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嘘塗れの魔法少女~本当は男で裏切り者です~  作者: ストラテジスト
エピローグ

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24/25

穏やかな朝

「んっ……」


 心地良い温もりに身体を包まれ、柔らかな感触が顔に押し当てられる感覚に慎士は目を覚ます。

 瞼を開けば、視界を覆っていたのは真っ白な双丘とそれが形作る深い谷間。もちろんそれの持ち主は妹の亜緒だ。身体が育って年頃の女の子になってきているというのに、気付けば慎士のベッドに潜り込んでぬいぐるみか何かのように抱き締めてくるのだから恐れ入る。

 そのため起きて早々の衝撃的な光景に度肝を抜かれつつも、頻繁にある事なので段々と慣れが出てくる慎士だった。


「ほら起きて、亜緒。もう朝だよ?」

「んー……もう朝ぁ? くああぁぁ……!」


 優しく身体を揺り動かしてあげると、亜緒はすぐに目を覚ました。そうしてベッドの上で身体を起こし、両手を上げて伸びをする。

 そんな動きを目の前でされると豊かな胸元がますます強調されて目を引くが、最近の慎士の目を引くのはその白い首元の方だった。そこには以前まで装着されていた、恐ろしき機能を秘めた首輪が存在しない。夜刀の<魔法>によって爆発する間もなく戒めを消し飛ばされ、自由と平和を取り戻した妹の姿がそこにあったのだ。

 そして亜緒自身、自分たちがようやく解放された喜びをしみじみと味わっているのだろう。じっと自分の首元を見下ろしながら手を当て、そこに何も存在しない事に頬を綻ばせていた。


「――おはよっ、お兄!」

「うん、おはよう」


 会心の笑みを浮かべて抱き着いてくる亜緒を抱き返し、その頭を撫でてあげながら挨拶を返した。

 十日前に魔王ラムスとの決戦を終えた慎士の日常は、劇的な変化を遂げていた。ラスールの手配と援助により国内有数の高級マンションへ引っ越しをして、騙していた学院のクラスメイトたちには誠心誠意の謝罪とある程度の説明を行い、諸々の清算を果たしてから学院を退学し晴れて自由の身になったのだ。

 今まで慎士の心を苛んでいた原因が綺麗さっぱり無くなったせいか、精神的にもだいぶ落ち着いてきている。過度のストレスにより食欲不振や睡眠障害、果ては味覚障害まで患っていたが、今では体重も増加傾向にあり味覚も戻ってきた。睡眠に関しても亜緒がベッドに潜り込んできたのに気付けなかった辺り、だいぶ熟睡できているようだ。

 当初は様変わりした環境に加え新たな同居人まで増えたため、きっとしばらくは慣れないだろうと思っていた。しかし心の底から安らげる日々が戻ってきたおかげか、今ではこの新たな環境に順応しつつある自分がいた。


「――おはようございますだぴょん、慎士様! それから妹様! 朝ご飯はもう出来ていますぴょん!」


 寝室を出て香ばしい香りが漂ってくるリビングに向かうと、慎士たちを出迎えたのは小さなエプロンを身に着けたデフォルメ兎のラスール。スイスイと宙を泳ぐように移動し、食卓に次々とお手製の料理を並べていた。


「おはよう、ラスール。そしてありがとう。でも、そんな風に様付けとかはしなくても良いよ?」

「そんなわけには行きませんぴょん! 慎士様はハニエル様の座を継いだ、言わばれっきとした上級天使様! 使徒である自分があなた様に失礼をするなど許されませんぴょん!」

「あんまりそういう実感は無いんだけどなぁ……」


 あまりにも畏まった態度に思わず苦笑してしまう慎士。

 天使ハニエルより全てを受け継いだ事で、慎士はある程度記憶も継承している。それによるとラスールたちは夢の国からやってきたマスコットではなく、天界で暮らしていた最下級の天使のようなのだ。彼らは上級天使たちより使命を与えられ、滅び去る寸前の天界から人間界へと送り込まれた使徒。志半ばのまま散ってしまった天使たちの魂を継承し、魔王に対抗できる次代の力を探す事――そんな使命を与えられている。

 ラスールや他にもいるらしい使徒からすれば、今の慎士は復活した主君のような存在らしく、色々と過剰なまでに世話を焼いてくれる同居人として押しかけて来たのだ。ほぼ全ての家事をこなしてくれるので感謝しかないものの、今までは自分たちで家事をやっていたのでいまいち慣れない慎士だった。尤も亜緒はすぐに慣れてラスールをこき使っている節があるが。


