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魔法少女の戦い

「は、はい、変身しました! 申し訳ありません、黒羽(くろば)さん!」

「この馬鹿野郎っ! 魔法少女に変身してる時は本名出すなって、何度も口酸っぱくして言ったろうがっ!」

「わぶっ!? ご、ごめんなさいっ! カンパニュラさん!」


 慌てて変身して謝罪をするが、今度は魔法少女としての名前ではなく本名を口走ってしまったせいで胸倉を掴み上げられる。

 カンパニュラ、それが夜刀(やと)の魔法少女としての名前だ。(らん)がホワイトリリィ、柘榴(ざくろ)がプリムローズ、そして(かえで)がヘリオトロープ。尤も二つ名を呼び合うような感覚は未だ馴染み難く、自分のような存在が魔法少女となっている事実も手伝いかなり恥ずかしかった。


「ま、まあまあ、抑えてカンパニュラちゃん? 誰にだって失敗はあるよ。それにヘリオトロープちゃんは実戦がこれでまだ二度目だし、慣れてないんだから仕方ないよ。ね?」

「ホワイトリリィの言う通り。一度も失敗認めないとか器が知れる。男にモテず売れ残る典型の面倒な奴。さすが人気投票最下位なだけある」

「ああっ!? 今なんつったコラ!?」

「プリムローズちゃんも煽らないの! カンパニュラちゃんもそんな乱暴は駄目っ!」


 夜刀は楓の事を離したものの、今度は柘榴の胸倉を掴み上げて乱暴に揺さぶり始める。柘榴は全く怖くないのかそれとも顔に出ないだけか、無表情で首をガクガクされていた。そんな光景に藍が苦言を呈し止めに入るも、『私は二位。参ったか』と夜刀は更に煽られる始末。

 てっきり魔法少女たちは仲良しこよしの集団かと思っていた楓としては、この光景はかなり衝撃的であった。尤も初めて顔を合わせた時も似たようなノリだったので、恐らくはこれがデフォルトなのだろう。

 それに表面上はともかく、この三人がいっそ羨ましいほどの深い絆で結ばれているのは楓もすでに理解していた。そこに自分が入り込む事は出来ず、またそんな資格も無いという現実も。


「あの、ボクのせいでごめんなさい……叱責は後程幾らでも受けます。なのでまずは魔物が暴れている現場へ向かいませんか?」

「お前が仕切ってんじゃねぇ、ぶっ飛ばすぞ!」

「もうっ、カンパニュラちゃん!」

「チッ……」


 控えめに提案したものの、夜刀は何が気に入らないのか過剰なまでに怒りを露わにする。藍が嗜めるも楓に鋭い睨みを向けて舌打ちを零す始末。

 正直な所、人にここまで嫌われるのは楓も初めてであった。そもそも嫌われるような事をした覚えも無いので、何故蛇蝎の如く嫌われているのか本気で不思議だった。


「いえ、今のはボクが悪かったです。新入りの癖に出しゃばってしまいましたね。ごめんなさい、夜刀さん」

「……チッ!」


 とはいえ楓はこんな扱いをされても文句など言えないし、理不尽だと怒る気持ちも無かった。楓の目的や正体を考えれば、これでもまだ生温い扱いと思えるくらいなのだ。むしろ刺々しい対応をされる事で罪悪感が僅かに和らぐので、いっそ感謝すら抱いているほどだ。

 故に楓は夜刀へと素直に頭を下げるも、どうやらその反応も気に入らないらしい。盛大な舌打ちをかまし、さっさと屋上への扉を開けて出て行った。




 魔法少女――それは別次元に存在する魔界から現れる恐ろしい魔物や、この世界に潜伏した悪魔たちが創り上げた<エルダー>という組織と戦う、人類の救世主だ。

 可愛らしい衣装で宙を自在に駆け、奇跡としか思えない力を操り、不可思議な武器を以て悪を討つ。ただ可愛いだけではなく命を賭けて戦い人々を護っているので、その人気は絶大だ。

 加えて魔物や<エルダー>に対する国防の要でもあるため、国も魔法少女の活動には極めて協力的である。その正体が露見しないように色々と便宜を図ってくれており、撫子女学院のように建物に複数存在する地下シェルターもその一つである。あれは誰がどのシェルターに避難したか分からないようにする事で、仮に生徒の中に魔法少女がいたとしても正体を誰にも悟られないようにしているのだ。

