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詩桜 柘榴

 しばらく走った所で追手が来ないと判断したのか、柘榴(ざくろ)はようやく手を離し止まってくれた。

 とりあえず周囲を見渡すと、やはりそこにあるのも魔法少女のグッズ。そしてもちろん多くの人々がひしめいている。この様子を見る限り、彼らにとって魔法少女とは一種のアイドル的な存在なのだろう。可愛らしい見た目に加えて人々を護るために戦っているという事実があるので、確かにこの人気も納得できた。尤もそれはエセ魔法少女である自分の事を抜きにすればの話だが。


「いやぁ、それにしてもビックリしました。まさか魔法少女のグッズがこんなにいっぱい売られているなんて……」

「全然知らなかった?」

「ええ、まあ。あまり余裕のない生活だったもので……」


 魔法少女モチーフのハンカチを手に取り眺めつつ、ほろ苦い過去を思い出しながら呟く。

 慎士(しんじ)亜緒(あお)も元々は田舎の方に住んでいたため、当初は魔法少女という存在にすら知識が薄かった。お互いの両親の死後、親族たちから亜緒と一緒にこの日昇(にっしょう)市まで逃げてきたが、住む場所を探したり金策を考えたりと色々忙しかったので、娯楽やら何やらを楽しむ余裕はどこにも無かった。加えてようやく生活が多少の安定を見せてきた所で、魔王ラムスによって人類の裏切り者に仕立てられたのだからなおさらだ。

 とはいえ考えてみれば予定調和と言っても差し支えない現状だった。慎士と亜緒が住んでいるアパートは、何と<エルダー>の下部組織が経営する組織の収入源だったのだから。

 それを最初から知っていればあのアパートは選ばなかったかもしれないが、他に未成年かつ保護者も保証人もいない状況で借りられる住処などあるわけも無い。きっと<エルダー>経営である事を知っていたとしても、慎士たちはそこに入居するしか無かっただろう。

 結局自分が人類の裏切り者になる展開は避けられず、どうしようもない現実にため息を零す事しか出来なかった。


「見て。ヘリオトロープのストラップ」

「うわ、本当ですね。しかも当然のように二種類ある……」


 そんな慎士の目の前に柘榴が吊るしてきたのは、二等身にデフォルメされたヘリオトロープのストラップ。勝手に自分がこんな可愛らしいグッズにされている事が何ともこそばゆく、先に考えていた過去の事も相まっていたたまれない気分になってしまう。


「そして、これがプリムローズのストラップ」

「あっ、可愛い! これはボクも欲しいかもです」


 しかし次いで目の前に垂らされたプリムローズのストラップに、鬱屈した気分も多少吹き飛ぶ。

 もちろん自分と同じ魔法少女のグッズである事に変わりはないが、自分のグッズでは無いので素直に可愛いと思えた。自身の<魔装>である大きな書物を胸に抱えたジト目のプリムローズという、本人の愛らしさを的確に捉えた素晴らしいグッズである。


「ん。じゃあ買う。(かえで)はプリムローズのを付けて、私はヘリオトロープのを付ける。なかよしの証」

「わあ、確かにそれは仲良しって感じがしますね。傍目には意味が分からないというのもポイント高そうです」


 柘榴の面白い提案に、慎士は少し感心してしまう。

 傍から見るとごく普通の少女たちが魔法少女のストラップを使っているようにしか見えないだろうが、実際には他ならぬ魔法少女本人たちがお互いのグッズを身に着けている事になるのだ。ある種ペアルックよりも繋がりが深そうに感じられる、仲良しの証だった。


「……でも、すみません。やっぱりボクは<共有>には加われないです。まだちょっと、どうしても怖くて……」


 しかし慎士は一転して心苦しさを覚え、そのまま柘榴に断りを入れる。<共有>には加われないという、拒絶にも似た言葉を。

 <共有>とは柘榴の<魔法>がもたらす、大いに有用な力の事。普通に考えれば使わない手は無く、これに加わっていないせいで慎士はむしろ柘榴たちの足を引っ張っている節がある。

