【探偵#27】これこそが金花探偵事務所!
私の名前は金花メリー。
瀬礼市で一番かわいい探偵事務所の所長であり、今は瀬礼文学園の体育館の裏で、人生最大レベルに胃が痛い女子高生だ。
だって…
「じゃ、作戦開始は“会長が名前を呼ばれた瞬間”ね。合図は私が出すから」
さらっと言ってのけた張本人、星都風香ちゃんがこれなんだもん。
「うんうん!……って、改めて聞いてもおかしいよ!?ねぇ風香ちゃん、ほんとにやるの、これ!?」
「今さらビビってどうするのよ、作戦会議の時はノリノリだったくせに」
「ノリノリだったのは練斗だよ!!」
体育館横の控室、平等派陣営の待機スペース。
私は椅子の上でそわそわしながら、今日百回目くらいのツッコミを入れていた。
生徒総会当日。
午前中の授業が終わって、午後からが本番。
体育館は、なんだかいつもと違う熱気に包まれていた。
生徒会長選挙の“前哨戦”、立候補者三派の公開プレゼン。
人間派・異界派・平等派――三つ巴の戦いの火蓋が、まさに今切られようとしている。
……のに。
「平等派はまともにやっても勝てない。これは事実よ」
風香ちゃんが、平等派の腕章を指でつまみながら淡々と言う。
「規模も人数も、資金力も、情報網も。どれを取っても人間派と異界派に劣ってる。真っ向勝負でプレゼンしたところで、“綺麗だけど負け確の理想論”で終わるのがオチ。違う?」
「うぐ……言い方が辛辣ぅ……」
事実だから何も言い返せないのが余計に辛い。
「だからこそ、“生徒総会は一度きり”って規則が生きてくる」
そう、生徒総会のルール。
どんなことがあっても、やり直しは無し。一発勝負。
「人間派だけ、“その一発勝負の舞台”から引きずり下ろす。そうすれば…」
「そうすれば?」
「“平等派が一方的に負ける筋書き”は消える」
風香ちゃんは、薄く笑った。
その笑い方がもう、完全に悪役ムーブなのどうにかしてほしい。嫌いじゃないけど。
「ここから先はシンプルよ」
とんでもないことを言う時に限って、声が一番落ち着いてるのもやめて。
「ステージに三人が揃った瞬間、照明を落とす。ゴーレムが安全性ギリギリまで調整したスモークを噴射。暗闇と煙の中で、“メリーと練斗”が白武を回収する。それだけ」
「それだけ、じゃなーい!!」
私は思わず立ち上がる。
「どう考えても大事件だからね!?生徒会長候補“誘拐”って!!」
「誘拐じゃないわ、“一時的な保護”よ」
「言い換えたところでやってること変わんないよ!!」
横で黙って聞いていた赤い角の用心棒が、肩をぐるぐる回しながら笑う。
「いいじゃねーかメリー。久々に“探偵っぽい仕事”だろ?」
「どこが!?」
練斗の感性、本当にたまに心配になる。
「白武信也は、今この学園で一番“守られてる人間”よ?」
風香ちゃんが続ける。
「人間派の本流、白武財閥の御曹司。学園側としても粗末に扱えない“お客様”。異界派から見れば一番厄介な敵。そして、私達から見ても放置したら、そのうち瀬礼市そのものを壊しかねない危険人物」
「そこまで言う?」
「言うわよ。あの男、“異界人の排斥”だけじゃなくて、下手すればこの国の“ゲート政策”そのものをひっくり返そうとしてる。瀬礼文学園の生徒会長って肩書きは、ただの通過点よ」
さらっと国家レベルの話まで飛ぶのやめてほしい。
「だから…生徒総会のこの瞬間、“人間派の神話”そのものを崩す。やるなら今日。狙うなら“ステージ上の三人が揃う瞬間”だけ」
その一瞬以外は、人間派も異界派も護衛付き。
さっきまで風香ちゃんが説明していたけど、聞けば聞くほどえぐい警備だった。
人間派にはミゼやその他の護衛。
異界派にも、おそらく護衛クラスの戦闘者が数名。
裏方には、学園が雇ったセキュリティ専門の異界人までいるらしい。
「だけど、ステージ上だけは別。“公平性”の演出のために、あの瞬間だけは護衛をステージから離さざるを得ない。そこで私達がかき乱す」
「この人、まじでまともじゃない……!」
心の声がそのまま口から漏れるレベル。
「メリー」
そこで、風香ちゃんが珍しく、少しだけ真面目な顔をした。
「怖いなら、今のうちに言っておきなさい。この作戦は、失敗すればそれなりのリスクがある。」
静かに、でもはっきりと突きつけられる。
「私達は、もう“後戻りできない場所”に足を踏み入れようとしている。所長として、“ノー”と言う権利はあるわ」
……所長。
そうだった。私、金花探偵事務所の所長なんだった。
普段はポンコツ扱いされてるけど、それでも、所長は所長。
私は、大きく深呼吸を一つ。
「……正直」
自分の声が、少しだけ震えているのがわかる。
「めちゃくちゃ怖いし、できればこんな作戦やりたくないよ」
「そうね」
「でも、やらなきゃ“もっとやだ”になるの分かってるから……やる」
顔を上げると、風香ちゃんと目が合った。