 なので魔法少女の主な活動とは、魔物やそれに類する存在が現れた時、すぐさま現地へ向かいそれを討伐する事である。無論、新人とはいえ魔法少女である楓も同じ。空を飛ぶという慣れない行為にどぎまぎしながらも、他の三人と一緒に魔物が現れた場所へと向かっていた。


「カンパニュラ、ちょっと当たりが強すぎる。何かあった?」


 スカートの中を覗かないように三人の後方やや上空を飛んでいると、柘榴が速度を落として隣を並走しつつ尋ねてきた。当然、楓は首を横に振るしかない。


「いえ、特に思い当たる節は無いです。そもそも入学したばかりなので、まだ二年生の先輩方とは接点も無いですし……」

「じゃあきっと、ヘリオトロープの可愛さに嫉妬してる」

「……可愛さに嫉妬、ですか?」

「ん。ヘリオトロープは正に女の子って感じだから。自分には無い魅力だから、きっと妬いてる」


 なかなか酷い事を言う柘榴だが、それなら納得できなくも無かった。楓も自分の外見のせいで幼い頃から今に至るまで色々あったのだ。自惚れる気は無いが、自分自身の魅力は誰よりも自分が理解していた。


「……そうですね。確かにカンパニュラさんはあまり可愛いとは言えない人です。けれどそれは、彼女がとても綺麗で美しい人だからですよ。ボクとは方向性が違うんです。仮に本当にそういう事情があったとしても、気にする必要は無いと思うんですけどね」

「でも、ヘリオトロープはその気になれば可愛いも美しいも両方イケる。だから余計に嫉妬されてる可能性アリ」

「それを言われると、どうしようもないですね……」


 可愛い少女と、綺麗で美しい女性。それらは本来相反する方向の魅力であるが、皮肉な事に楓にはどちらも実現できる事情があった。故に言葉に詰まってしまうのも仕方が無く、かといって誇る気にもならないので苦笑いを浮かべるしか無かった。

 そうして微妙な気分で街の上空を飛ぶ事ほんの数分、遂に黒煙と火の手が上がるその現場へと辿り着いた。


『――グルオオオォォォォォッ!!』


 それは正に地獄絵図。巨大極まる双頭の黒狼が破壊の限りを尽くす光景。

 上空から俯瞰している事もあり一瞬大型犬程度の大きさに見えたものの、それは愛玩動物に慣れ親しんでいる民族だからこその錯覚だった。コンビニに突進してタックル一つで全てを吹き飛ばした辺り、どう考えてもまともなサイズではない。

 走るだけでコンクリート舗装の地面が砕け散り巨大な足形が形成され、その咆哮で高層ビル群のガラスが粉砕され撒き散らされる。見た目が犬に似ていても紛れもなく怪物。倒すべき魔物であった。


「あれは……ケルベロスというやつでしょうか?」

「不正解。頭が二つだからオルトロス」


 思わず口をついて出た疑問に柘榴が答えてくれる。

 楓は今からその恐ろしきオルトロスと戦う事になるのだ。魔物との戦いはこれでまだ二度目なので恐怖が消える事は無く、拳を握ってそれを何とか抑え込む。


「みんな、見て! あそこに逃げ遅れた人たちがいるよ!」


 しかし覚悟を決める前に、藍の緊迫した声が耳に届く。見れば散乱した瓦礫によって道を塞がれ、避難できずに立ち往生している人々の姿があった。他にも瓦礫に足を挟まれて動けなくなっていたり、怪我をして蹲っている人々の姿もちらほらと見受けられる。

 当然そんな美味しい獲物を見つけたオルトロスが素通りする事は無く、その巨体を無辜の民の方へと向ける。次の瞬間には地面を爆発させる勢いで飛び掛かり、凶悪な爪と牙で人々を蹂躙するだろう。楓は思わずその光景を幻視し震え上がった。