「――それじゃあ、いっただきまーす!」

「いただきます」

「どうぞお召し上がりくださいですぴょん!」


 そして朝食の時間。二人と一匹で食卓を囲み、平穏極まる食事を摂る。

 齧りついたウィンナーから肉汁が溢れ、スパイスに彩られた野性的な味が舌の上に広がって行く。口に含んだ味噌汁からは濃厚な魚類の出汁と味噌の香りが咥内を満たし、食欲を増進していく。

 しっかりと味を感じられる事。美味しく食事を摂れる事。それがとても幸福で、慎士はここ最近で何度目かも分からない感嘆の吐息を零した。


「にしても、びっくりしたなー。まさかお兄が実は魔法少女になってたとか、挙句の果てには何か天使になっちゃってたとか、今もちょっと理解が追い付かない感じだよ。お兄、ただでさえ辛そうだったのに街まで守ってたなんて、どう考えても頑張り過ぎだよ」

「別にそれは苦じゃなかったよ。むしろ表面上だけでも良い事してる気になれて、少しは罪悪感が薄れてたしね。亜緒と皆を天秤にかけて悩んでたのが何よりも苦しかったし……あっ、ごめん。こんなの亜緒に話す事じゃなかったね」

「大丈夫だよ。お兄がそういう風に割り切れない人だって事、うちは良く知ってるもん。むしろうちは、お兄のそういう所が大好きなんだからさ」

「亜緒……」


 もしかしたら自分が切り捨てられていたかもしれないというのに、亜緒は輝かしいばかりの笑みを浮かべて好意を露わにする。その信頼があまりにも嬉しくて、そしてそれを裏切らずに済んだ事で、慎士は達成感を噛みしめながら目頭を熱くした。


「でもうちと天秤にかけたって事はさ、お兄は魔法少女の人たちの事、すっごく大切に想ってるんだよね? うちと同じくらい」

「え? あ、うん……」

「ふーん、そっかぁ……」


 何故か妙に声を低くして、どこか機嫌悪そうに瞳を細めて尋ねてくる亜緒。

 酷く嫌な予感がしたが逃げる事は出来ず、また女の子である亜緒が気付かないはずは無かった。


「……好きなの? あの人たちの事?」

「っ……!」

「ふーん……そっかぁ。うちというものがありながら……」

「え、えっと、その……」

「……アハハッ、冗談だよ冗談! お兄の恋愛を縛ったりはしないよ。うちにとってはお兄の幸せが一番だからね。お兄を幸せにしてくれる人がいるなら、むしろうちは喜んで祝福するよ」

「そ、そっか……ありがとう、亜緒……」


 感情を削ぎ落したような虚無の表情で睨みつけてきた亜緒だが、どうやら一種のジョークだったらしい。すぐにいつも通りの明るく悪戯っぽい笑みを浮かべ、慎士の恋を祝福してくれた。唯一の家族である亜緒に反対されると非常に困る所だったので、ほっと胸を撫で下ろすのだった。


「――魔法少女、か……潰すには力が欲しいなぁ……」

「っ!?」


 しかし亜緒がぽつりと何かを呟いた瞬間、ラスールが全身の毛を逆立てて飛び上がった。そして何やら恐怖に染まった瞳で亜緒にチラチラと視線を向けている。

 対面に座っている慎士には何を口にしたのか聞こえなかったが、お互いの中間あたりに浮遊しているラスールには聞こえたらしい。


「亜緒、今何か言った? 何かラスールが凄くびっくりしてるけど」

「いやぁ、何にもー? ただちょっと兎のお肉って美味しいのかなーって?」

「えっ、何でいきなり兎肉を食べたくなったの……?」

「ぼ、僕は食べても美味しくないですぴょんっ!」


 ぶるぶると震えるラスールに対して、邪気の無い笑顔を向ける亜緒。

 まさかラスールを見て兎肉を食べたくなったのか。デフォルメされた姿の、しかも人間の言葉を話す兎を見てそんな事を考えるとは。妹の思考の破天荒さに少々引いてしまう慎士だった。


「アハハッ、ラスーるんを食べたりなんかしないよ。それよりラスーるんさ、うちも魔法少女にしてくれないかな? 何かうちも急に街と人々を守る力が欲しくなってきたんだよね」

