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10.最高の魔法

 マリナの病気を知った後、私はすぐに藤堂ライカに電話をした。


『もしもし、クロードだ。聞きたいことがある。会えるか?』


 電話に出たライカが声を弾ませて答える。


『あ、はい! すぐ行きます!!』


 その言葉通りライカは赤いスポーツカーに乗り、十分ほどで病院の前に現れた。




「悪いね、急に」


 天才科学者の彼女。分刻みのスケジュールの合間にやって来てくれたのだろうか。


「いえいえ。先生の為、パンツも履かずに急いでやって来ました! 見ます?」


「見ない。と言うか、パンツは履きなさい」


「てへ」


 運転しながら舌を出すライカ。私は今高校生。ひとつ間違えば犯罪である。



「それでどうしたんですか?」


「ああ。ちょっと聞きたいんだが、突発性細胞死滅症候群って聞いたことあるか?」


 これまでの冗談っぽい顔から急に医者のような顔つきになってライカが答える。



「はい、知っています。難病ですね。治療薬がまだない病気です」


「それだが、前の世界にも似たような病気があったろ? 細胞が死滅する」


「ありました。あちらではすでに治療可能な病気ですが、この世界ではその薬が作れません」


「天才科学者藤堂ライカでも無理なのか?」


 私の質問にライカが頭を掻きながら答える。



「うーん、惜しいところまでは来ているんですが、最後の配合が分からないんです。向こうでは配合は最重要機密で、製薬研究所がすべてその情報を握っていまして……」


「何だお前は知らないのか? その配合を考えたのが誰かって?」


「え? 存じませんが……、まさか?」


 ライカが私の顔を見て驚いた表情となる。


「そう、私だ」


「うそ!? 先生が!?」


「ああ。別の魔法研究の際にちょっと関わっていてね。配合は覚えている。ここで再現できるか?」


「で、できます!! 配合さえ分かればすぐにでも!!」


「そうか、良かった……」


 私は大きく息を吐き安堵の表情を浮かべた。これで助かる。マリナを救える。



「で、お願いがあるんだ」


「何でしょう? 私の下着がご所望ですか?」


「要らん。その……、薬ができたらこの女性に最初に使ってほしい」


 私はメモ用紙に百瀬マリナの名前と彼女の通院している病院名を記載し、ライカに手渡した。運転しながらその紙を見た彼女が答える。



「マリナ……、そう。そうですね、分かりました」


 無論知っているはず。その『マリ』が付く名の女性が、私にとってどんな意味を持つかを。


「どの位でできる?」


「そうですね、一週間ほどあれば……」


「二日でやってくれ」


「え? ふ、二日、ですか……」


 想像外の条件にライカが驚く。


「ああ、君ならできる」



「分かりました。でも私からもお願いがあります」


「何でも聞こう。当然だ」


「では……」


 ライカはドリンクホルダーに入れていた紅茶のペットボトルを掴み、私に差し出して言う。


「これ、私の飲みかけです。先生、一口飲んでください」


(なっ……)


 これを飲めと言うのか!? まさか変な薬は入っていないだろうが、さすがに戸惑う。


「飲めないのですか?」


「いや、問題ない」


 愛するマリの為。私は差し出されたペットボトルの蓋を取り、紅茶を口に流し込む。



「ありがとうございます」


 ライカはそのボトルを受け取ると、べろべろと飲み口を舐め、ドリンクホルダーに戻す。


(へ、変態が……)


 顔を引きつらせる私に、ライカは更にバックからある物を取り出して言う。



「それから、これをしゃぶってください」


「は?」


 私は目を疑った。差し出されたのは赤ん坊が口に咥える、いわゆる『おしゃぶり』。私は前を向き、真剣な顔で運転するライカを見ながら体が固まった。


「早くしてください」


 ライカの言葉に私が聞き返す。


「念のために聞くが、これは何だ?」


「おしゃぶりです」


「そうか……」


 愚問であった。なぜこんな物を持ち歩いているかも聞いてみたかったが、きっと知らない方がいいような回答が来ると思いやめることにした。


「これをしゃぶれば、薬を二日で作ってくれるのだな?」


「ええ。約束します」


「分かった……」


 私は小さく息を吐き、ライカの手からおしゃぶりを掴み口に含む。



(うん、赤ちゃんになった気分だ……)


 前世では最強魔導士として名を馳せた私。姿かたちは変わったとは言え、このような羞恥プレイは筆舌に尽くしがたいものがある。すべてはマリの為。私はおしゃぶりを口から取り出し、ライカに手渡す。