 きっと柘榴がこうしてグイグイ仲を深めようとするのも、慎士に<共有>に加わって欲しいからなのだろう。しかし慎士にはどうしてもそれを受け入れられない理由があった。故に申し訳なさに俯くしかなく、罪悪感が胸を貫く。


「別に良い。そういう理由で仲良しになりたいんじゃないから」

「えっ、そうなんですか?」


 しかし当の柘榴はあっけらかんとそう言い放つ。思わず顔を上げるも、目に入るのは相変わらず感情の読み取れない無表情だった。


「ん。普通に好きな人と仲良くなりたいだけ」

「えっ!? す、好きな人、ですか!?」

「ん。私と背格好が近いし、優しくて、一緒にいて安らぐ。だから仲良くなりたい」

「あ、ああ、そういう意味でしたか……」


 返ってきた言葉に一瞬度肝を抜かれたが、すぐに自分の恥ずかしい勘違いを悟らされる。

 柘榴の言う『好き』は、あくまでも友達としての『好き』だ。そもそも慎士が男だとは気付かれていないのだから、ラブではなくライクなのは当たり前だった。

 にも拘わらず変な意味で取ってしまった自分が自意識過剰に思えてならず、慎士は穴があったら入りたい気分になってしまった。


「そう。<共有>とかそういうのは関係ない。ただ私が楓とベストフレンドになりたいだけ。それとも楓は私の事、嫌い?」

「……いいえ、そんな事はありませんよ。ボクも詩桜さんとは仲良くなりたいです」


 無表情だった柘榴の表情が僅かに曇ったため、にこりと微笑みかけながらそう答える。

 本音を言えばこれ以上仲良くなりたくはなかった。今は罪の意識があり彼女たちをラムスに売り渡す事を躊躇っているが、亜緒を救うためには結局選択肢など残されていない。いずれ売り渡す相手と絆を深めるなど、余計に罪悪感を煽るだけである。


「なのでお揃い――ペアルック? 何か違う気がしますね……とにかく、お互いのストラップを付けて絆を深めましょうか」


 しかし塩対応を取って万が一にも正体や目的を悟られるわけにもいかない。故に慎士は余計に自分が苦しくなるだけと分かっていながらも、柘榴の提案を受け入れる他に無かった。


「ん! 今日から私たちは親友!」

「っ……!」


 そんな打算に塗れた行動だというのに、柘榴は無表情だった今までが嘘のように愛らしい笑みを浮かべる。

 初めて見る彼女の可愛らしい笑顔にドキリとしながらも、同時に自分がこの笑顔を曇らせようとしている外道なのだと思い知り、慎士は一瞬罪悪感を堪えきれず吐きそうになってしまった。


「親友なら名字で呼ぶのはおかしい。だから、私の事は名前で呼ぶ事」

「そ、それは……もう少し、時間をください。ちょっと、その……恥ずかしいです……」

「萌え」


 どうやら口に手を当て俯く姿を恥じらっていると勘違いしているようで、柘榴は瞳を輝かせておかしな言葉を吐いていた。

 どうせなら夜刀のように嫌ってくれた方が精神的に楽だというのに、逆に好意を持たれているので始末に負えない。妹のためと割り切る事が出来ない慎士だからこそ、むしろ好意を向けられる事が何よりも辛く耐え難かった。




 玩具屋を出るとちょうど昼時と言う事で、一旦ネオンのフードコートで昼食を摂る事となった。

 慎士は豚骨ラーメンを注文したもの、味付けが薄いのか味が良く分からず、胡椒を振ろうとしたら蓋が外れて大量にぶちまけてしまうなど散々であった。

 とはいえストレスでじりじりと体重が減少し続けている状態で、一食であろうと食事を抜くわけには行かない。なので無理やり流し込んで栄養を摂り、魔法少女たちを騙しながら友達ごっこの継続という苦行に備えるのだった。


