【探偵#34】見えてきたもの
私の名前は星都風香。
瀬礼文学園史上、もっとも物騒な生徒総会の真っ只中にいる、金花探偵事務所の探偵だ。
人間派の“時間切れ”が告げられた体育館。
続いて、この学園で一番影が薄いくせに、いま一番注目を集めている勢力、平等派の番が回ってきた。
「では、最後に平等派代表、生徒会長立候補者・海王瑠香さん。お願いします」
加藤ミカの震え声がマイクから響き、会場の視線が一斉にステージへ向く。
「……行ってくるわ」
隣で息を整えていた瑠香が、小さく息を吐いた。
「新道くん、お願いね。後ろは任せたわ」
「あぁ。俺たちの“ここまで”の努力、全部繋げてこい」
平等派の副リーダー、新道ラントが軽く笑って送り出す。
私は一歩下がり、ステージ袖から様子を見守ることにした。
表に立つ顔は、あくまで平等派。
金花探偵事務所はあくまで“黒幕”でいい。
「星都さん……練斗さんと金花さんは」
袖に設置してある小型ゴーレムのモニターには、校舎三階の廊下が映し出されている。
そこに、血まみれでぶっ倒れている用心棒と所長。
「……まだ死んでないから大丈夫。終わったら回収に行く」
「終わるまで、持ちますか?」
「持たせるのよ、平等派の発表でね」
私はマイクの中央に立つ人魚を見つめた。
__________
「皆さん、今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
瀬礼文学園のステージの上、白いワンピースのような制服に水色の長い髪。
さっきまでボロボロに震えていた子とは思えない、澄んだ声が体育館に広がる。
「私は、平等派代表として、生徒会長選に立候補しました。理由は単純です。“この学園が好きだから”です」
前列の方から、くすっと笑い声が漏れる。
ジルガのようなド派手なカリスマ演説ではない。
空も割れなければ、魔弾も飛ばない。
「私は人魚族です。皆さんの中には、“異界人”と聞いただけで、少し構えてしまう人もいるかもしれません。でも、皆さんのクラスにもいませんか? 異界から来たクラスメート。一緒にお弁当を食べて、テスト前にノートを見せ合って、恋バナなんかもして。それでも、卒業したら“どちらかの世界に戻る”ことを、当たり前のように言われてしまう人たちが」
静かなざわめきが、会場の後ろから波のように広がった。
「私は、そういう未来を“当たり前”だとは思いたくありません。この瀬礼文学園は、地球と異界の“交差点”だと聞いています。なら、私達が“交わることを許された最初の世代”です」
言葉は、静かで。
でも、その一つ一つは、ジルガとは違う形で、確かに生徒たちの胸に刺さっていく。
「人間派でもない。異界派でもない。“どちらも、この学園の生徒だ”と言いたい人たちのために。私たち平等派は、生徒会に立候補しました」
拍手が、ぽつり、ぽつりと起こる。
ジルガの時のような歓声ではない。けれど、無視もされていない。
「以上です。ありがとうございました」
頭を下げた瞬間、会場の拍手は“そこそこ”という言葉がしっくりくる程度に広がった。
いい意味でも悪い意味でも、派手さがない。
ジルガの魔王みたいな演説を聞いた後では、尚更。
(まぁ、想定通りね)
ただ、問題はここからだった。
「ふざけるなよ!!」
体育館の右側、人間派が固まっているブロックから怒声が飛ぶ。
「何が平等派だ! テロリストと組んでおいて!!」
「白武さんを攫ったのはお前らの仲間だろ!!」
「こんなのが生徒会? 冗談じゃねぇ!!」
人間派の生徒たちの怒りは、完全に平等派とついでに私達へ向いている。
(そりゃそうなるわよね、あれだけ派手にかき回したんだもの)
「静粛に!」
御影帝一の一喝で、一応、怒号は押し込められる。
だが、噴き出した感情までは消えない。
「本日の結果を持って、本選の立候補者は
異界派・ジルガ・デバン。
平等派・海王瑠香。
人間派代表は、“白武信也を含め、再選出”とする」
一瞬、会場の時間が止まった。
「……再選出?」
「え、人間派、白武さんじゃなくなるの?」
