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作戦会議

⋇性的描写あり

「――というわけ、なんです。これが僕の秘密の全てです。今まで皆さんを騙していて、本当にごめんなさい……」


 地に伏し額を床に擦り付けながら、慎士(しんじ)は数々の悪行を詫びる。

 <魔法>の暴走から救い出された後、慎士たちは一旦その場を去って再び集まる事となった。これからの事を話し合わなければならないし、いつまでも魔法少女の姿で顔を突き合わせていては人々に何事かと思われるからだ。

 そうして集まったのはとある寂れたビルの屋上。人気も無く吹きさらしなそこは秘密の話をするにはうってつけの場所であり、日が沈み夜の帳が降りかけている事もあって雰囲気も相応。慎士は全員が集合したところで改めて事情を打ち明け、冷たい床に這い蹲って土下座を決めたのであった。

 とはいえ許して貰おうとは思っていない。闇の中から救い出され、あまつさえ自分と亜緒(あお)の事を助けてくれるというのだから、この上許しを求めるなどあまりにも傲慢が過ぎるのは自覚していた。


「最高の魔法少女になれる素質を秘めた少女だと思ったら、まさか少年だったとはさすがに予想外だぴょん……」


 どうやらラスールも慎士の性別は見抜けなかったようで、感嘆に近い驚きの声を零していた。

 しかしこの場に集った他の三人は何も言葉を発さない。額を床に擦りつけているので一体どんな表情をしているのか確認する事が出来ず、また今は柘榴(ざくろ)による<共有>も為されていないため何を考えているのかも分からない。


「謝罪は幾らでもします。自首しろというのならその通りにします。どんな罰でも受けます。ですから、亜緒だけは……どうか妹だけは、助けてください……!」


 故に慎士に出来たのは、ただひたすらに妹だけは助けて欲しいと願う事。

 亜緒さえ助かれば自分がどうなろうと構わなかった。妹を人質にされているとはいえ、女子高に女装して通っている変態であり、魔法少女たちを魔王に売り渡そうとしていた裏切り者なのだ。あまつさえその魔法少女たちに闇の中から救い出して貰い、更には妹を助けて欲しいと願う恥知らず。

 だからこそ最早自分はどうなっても構わない。命を捧げろというのなら、喜んで自分の心臓を抉り出す覚悟だった。


「……お馬鹿」

「わっ!? し、詩桜(しざくら)、さん!?」


 しかし唐突に顔を上げさせられたかと思いきや、正面から温もりが身体を優しく包んできた。柘榴が慎士の前に膝を付き、泣きじゃくる我が子をあやすように抱きしめてきたのだ。お互いの顔を相手の肩に乗せ髪に埋めるくらい、濃厚に。

 胸に感じる仄かな膨らみの柔らかさと、鼻孔をくすぐる甘い香りに慌てて逃れようとするも、それを許さないとでも言うように固く抱きしめられていた。


「大丈夫。楓も妹さんも、どっちも助ける」

「楓ちゃんは悪くないよ。大切な人を人質に取られたら、きっと誰だって同じ事をするもの」

「むしろテメェは馬鹿だ。正体掴んだ時点で、さっさと俺らの事を売っちまえば良かったのによ。見ず知らずの俺らの事を考えて迷ってるから、こんな面倒な事態になっちまうんだよ……ま、そんな馬鹿は嫌いじゃねぇけどな……」

「み、皆さん……」


 誰一人として、慎士へ恨みを抱いている様子は無い。優しく抱きしめてくれている柘榴は勿論の事、その背後に立つ(らん)夜刀(やと)も同様だ。片や慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、片やちょっと居心地悪そうに頬を染めて視線をあらぬ方向へ向けている。

 罰せられて当然の男を当たり前のように受け入れ、あまつさえまだ救おうとしてくれるとは思いもしなかった。込み上げる感動とその途方も無く高潔な魂の眩しさに、自然と慎士の瞳には熱い物が込み上げてくる。


