濡れた汀に、足跡ひとつ。
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 友情という言葉に甚だときめいた作者の、性癖と趣味嗜好を詰め込んだ本作も、今回で最終回となります。
果たして陽佳梨ちゃんと星華ちゃんはどうなってしまうのか…………
それでは、本編スタートです!
秋を運んでくるような冷たい雨上がりの空気が、けれどどこかじっとりと湿り気を帯びて、私たちの足を絡め取ろうとしている。それでも前へ進む足は止まらない──止められるわけがなかった。
『友達でしょ、助けてよ』
その言葉が、私の心をずっと蝕んで離れてくれないから。
あの真っ暗な顔をした星華の姿が、胸の奥に刺さって抜けないから。
ろくに働いたことのないふたりでの遠出だったはずだけど、そこまで困るようなことはなかった。
星華が持ってきたお金は、直視するのが怖くなるような金額だった。いったいどうやってそんな金額を用意できたのかと疑問に思ってしまうけど、その経緯を訊くようなことはできなかった。星華が話すようなこともなかったから、そのまま。
出所のわからないお金を、私たちはちみちみ使い続けた。といっても、旅情に浮かれた気持ちのままいろいろ買い込んだりもしてしまったけど。木彫りのシャケなんて買ってどうするんだか……宿泊したビジネスホテルでふたりで笑い合ったときは今まで通りの友達同士みたいで、なんだか幸せな気持ちになれた。
「そうだ。ちょっとさ、海行ってみない?」
星華がふと思い付いたように言ったのは、リーズナブルな値段で泊まれる旅館にチェックインした直後だった。その顔があまりに楽しそうだったから、私は目の前にいる星華が昔の──私を孤独から救ってくれたときの、眩しい光みたいな星華に見えた。
私を連れ出す星華の目が暗く陰っていたことになんて、まるで気付かないまま──私は昔夢見た星が戻ってきたように感じて、浮かれきっていた。星華が見ている夜空に、星なんてどこにもなかったというのに。
「うん、いいね」
そう答えた私を、星華はどんな目で見ていたのだろう。
* * * * * * *
「冷たーい、気持ちーい!」
「あんまり濡れると風邪ひくよー」
もうすっかり肌寒くなった夜の海に足を浸しながら、星華は楽しそうにはしゃいでいる。倣って私も足先だけ浸してみたら、冷たくて思わず悲鳴が漏れてしまった──星華はそんな私に愉快そうに笑って、なんと砂浜にでもいるかのように、背中から海面に倒れ込んでしまった。
どぷんっ
そんな音を立てて、一瞬沈んですぐ浮かび上がってくる星華。ぷかぷか浮かんだその身体を見たとき、私は自分たちが思ったより深いところまで来ていることに気付いた。
沖というほどではないけれど、足先どころか膝の上くらいまで水に浸かっていて。もちろん海面に浮かんでいる星華は、地面のどことも接点がなくて。
「星華、もうちょっと戻らない? なんか流されちゃいそうで怖いよ」
「えぇー?」
そう返してきた星華の声は、能天気を通り越して何かを捨ててしまった人のそれに聞こえて──無性に不安になった。
「ねぇ星華、」
「このままさ、どっかいっちゃおうよ」
「え、」
更に流されていく星華を慌てて追いかけた先で、もうちょっとしたらつま先立ちすらできなくなりそうな場所で。
星華は私の腕をぐい、と掴んで。
そのまま海の中へ引きずり込んだ。
「────、せ、星華!?」
「一緒に来てよ、友達でしょ」
「え、えっ、え……、──!?」
驚いているうちに、どんどん深いところへ引き込まれてしまう。顔まで水に浸かり、息が苦しくなって、必死に藻掻いてなんとか海面に顔を出したと思ったら、また引っ張られる──待って。
やだ、溺れる、待って、口の中に水が、やめて、波が顔を沈めて、怖い、怖い……!!