「さあ、次はここで夏に向けての水着を買おう!」


 そうして(らん)に先導され、他二人と共に案内されたのは男にとってはあまりにも辛い場所。

 可愛らしい桃色からエキゾチックな紫色まで、フリフリのパンツからスケスケのブラジャーまで取り揃えた、女学院とは別の意味で男子禁制の花園。主に女性向けの下着やそれに類するものを取り扱うランジェリーショップであった。

 見渡す限りとんでもない光景しか目に入らず、あまりの居心地の悪さとここで性別がバレた時の事を考え背筋が寒くなり、慎士の昼食のカロリーはあっという間に消滅した。


「気が早い。早くない?」

「夏休みまでまだ三ヵ月はあるぞ。俺ら成長期だし、今買ってキツくなったらどうすんだよ」

「そ、そうですよ! 今買ってしまったら、必要な時に着られなくなってしまいますよ?」

「いいの! あたしはただ、水着や下着を着てエッチな恰好をした三人を見たいの!」

「おい、下着はどっから生えてきた」

「欲望のシャウト」

「し、下着……!?」


 あまり乗り気ではない感じの柘榴と夜刀(やと)に賛同し、何とかこの恐ろしい布地の地獄から逃れようと試みる。しかし瞳を輝かせて高らかに言い放つ藍の姿に、すぐに無駄な抵抗と悟ってしまった。


「というわけで、まずは下着ね! さ、皆なるべくエッチなのを選んで! 選び終わったらここにもう一度集合ね!」

「ったく、コイツはよぉ……」


 どうやら他二名も諦めているようで、夜刀は面倒臭そうな呟きを零しながら、柘榴は無言でその場を離れて行った。恐らくは藍がニッコリ笑顔で指示する通り、試着して見せる下着を探しに行ったのだろう。


「あ、そ、それじゃあ僕も行ってきます……」

「うん! 期待してるよ、楓ちゃん!」


 慌てて慎士もその場を離れ、背中にむやみやたらに大きな期待を受ける。

 下着を試着して見せて欲しいという事は、慎士も柘榴たちの下着姿を拝む事が出来るという事。男なら役得と言える状況なのは間違いない。


「マズい、どうしよう……」


 しかし慎士の頭の中には興奮とかそういった感情は欠片も無く、あるのは焦りと恐怖のみだった。

 慎士は紛れもなく男であるため、女性とは根本的に体の構造が異なる。そして基本的に女性の下着は、男の下着に比べると生地も薄く布面積も少ない。無論布地の多い物もあるが、それでは藍は満足してくれないだろう。彼女が期待するような下着しか身に着けていない状態で彼女たちの前に立てば、さすがに男特有の下半身の膨らみで性別がバレてしまう。それだけは何としても避けねばならず、慎士はこの危機をどう乗り越えるか必死に知恵を絞った。


「い、いや、まだ手はある。物によってはその辺も何とかカバーできるはずだ! 今履いてるのだってそんな感じだし!」


 亜緒に言わせれば、慎士の身体は例え裸でも女の子にしか見えないレベル。男としての尊厳が完膚なきまでに破壊される言葉だったが、今はその言葉を信じて綱渡りをするしかない。

 なので慎士はやむなく店内の女性用下着を漁り回り、フリフリの三段フリルが膨らみを隠してくれるこれでもかと可愛らしいパンツと、それを着用しながらも藍の期待に応えられそうなマイクロビキニ染みたブラジャーを選ぶのだった。

 こんなものを着用した姿を見せるなど考えるだけでも死にたくなる行為だったが、人類の裏切り者で他人の感情を弄んでいるクズには相応しい罰かもしれない。そう割り切り何とか心の平穏を保った慎士は、食道の方に豚骨ラーメンがせり上がってくるのを感じながら先ほどの場所へと戻るのであった。


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