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【探偵#31】夜に染まる力

私の名前は星都風香。


混乱が日常と化した瀬礼文学園で、こっそり厄介事を片づけている、金花探偵事務所の探偵だ。


今、その瀬礼文学園はいつにも増して騒がしい。


原因はもちろん、白武信也を巡って本校舎でぶつかり合っている二人の護衛、うちの用心棒、煉城練斗と、白武側のメイド護衛、ミゼ・レムナント。


メリーは足を撃たれて動けない,正直に言えば、状況は、かなり悪い。


そんな時だった。


「星都さん、異界派の発表がもうすぐ終わります」


モニターに集中していた私の意識を、ふっと現実へ引き戻してくれたのは、隣に立つ海王瑠香だ。


「相当数の異界人から賛同を得ています……これが、魔族のカリスマ性ですね」


瀬礼文学園自慢の豪華なステージ、その中央でスポットライトを一身に浴びている黒マントの男。

それが異界派のリーダー、ジルガ・デバン。


「種族など関係ない。この世界、いや、異界も地球も、優秀な者が動かすべきだろう」


その一言で、会場の空気が一段階、熱を帯びる。


異界人は、この世界では今でも差別の対象だ。


人間の欲望と都合のために、数多の異界人がゲートを超えて地球にやってきた。なのに、与えられる扱いは人間と同等どころか、動物以下の安い労働力。


人間のエゴに巻き込まれているという意味では、彼らもまた“被害者”なのかもしれない。


「俺はこの世界を、地球を、異界を変える! 選ばれし者たちよ、俺に力を貸してくれ!!」


その宣言に、体育館の温度がさらに一段跳ね上がる。


支持者の大半は異界人。きっと彼らも、人間に対して溜め込んできたものがあるのだろう。


だけど、このジルガという男、ただの“理想家”で収まるタイプではなかった。


「ハハハハハ!」


割れんばかりの歓声の中、ジルガが突然、ステージ上からまったく別方向へと魔弾を撃ち放った。


殺気をほとんど含まない、静かな一射。それでも弾丸の速度だけは一級品だ。


「……え?」


海王瑠香が、微かに眉をひそめる。


「これは……やってくれましたね。面倒なタイプです」


ゴーレムの電子バイザーが、魔弾の着弾地点を示してくる。


そこは私たちが塞いだはずの、体育館裏口の壁。


「なんだ今の? 壁に……穴?」


「数人なら、通り抜けられるぞ!」


裏口のドア付近に張り付いていた人間派の生徒たちが、弾丸で開いた小さな穴を見つけてざわつき始める。


私たち金花探偵事務所にとっては、最悪のアクシデントだ。


(まずい……あの裏口は中庭から本校舎まで一直線。完全に狙って撃ったわね)


祭りのような熱気の中、誰も魔弾の真の目的には気づいていない、“たまたま壁に穴が空いた”くらいにしか見えないだろう。


(二人とも……ごめん。ここで足止めに失敗した)


練斗とメリーに連絡を送っても、返信はない。まあ、戦闘中に返事を寄こすような用心棒は信用できないけど。


けれど、状況は確実に、私たちの不利な方向へ転がり始めていた。



__________




「あきらめろよ。俺を超えるなんて、土台無理なんだよ」


「敵対組織に連れ去られる主人を見捨てるくらいなら、今ここで死にます」


瀬礼文学園本校舎三階の廊下で、二人の猛者が命のやりとりをしていた。


ミゼの目的は一貫している。メリーが抱えるキャリーケース、その中に押し込まれた白武を回収し、生徒総会の会場へ連れ帰ること。


私たち金花探偵事務所の勝利条件も、シンプルだ。


「人間派の発表が終わるまで、白武を外に出さないこと」。


そのたった一つの条件を満たすために、三階廊下の数十メートルが、修羅場になっていた。


廊下の端。柱の影に身を寄せるようにして座り込む、黄色のボブカット。


事務所のマスコットであり所長、そして“可愛い担当”の金花メリー。


(痛い……けど、まだいける!)