「させるかよ、ワンコロっ!」


 しかしそれを現実の物にさせまいと、夜刀が一気に地上に向けて急降下。駆けるオルトロスと真正面からぶつかる軌道で、躊躇いなく突撃を仕掛ける。

 幾ら魔法少女が特別な力を授けられた存在と言っても、極端に身体能力が高まっているわけではない。瓦礫を持ち上げるくらいなら訳はないが、恐竜もかくやというほどの大きさを持つ生物の突進を正面から防ぐなど、まず不可能だ。


「<魔装顕現(アンゲルス・アーラ)>!」


 だからこそ、夜刀は更なる力を求めて叫ぶ。その求めに応えるように、彼女の身体から虹色の光が溢れその両腕に巻きついていく。

 次の瞬間そこに現れたのは、肘から先を覆う無骨なガントレット。動きを妨げないために蛇腹状の装甲を組み合わせた形になっており、黒瑪瑙を思わせる漆黒のカラーリングが力強い。

 あれこそ魔法少女が持つ超常の一つ。魔法少女個人個人が授かる、特異な力を秘めた武器。気質や性格を反映した、その魔法少女に最も相応しい武装――<魔装>だ。

 そして夜刀の<魔装>が持つ力は単純明快。飛躍的な身体能力の強化である。


「――<邪悪を祓う退魔の拳(オニキス・クラーク)>!」

『ガアアァアァァッ!?』


 ガントレットに包まれた右腕が振り絞られ、固く握り込まれた拳が放たれる。<魔装>の力と落下の勢いを加えた渾身の一撃は、人々に襲い掛かろうとしていたオルトロスの巨体を軽々と弾き飛ばした。

 砲弾のような勢いで吹き飛んだ巨体はその進路上にあったトラックや車を何台も弾き飛ばし、半壊していた建物にぶつかり倒壊させてからようやく止まった。


「プリムローズちゃん、いつものアレをお願い! それからヘリオトロープちゃんは逃げ遅れた人たちの避難を手伝って! あたしは傷ついて動けない人をここから治療していくから、その人たちの事もお願い!」

「ん。了解」

「分かりました!」


 その隙を狙い、藍が指示を出してくる。新入り魔法少女な楓に藍を越える指示出しや作戦考案が出来る訳も無く、またそんな出しゃばりをする気も無いので素直に従い地上へと降りていく。


「<魔装顕現>!」


 その最中、頭上から聞こえるのは勇ましい叫び。

 思わず見上げた楓の目に映ったのは、虹色の光を手にした藍の姿。縦に長く、そして酷く細いそれの中央を左手で握り、右手を添えるその姿はとても凛々しく神々しい。

 虹色の光が弾けた直後、現れたのはハートを思わせる形状の可愛らしい弓だった。弦は清純な白い光で構成されており、弓本体は美しい藍色。可愛らしさと美しさが同居しているその<魔装>を彼女は左手で強く握り込み、矢もつがえずに構えを取る。

 しかしそんなものは必要無かった。何故なら藍が右手を引き絞れば、輝く光そのものである矢が生じたから。


「――<純真無垢なる聖弓カイヤナイト・ボーゲン>! 届け、癒しの光っ!」


 そして地上に放たれるは金色に輝く矢。ただしそれが向けられたのはオルトロスではなく、足から血を流して動けなくなっていた一人の男性。藍が放った光の矢は骨が飛び出ていた彼の足を射抜くと、その身体を金色の光で包みこんだ。

 一瞬の後、そこにあったのは開放骨折の痕跡など一切無い五体満足な男性の姿。彼は自力で立ち上がると、上空で凛々しく佇む藍に笑顔で手を振り走って逃げて行った。

 藍の<魔装>の力は、あらゆる物を矢として放つ事が出来るというもの。それは一見地味な力であるが、彼女の<魔法>との噛み合いが良く大いに活躍していた。藍はそれを最大限活用し、上空から怪我人に向けて次々と癒しの矢を降らせていく。堂に入った凛々しい姿と面差しで弓を構え、戦場にて癒しを与えるその姿は魔法少女を飛び越えて最早聖女のようだった。

 あそこまでの活躍は出来ないまでも、自分も役割を果たさなければならない。そう認識した楓は視線を切ると、自分の仕事を全うするために走り出した。

 魔法少女名は植物の名前がモチーフです。

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