本当の願い
⋇残酷描写あり
⋇ヒロピンはお約束
「貴様らは過ちを犯した。このような曇天の下、しかも夜更けに我を襲うなど、決定的に時期を誤った。闇を操る力を持つ我を、夜の帳が落ちた世界で打倒しようとは……不遜にもほどがあるぞ?」
「うぐっ!?」
「あ、ぐっ……!」
「っ、あ……!?」
「み、みんなっ!?」
周囲の闇が凝縮された力強い暗黒の触手が幾本も現れ、藍たちの首に巻きつき締め上げながらラムスの元へ引きずって行く。何故か一人だけ残された慎士は、宙に磔にされる三人の姿を眺める事しか出来なかった。
「少し苦戦する演技を見せれば、何も疑わず全員で飛び込んでくるとはな。ここまで上手く行くとは思わなかったぞ。これは貴様に感謝しなければな、楓慎士。貴様のおかげで、疎ましい魔法少女を一網打尽に出来るのだから。とはいえ――楽には殺さん。貴様らには散々我が覇道を阻まれたからな。その分の報いは受けて貰うぞ?」
「ぐ、そ、がああぁっ……!」
「こんな、ものぉ……!」
ギリギリと締め上げられる音が響く中、夜刀と藍は自らの<魔法>を用いて身体から眩い光を放ち、闇を払わんと抵抗する。夜刀は清浄な青い光を。藍は輝かしい黄金の光を。
二つの清き光を受け、彼女たちの身体を戒めていた闇の触手は溶けるように薄れていく。しかし周囲に満ちた闇がすぐさまその損失を補い、結果的に触手は何ら欠ける事無く彼女らを戒め続けていた。
「ハッ。そのような灯火の如き光で、膨大な暗黒に対抗できるとでも? だが、実に目障りだ」
「ぐ、うぅっ!?」
「う、ぎっ……!」
「かはっ……!?」
「や、やめろっ!!」
そんな抵抗の光を掻き消すように、幾本もの巨大な闇の触手が振るわれる。鞭のようにしなり音の壁を突き破ったそれは、藍たちの身体を激しく打ち据えて衝撃を撒き散らした。
自分の身体よりも大きく太い触手が、音速を越える勢いで叩きつけてくる苦痛は計り知れない。背中を打ち据えられた夜刀は唇を噛んで悲鳴を堪え、脇腹を殴りつけられた藍は涙を滲ませて表情を歪め、鳩尾を抉られた柘榴は目を見開いて喘ぐ。
そんな凄惨な光景を見ている事しか出来ない慎士だったが、何よりも辛いのは思考が繋がっている故に彼女たちの心が分かる事。痛みに悲鳴を上げ、苦しみに悶えているのがダイレクトに感じられてしまう事だった。
「さあ、魔法少女たちの拷問ショーだ。楓慎士、貴様は男なのだから惹かれるものがあるのではないか? 精々楽しむと良い。どうせ貴様も最後には殺すのだからな」
「ぐっ、ぎいっ……!」
「あっ、か……ぁ……!」
「う、ぁ……っ……!」
ラムスは酷薄な笑みを浮かべ、更に闇の触手を生み出しより苛烈な拷問を行っていく。
容赦なく首を締め上げられ絶息しかけているというのに、大木のような太さの触手で全身を滅多打ちにされる彼女たちの姿は、正視に耐えないほど痛々しかった。
だが身体に絡みつく影が目を逸らす事を許しはしない。視線を逸らす事も許されず、慎士は自身の無力感を噛みしめながら、彼女たちが痛めつけられる姿を無理やり直視させられていた。
「やめ、ろ……やめろおおぉぉぉっ!!」
鏡の<魔装>を顕現させて触手の乱打を防ごうとするが、周囲一帯の空間に満ちた闇をラムスが支配しているためか、自分の周囲にしか展開する事が出来きず近付ける事もままならない。
結局慎士に出来るのは、喉が張り裂けるほどに憤怒の叫びを上げる事だけだった。
「ククッ、良い叫びだ。随分と魔法少女たちに入れ込んでいるな? いや、貴様自身もその仲間なのだから当然か?」
どれだけ慎士が叫ぼうと、ラムスの攻め手が緩む事は無い。むしろ嗜虐的な笑みを浮かべ、宙に磔にされた藍たちへの拷問を加速させる始末。