息を吸うのに精一杯で、声なんて全然出せなくて。
海面に出るのに精一杯で、後ろなんて見えなくて。
藻掻いて、逃げて、離れて、必死に浜を目指して。
「陽佳梨」
必死に水を掻き分けているから、聞こえるはずなんてないのに。
星華の静かな声は、何故だかとてもよく聞こえた。
振り返った先に浮かんでいる星華は、なんだかずいぶん遠くに見えて。呼び掛けた自分の声すら潮騒に消されてしまう波間から私を見ている星華は、寂しそうにも晴れやかにも見える顔で微笑んでいた。
「せ、せい……か、」
「じゃあね」
夜の海にあっても、その笑顔は見失わずに済んでしまう。それくらい、そのときの星華の笑顔は眩しくて。
ばいばい
恐らくそう呟いたのを最後に少し高めの波に飲み込まれた彼女は、とても綺麗だった。
私たちの別れを待っていたかのように、星華を飲み込んだ途端に静かになった夜の海。夜空に瞬く星は何も語らず、星明かりをぼやかしてまで夜空に輝く月明かりを頼ってみても、星華の姿は見つけられなかった。
「星華……星華?」
答える声は、どこにもない。
さっきまで吹いていた肌寒い風もすっかり止んで。
凪いだ海は、どこまでいっても静かなままだった。
「星華……。星華……っ、星華っ!」
星華、星華、星華、星華、星華、星華、星華、星華!
なんで!?
なんで私手を離したんだろう、なんで逃げたりしたんだろう、なんで怖がったりしたんだろう、なんで星華に手を伸ばさなかったんだろう、なんで今になって動けるんだろう、なんで水がこんなに重いんだろう……!?
「星華っ! 星華!! 星華ぁ……!!!」
さっきまで私たちを隔てていた潮騒は、いつの間にかすっかり治まっていて。それなのに星華の返事は聞こえなかった。
そのまま、私の意識は夜闇のなかに溶けて────
* * * * * * *
お医者さんの話では、1週間くらいは眠りっぱなしだったそうだ。
病院で目を覚ました私を待っていたのは、泣きそうな顔で私を見つめている両親だった。何と言っていいか、言葉の見つからない私を、ふたりとも涙ながらに抱き締めてきて。
泣いて叱られながらも抱き締められたその温かさに、私は自分には帰る場所があったんだと改めて痛感した。
たとえ、脱け殻のような場所だったとしても。
星華を置いて帰って来た、この場所は。
何をとっても無味乾燥で空っぽのまま。
思えばきっと私は、星華の助けを優先したあの日に彼女以外の全部を捨ててしまったのだろう。だから、帰ってきてからというもの何をしていても現実味がなくて、夢の中をふわふわと漂っているような心地だった。
星華をなくした寂しさを埋め合わせるかのように──ひょっとしたら星華の分欠けた輪を埋め合わせるみたいに──増えた友達と話しているときも、私が星華と逃げたゴタゴタで数週間遅れになってしまった誕生日パーティーを家族で開いたときも。
何もかもが曖昧で、夢の中で生きているみたい。
だから、ちょっと明晰夢じみたこともしたくなった。
星華とふたりで来たときはなんだか華やいで見えていた海も、何も纏わない昼間に来るとなんとも地味で、寂しい場所だった。観光客の姿も見当たらず、ただ寒々しいだけの空虚な場所。とても星華が人生に幕を落とす場所としては似つかわしくなかったようにさえ思えた。
「どうしたらよかったのかな」
ふと、言葉が出た。
ああ、そうだ。
ずっと胸の中に閊えていたものがわかったような気がした。
私は、星華のために何かをしてあげられたんだろうか。
ただふたりでの逃避行に胸を躍らせていただけの私では、星華は不安だったのかも知れない。
だから、最後は海に……?