「うっ、ぐすっ……あ、ありがとう、ございます……!」

「お、女みてぇなツラで泣いてんじゃねぇよ! 女々しい奴だな! 罰だとかそういうのは今は良いから、これからどうするかを考えるぞ!」

「す、すみません……嬉しくて、つい……」


 感謝を伝えると何故か顔を真っ赤にした夜刀に叱責され、思わず頭を下げる。言葉こそ変わらず鋭く厳しいものだったが、今は不思議と心地良く感じられた。

 きっとそれは照れ隠しのように聞こえたからだろう。どうにも実は男だった慎士への接し方に戸惑っているようで、大変女の子らしい反応をしていた。


「照れてる。楓が男の子だと知って意識しちゃってる」

「う、うるせぇ! してねぇよ馬鹿野郎っ!」

「あははっ。意識しちゃっても仕方ないよ。だってあたしも未だに信じられないもん」

「それは僕も同じだぴょん。本当に楓は男なのかぴょん? 性自認だけの話ではないぴょん?」

「いえ、身も心も紛れも無く男です。なのであんまり詩桜さんにくっつかれていると、その……困ります……」


 熱さを帯びていく頬を隠すように俯き、遠回しに柘榴へ離れて欲しいとお願いする。

 妹の亜緒にくっつかれる事でさえドキドキしてしまうのだから、柘榴に抱き締められたこの状況で何も感じないわけがなかった。

 何より相手は慎士の罪を許し受け入れてくれた素敵な女性。その生き様と高潔な精神に尊く焦がれる女性の一人。許されるならむしろこのまま温もりに浸りたいくらいであった。

 多少遠回しだったものの、柘榴も男に抱き着いている事実を認識して離れてくれるに違いない。そう思っていたのだが――


「何かムラムラしてきた」

「何でですかっ!? うわ、ちょっ、ひぃんっ!?」


 どういう訳か逆に火が付いたようにより固く抱きしめてきた。しかも何故か慎士の首筋に顔を埋め、ふんふんと匂いを嗅いでくる始末。さすがにこれには腰が抜けてしまい、女の子のような悲鳴を上げてしまう。


「お前の方がヤバいだろ! 一回離れやがれ、柘榴っ!」

「あっ、酷い。凄く良い匂いしたのに。もっと嗅ぎたい」


 夜刀が柘榴の首根っこを掴んで引き剥がしてくれたので事なきを得たが、どうにも当人はまだロックオンしている模様。無表情ながらもどこか熱に浮かされた瞳でじっと慎士を見据え、じたばた抵抗している。


「まあ、これだけ小さくて可愛い男の子だと、おかしくなっちゃうのも分かるかも……ね、ちょっとで良いから、本当に男の子なのかどうか確かめさせて? ね? ね?」

「ひいっ!?」

「ホワイトリリィまでおかしくなったぴょん……」


 妙に嫌らしい笑みを浮かべてにじり寄ってくる藍の姿に息を呑み、思わず尻餅をついたまま後退る慎士。

 しかし慎士は今、撫子女学院の制服を着ている。そして下はスカート。そんな服装かつ腰を抜かして座り込んだ状態で恐怖のあまり後退れば、両脚が開きスカートの中に無頓着になるのは当然の事。


「おおっ……」

「素晴らしい」

「ど、どこ見てるんですかぁ!?」


 つまり慎士のスカートの中が、彼女たちの瞳に映り込んでしまう。

 柘榴と藍はその光景に一瞬目を見開き、獲物を狙うような剣呑な光をその瞳に宿していた。慌ててスカートの裾を押さえて隠すものの、むしろその動きと恥じらいが余計に彼女たちを昂らせている節もあった。


「く、くく、黒羽(くろば)さぁん……!」


 情けないとは自分でも思ったが、慎士は妙に顔を赤くする程度の反応だった夜刀に助けを求めた。肉食獣や魔物よりも危険な何かに迫られる恐怖を覚えたせいで、どうしようもなく震えた声で。

 これで夜刀までもおかしくなったらいよいよ貞操の危険を感じる所だが、さすがにそうはならなかった。


「この馬鹿どもが! 目ぇ覚ましやがれ!」

「いたっ!?」

「ぎゃふんっ!」


 怒りに打ち震えるかのようにわなわな身を震わせたかと思いきや、首根っこを掴んでいた柘榴を振り回し藍の頭に頭突きをさせる夜刀。かなり手荒だが効果はあったようで、頭をぶつけあった二人は目を回してその場にへたり込んでいた。


「あ、ありがとうございます……!」

「ふ、ふんっ! 礼なんかいらねぇよ、馬鹿! だからそんな女みてぇに笑いかけんじゃねぇ! 気持ち悪いっての!」


 貞操の危機から救い出された感謝を伝えるため、夜刀に駆け寄りお礼を口にする慎士。しかし当の夜刀は妙に顔を赤くして慎士から距離を取り、視線まで背ける始末。

 夜刀のそんな新鮮な反応を見られて嬉しく思いつつも、心の距離を感じて少し胸が痛むのだった。


「……それで、どうするぴょん? 楓の妹の首につけられた爆弾、<エルダー>の首領たる魔王に目を付けられている事、個人情報も住居も知られている事、問題は山積みだぴょん」


 ひとまず全員が落ち着いた所で、ラスールが話を軌道修正する。車座になって座り、顔を突き合わせて今後の事を話し合う事となった。

 最大の問題はやはり亜緒の首に取り付けられた首輪型の爆弾である。外そうとすれば爆発し、壊そうとすれば爆発し、恐らくは遠隔で起爆する事も出来る悪夢のような処刑道具。これさえ何とか出来れば亜緒の身の安全を確保できるのだが、魔王に目を付けられている事も大いに不安要素であった。


