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想いの矢

⋇柘榴視点

「――きゃっ!?」

「うっ!? クソッ、何だ!?」

「……共有を弾かれた。心の底から拒絶されたせい」


 思考の共有を行い精神に直接呼びかけていた柘榴(ざくろ)たちは、強い衝撃を受けて(かえで)との<共有>から弾き出された。

 その寸前に流れ込んできたのは歯の根が合わなくなるほどの恐怖と、生きる気力が全て消し飛ぶ域の絶望。そして胸が張り裂けそうになるほどに深い悲哀。秘密を知られてしまった事によって生じたそれらの感情が、明確な拒絶となって押し寄せてきたのだ。柘榴の<魔法>は誰でも対象にできるものだが、対象から強く拒絶されている場合はその限りではなかった。


「失敗したのだとしたら相当マズい状況だぴょん。アレを見るぴょん」


 無理やり繋がりを断ち切られた衝撃に眩暈を覚えていると、咲き誇る邪悪な花にラスールが小さな手を向ける。

 その先にあるのは変わらず黒い茨に囚われた楓の姿。しかし先ほどまでとは決定的に異なる事象が発生していた。周囲を侵食するようにじりじりと広がっていた黒い領域、それが逆に収縮しているのだ。


「領域が……消えて行ってる?」

「いや……違う、違うぞ! コイツは集中してるんだ! 自分自身にな!」

「えっ!? そ、そんな事したら……!」


 狼狽する(らん)夜刀(やと)の反応も当然であり、柘榴も同じ気持ちだった。

 魔物を短時間で白骨化させるほど強力な生命力の吸収。それが一点に集中していく場合の強さは計り知れない。藍は変わらず癒しの矢を放ち楓に生命力を注ぎ続けているが、供給を簒奪が上回るのも時間の問題だ。そうなれば楓は助からない。


「駄目、もう繋がりを作れない……!」

「そりゃあ当然だ。あの野郎、俺らからの罵声を聞きたくないって耳塞いでやがるからな……」


 夜刀が吐き捨てるように呟いた通り、楓は何よりも柘榴たちの言葉を恐れていた。秘密を知った柘榴たちが、どんな鋭く尖った言葉を投げかけて来るのか。それがあまりにも恐ろしくて、<共有>を断ち切る程の拒絶を覚えたのだ。

 加えて伝わってきたのは『こんな自分に助けなどあってはならない』、『自分にそんな価値は無い』――自責の念と自己嫌悪の集合体とも言える自暴自棄な思考の数々。

 その結果が、ひたすらに自分へと収束していく生命簒奪の領域なのだろう。先ほどまでは暗がりの中で誰かに助けを求め、手を伸ばすように周囲へと侵食を広げていたのだから。


「そもそも幾ら人質取られてるからって、男の癖して女だけの学校に通って、俺らの正体を暴いて魔王の奴に差し出そうってんだからな。そんな極悪人、誰が助けるって話だよ」

「えっ、今とんでもない事言わなかったぴょん? ヘリオトロープって男なのぴょん? <エルダー>のスパイなのぴょん?」

「カンパニュラ……」


 肩を竦めて呆れを見せる夜刀に対し、柘榴は縋るように目を向ける。

 確かに楓から流れ込んできた情報は、あまりにも鮮烈で驚愕の内容だった。実は女の子ではなく男の子だという点だけでも寝耳に水だというのに、その正体は<エルダー>の首領である魔王によって放たれたスパイ。

 ひたすらに周囲を騙して環境に溶け込み、情報を探ろうと近づいて来る相手など好ましく思えるわけがない。ましてや自分たちは売り渡されそうになっていた張本人。夜刀の反応も当然のものであった。

 むしろこのまま見捨ててもおかしくない。柘榴はそれを危惧していたのだが――


「……まあ、俺らしかいねぇよな? あんなに苦しんでる奴を見過ごす事なんて、俺にはできねぇよ。さっさと俺らの事を売り渡せば済んだ話だってのに、こんなになるまで苦悩しやがって」


 どうやら要らぬ心配だったようで、夜刀は一つため息を零して柘榴の気持ちに応えてくれた。

 確かに楓は周囲の全ての人間を騙し、魔法少女の正体を探り魔王に売り渡そうとしていた。けれどそれは全て人質にされた愛する家族のため。自分がどれだけ傷つき罪の意識と自己嫌悪に苛まれようとも、心をすり減らしながら必死に足掻く自己犠牲の心を責められるはずもない。

 まして楓は柘榴たちの事を知ってなお、売り渡す事に葛藤し苦しんでいた。愛する家族の命が天秤にかけられていても、罪悪感を覚えず躊躇なく選べるような人間ではなかったのだ。

 たった一人の大切な家族の命と、友達となった柘榴たち魔法少女の命。二律背反の板挟みの中で苦悩し、気が狂いそうなほどの罪の意識に苛まれていたのは、繋がり合った精神から鮮烈に伝わってきていた。