「ありがとうございます。では、失礼して」


「あっ、おい!!」


 ライカは表情一つ変えずに渡されたおしゃぶりを自分の口へと含む。眼鏡をかけた黒髪の美人科学者。まっすぐ前を向き運転しながらおしゃぶりを咥える姿は何とも異様だ。



「おいしゅいです。しぇんしぇい」


「……」


 変態だ。やはり彼女は生粋の変態だ。この後配合を伝える為彼女の研究室へ向かうのだが、身の危険を感じるようならば火炎魔法で焼き払おうと心に決めた。






(この薬を半年飲み続ければ、私の病気は治る……)


 治療薬を処方され、家に帰ってきたマリナ。その夜、ベッドの上で薬を見つめながら涙を流した。小学生の頃に告げられた聞いたこともないような難病。突然死に至る恐ろしい病気。その小さな心にはあまりにも重すぎる残酷な内容であった。



「私、生きてもいいんだよね……」


 先ほどまで両親と抱き合って泣いた。それでもこうして一人になるとまた涙が溢れ出す。嬉しい。嬉しくて流す涙などここ数年記憶がない。


「夢のよう。まるで()()にでもかけられて……」


 マリナは気付いた。



 ――私が、私の魔法で治してやる!!



 田中玄人。名前を浮かべるだけで胸を貫かれるような衝撃を覚える相手。その彼が『魔法で治す』と言っていた。マリナはやや苦笑しながら思う。


(本当に治してくれた。玄人君の魔法で……)


 涙が止まらなくなる。これは偶然。奇跡の偶然。天才科学者『藤堂ライカ』が長年密かに研究していた治療薬が、偶然このタイミングで完成しただけ。そう伝えられた。でもなぜ自分が最初に選ばれたのかは担当医も分からないとのこと。



「玄人君……」


 マリナは大声を出しそうになるのを必死に堪えた。

 彼は真剣だった。冗談みたいなことばかり言っていたが、そこに揶揄いや馬鹿にする気持ちは感じられなかった。それを自分は何度も罵倒し貶してきた。


(玄人君の掛けてくれた魔法のお礼、ちゃんとしなきゃ……)


 マリナは明日から登校する学校を思い、涙を拭った。






「おはよ、田中」


「ああ、おはよう」


 朝の登校。校門を歩く私に同級生が挨拶する。私の気持ちは少し昂っていた。ライカに連絡して数日。そろそろ彼女に届いているはずである。



「あの、田中……」


 そんな私の背後から、弱々しい声が掛けられる。振り返る私。その姿を見て嬉しくなった。


「マリナ! 今日は来てくれたんだ」


 久しぶりのマリナの登校。艶のある赤髪に瞳。もう彼女を『赤髪のマリ』と思うようにすらなっている。両手で鞄を持ち、やや俯きながらマリナが言う。


「あ、あのさ、病気の薬、貰ったんだ……」


 彼女の難病の治療薬が開発されたことはすでに大きなニュースになっている。私は嬉しくなって答える。


「そうか! それは良かった!!」


 周りからの視線。マリナは恥ずかしくなってしまい、いつもの癖が出てしまう。



「べ、別に田中には関係ないんだから! 先生が頑張ってくれて……、え?」


 私は堪えきれずにマリナを抱きしめ、目に涙を浮かべ言った。



「良かった。君が生きてくれることが、何より嬉しい……」


「ちょ、ちょっと、田中……」


 マリナは驚きと嬉しさのあまり体が動かなくなる。朝校門で起きる男女の抱擁。周りの生徒たちは驚き立ち止まって二人を見つめる。



「……好ぃ」


(あっ)


 マリナは思わず漏れてしまった言葉にはっとし、私を突き放して言う。



「な、何するの!! ふざけないでよ!! 何考えてるの!!!」


 私は涙目でそう言う彼女を見て、やや反省して答える。


「す、すまない。気を悪くしないで欲しい……」


 マリナが目に溜まった涙を指で拭い、私に言う。



「最低っ!!」


(好きっ!!)



「変態っ!!!」


(好きっ!!!)



 マリナはそう言うと、かつかつとひとり校舎へと消えていく。



「田中~、お前何やってんだよ~??」


 その様子を見ていた級友が、私の肩に腕を回し嬉しそうな顔でそう言う。私は彼に適当に返事をしながら、校舎に消えて行ったマリナのことを思い出す。


(よく分かった、百瀬マリナ。しっかりと君のことは胸に刻まれたよ)


 私は級友たちに揶揄われながら歩き出す。そんな私を先に教室に着いたマリナが、窓から眺めながら思う。



(ありがと、玄人君。大好き!!)


 彼から掛けられた魔法。マリナはそれがこんなに心地よいものなんだと、今更ながら気づいた。

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