【探偵#26】風香の作戦…?
私の名前は桜田梨乃、瀬礼文学園に通う本好きの女子高生。
現在は訳あって…いや半強制的に瀬礼文学園の生徒会選挙に首を突っ込んでいる。
あれは瀬礼文学園活動者会議の前、突然図書室の扉が開く。
「お邪魔します、桜田梨乃さんはいますか?」
静寂の図書室を切り裂く女子生徒の声。
「はい、私が桜田です」
その日は図書室は休み、活動者会議で使う書類を取りに来ていた私だけが教室にいた。
「私は海王瑠香、平等派で生徒会長を目指している、単刀直入ですが、私達の仲間になってほしいの」
扉から正面のカウンターまで飛び出すように接近してきた彼女、
「なんで私なんですか?急に言われても…」
今まで話したこともない生徒に、しかも明らかに面倒な事が確定している。
だけど…私の声は彼女には届かなかった。
「あなたのような中立的な思考、それでいて冷静、異界人と人間とも仲がいい、魅力的な人材です」
けど…そんな急に…
「あなたは本が好き、でも異界人と人間が争い続ければ、学園が購入する本の種類にも影響してくる。実際、人間派の影響で異界系の本、購入しずらいでしょう?」
私の事を相当調べてきたのか、自分の心の中を覗かれた気がした。
「私達が作る学園は自由、どう?私と一緒に?」
もう私が何かを言う前に私の手は彼女の手の中だった。
__________
私の名前は金花メリー。
瀬礼市で一番かわいい探偵事務所の所長であり、今日もまた、世界の命運みたいなものを背負わされている女子高生だ。
……いや、ちょっと盛ったかも。でも、感覚的にはそんな感じ。
今、私達は金花探偵事務所の応接スペースにいる。
ソファーの向かいには、平等派のメンバーが四人。
人魚族のリーダー、海王瑠香。
黒縁メガネの秀才、新道ラントくん。
銀髪オオカミ耳の獣人、灰堂リリィちゃん。
そして、さっきまでノートを貸してくれていた図書委員の桜田梨乃ちゃん。
テーブルの上には、ゴーレムが入れてくれたお茶と、小さなお菓子皿。
見た目だけなら、ゆるいお茶会なんだけど空気は全然ゆるくない。
「……正直に言いますね」
真っ先に口を開いたのは、海王瑠香さんだった。
さっき会ったときより、少しだけ肩の力が抜けた表情。でも、目だけは真剣そのもの。
「平等派は、異界派と人間派に比べて小規模。生徒達から見れば、どっちつかずの“半端者”です」
“半端者”。
その言葉を、自分で選んで口にした声には、ちょっとだけ悔しさがにじんでいた。
「人間派からは『異界人に媚びた裏切り者』。異界派からは『人間に魂を売った』。そう呼ばれることもあります。私達が何を言っても、まだ“少数派の理想論”としか見られていないのが現状なんです」
うわ……思ってたより、だいぶキツイ立場なんだ。
「でもさ」
私はつい口を挟んでしまう。
「そうやって自分達のこと正直に言えるの、ちょっとカッコいいと思うよ。なんていうか、開き直り……じゃなくて、覚悟?」
「ふふ、フォローになっているようで、ギリギリなってませんね」
瑠香さんが、少しだけ笑った。
その笑い方が上品すぎて、ちょっと嫉妬する。
隣で風香ちゃんは、腕を組んで黙って聞いている。
練斗は、お茶を一口飲んでから「へぇ」と短く呟いただけ。でも、目がちゃんと相手を見ているから、話は全部入ってるはず。
そこで、瑠香さんの隣の新道ラントくんが、小さく息を飲んだのが見えた。
「……そして、もう一つ、重大な問題があります」
さっきまで黙っていたラントくんが、俯きがちに口を開く。
教科書からそのまま出てきたみたいな、真面目そうな顔。だけど、その顔が今は暗く曇っていた。
「今から一週間後の“生徒総会”で、平等派が発表するはずだった資料データが……なぜか、消えました」
「えっ」
思わず変な声が出る。そ、それって…
「“なぜか”って、どういう意味?」と、風香ちゃん。
ラントくんは、両手をぎゅっと握りしめた。
「僕が管理していた共有フォルダから、プレゼン用のデータ一式が消されていました。バックアップも、すべてです……管理番号を入力しないとアクセスできない場所だったので、責任は、完全に僕にあります」
「ラント……」
瑠香さんが、心配そうに彼の肩を見つめる。
「僕は平等派の“戦略担当”なんて言われてますけど、そんな大層なものじゃないです。プレゼン構成と資料整理を少し手伝っているだけで。それでも、生徒総会用の資料は、数ヶ月かけてみんなで準備してきたものなんです。……それを僕の管理不行き届きで失ってしまった」
ラントくんの声は、途中からかすれていた。
悔しさと、情けなさと、責任感。