「男なのにはびっくりした。でもそれ以上に、男なのにアレだけ可愛い事にびっくりした。正直私が感じたのはそれだけ。別に忌避感とかは無い。強いて言えば、アレだけ一人で抱え込んでた事に怒ってる」


 楓の秘密を知ってなお、柘榴は彼を助けたいと心から願っていた。 

 何故なら彼は裏切り者などではない。人一倍愛が深く心優しい一人の少年であり、魔王によって人生を狂わされた不幸な被害者なのだ。

 それに性別が異なったとしても、今まで触れ合い絆を育んだ事実が消えるわけではない。今も楓は、紛れも無く柘榴の親友だ。嘆き苦しむ親友を助けるのに大層な理由など必要無かった。


「うん、みんな同じ気持ちだよね。あの子を助けたいって気持ち、繋がってなくても伝わって来るよ」


 藍も同じ気持ちなようで、癒しの矢を放つ手を休めない。全員が全員、楓の秘密を知ってなお彼を助けたいと思っていた。


「……まあ、方針が一致してるのは良い事だぴょん。しかしここからどうするぴょん? <共有>が出来ないなら、もう出来る事は無いんじゃないかぴょん?」


 全員の気持ちが同じ事を確かめ合えた所で、それを台無しにするようにラスールが指摘する。

 しかし確かに言っている事は間違っていなかった。楓の目を覚まさせるためには、直接精神に呼びかけるしかない。けれど明確な拒絶を受けた結果、柘榴の<魔法>で楓と繋がる事は出来なくなった。

 ならば他に出来る事は何も無く、楓が罪悪感と自己嫌悪で潰れて死んでいくのを眺めているしかない。


「……ホワイトリリィ」

「いけるか?」


 しかしそれは、彼女がいなければの話。

 可能性は薄く、出来たとしても楓を目覚めさせられるかは分からないが、それでももう一度精神に直接呼びかける手はあった。


「……チャンスは一回だよ。癒しの矢を撃ち続けないと、ヘリオトロープは死んじゃう。だから他の矢を打てるのは一回。それで失敗したら、終わり」


 すでに絶え間なく癒しの矢を放ち続けている藍は、険しい顔でそう言い切る。

 それはつまり、一回だけなら可能だという事。分かってはいたがまだチャンスがあるという事に、柘榴は心から安堵した。


「一回ありゃ十分だ。詰め込めるだけ詰め込んでやるぜ」

「ん。余すところなく詰め込む――<みんななかよしアミークス・アニュラス>」


 夜刀の言葉に同調し、柘榴はもう一度二人と精神を繋げる。楓を対象にはしていないため、今回は問題無く繋がった。

 藍と夜刀から不安が流れ込んでくると同時、それを上回る決意と真っすぐな気持ちが伝わってきた。友達だから、仲間だから、苦しむ彼を放っておく事など出来ないから。皆の想いが一つなのは疑いようも無い。

 あとはどうやって楓の精神に呼びかけ、その心を揺り動かすか。


「さあ、二人とも! 思いの丈を、全部あたしに託して!」

「なるほど、そう来たかぴょん! これならいけるかもしれないぴょん!」


 藍の指示に従い、柘榴は胸の前で手を組み祈るように想いを込めた。楓に伝えたい事、その全てを余すことなく強く想い浮かべる。

 それは繋がり合った精神から藍の精神へと流れ込み、更にそこへ夜刀の想いも注ぎ込まれ交じり合う。やがて複雑に絡み合った三人の想いの結晶は、黄金色の光となって藍の<魔装>に結実する。

 煌びやかな弓の<魔装>である<純真無垢なる聖弓カイヤナイト・ボーゲンにも、柘榴の<魔装>と同じく特殊な力が宿っている。藍は魔力を矢にして放つか、自身の<魔法>である癒しの力を矢として放っているが、それはあくまでも力の一部でしかない。

 その本来の力は、自身の持つあらゆるものを矢として具現する事が出来る力。魔力や<魔法>に限らず、その気になれば記憶や生命力そのものすらも矢として放つことが出来る。そして記憶すらも矢として具現出来るのなら、想いもまた例外ではない。

 <共有>によって藍へと注ぎ込まれた、柘榴と夜刀の想い。そこに自身の想いを加えた光の矢を、藍は癒しの矢を放ち続ける間隙にすぐさまつがえた。苦悩からの解放を狂おしく願い、緩やかな死へと沈んでいく悲しき少年の心を射抜くために。


「やれっ、ホワイトリリィ!」

「私達の想い、届けて!」

「――行くよっ、ヘリオトロープ!」


 そして放たれる想いの矢。光の尾を引き真っすぐに駆けるそれは、漆黒の茨の間を通り抜け、楓の胸に想いを届けた。

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