「さっきの時間切れの件が、やっぱり……」
私は目を細める。
(ここで、“白武ありきの人間派”は一度壊れる。でも、人間派という思想自体が消えるわけじゃない)
「それでは、本日の生徒総会はこれで終了とする。各自、指示に従って解散しろ」
生徒会長の宣言とともに、体育館のざわめきが一気に大きくなった。
「星都さん……」
「えぇ、わかってる。こっちはこっちで、負傷者のケアが先ね」
私はゴーレムの映像に視線を落とした。
そこには、ボロボロになった用心棒と、足を撃たれてキャリーケースを抱え込んでる所長の姿が、ばっちり映っていた。
__________
私の名前は金花メリー。
「いたたたたたた……!」
生徒総会が終わって少し経った頃、私は瀬礼文学園三階の廊下で、キャリーケースにしがみついたまま、見事に廊下に転がっていた。
撃たれた足はじんじんしてるし、制服は血と埃でボロボロ。
正直、泣いてもいいレベル。
「所長、大丈夫か」
「大丈夫じゃないよ!! でも死なないから大丈夫だよ!!」
近くの壁にもたれかかっていた練斗が、苦笑しながら立ち上がる。
あっちもあっちで、制服は斬り傷と血のオンパレードだ。
「ミゼは?」
「逃げられた、白武と一緒に体育館に戻ったろ、多分」
「そっかぁ……作戦としてはギリギリ成功、ってことでいいのかな」
「成功してなかったら、今ここに“怒り狂った人間派の群れ”が押し寄せてきてるだろ」
確かに。
それがないってことは、少なくとも“生徒総会”って舞台は終わったんだ。
「あ、いた!!」
遠くから、聞き覚えのある声。
「メリーさん! 練斗さん!!」
廊下の曲がり角から飛び込んできたのは、水色の髪を揺らす人魚族の少女と、その後ろに続く数人の生徒たち。
平等派のメンバー、海王瑠香、新道ラント、そして数名の顔ぶれ。
「よかった……本当に、無事だったんですね」
瑠香が駆け寄ってきて、私のそばで膝をついた。
その手には救急セット。どうやら保健室からかき集めてきたらしい。
「メリーさん、足、見せてもらってもいいですか?」
「う、うん……でも血だらけだよ?」
「血は洗えば落ちます。命は、落ちたら戻りません」
さらっと怖いこと言いながら、てきぱきと応急手当を始める瑠香。
器用に血止めと包帯を巻いてくれる。
「新道くん、練斗さんの方をお願い」
「了解。……にしても、お前らほんっと、やることがぶっ飛んでるな」
新道ラントが苦笑しながら、練斗の傷を確認する。
「ところどころ浅く見えるのが、逆に怖いんだよな。斬り合いでこれってどういう戦い方してるんだよ」
「愛と友情と根性で乗り切ったんだよ」
「全部ほぼ根性だろ」
とりあえず、生きててよかった、と、そう言いたげな顔ばかりだった。
「で、どうだったの? 平等派の発表」
私が聞くと、瑠香が一瞬だけ迷ってから、素直に答えてくれる。
「……そこそこ、です。異界派ほどの熱狂は得られませんでした。でも、思っていたよりも、拍手はもらえました」
「人間派は?」
新道が顔をしかめる。
「怒り狂ってる。“テロに協力した派閥だ”って言ってる連中もいる。けど逆に、“あそこまでやるくらい本気なんだな”って、妙に感心してたやつもいた」
「……それ、感心してほしいポイント違うんじゃないかな」
「お前らの存在自体が全部イレギュラーなんだから、今さらだろ」
ラントの言葉に、練斗が肩をすくめる。
「で、生徒会としてはどうなった?」
「人間派の代表は再選出。つまり、白武信也は“一度、看板から降りる”ことになった」
瑠香の言葉に、廊下の空気が少し静まる。
「あの白武が、ねぇ……」
「これで終わりってわけじゃないだろうけどな。
むしろ、人間派の中は、これからが地獄だ」
新道の読みは妥当だ。
トップが落ちた組織は、必ず揺れる。
「でも」
瑠香がそっと私の手を握る。
「今日、ここまで来れたのは、金花探偵事務所のおかげです。本当に、ありがとうございます」
「まだ勝ってないわよ。ここからが本番」
私は握り返しながら、遠くの体育館の方角を見る。
「人間派はリーダーを失った。
異界派は、ジルガがむしろ勢いづいた。
