【探偵#30】従者で暗殺者
私の名前は星都風香。
「星都さん、ついに異界派の発表が始まりますね」
ざわつきがようやく落ち着きかけた体育館。その一角で、私は海王瑠香と並んでステージを見つめていた。
さっきまでの阿鼻叫喚の原因はもちろん…
(人間派トップ、白武信也の“誘拐”)
煙幕の中、練斗とメリーが白武をキャリーケースに詰め込んで体育館から離脱。それによって会場は見事に大混乱。
「信也様を探しに行け!」
「ミゼさんに続け!」
人間派の中心メンバーたちが、我先にと体育館の入口へ殺到していく。
……当然、その動きは最初から想定済み。
「行動パターンが単純で助かるわね」
私は足元にいる小型ゴーレムに、指先だけで小さく合図を送る。
「風香サマ、プランBヲ起動。遮断壁ヲ展開シマス」
ゴーレムの頭部に埋め込まれたセンサーが赤く点滅した瞬間、体育館の出入口でギィィッと嫌な金属音が響いた。
「……え?」
「扉が、開かない?」
慌ててノブを回す生徒たち。だが、瀬礼文学園の自動施錠システムにゴーレムが割り込み、今この体育館は半ば“閉鎖空間”になっている。
増援封じ。そのための第一手は、すでに完了。
「ただ、問題はここからね」
「まずいですね……教師と生徒会が動き始めました」
不安げな瑠香の視線の先、壇上近くで教師が慌ててマイクを握る。
「生徒の皆さん、落ち着いてください。これは学園システムの一時的なエラーです。避難の必要はありません。そのまま発表を続けます」
場当たり的なアナウンス。どう対応するか決めきれていないのが丸見えだ。
「このまま生徒総会を“あの会長”が続けるとは思えないんだけどね」
「私も……御影会長なら、何か仕掛けてくると思います」
現生徒会長、御影帝一。肩書きは“中立”だが、その実態は限りなく人間派寄り。今回も本心では白武を勝たせたいはず。
「まぁ、生徒会から見ても、私達は“邪魔者”でしょうし」
私は肩をすくめてみせる。
十分、時間は稼いだ。ここから先は…
(あとは任せたわよ、用心棒と所長さん)
私は視線を上空のモニターに移した。小型ゴーレムが送ってくる本校舎の映像に、練斗とミゼ、そしてメリーの姿が映し出される。
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本校舎三階。人気のない廊下に、緊張で空気がひりついていた。
キャリーケースを抱えて倒れ込むメリー。そのすぐ前で、煉城練斗が煉獄刀を構えて立ちはだかる。
「白武を少し借りてくだけだよ。返すかどうかは“話し合い”次第だけどな」
「信也様はお返し頂きます。あの方は、私の全てですから」
紫の髪を揺らしながら、ミゼ・レムナントが冷たい瞳で練斗を射抜く。白武陣営の切り札、その護衛メイドは、もはや静かな殺意しか纏っていない。
さっき階段下でやり合った時、練斗がミゼの腕を斬り飛ばし、メリーが白武入りキャリーケースを運ぶ。
そのはずだった。
現実は、そう甘くない。
(あのメイド、性能がおかしすぎる)
練斗ですら“食い止める”のがやっと。
メリーは足を撃たれ、今はキャリーケースの影に隠れるようにうずくまっている。
「メリー。俺が“いいぞ”って言うまで、絶対に出てくんな。頭でも上げたら蜂の巣だ」
「だ、大丈夫……まだ、なんとか……なるよ……」
廊下の奥から、かすれた声。痛みでまともに息もできていないのに、メリーは気丈に笑おうとしている。
(狙いはわかりきっている。私を足止めしながら、キャリーケースを安全圏まで運ぶつもりでしょう。なら…)
ミゼがちらりとメリーに視線をやり、切断された自らの右腕へと左手を添えた。
「煉液。久々に、あなたの“本気の一刀”をいただきました。成長の糧にさせてもらいます」
「嬉しくねえギフトだな。さっさと寝とけよ」
練斗が舌打ちする。
その時、斬り飛ばしたはずの右腕から、じわり、と黒と赤の不気味なオーラが溢れ出した。
「……なんだ、そのオーラ」
「痛いですね、やはり」
ミゼは淡々と呟き、まるで当たり前のように言う。
「まぁ、いいでしょう。“生やせば”済む話ですから」
肉が蠢き、骨が伸び、血が逆流するように、切り口から新たな腕が形成されていく。白く、細く、傷一つない、完璧な右腕。
「おいおい。やっぱり“それ”かよ」
練斗の目がわずかに細まる。対異界組織にいた彼には見覚えのある再生だ。
「人間世界では希少でしょうが、あなたなら知っているはずです。私が何者か」
憤怒は消え、表情は研ぎ澄まされた静寂に変わっていた。
「私は信也様の命を預かる従者。邪魔者は冥土に送る。ただ、それだけ」
そう言った瞬間、ミゼの姿がふっと掻き消える。
「そのキャリーケース、お返し頂きます」
ナイフが放たれた。音も残さない、視認した時には目前にある投擲。
「相変わらず速えな!」
(これ、全部メリー側に流されたらまずいな)
「舐めんなよ」
煉獄刀の切っ先がナイフを正確に弾き飛ばす。
「愛しのご主人様ごと吹き飛ばしてぇのかよ、お前」
(投擲だけなら白虎以上だ。一本ずつなら何とかなるが、数を増やされたら死ぬ)
「頑丈なキャリーケースですね。なら、逆に利用させてもらいます」
メイド服のスカートの中から、今度は小ぶりな円筒がいくつも取り出される。
炸裂弾。狭い室内では最悪の玩具。
「暗殺者を、こんな閉鎖空間で相手にする。自殺志願者でしょうか?」
炸裂弾が床を転がり、次の瞬間!