撃ち抜かれた足を抱え込みながらも、メリーはキャリーケースをずるずると引きずって、事前に工作しておいた教室まで運ぼうとしていた。


その瞬間。


「この罪は、極刑に値します」


音もなく、ミゼが距離を詰める。


「お前、存在感薄すぎだろ」


練斗が思わずツッコミを入れるほど、気配がない。もはや幽霊レベルだ。


「私の“今”の目的は、あなたを殺すことではありません」


ふわりとスカートを翻し、ミゼは練斗の頭上を跳び越えた。


常識的な“女子の跳躍力”なんて単語が消し飛ぶ高さと軌道で。


そのまま空中から降り注ぐのは、刃の雨。


「もう、全てが無駄ですよ」


「マジで厄介だなぁ!」


(暗殺者ってやつは、どこまで引き出し多いんだよ)


練斗が毒づくと同時に、その手には青いオーラが灯っている。


「この程度で、俺が止まると思うなよ!」


一瞬で展開される、スライムの防御幕。


「逃がすかよ!」


降り注いだナイフの雨を突っ切り、練斗がすでにミゼの背中へ張り付いている。


「言ったでしょう。全て、無駄だと」


ミゼの足元に、いつの間にか転がっている複数の小型地雷。


「マジかよ!」


練斗は強引に前へ加速し、爆発範囲から抜け出す。


しかし、それすらもミゼの計算のうち。


「隙あり、ですよ」


あっという間に向きを変え、練斗の懐へ刃を振り下ろす。


視認はできても、“反応が追いつかない”速度の一撃。


「まずは一人目、地獄行きです」


「……っらああ!!」


次の瞬間、練斗の制服に、赤い線が走った。


煉城練斗が、真正面から切り裂かれる。


ミゼ・レムナント。その力を、私たちはやはり甘く見ていたのかもしれない。


「お前さ、こんだけ強いなら、白武に使えなくても一人で何とかやってけるだろ」


「今の私があるのは、信也様が私を救ってくださったから。その恩を返し切るまで、私は死ねません」


思えば、白武信也の側にいる戦闘者たちは、皆どこか“おかしいくらい”忠誠を誓っている。


ミゼも、白虎も。自分の命を白武のために捨てることを、当然のように受け入れている。


その時、練斗の背後で、黄色い影が動く。


「今しか、ない!!」


(ミゼは練斗が抑えてくれる。なら――)


メリーがキャリーケースを抱え、柱の陰から飛び出した。


廊下の端から、次の柱の陰へと一気に駆け抜ける。


「メリー! 今は動くな!!」


集中しきった暗殺者が、それを見逃すはずがない。


銃口が、わずかに傾く。


「ずいぶんと、甘く見られたものですね」


撃鉄が落ちる音と、メリーの悲鳴が、ほぼ同時だった。


「や、やばい~!」


ギリギリでキャリーケースに身をかがめるが、弾丸がぶつかった金属音が甲高く廊下に響く。


メリーは再び柱の影から動けなくなる。


その集中力は、やはり常識の外側だ。


「何度も所長を狙いやがって……お前、マジで死ぬ覚悟しとけよ」


所長を撃たれたことで、うちの用心棒のテンションと殺気が一段上がる。


煉獄刀を握る腕から、目に見えるほどの闘気が噴き上がる。


「では、信也様をお返しください」


再び、正面からの激突。今度は小細工なし、銀閃と銀閃のぶつかり合いだ。


「私だって、成長するんですよ」


ミゼは純粋な二刀の技量で勝負に出る。ナイフの軌道も、さっきより明らかに鋭い。


「うちの所長あんだけ傷つけておいて、生きて帰れると思うなよ」


(俺の斬撃に、対応し始めてやがる……なんだ、こいつ)


「まあ、それでも、ここでは俺のほうが有利だけどな」


練斗の左手に、再び青いオーラが集まる。


その手を振りかぶりながら、ふざけた一言を添える。


「まるで、年齢制限付き同人誌だな!」


振り出された手から、青いスライムの膜が一気に広がり、ミゼを呑み込もうとする。


「こんなもの、避けるほどの相手ではありません」


ミゼは両腕をクロスさせ、防御姿勢を取ったまま前へ踏み込もうとする。


だが、その瞬間、暗殺者としての本能が、強烈な警鐘を鳴らした。


(この男が、ただスライムを広げるだけで終わるはずがない)


