魔法少女化
『――警報、警報。魔物の出現を感知しました。避難レベル、一。すぐに最寄りのシェルターに避難してください。繰り返します。警報、警報――』
輪唱されるのは避難指示。しかも魔物が出現したというファンタジーな警報。
とはいえこれは性質の悪いジョークではない。この世界では五年ほど前から魔物としか表現できない怪物が、突如として空間を引き裂き現れるようになったのだ。
そのため魔物が出現すると近隣に警報が出され、対策として建造されたシェルターへの避難指示が出されるのだ。もちろん人命と安全のためであるが、半分くらいはまた別の理由がある。
「はー!? 朝っぱらからとかマジ最悪! 戦う魔法少女の活躍を生で見れないじゃんよ!」
「あんたが見たいのはどうせパンチラでしょ。てか生で見るとか避難してないでしょ」
「わ、私は、魔法少女がピンチになってる光景が見たいかも……へへへ……」
「分かる」
「あー、はいはい。お前ら性癖トークはそこまでにしてさっさと避難しろ。ちゃんと指定されたシェルターに行けよ?」
「はーい。どれどれ、どのシェルターに行けば良いのかな?」
パンパンと手を叩き、担任は生徒たちを誘導するように避難を促す。
対して生徒たちはまず全員が携帯を確認するが、それを咎める声は無い。何故なら携帯には避難すべきシェルターの指定が来ているのだ。学校地下に存在するシェルターは複数あり、生徒は指示が来た所に避難するという決まりになっている。
そして自分がどのシェルターに避難するかという情報は話してはいけない。分散し情報を制限する事で、誰がどのシェルターに避難したかをあえて分からなくする事が狙いなのだ。一見無意味なルールに思えるが、これはとある人物たちへの配慮としてあらゆる場所で推奨されている。
「……詩桜さん」
「ん」
チラリと隣に視線を向けると、柘榴から短い頷きが返ってくる。考えている事は同じなので、楓は柘榴と共に形だけの避難を開始した。
全員が思い思いのルートを通って地下のシェルターへ避難する中、楓と柘榴はあえて人が少なくなっていくルートを通り、そのまま近くの空き教室に身を隠す。避難していく生徒や教師たちの足音や話し声が遠ざかって行くのを、二人で息を殺してやり過ごした。
「……よし。皆さん避難したみたいですよ」
そして静寂が戻ってきた所で、教室の外に出て周囲を確認する。
ごく一部の生徒を除き全員がシェルターに避難した学校は、まるで廃校のような静寂と寂しさを感じる空間となっていた。いっそ耳が痛くなりそうな無音の空間だが、遠くから聞こえる警報のおかげでかろうじてそこまでの静寂ではなかった。
「ん。じゃあ屋上に行く」
「はい、そうしましょう」
遠くから鳴り響く警報音を耳にしながら、二人で無人の廊下を走り屋上へと向かう。
やはり全員が避難しているようで、道中で誰かと遭遇する事はなかった。学校なのだから逃げ遅れた生徒がいないか教師が確かめていそうなものだが、それ自体がとある事情から禁止されているのだ。
そのため、今この学校でシェルターに避難していない者はたった四人しかいない。楓と柘榴を含め、もう二人。先輩である二年生の少女たちが。
「――あっ、柘榴ちゃん! 楓ちゃん! 二人とも、おはよー!」
その二人は屋上へ続く階段の踊り場に立っていた。そしてその片割れは、踊り場の薄暗さを吹き飛ばすような眩しい笑顔を浮かべ、階下の楓たちに手を振ってくる。
彼女の名は杉石藍。女の子らしい長い桃色の髪と、綺麗な水色の瞳が目を引く少女である。活発かつ快活な人物であるため、艶やかなストレートヘアーや制服のスカートが翻るのも構わず、ぴょんぴょん飛び跳ね存在をアピールしていた。
その度に白い太腿とその奥に隠された布地が見えそうになり、楓は気恥ずかしさと罪悪感からさりげなく視線を逸らす。これを役得と考え舐めるように凝視するほど、楓の良識は腐っていなかった。
「杉石さん、おはようございます」
「藍、おはよう。今日も元気そう」
「うんうん、あたしは元気いっぱいだよ! 二人も元気そうで何よりだよ!」
階段の上に辿り着くと、極めて純真無垢な笑顔で迎えられる。
楓はその穢れを知らない笑みを直視できず、再び視線を逸らした。この場に立つもう一人の少女へと。
「おはようございます、黒羽さん。今日も相変わらずカッコいいですね」
「あ? 見え透いたお世辞言えば遅れたのが許されるとでも思ってんのか? ふざけてんのか? あぁ?」
笑いかけながらそう褒めたというのに、返ってきたのは喧嘩腰かつ不良染みた乱暴な言葉。しかしそれを口にしたのは男でも無ければエセ少女でもない。紛れもなく本物の少女であった。
彼女は黒羽夜刀。妙に刺々しい雰囲気と、楓より頭一つ分以上も背が高い所が特徴の少女だ。サイドテールとして若干無造作に結われているのは、硬く尖ってはいるが美しい銀髪。黒い瞳は切れ長で、睨みつけるように鋭く細い。全体的な印象はやはり不良に近い物であるが、かといって制服を着崩したりはしていないのでどうにもちぐはぐだった。
だが楓に対する当たりの強さは気に入らない奴に絡む不良のそれであり、笑いかけるだけで酷く機嫌を悪くしてしまうのだ。
「す、すみません、黒羽さん。ご不快な気分にさせてしまって……」
「生理?」