「おい、ここ学校だってわかってんのか!?」
轟音と衝撃。爆風と白煙が廊下を支配する。
(気配が……消えた)
煙の向こう側から、完全に足音が消える。さっきまで追いかけてきた時と同じ、“殺すための動き”。
「だがよ……俺を誰だと思ってんだ!」
練斗はわずかな空気の流れと殺気を頼りに、迫る影を捉える。
「さすが、と言ったところですね」
ミゼは、そこにいた。白煙の中でナイフを構え、いつの間にか至近距離まで踏み込んでいる。
白煙の中で、閃光が乱舞する。鍔迫り合いの火花が、煙幕の奥で瞬いては消える。
「本当に、面倒な男ですね」
正面からの斬り合い。結果は明快。ミゼの全身に、またしても新たな切り傷が刻み込まれていく。
「学習能力って知ってるか?」
煉斗の斬撃は、常に“さっきより一歩先”。だが、ミゼはそれでも立ち続ける。
ただ、うちの用心棒は剣だけの男じゃない。
「金花家直伝・ロケットパンチだよ」
煉獄刀の連撃に紛れて、今度は拳が弾丸のように飛び出した。
「……っ!」
さすがのミゼでも完全には捌ききれず、腹部をかすめる。しかし、その勢いを逆に利用して、後方の階段側へ大きく吹き飛ぶ。
「そんなに下まで行きてえなら、送ってやるよ」
「お気遣いなく。階下は結構です」
ミゼの左手の指先が、静かにトリガーへと触れる。
乾いた銃声が、廊下に響いた。
(避ければ跳弾がメリーへ飛ぶ)
練斗は即座に判断し、煉獄刀を横薙ぎに構えた。
「ホームランバッターは三振知らずなんだよ」
放たれた弾丸は、剣によって真っ二つに叩き割られる。
「それで十分です」
銃声を合図に、ミゼが踏み込む。今度は足技、視界から消えるほどの低く速い回し蹴り。
「邪魔をしないでください」
「男は気合だろうがぁああ!!」
腹を裂くような重い衝撃。練斗の体が後ろへ吹き飛ぶ。
(女の蹴りじゃねぇな……!)
「お前の真似なんて、マジで気が進まねぇけどな!」
吹き飛ばされる寸前、自分から後方に飛んで衝撃を逃がす。それでも内臓が揺れる感覚が残った。
拳銃、ナイフ、超近接の体術。そこへ“あの力”が加わっている。
(暗殺者として磨き上げられてる上に、異界の再生持ち……厄介にもほどがある)
「信也様を返せば、二人の命は助かります」
ミゼ・レムナント。その戦闘力はまだ底が見えない。
普通の戦闘者なら、とっくに死んでいてもおかしくない。
その時だった。
「……練斗……もう、止血した……今、動く!」
廊下の奥から、かすれた声。キャリーケースの影で倒れていたメリーが、黄色いパーカーをきつく足に巻き付け立ち上がろうとしていた。
お気に入りだったパーカーを、自分で破って即席の止血帯にして。
「……お気に入りだったけど、またおじいちゃんに買ってもらうからいいもん」
その瞳には、涙ではなく、確かな闘志が宿っていた。
そしてこの金花メリーの一歩が、この戦局を大きく塗り替えることになる。