その目が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がする。
「さすが所長」
「メリーがビビってても、俺が隣で全部ぶった斬ってやるから安心しとけ」
「物騒な安心感ありがとう」
そこに、ゴーレムの機械的な声が割って入る。
「本番マデ、残リ時間10分。観客ノ入場率、90%。人間派・異界派・平等派ノ応援団、ほぼ揃イマシタ」
「ありがと、ゴーレム」
風香ちゃんが立ち上がり、制服の裾を整える。
「じゃあ――行きましょうか」
____________
体育館の中は、まさに“お祭り騒ぎ”だった。
「すげ……まじ満員じゃん」
「さっきから歓声のボリュームが異界生物レベルなんだけど……」
ステージの両脇には、人間派と異界派の応援席。
人間派は“白武コール”と統率の取れた拍手。
異界派は、異界語混じりの独特なリズムで盛り上がっている。
一方、平等派の応援席は――
「うちら、ちょっと静かめだね……」
「数の暴力はどう頑張っても覆せないわ」
でも、静かだからといって弱いわけじゃない。
さっき見た瑠香さんの表情は、覚悟を決めた“リーダーの顔”だった。
ステージ袖、そこから見えるのは、壇上に置かれた三つの演台。
真ん中に生徒会長席、その後ろに現生徒会。
その少し下、前列に立候補者三人が並ぶ予定だ。
「生徒総会、まもなく開会いたします」
生徒会書記の声が体育館中に響く。
「緊張してきた?」
横から風香ちゃんが並ぶ。
「そりゃするよ。なんせ今から、瀬礼文学園の歴史に残る大事件やらかしに行くんだから」
「ポジティブに言わないで」
練斗はというと、ステージ裏の暗がりで軽くストレッチをしながら、楽しそうに笑っていた。
「しかし、あれだな」
「なに」
「こういうので一番テンション上がってるのが探偵の風香で、一番まともにビビってるのが所長って、うちの事務所やっぱおかしいよな」
「それはね、つまりね――」
私はちょっと胸を張る。
「うちが“健全な探偵事務所”ってことだよ!」
「どこが!?」
「どこが?」
風香ちゃんと練斗に揃ってツッコまれた。ひどくない?
「全校生徒の皆さん」
マイクの音が、空気を切り裂く。
「これより、生徒会長選挙立候補者による、生徒総会を始めます。まずは、三つの派閥を代表する会長候補をお呼びします」
きた。
「人間派代表、白武信也」
ワァァァァァァァァァッ!!!
割れんばかりの歓声。
ステージ袖から、白い制服を着た白武信也が姿を現す。
堂々とした歩き方、笑み、余裕。ああいうところだけは、本当に“王子様”だ。
「異界派代表――」
異界派の候補も続いてステージへ。
派手なマント姿の異界貴族系男子、生徒達からの人気も高い。
「平等派代表、海王瑠香」
「瑠香ちゃーん!!」
私は思わず袖から叫びかけたが、風香ちゃんに口を押さえられた。
瑠香さんは、一瞬だけステージ袖側、私達のほうを見て、静かに頷く。そして、まっすぐ前を向いて歩き出した。
三人のシルエットが、ステージ中央に並ぶ。
体育館中の空気が、一瞬、ピンと張りつめた。
今だ。
「ゴーレム」
風香ちゃんが、小さく囁く。
「合図通り、“アレ”を」
「了解シマシタ。安全装置ヲ解除。第一段階、実行開始シマス」
次の瞬間。
パチン、と何かが弾けるような微かな音。
「……ん?」
照明が、一瞬だけチカッと瞬き――
体育館の全てのライトが、一斉に落ちた。
「え!?」「停電!?」「きゃっ!」
真っ暗闇。
すぐにあちこちからざわめきと悲鳴が上がる。
同時に!
ボフッ!ボフッ!ボフッ!
ステージ上とその周りから、一斉に白い煙が噴き出した。
「落ち着いてください、生徒の皆さん!」
生徒会役員の声も、煙とざわめきに飲まれて届かない。
「行くわよ、メリー」
「う、うん!!」
私は胸元で手をぎゅっと握り締める。
練斗はすでに駆け出していた。煙の中でも、あの赤い角はぼんやり見える。
視界ゼロのステージ裏。
だけど、私達にはゴーレムの位置情報共有がある。
『練斗様、右三メートルニ白武信也ノ反応。ミゼ・レムナントは他方向ニ警戒行動、接近注意』
「ミゼが動く前に決めるぞ!」
練斗が煙の中から叫ぶ。
真っ暗なステージへ、私も飛び出す。
白いスモークの海。
どこからか悲鳴と笑い声と咳き込みと怒号が混ざった音。
「白武さん!」
私は叫びながら、あえて違う方向へ走る。
囮役。私の声と気配で、ミゼの注意を引く。
その間に!
「こっちだ、王子様」
低い声。
煙の中から伸びた影が、白武の腕を掴む。
「っ……煉城君か」
「ご名答」
練斗の笑い声と共に、ステージ上の一角から足音が消える。
私は暗闇の中で、心の中だけで叫んだ。
(風香ちゃんの大作戦、開始だよ――!)
この人、ほんとにまともじゃない。
でも、それでも、私は信じてる。
星都風香の狂気じみた作戦は、この学園の“未来”を、本気で守りたいからこそ生まれたものだってことを。