「ちょっと急すぎない? どういう心境の変化があったの?」


 唐突にとんでもない事を口にする亜緒に、思わず疑惑の視線を向ける。

 とはいえ『危険だからやめろ』とか『そんな軽い気持ちでなるようなものじゃない』と苦言を呈したりはしなかった。今の慎士は魔法少女になれる条件の最も重要な事を知っているため、亜緒がそう簡単になれるとは思っていないからだ。

 魔法少女になるには天使と共鳴できる魂の持ち主でなければならず、大元の天使と非常に似通った人間性や心の在りようを持っていなければ駄目なのだ。本来なら女性である事も条件なのだが、慎士の場合は天使ハニエルと魂の在りようや共鳴率が異常なまでに高かったため、女性でなくとも魔法少女になれてしまったらしい。それこそ魂が完全に融合し天使に至れるほどに。


「い、妹様のお願いなので、叶えてあげたいところですが……それはちょっと、難しいですぴょん。僕が授かった魂の中には、妹様と相性の良い魂が存在しませんぴょん……」

「あー、そっかぁ。残念だなー? 話変わるけど塩焼きって好き?」

「で、でもっ、他の使徒なら妹様と相性の良い魂を授かっているかもしれませんぴょん! 後程連絡を入れてみますぴょん!」

「ありがと、ラスーるん! 愛してるぅー!」

「み、身に余る光栄ですぴょんっ!」

「……亜緒? 何か脅迫してない? 気のせい?」


 一見微笑ましい、しかし何やら不穏な空気を醸し出しながら笑い合う妹と兎の姿に、慎士は一抹の不安を覚えながらも食事を進めて行った。しっかりと味を感じられる、とても幸福な食事を。




「ええっと……あっ、ここかな?」


 その日の昼過ぎ、慎士は学院から離れた場所にあるおしゃれなカフェへと足を運んだ。

 ここ最近は目まぐるしい日々を過ごしていたので仲間たちと会う事が出来なかったため、集まる日時を決めてようやく再び顔を合わせられる事になったのだ。久しぶりに恋焦がれる少女たちに会える喜びに、自然と慎士の胸は高鳴っていた。


「あ、来た来た! おーい、楓ちゃ――じゃない! 慎士くん! ここ、ここ!」


 カフェに入ると賑やかな喧騒に負けじと声を上げ、笑顔で手を振ってアピールする藍の姿が目に入る。その様子を目の当たりにするだけで心が洗われるような清らかな気持ちになれる辺り、慎士が胸に抱く気持ちは会えなかった期間で相当深く熟成されているのだろう。

 奥の方の席に陣取っている彼女の両隣にはもちろん柘榴と夜刀の姿もあり、再びこうして彼女たちと集まれた事が酷く喜ばしく、どうしようもなく胸が熱くなってきてしまう。


「ボクが最後だったみたいですね。遅れてしまってすみません」

「別に遅刻しちゃいねぇから問題ねぇよ。つーか、そのよぉ……」

「な、何ですか? ボクの格好、どこかおかしいですか?」

「……男装?」

「違いますっ! これが本来の服装です! 断じて男装ではありません!」


 言い淀む夜刀の言葉を柘榴が引き継ぎ、あまりにも惨い一言に慎士はちょっと声を荒げて反論してしまう。

 すでにクラスメイト達にも謝罪を行い、学院も退学しているので慎士は最早女装していない。男物のシャツやズボンを着こみ、れっきとした男の格好をしているのだ。にも拘らず男装と言われれば、さすがにかなり傷つくのであった。


「何ていうか驚く事はいっぱいあったんだけど、慎士くんの性別が一番の驚きなんだよねぇ……」

「他人の身体的特徴をとやかく言うなんざ最低だが……これはさすがに、なぁ……」

「これだけ可愛ければもう正直性別とか何でも良い。濡れそう」

「ア、ハハハ……」


 どうやら小粋なジョークというわけでもなかったようで、藍と夜刀は奇異な物を見る目を向けてくる始末。柘榴だけはそんな視線を向けて来なかったが、代わりに妙に熱に浮かされた瞳をしている。どうしても女の子らしい外見は変えられず、最早慎士は乾いた笑いを零す他に無かった。


 次で終わりです。別にラスールが黒幕とかそういう事はありませんでした。

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