問を聞き一瞬思考が停止した。


(せ、先輩、ここに来てから何だか言動が変だけど、もしかして何かの『設定』を演じているのか、かな……、じゃあ、私も……)


「わ、私は、『家族』です……」


 真面目な万里子の精一杯な返し。だがそれは玄人にとって驚くべき事実となって伝わる。



「火、火族かぞくだって!?」


「はい……」


 私は唖然とした。聞いたこともない種族。きっと火を操ることに長けた種族なのであろう。


(こんな大人しそうな子なのに……)


 私は万里子をまじまじと見る。一見何の変哲もない女子高生。それが煉獄の炎の使い手だとは! 平和な世の中。だが彼女のような種族の陰の活躍によって、この世界が維持されているのかもしれない。



「感服したよ。恐れ入った」


「え? あ、はい。良かったです……」


(そんなに私のベタなギャグが良かったのかな……??)


 万里子はつまらないことを言ったと思っていたのだが、褒められてやや嬉しくなった。私が尋ねる。



「万里子、他に趣味はあるのかな?」


 とにかく知りたい。彼女について色々と。万里子は私の質問を聞くと、人差し指を頬に当てて考え始める。


(おお!! これこそ『マリ』がものを考えるときの仕草。なんて可愛いんだ!!)


 何気ない仕草。だがそれは生前マリが良く行っていたもの。可愛いのだが顔は似ていない万里子。しかしこういう仕草や雰囲気は否が応でも私に『マリ』を感じさせる。



「ええっと、あるんですけど。ちょっと恥ずかしいというか……」


「恥ずかしい? そうなのか。もしよければ私は君をもっと知りたいんだ」


「せ、先輩……」


 耳まで赤くなり俯く万里子。煉獄の炎を操る火族の彼女が恥ずかしい趣味とは一体なんだろうか。私の気持ちも昂る。


「か、可愛いものが好きで……」


 そう恥ずかしそうに答える万里子も随分と可愛い。私は黙って頷きながら彼女の言葉の続きを待つ。



「シーグラス、って知っていますか?」


「シーグラス? いや、分からないな……」


 聞いたことない。海に生息する凶悪な魔物シーサーペントなら知っているが、まあ違うだろう。あんなものが趣味だったら恐ろしい。

 万里子は立ち上がると鞄からプラスチックの小さな箱を取り出し、蓋を開けて私に見せてくれた。



「これです、先輩」


「ほお、綺麗だな」


 その箱の中には様々色をした小さな宝石のような欠片が詰まっていた。緑色や青色、茶色に赤。白色も多い。一瞬この世界の魔石かと思ったが、魔力は感じられない。万里子がそれを見つめながら言う。


「これ、全部瓶とかガラスが割れたものなんです。割れたガラスが砂とかで研磨されてこうなるんですよ」


「へえ、そうなのか。ガラスがこんな綺麗な宝石みたいに」


 私は箱に入った小さなシーグラスを手に取りまじまじと見つめる。万里子は嬉しそうにまた別の小袋を鞄から取り出す。


「先輩! これも見てください」


「え? ああ、可愛いね」


 小袋に入っていたもの。それはシーグラスを使った手作りのイヤリング。光沢のある小さな青色のシーグラスに銀色の金具が付けられている。私はあることに気付き万里子に尋ねる。


「ちょっと聞いていいかな。このシーグラスは随分と光沢があって綺麗だね。こちらのはみんな色がくすんでいる」


 私はプラスチックケースに入ったシーグラスを手にして万里子に見せる。色は綺麗なのだが、砂との研磨で細かな傷がついたせいで全体的に色がくすんでしまっている。対照的にイヤリングのものは光を反射するほど輝いている。万里子が嬉しそうに答える。


「はい。これはですね。レジン液と言うのを塗って、UVライトを当てて固めるとこうなるんです」


「レジン液? UVライト……?」


 私はまた聞いたことのない言葉を耳にし、やや戸惑いの表情を浮かべた。万里子の説明ではそのレジン液を塗って、本当に数秒UVライトを当てるだけでこのような綺麗な光沢となると言う。私が頷きながら言う。



「なるほど。まるで魔法のようだね」


「魔法……、そうですね! はい、そう思います」


 嬉しそうな顔をする万里子。私もそれを見られるだけで嬉しくなる。


「ちなみにこのシーグラスと言うのは高いのか?」


 そう尋ねた私の言葉に、万里子はちょっと驚いた顔をしてから笑って答える。


「いいえ。無料です」


「え? 無料!?」


 私は彼女の顔を見つめた。こんな綺麗な宝石のようなものが無料。驚く私に万里子が説明する。



「海岸に行けばよく拾えます。でも拾える場所ってどんどん減っているんですけど」


「そうか。だからシーグラスか。なるほど」


 合点がいった。だからシーグラス。私はあまり深くものを考えずに万里子に尋ねる。


「万里子もよく拾いに行くの?」


「え、ええ。時々……」



「じゃあ今度、私も一緒に行っていいかな?」


(え?)


 彼女のことを知りたい。もっと色々知りたい。意外な言葉に万里子はやや戸惑いながら答える。


「わ、私となんかで、いいんですか……?」


 私は無意識に机に置かれた彼女の手に自分の手を重ね、優しく答える。



「万里子と行きたいんだ」


「わ、分かりました……、じゃあ、今度の土曜日に……」


 土曜日。私は早乙女万里子との外出の約束を取り付けた。耳まで真っ赤になる万里子。そんな恥ずかしがる彼女に、結局私は最後まで気付けずにいた。

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