最早三人は悲鳴も上げられない状態に追い込まれ、苦痛と酸欠に限界を迎え白目を剥きかけていた。しかしそれでもなお、触手による乱打は激しさを増していく。そして反比例するように、彼女たちから伝わってくる思考が希薄な物へと変化していた。
「そこで指を咥えて見ているが良い。貴様のせいで、コイツらは無様に命を散らすのだ」
「あ、ああぁ、ああああぁぁっ……!」
薄れていく繋がりが命が消えていく証のように思えて、慎士は絶望と悲しみを瞳から零しながら慟哭する。
何よりも辛いのは、薄れていく意識の中で彼女たちが慎士に向けている言葉だった。それはこんな状況に追い込んだ慎士への恨み辛みや罵詈雑言の類ではない。『今の内に逃げて』『早く逃げろ』『あなただけでも無事で』――そんな慎士の身を案じる、相変わらずの優しさに満ちた言葉。
慎士には分からなかった。女神の如き慈愛に満ち、高潔な人格を持った非の打ちどころのない善良な人間である彼女たちが、どうしてこんな目に合わなければならないのか。あんな目に合うべきなのは、彼女たちを騙し裏切ろうとしていた自分なのに。彼女たちもそんな思いを抱いて当然だというのに。
けれどやはり、欠片もそんな思いは伝わってこない。薄れていく繋がりは、最後まで慎士の身を案じたものだった。
それがまた、慎士の心を容赦なく抉る。こんなクズのためにあの三人が死んでしまうなんて事、決してあってはならない。最後の最後まで身を案じられるくらいなら、千の罵倒と万の呪詛を吐かれた方が遥かにマシだった。気が狂いそうになるほどの悲哀と罪の意識が湧き上がり、容赦なく胸を抉ってくる。
何もできない自分を、生き残る価値など無い自分を呪いながら、慎士はひたすらに神に祈った。自分はどうなっても良いから、彼女たちを助けて欲しいと。彼女たちは自分のようなクズと違って、深い慈愛と優しさを持つ清らかな少女たちなのだから。死ぬべきは彼女たちではなく、自分の方なのだから。
どこまでも深く自分を貶めながら、ひたすら救いを求める。だが現実は常に理不尽で残酷なもの。その声に応える者など誰もいない――
『――あの三人を、助けたいかい?』
そのはず、だった。けれど確かに頭の内に誰かの声が響いた。少女のようでもあり、少年のようでもある。けれど落ち着きと気品に満ちた、とても心地良い声が。
気付けば周囲の時間が停止したかのように全てが凍り付き、モノクロとなった世界の中で思考だけが絶えず動いていた。
『助け、たい……!』
それを不思議に思う事も無く、慎士は問いに答える。必要とあらば自分の命も魂も、何もかも差し出す覚悟だった。彼女たちを助けられるのなら、声の主がどのような存在だろうと構わなかったから。
『それは何故だい? 彼女たちが仲間だからかな? それとも友人だからかな?』
『それも、ある……だけど、ボクのせいで三人はあんな目に合っているんだ。こんなクズを受け入れて、助けてくれた彼女たちが、ボクのせいで苦しんでいる……だからボクは、何が何でも彼女たちを助けなきゃいけないんだ! そのためなら、ボクは命でも差し出す!』
『……自己犠牲の精神、実に美しいね。<鏡>を顕現させるだけの事はある。けれど、本当にそれだけなのかい?』
声の主は慎士とは異なり、とても落ち着いていた。優しく語り掛けるように、再び問いを投げ返してくる。まるで本当の気持ちを隠して嘘を吐く子供を嗜めるような、そんな慈愛に溢れた口調で。
『君の言葉を聞かせてくれ。嘘偽りの無い、本音を聞かせてくれ』
声の主は、慎士の本音を聞きたがっている。
これが誰なのかも分からない。もしかすると無力感と絶望のあまり、頭がおかしくなって幻聴や妄想を繰り広げているだけなのかもしれない。