平等派は、“ようやくスタートライン”」
「そして」
練斗が、うんざりしたような、でも少し楽しそうな顔で続ける。
「その全部に喧嘩売った探偵事務所がここにある、と」
「うちじゃん!!」
「静かにしろ、メリー、傷口開くぞ」
こうして、ボロボロの廊下で小さな“戦後処理会議”は、ひとまず終わった。
__________
僕の名前は白武信也。
生徒総会が終わった夕方、僕は人間派の拠点のひとつ瀬礼文学園・茶道部の部室にいた。
畳の匂い。
きちんと整えられた茶道具。
静かすぎるほどの静けさ。
「信也様、本当に……」
部屋の隅で、腕に包帯を巻かれたミゼが、不安そうにこちらを見ている。
さっきまで廊下で縫合されていたのに、どうにか歩いてここまで来たらしい。
「……大丈夫だよ、ミゼ。これは、僕が決めたことだから」
目の前には、人間派の中心メンバーたちが並んでいる。
顔に焦りを隠せない者。
怒りをあからさまに見せている者。
「本気で言ってるのか?」
「このまま引き下がれって? 冗談じゃない!」
「白武財閥の跡取りが逃げたって噂されるぞ!」
僕は一人一人の顔を見回し、そして、静かに口を開いた。
「……“逃げる”わけじゃないよ。今回は、僕の負けなんだ。ルールの上で、はっきりとね」
「ルールなんてどうとでもなるだろ!」
「生徒会長だって本当は」
「どうとでもなっていい“ルール”なら、ね」
皆の言葉を遮るように、少しだけ声を強める。
「でも、“生徒総会は一度きり”って規約は、この学園の根幹だ。それを僕が破って勝ったところで、その先にあるのは、ただの独裁だよ」
沈黙が落ちる。
「僕は」
言葉を選びながら、頭の片隅に浮かぶ顔があった。
瀬礼神社で、信念の元に真正面からぶつかり合った“封印者”。
路地裏で、以来やんを守るために刀を振るう用心棒。
そして、何度潰してもまた立ち上がってくる、黄金色のパーカーの所長。
……そして。
いつも僕の前を歩いていた、黒髪の天才探偵、星都風香。
「僕は、“勝つこと”しか知らなかった。一番になることしか、考えてこなかった。でも」
言葉が喉につかえる。
情けない話だ。
「このまま、自分の信念のまま走り続けて、その先にミゼや白虎や皆が“ボロボロのまま倒れている世界”しかないなら。……それは、僕の望む勝利じゃない」
「信也様……」
ミゼの声が、わずかに震えた。
「だから、今回の責任を取る。生徒会長選、人間派の代表から、僕は降りる」
ざわ、と空気が揺れる。
「ふざけるな!」
「金花探偵事務所に屈するのか!? 」
「異界派にこの学園を渡すつもりかよ!」
怒号が飛び交う中、僕は一点を見据える。
星都風香が、あの鋭い目で何度も見せつけてきた“覚悟”を、思い出すように。
「屈するんじゃない。“負けを認める”だけだよ」
それは、白武信也にとって、人生で初めての宣言だった。
「このまま続けたら、きっと僕は、父のための“人間派”しか見なくなる。瀬礼文学園のためでも、この街のためでもなくなる」
だから、一度降りる。
「人間派という思想まで捨てるつもりはない。でも、一度、僕が前に立つのはやめる。……それが、白武信也としての“けじめ”だ」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
しばらくして、一人の男子生徒が苦い顔で口を開く。
「……わかった。お前がそこまで言うなら、今回はそれを飲む。だが、人間派は消えない。次の代表は、俺たちで決める」
「うん。それでいい」
僕は静かに頷いた。
ミゼの方を振り返ると、彼女はまっすぐな瞳でこちらを見ていた。
「信也様の決断が、どんな結果を生んでも、私は、信也様の側にいます」
「……うん。ありがとう、ミゼ」
こうして、瀬礼文学園・人間派のリーダー、白武信也は一度、表舞台から降りることになった。
だが、それで“戦い”が終わるわけじゃない。
むしろ…
星都風香と、金花探偵事務所。
ジルガ・デバン率いる異界派。
再編される人間派。
それぞれの“信念”が、ようやく同じスタートラインに立っただけだった。




