女学院の朝
⋇性的描写あり
⋇下世話な描写あり
撫子女学院。それは楓が住む日昇市に存在する女子高等学校だ。数年前に改装工事を行ったばかりのため、清潔で美しい学び舎である。教職員になら男性もいるにはいるが、生徒は当然全員が女子。間違っても男子生徒が紛れ込んでいる事は無く、もしもそんな事があれば信じられないほどの不祥事となるのは明白だ。
そんな女子だけの美しい花園に、楓は二週間前に入学を果たした。中学校は共学だったので女子だけの学校がどのようなものか分からず、極度の不安と微かな希望を抱いていたのは記憶に新しい。
しかし新たな学校生活と女子だけの華やかな学校に抱いていた幻想は、見事に入学初日にぶち壊されてしまったのだが。
「――おはようございます、皆さん。今日も良い天気ですね?」
登校した楓は教室に入り、すでに登校していた生徒たちに笑いかけながら挨拶を口にした。
それを耳にしてこちらに顔を向けるのは全員が女子。女子高である以上それは当然の事とはいえ、数多くの女子の視線を一身に浴びるのはいつまで経っても慣れなかった。
そしてそれ以上に慣れないのは、女子しかいないこの場所のノリと空気。
「あっ、楓ちゃんだ! おはよう! 今日のパンツ何色!?」
「おはようございます。色は00a968ですね」
「なるほど、エメラルドグリーンか。清潔感のある美しい色で良いですなぁ? うぇっへっへっ」
「何で今ので分かるの、あんた……?」
一人の女生徒は笑顔で挨拶に応えてくれたかと思えば、流れるように下着の色を尋ねてくる。ほとんど定番になってきているので最早淀み無く返せる楓であったが、入学初日の自己紹介の時に尋ねられた時には面食らったものだ。
「おはよう、楓ちゃん。ほらほら、おじさんにパンツ見せなよ? ぐへへ」
「ここやろ? ここがええんやろ?」
「ひゃっ!? や、やめてくださいよ、もうっ!」
そして今度は教室の入り口付近で話していた二人の女生徒が、恐ろしいほどナチュラルに痴漢をかましてくる。楓のスカートを捲ろうとしたりお尻を撫でたり、胸を揉んだりなどという痴漢に等しい行為を。
しかしここは女生徒しかいない女子高。当然女子が女子に行う行為なので最早スキンシップの一環程度の行為でしかない。言葉でのセクハラならともかく物理的な接触は堪った物ではなく、初めてされた時はそれこそ生娘のような声を上げてしまったほどだ。恐怖と恥じらいから最初に初心な反応をしてしまったのが原因らしく、今は隙あらばこんな風に痴漢もどきのスキンシップをされるようになっていた。
事実スカートの裾を必死に押さえ、胸を抱くようにして距離を取ったが、その反応がどうにも気に入られてしまう。
「うーん、良い反応。こりゃ堪らん。もしも私が男だったら犯してた」
「分かる。一緒に電車通学して痴漢しまくりてぇ~」
「もうっ、あんまりエッチな事をしてくる人は嫌いですっ!」
これが苛めの類だったなら反抗するという選択肢もあっただろう。だが悪意は毛ほども感じられないし、むしろ大いに好かれているので余計に性質が悪かった。
それに楓としてはクラスメイト達に好かれているこの状況は大いにプラスとなる。なので本気で怒る事も出来ず、ちょっとだけ機嫌を損ねたくらいの反応を返す事しか出来なかった。その反応が悪戯心を刺激しているのだろうなと分かってはいたが。
「おはよう、楓ちゃん! 五万あげるからヤらせて!」
挙句の果てには最低下劣な直球の発言を投げかけてくる女生徒も出てくる始末。しかも無駄に良い笑顔で。
当初は女子高を可憐な少女たちが集う清楚で華やかな花園と思っていたのだが、そんな楓の夢は最早完膚無きまでに破壊されていた。女子だけの場なんて酷い物だと妹から教わってはいたものの、さすがにここまで酷いとは思っていなかったのだ。
「嫌です。でも一万円でお食事だけなら良いですよ」
「くっ、食事だけか……! だが、それでも良い!」
「じょ、冗談ですよ。本当に財布を出さないでください。大切な友達からそんな風にお金を巻き上げるわけ無いじゃないですか。エッチな事は決してしませんけど、今度友達として一緒に遊びに行ってお食事でもしましょう?」
「本当!? 行く行く!」
「あ、何それズルい! 私も楓ちゃんと一緒に遊びに行きたい!」
「あたしもあたしも!」
「ふふっ、良いですね。じゃあ今度みんなで行きましょうか。どこに遊びに行くか、みんなで場所の候補を考えておきましょうか」
「イェーイ! 楓ちゃんと乱交デートだぜ!」
「ゴム買っておかなきゃ……」
楓の提案に賛同した女子たちが集い、色んな意味で盛り上がる。中には明らかに必要のない物を用意しようとしている者もいたが、さすがにいちいちツッコミを入れていると疲れる。なので楓は早々に女子たちの輪を離れ、自分の席へ着いた。
「――おはようございます、詩桜さん」
「ん。おはよう」
そして隣の席で本を読んでいた生徒に、にこやかに笑いながら挨拶をする。返って来たのは短い一瞥と小さな頷き、それから短い一言だけ。