「チッ!」
頭を下げる楓だが、やはり夜刀は不愉快そうに舌打ちを零す。とはいえ今のは柘榴がとんでもない言葉を間に挟んだからかもしれない。
「ま、まあまあ、夜刀ちゃん。柘榴ちゃんたちの教室は二階だから時間がかかるのも仕方ないし、挨拶は大事だよ?」
「しなかったらしなかったで文句言う癖に」
「チッ、うっせぇなあ。こんな所で無駄話してねぇで、さっさと変身して現場に向かうぞ」
「りょ」
「うん、そうだね。それじゃあ――」
「――<魔法少女化>!」
楓を除く三人が胸に手を当て、そう叫ぶ。瞬間、三人の身体は虹色の光に包まれた。
七色に煌めく光が少女たちの肢体に巻きつき、絡みながら形を変えていく。不可思議な光景と浮き上がるボディラインから目を離せず、楓は思わず食い入るようにその光景を眺めていた。
やがて虹色の光が弾けると、そこには制服を纏った三人の姿は無かった。代わりに佇んでいたのは、可憐で可愛らしいドレスを纏ったファンシーな姿の少女たち。
当然普通の女の子がこんな魔法染みたメルヘンな早着替えなど出来ない。そう、彼女たちこそ選ばれし存在。魔物の出現と同時期に現れ始めた、世界を護るために不思議な力を振るって戦う超常の存在。それまでは創作の中にしか存在していなかった、ファンシーな衣装で魔法を操り戦う少女――魔法少女であった。
「――変身、完了!」
ピースサインを額に当て、ポーズを決めてウインクをするのは藍。
その衣装は三人の中で最も純粋に可愛らしく女の子らしい、さながらウェディングドレスにも似た様相だった。清楚な印象を受ける白が基調となった衣装であり、細部を桃色のフリルで彩られているのが実にファンシーだ。
スカート部分はまるで百合の花のようにラッパ状になっており、それぞれの花弁の間が深いスリットに見えるのが清楚さの中に色気を孕んでいる。端的に言って可愛らしくも悩ましい姿であり、先ほどまでガン見していた事もあって楓は思わず視線を逸らす。
「サービスカット」
しかしそこにいたのは、負けず劣らず魅力的な衣装に身を包んだ柘榴の姿。
彼女の身を包んでいるのは深い赤色と鮮やかな紫が基調となった、妖艶とも取れる色合いの衣装であった。藍の衣装がウェディングドレスなら、こちらはさしずめ司書服。真っ赤なベレー帽と若干長めの袖がとても可愛らしい。
特に目を引くのは背後にマントのように伸びるロングスカート。裾に近い所では小さな紫の花が幾つも繋がり合っているかのようなデザインになっており、花が寄り集まって衣装を創り上げている光景を連想させる。
本人は無表情でダブルピースをしているものの、小柄な姿も相まってコスプレ染みた可愛らしさがあった。故にこちらも直視していると気恥ずかしく、そのまま更に隣へ視線を逸らす。
「あ? んだよ。何か文句でもあんのか?」
だがそこに立っていたのも、やはりファンシーな衣装に身を包んだ夜刀。
それはさながらバトルドレス。爽やかな青色と大人っぽい青紫を基調としつつも、大胆に胸から上が露出された動きやすさを重視した衣装であった。三人の中では唯一のショートパンツスタイルであるものの、肉付きの良い太腿がこれでもかと曝け出されている事もあり、むしろ大人の色気を感じられる姿だった。しかし羽織ったドレスはマントのように広がっているため、凛々しさも同居しているという良い所取り。
身長もカッコ良さも何もかも足りない楓としては実に羨ましく、そのまま夜刀の男前でありながら美しくもある姿をじっと眺めてしまう。
「……オイ。何でお前は棒立ちで見てんだよ。喧嘩売ってんのか? あぁ?」
「あっ! ご、ごめんなさい! えーと、その――<魔法少女化>!」
迫力のある睨みを向けられ、楓は慌てて彼女らと同じ事をした。胸に手を当て、その言葉を叫ぶ。途端に楓の身体からも虹色の光が溢れ、その身に衣装の形を取りながら絡みついてくる。
そう、信じ難い事に何故か楓も魔法少女になってしまったのだ。それも学院入学から三日後に。あの夕暮れ時の教室で声をかけてきたウサギもどきは、『清らかな乙女』しか魔法少女になれないと言っていたはずなのに。
おかげで楓はとある目的を果たせたものの、自分自身も魔法少女として活動する事を余儀なくされたのだ。
悲哀と絶望、それから屈辱と恥辱に苦悩しながらも、魔法少女への変身は滞りなく進んでいく。上はあくまでも可愛いドレスを基調としたものであり、色も薄紫なのでそこまで恥ずかしくは無かった。
しかし問題は下。とても清潔感溢れる白いハイソックスが足を包み、太腿剥き出しのミニスカートが翻るという頭が痛くなりそうなデザイン。制服のスカートはロングなのでさほど気にする事は無いものの、こちらは膝上三十センチは行っていそうな狂気の短さ。楓には死活問題であった。
とはいえ衣装もある程度は楓の意志を汲み取ってくれたのか、スカートの内部はフリルを密集させたような見た目のパニエで上手く隠されており、悍ましいパンチラを披露してしまう事は無いのが唯一の救いだった。
加えて先端が二股に分かれたマントが僅かながら凛々しさを演出しており、それらの点だけは楓も気に入っていた。それら以外は深く考えると吐きそうになるので考えないようにしていたが。
現実だと大体屋上への扉は封鎖されている模様。危ないもんね。