「楓と妹さんが私の家に住めば良い。それで三つ目の問題は解決」

「真面目に考えろ、ドアホ。確かに家は変えるべきだけどな、もし個人情報バラ撒かれたらそいつ外で生きていけねぇぞ。それとも一生お前の家で面倒見る気かよ」

「……それもアリ」

「ひっ……!」


 またしても狩人のような目を向けてくる柘榴に、思わず震え上がってしまう慎士。

 実際の所、亜緒の身の安全さえ確保できれば自分の事はどうでも良かった。例え個人情報をバラ撒かれようが、今までの罪の意識と自己嫌悪による苦悩に比べれば蚊に刺されたほどにも感じないだろう。


「うーんとね、あたし思ったんだけど……魔王、倒しちゃえばよくない?」

「ぴょん?」


 不意に藍がそんな事を口走り、全員の視線が集中する。

 まさかの人物が一番過激な方法を口にした事に、慎士もかなり驚いた。


「だって<エルダー>に目を付けられてるんだから、元から絶つのが賢い方法じゃないかな? それに首領の魔王が倒れれば<エルダー>だって瓦解するかもしれないし、これが一番いい方法だと思うよ?」


 そして言われてみれば確かにその通りであり、より強い驚愕に目を見張る。

 仮に亜緒の首輪だけを何とかできても、<エルダー>の首領たる魔王に目を付けられている事実に変わりはない。むしろ自分の顔に泥を塗った慎士と亜緒を絶対に許さず、全力で探し出し報復する事だろう。そうなれば決して安寧は訪れない。

 けれど魔王を討つ事が出来れば、その懸念は消滅する。元よりトップの魔王が直々に動いているような組織。支配者を失えば瓦解するのは火を見るよりも明らか。残党の処理も必要になるだろうが、きっと亜緒も安心して暮らせるようになるはずだ。


「確かにそれが一番かもな。それに首輪に関しては俺が何とかできるだろうし」

「えっ!? ほ、本当ですか!? 黒羽さん!」


 一番嬉しい答えが夜刀の口から紡がれ、慎士は喜びのあまり距離を詰めて縋りつくようにして聞き返してしまう。

 ちょっと距離が近すぎたのか、途端に夜刀は目を見開き赤面して後退った。


「そ、そんなキラキラした目で見るんじゃねぇ! ていうか近いんだよ! そもそも何とかできるって言っても、絶対じゃねぇからな!」

「あっ、す、すみません……」


 自分が少々逸っていた事に気付き、慌てて元の位置に戻る。

 とはいえ夜刀の口振りから考えると、勝算はかなり高いようだ。ようやく一筋の希望が見えてきて、肩の荷が下りた気分になる慎士だった。気を抜くと安堵の涙が零れそうになるほどに。


「確かに魔王を倒せるならその方が良いぴょん。けれど奴はほとんど表に出て来ないから、まず場所を突き止める必要があるぴょん。僕らの方でも<エルダー>の本拠地や魔王の居場所は以前から探っているけど、未だにどちらも突き止められていないぴょん……」

「そこが問題。居所が分からないから戦いようも無い。魔王なら城にいろ」


 無念の気持ちを滲ませるラスールに柘榴も同意し、場にしばしの沈黙が降りる。他の二人も眉を顰めて黙している辺り、同じ気持ちを抱えているのだろう。魔王を相手に戦うのは良いとしても、相手の居場所が分からない以上はどうしようもないと。

 確かにそれは最大と言って良い難問だった。場所が分からなければ攻め込む事は出来ず、倒す事など夢のまた夢。ラスールたちが以前から探っているのに見つけられない以上、今から期日までに見つけ出す事は到底不可能だろう。けれど慎士には秘策があった。


「……それについては大丈夫です。ボクは、奴と連絡が取れます」


 乗り込めないなら、向こうから出てきて貰えば良い。

 皮肉な事に魔王の手駒にされていた慎士だからこそ、魔王と連絡を取る事が可能だった。そしてあの嗜虐的な性格をした魔王なら、相応の理由で呼び出せばきっと姿を現すという確信があった。期日が迫る焦燥と罪の意識に苦しみ疲弊した慎士の姿を、間近で眺めて楽しめるのだから。


「マジか!? よし、それならまずは作戦会議だ。皆で魔王をぶっ飛ばすための作戦を考えるぞ!」

「楓の敵は私の敵。銀河の果てまでぶっ飛ばす」

「友達のため、仲間のため。そして苦しむ人のため。あたしたちは負けないよ!」


 最も重大な問題が解決出来るという事で、途端に三人は戦意を昂らせ拳を突き上げる。

 他人のために戦える彼女たちの姿があまりにも眩しくて、慎士は目を細めてその光景を見守っていた。魔王との戦いでは例え死んでも彼女たちを守ろうと、固く心に誓いながら。

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