別に機嫌が悪いわけでも嫌われているわけでも無い。元々あまりテンションが高くない子なのだ。
彼女の名前は詩桜柘榴。たった数センチ程度とはいえ、非常に珍しい事に楓よりも背が低いクラスメイトだ。短い焦げ茶色の髪をぴょろっとツインテールにしており、本人の小ささと真っ赤な瞳も相まって垂れ下がったウサミミのようにも見える。髪質がふわふわで柔らかそうなのでなおさらだ。少し目付きがジトっとしているが、それも小動物的な愛らしさの前ではむしろアクセントになっていた。
自分より小さな女の子なので一緒にいるとプライドが癒されるため、隣の席という事もあり楓が特に親しくしているクラスメイトである。尤も仲良くしている理由は他にもあり、むしろそちらの方が重要だったが。
「良ければ詩桜さんも一緒に遊びに行きませんか? きっと楽しいですよ?」
「……迷惑じゃない?」
「もちろんですよ。それにたぶん――皆さん、詩桜さんもご一緒で大丈夫ですか?」
「オッケー! ロリロリ美少女がもう一人増えるとか大歓迎よ!」
「両手に蕾のダブルデートとしゃれこもうぜ! あたしのテクで二人を開花させてやんよ!」
「は? 何勝手に一人で独占してんだ、こら! ずるいぞ!」
「――ね? 歓迎してくれてますし」
本当に女子なのかと疑いたくなる反応をする女子たちを尻目に、柘榴に笑いかける。
慎士も柘榴もクラス内で飛び抜けて背が低いため、席が隣同士という事もあってセットで扱われる事が多いのだ。加えてまるで人形のように愛らしいと、クラスメイト達から大変好かれている。とある事情からだいぶ好ましい状況であるが、楓のプライドは見事なまでにズタズタであった。
「ん。ちょっと危ない気がするけど、それなら一緒に行く」
「はい。まだ日時は決まってませんし、今の内に行きたい場所を考えておきましょうね?」
「ん」
いっそ泣き叫びたいくらいにプライドが粉々に粉砕されているが、そんな感情はおくびにも出さず笑いかける。
何故ならプライドよりも大事な物があるのだ。それを守るためならプライドが粉砕されようが、地べたに這い蹲る事になろうが一向に構わなかった。
「――よーし、それじゃあホームルームを始めるぞー。全員席に付けー」
しばらくしてチャイムが鳴り、担任の女性教師が教室に入ってくる。生徒がアレなせいか担任も似たり寄ったりであり、髪もボサボサで気だるげな感じだ。もっと華やかな感じの学院を想像していた楓としては、現実と理想の乖離が酷すぎてため息すら零れなかった。
「今日の欠席は……無しか。お前ら揃いも揃って真面目ちゃんか? たまにはサボっても良いんだぞ?」
「アハハッ。先生、それ教師の台詞じゃないですよー」
「学生なんてサボって遊んでなんぼのもんだろ。何真面目に全員出席してんだよ、全く……」
「生理の日のために休みを確保してまーす」
「有給じゃねぇんだしそんな必要ねぇよ。重い時は普通に休めよな」
「はーい」
「私今度から休もうかなぁ。お腹も頭も痛くて酷いんだー」
「私はそこまでじゃないけど、エッチな気分になっちゃうんだよねぇ。何だかすっごくムラムラしてくるわ」
「分かるー。私も楓ちゃん見てると孕ませたくなってくるわ」
「あんたは生理中と言わず、年中そんな感じでしょ」
挙句の果てに、耳を塞ぎたくなるような下世話な話がクラス全体で繰り広げられる。そもそも女子しかいない空間なので多少明け透けになるのも当然かもしれないが、ここまで酷いとは予想していなかった。
楓も人並みの羞恥心を持っているため、繰り広げられる下世話な話に頭を抱えて恥じ入るしか無かった。
「……どうしたの?」
「いえ……あまりにも明け透けな言葉の応酬に、ちょっと気恥ずかしくなりまして……」
「女子高なんてこんなもの。きっとすぐ慣れる」
「そうだと良いんですが、それはそれでちょっと悲しいものがありますね……」
女の子だけの華やかな花園が所詮は幻想に過ぎないという事は、すでに入学初日から嫌というほど理解させられている。
そもそも大人しそうでお人形のように可愛らしい柘榴でさえ、繰り広げられる下世話な話に全く顔色を変えていないのだ。女の子も一皮剥けばこんなものかと、何となくガッカリしてしまう楓であった。
「さーて、そんじゃあ今日の連絡事項だけど――」
楓が色々な意味で絶望し、担任が連絡事項を口にしようとしたその瞬間――ウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
突然学校の外や教室のスピーカーから高い警報音が鳴り響く。全員が背筋を伸ばしたり飛び上がったりする中、今度は全員の携帯が似たような警報を鳴り響かせた。
余談ですがMF文庫j新人賞の評価シートでは「不快なやりとりや下品になり過ぎた下ネタのせいで気持ち良く読めなくなっている」というコメントを頂きました。さすがに下品すぎたんだろうか……?