「ごめんね、星華」
実際、あのあと気を失ったはずの私はすぐに保護されて助かったみたいだから、けっこうすぐ近くまで誰かが追いかけてきていたのだと思う。私は全然気付かなかったけど、星華にはわかっていたのかも知れない。
せめて私があともう少し敏かったら、せめて彼女の焦燥感くらいは共有できていたのかも知れないのに──そう思うと、両親と再会したときにも、星華がもうどこにもいないことを知ったときでさえ流れなかった涙で、視界が滲んでしまう。
「ごめんね、星華……」
一度声に出してしまったら、もうおしまいだった。
涙も感情も止めどなく溢れて、立っていられなくなってしまう。これなら周りに人がいなくてよかった。どれだけ泣いても、聞こえてくるのは海鳥の鳴き声と潮騒だけ。誰かが無遠慮に声をかけてくるようなことも────
「またそうやって、ひとりぼっちで泣いてる」
え?
ふと聞こえた声に、涙も忘れて顔を上げる。
「そんなんだから、陽佳梨って昔からほっとけなかったんだよね」
困ったように笑う声が、潮騒すらも塗り替えて。
「別に謝ることないのに。あたしが勝手に巻き込んで、勝手に……最後一緒にいるから陽佳梨かなって思って連れてきただけだったんだから」
「なんで、私だったの?」
他にも仲のよさそうな子はいっぱいいたのに。
もっと楽しい子も、もっと寄り添える子も、もっと敏い子も、もっと親身になってくれる子も、もっと堅実な子も、星華の周りにはいたはずなのに。
なんで敢えて、そのどれもが他の子よりも不出来な私を連れてきたのか、わからない。
何を思ってこんなことを訊いているのか、自分ですらわからない。自分が選ばれたことへの仄かな喜びなのか、最期の目撃者にされた恨み言なのか、手を伸ばしきれなかった悔恨なのか、それすらもわからない私に。
「そうだなぁ~」
口調とは裏腹に、しばらく真剣に考えた後。
「なんかね、ああいうとき助けを求めるなら陽佳梨だったんだよね。理由とかは、ごめん、ちょっと自分でもわかんないや」
ああ。
そっか。
はは。
なんて簡単な。
私は、こんなに簡単な人間だっただろうか。
その答えだけで、こんなに満足できるなんて。
訊きたかったことも、知らなかったことも、たった一言で全部がどうでもよくなるような人間だったんだ、私って。
「あはは、」
「あー、そっか」
何かに納得したような声に、私は連れ立つように立ち上がる。今度こそ、離したくないと願いながら。
「笑った顔が可愛いって知ってたからかも」
「何それ、それ以外特徴ないみたい」
「でも大事なとこだし」
「なんか納得いかないな~、ふふっ」
濡れた汀に、足跡ひとつ。
朗らかに笑うふたつの声が、麗らかに響いて。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただきありがとうございます! お楽しみいただけていましたら幸いです♪
友情をテーマにしたお話、これにて完結です!
気付いたら百合っぽい文体になりつつあったようにも感じますが、ふたりの間にあるのはあくまで友情なので。ちょっと重めの友情なので。のーぷろぶれむ、なのです。
友情というと、いわゆる恋愛ゲームにおける主人公の親友ポジションの子ってかなりいいキャラしていることが多いですよね。私が思い返しているのは「それと便座カバー」でお馴染みの彼ですが、ここぞというときに男を見せてくれるところも含めて大好きだったりします。After Storyの芽衣ちゃん回で心を撃ち抜かれた方も多いのではないでしょうか。そうですね、私もです。劇場版でもいい友達していたよなと思い返したりもしております。
閑話休題。
書き上がってみると、後書き冒頭でもなんとなく述懐した百合百合しさを感じてしまい、我ながら「友情って何だっけ」と問いたくなってしまう仕上がりになった感も否めないのですが、最初は精神世界?(夢の中)で本編以上にイチャ……いえ友情を確かめ合った挙げ句、星華ちゃんから目覚めるように促されてもそれを拒んで一緒にいることを選んだ陽佳梨ちゃんが現実では昏睡状態のまま──という終わりを書いていたので、そちらに比べたらだいぶ友情のお話になっていたのではないかと思います。
※ そこは「さすがにこれは……」と思う自制心があったようです。気付くまでに筆が乗りすぎて2000字くらい書いてしまいましたが(笑)
ということで、今度こそ完結でございます。
また次のお話でお会いしましょう!
ではではっ!