「お前はもう終わりだよ」


練斗が、自分からスライムの範囲から下がる。


(……下がった? ということは、普通のスライムでは…)


その些細な動きを、ミゼは見逃さない。


「はぁっ!」


ミゼは全力で後方に飛び退く。だが、それでも完全には逃れられない、伸びたスライムが、腕と脚にべったりと張り付いた。


スライム程度、普通の戦闘者なら意識すらしないだろう。


だが、封印者・煉城練斗のスライムは、少しだけ“別物”だ。


「あ……」


ミゼの体と服から、じわり、と煙が立ち上る。


「やはり。ただのスライムでは、ないのですね」


スカートの裾と、スライムが付着した肌の一部が、じくじくと焼け焦げていく。


溶けるように、静かに崩れていく布。


「ただのスライムだと思って油断したか? 俺特製スライムは、浴びると危ねえんだよ」


封印者、それが煉城練斗の正体。スライムと“煉獄”を操る異界の力を、その身に封じられた人造の怪物。


「殺すつもりはねぇから、出力はだいぶ落としてるけどよ。本気出しゃ、その体くらい一瞬で消し飛ぶぜ」


スライムの消化液と、全てを焼き尽くす煉獄の炎、両方を扱えるからこそ、生まれた合成技。


「なるほど。さらに、あなた自身が精密に制御できる、と。……やはり、厄介ですね」


「このまま服だけ溶かして、恥ずかしさで身動き取れなくしてやってもいいんだぜ?」


「この戦闘のためだけに仕立てていただいた正装を穢した罪、重いですよ」


その時だった。


私たちにとって、最悪のタイミングで、最悪の出来事が起こる。


「ミゼさん!」


「お前は……金花探偵の!」


会場から抜け出してきた人間派の生徒が三人。息を切らせながら、スライムに蝕まれているミゼの背後に駆け寄る。


(ここで増援。……時間をかけすぎた…)


柱の影で身動きの取れないメリーを動かすのは、さらに難しくなった。


「おい! 信也さんをどこにやった!」


「異界人風情が、調子に乗るなよ!」


「ミゼさん、その怪我……っ、血が……!」


心配そうに覗き込む一人の生徒。だが、ミゼは俯いたまま、何も答えない。


「ミゼ……さん?」


その生徒が一歩踏み込んだ瞬間だった。


「いただきます」


「え?」


ミゼが、迷いなくその生徒の首筋に噛みついた。


「ミ……ミゼ、さ……っ」


か細い声と共に、その体がみるみる萎れていく。皮膚は乾き、張りを失い、あっという間にミイラのように。


「ごちそうさまでした」


崩れ落ちる生徒の傍らで、ミゼは口元を指で拭いながら微笑む。


「お前……やっぱりかよ」


練斗の声には、わずかな諦めと、予想が当たったという色が混じっていた。


「な、なにを……」


残り二人の生徒は、あまりの光景に本能的な恐怖で足を縫い付けられたように動けない。


「いただきます」


細く白い腕から、再び黒と赤のオーラが立ち上る。


そのオーラが二人の生徒を包み込み、数秒後には、同じく干からびた抜け殻へと変えてしまう。


「ごちそうさまでした」


さっきまでボロボロだったはずのミゼの体から、傷が見る間に消えていく。


血も切り傷も、骨の軋みも。すべてが“無かったこと”のように。


「お前……何してやがる。仲間じゃねぇのかよ」


(……全部、治りやがった)


「ではそろそろ、終わりにしましょう」


服だけはボロボロなのに、その下の肌は健康そのもの。再び、その全身から赤いオーラが立ち上る。


と、その瞬間。


まるで夜、部屋の電気を消した時のように、周囲の景色が暗く染まり始めた。


「そうかよ。やっぱりお前、“吸血鬼”だったんだな」


時間は真昼間のはずなのに、このフロア一帯だけが、夜そのものに変質していく。


「さぁ、決着をつけましょう。どちらが主人を守れるか」


ここに来て、ミゼ・レムナントの“本性”がようやく露わになる。


そしてついに、二人の護衛による壮絶な死闘が、決着へと向かっていくのだった。

次回、ついに決着…白武が走る。

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