そういうのが、全部混ざった声。
胸が、きゅっとなる。
「だから、金花探偵事務所さんに依頼した理由の一つも、そこにあります」
ラントくんは顔を上げる。
メガネの奥で、目だけが真っすぐだった。
「生徒総会は、選挙戦の中でも特に重要なイベントです。ここでの印象が悪ければ、僕達みたいな小さな派閥は、二学期の本番で巻き返す時間も、資源もありません。一週間後の“あの場”を逃せば、平等派はほぼ詰みです」
「だから――」
言葉を継いだのは、海王瑠香。
「たとえ妨害があろうと、生徒総会で“私達が立つべき舞台”を守ること。それを、金花探偵事務所の皆さんにお願いしたくて」
そこで、彼女は一枚のファイルを鞄から取り出した。
厚みのある、学園指定の書類。表紙には硬いフォントでこう書かれている。
『瀬礼文学園 生徒総会運営規則』
うわ、絶対難しいやつだこれ。
字が多い。紙、厚い。読む前から心が折れそう。
「この中に、“私達がまだ勝てる可能性”が一つだけあります」
瑠香さんが、テーブルの真ん中にそれを置いた。
私はぱらっとめくってみるけど、漢字の密度がやばい。三行で撃沈。
「……メリー、いいから置いて」
「うぅ……」
風香ちゃんがファイルを引き取り、ページを流し読みし始める。
ページをめくる音が、やけに速い。
数分も経たないうちに、風香ちゃんの指が、ある行で止まった。
「見つけた」
静かな声。
瑠香さんが、ラントくんが、リリィちゃんが、桜田さんが、一斉に顔を上げる。
「ここよ、“生徒総会の本質”」
風香ちゃんが指先で、そこを軽く叩く。
そこには、こう書かれていた。
『生徒総会は何があっても一度きりとする。いかなる理由があろうとも、延期・やり直しは認められない。』
「何があっても……?」
私が思わず読み上げる。
「そう、“何があっても”よ」
風香ちゃんの目が、少しだけ鋭く光った。
「つまり、生徒総会の発表は、どんな妨害があっても、その一度きりで評価されるってこと。資料が消されようが、機材トラブルが起きようが、途中で何かが乱入しようが……あの日、あの瞬間、あの場で見せたものが全て」
「……ってことは」
ラントくんの顔色が、少しだけ変わる。
「白武信也にとっても、異界派にとっても、“一発勝負”ということですか?」
「そういうこと」
風香ちゃんは、今度は私と練斗を見た。
真っすぐに。
「平等派の資料データが消された。白武がどこまで絡んでいるかは、まだわからない。けど少なくとも、あの男はこの“ルール”を理解した上で動いている。だったら、こちらがやることは一つよ」
「なんだよ」
練斗が、ソファーにもたれかかったままニヤリと笑う。
「もう白武は“負けたようなもの”。あとは、私達が生徒総会という舞台そのものを、ひっくり返せばいい」
「おぉ……言い方がもう悪役なんだよね、風香ちゃん」
軽口をたたきながらも、私の心臓はどきどきしていた。
この目の光、完全に本気モードだ。
「練斗」
風香ちゃんが、隣の赤い角に視線を向ける。
「これから、頑張ってもらうよ。うちの“看板用心棒”として」
「まかせろ」
練斗は、湯呑みを飲み干して立ち上がった。
その瞬間、事務所の空気の温度が、ほんの少し上がったような気がした。
「不利な状況でも俺の活躍で逆転する、これが金花探偵事務所なんだよ」
「なにそれ、自分で言う!?」
私がツッコむと、リリィちゃんが「ふっ」と吹き出して、ラントくんが苦笑いして、瑠香さんが小さく肩を揺らして笑った。
でも、私は知っている。
この「イキり」は、全部“本気でやる気がある時のサイン”だってことを。
「心意気だけは認めてあげる」
風香ちゃんが、テーブルに指先で三角形を描くみたいに、言葉を置いていく。
そんな私達のやり取りを見ていた海王瑠香が、すっと立ち上がって頭を下げた。
「……本当に、あなた達に依頼してよかった。平等派は、まだ弱い。少数派。半端者。でも…」
顔を上げた時、その瞳はもう、迷っていなかった。
「この“半端者”達が、この瀬礼文学園を変えられるってことを、必ず証明してみせます。どうか、力を貸してください。金花探偵事務所」
私は思いきり胸を張る。
「任せて。この学園をめちゃくちゃにされるのは困るけど、“腐ってるところ”をぶっ壊すのは、うちの得意分野だから!」
「物騒なキャッチコピーだな、所長」
練斗のツッコミが飛ぶ。
こうして――
平等派と組んだ私達、金花探偵事務所による、
誰も予想していなかった“破壊工作”が、静かに始まりを告げたのだった。
次回、ついに生徒総会本番…白武を狙う…?