けれど何故だろうか。ここで嘘や誤魔化しをする事だけは、絶対にしてはいけない気がした。
『……こんな感情、ボクが抱いてはいけない事だって分かってる。そんな資格なんて無い事は分かってる。だけど彼女たちはとても、とても眩しくて強い女性だから――恋を、してしまったんだ』
故に、全てを正直に吐露する。あの闇の世界から救い出された時、眩しい彼女たちに対して抱いた思慕の念を。
『一番癒してあげたかった人はもういないのに、それでも人を癒し前に進み続ける藍さんが眩しい。愛の終わりと無残な破滅を目の当たりにしたのに、それでも人と繋がりを持ち絆を深めようとする柘榴さんがいじらしい。自分自身の過去と行いも含めて、悪を決して許さない正義感に溢れた夜刀さんに憧れた……』
少女のような見た目であろうが、慎士は紛れも無く男。深い傷を負いながらも強くあろうとする美しい心を持った少女たちを、必死になってゴミ屑の自分を助けてくれた恩人たちを、好きにならないはずが無かった。
『ボクは、彼女たちが好きだ……彼女たちの苦しむ姿なんて、見たくない。だから、何としてでも助けたい! ボクのせいでこんな状況に陥っているのに、見ている事しか出来ないなんてもう嫌だっ! 男らしく無くても良い! この恋が叶わなくても良い! 彼女たちを助け出せるのならっ!』
思考だけが動く世界の中、魂の叫びを胸中で上げる。
自分に彼女たちを好きになる資格など無い事は分かっていた。だからその気持ちに気付いても、心の奥底に封印していた。
けれど狂おしいほどに恋い焦がれているのは、紛れも無い事実だった。彼女たちを魔王に売ろうとしていた自分を許し、あまつさえ闇の世界から救い出し、更には慎士と亜緒のために命を賭けて魔王と戦ってくれた。ここまでされて愛慕の念を抱かないなど、それは最早男ではない。
『ああ……聞こえたよ、君の魂の叫び。僕の魂にまで響く、美しくも悲しい愛と自己犠牲の音色。君だからこそ、僕は目覚める事が出来たんだね』
慎士の叫びに、声の主は歓喜に打ち震えたかのような声を零す。
いや、実際に歓喜に打ち震えていた。姿など見えない、心に語り掛けてくるだけの謎の人物だというのに、慎士にはそれがはっきりと理解できた。まるでお互いの心が繋がっているかの如く。
『いいよ、僕の力を君にあげよう。君が僕の座を継ぎ、その力で彼女たちを救うんだ』
『座を、継ぐ……?』
『もう形骸的な物だから、そこはあまり気にしなくて良い。それよりも君に、一つアドバイスをしてあげよう。君は人を愛する前に、まずは自分自身を愛さなければ駄目だ。愛する家族のために身を粉にし続け、今も自分の全てを犠牲にしてでも彼女たちを救いたいと願う愛の深い君に、資格が無いなんて事はあり得ない。例えそうだとしても、この僕が誰にも言わせない。愛と美を司る、この僕の名において』
慈愛を以て紡がれる思念は、慎士の恋心を肯定するどこまでも優しい想いに満ち溢れていた。その言葉に胸を打たれると同時、一つの記憶が脳裏に閃く。
『あなたは、もしかして……』
魔王と出会いその走狗とされ、魔法少女になって魔物と戦うようになり、慎士はそれら幻想の存在について勉強していた事もあった。その時にとある書物で見つけていたのだ。女性的な美しさを持つ男性の姿をした、愛と美を司る存在の名を。その姿を。
『さあ行くんだ、楓慎士。君の愛する人たちを守るために。彼女たちを愛するために』
瞬間、慎士の魂の奥底で何かが弾ける。それは完全に溶け合っていなかった二つの存在が完璧に混ざり合い、一つの純粋な存在へと昇華を始める合図だった。




