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暴かれた真実

⋇前半柘榴視点

⋇後半慎士視点

「……私は癒しを続けるよ! 二人はその間にヘリオトロープを助ける方法を考えて!」


 しかし後悔している時間が無い事は皆が理解していた。故に取り返しのつかない過去を悔やむのは後回し。(らん)がひたすらに癒しの矢を放ち(かえで)の生命力を回復し続ける傍ら、柘榴(ざくろ)夜刀(やと)は顔を見合わせ頷き合った。


「ラスール! 聞こえてたら出てこい!」

「緊急事態。今すぐあなたの知恵を借りたい」

「――僕を呼んだぴょん? カンパニュラ、プリムローズ」


 二人で虚空に呼びかけると、仄かな白光と共にデフォルメされたウサギのような生物が現れる。それはこの世界に魔物の侵入を阻む強力な結界を張り、更に魔法少女たちに超常の力を授けた張本人である、自称『夢の国からやってきた魔法使いのウサギさん』――ラスールであった。

 ふわふわで愛くるしい外見をしているが、この緊急事態にそんなくだらない事は誰も気にしない。なので夜刀がその小さな頭を鷲掴みにして持ち上げ、邪悪な花の内に囚われたヘリオトロープの方に向けた。


「アレを見やがれ!」

「ぴょん!? 動物虐待はやめて欲しいぴょ――うわっ!? アレ何だぴょん!?」

「ヘリオトロープの<魔法>。領域内の生き物の生命力を奪って、範囲を広げ続ける<魔法>」

「何で魔法少女がそんな物騒な<魔法>を使ってるんだぴょん!? というか以前と<魔法>変わってるぴょん!」

「胸に抱えてる悩みが極まった結果だよ! あの野郎、どんだけ闇を抱えてやがる!」

「これ、<魔法>の詳細」

「ぴょん。これは……」


 解析した<魔法>の情報が綴られた<光輝と暗黒の書>を見せると、ラスールは赤い瞳をスッと細めて即座に読み進めていく。

 魔法少女の力を与えたラスールなら、<魔法>に関しての知識も深いはず。ならばこの状態から楓を救い出す方法も分かるかもしれない。そういった予想から柘榴と夜刀はラスールを呼び出したのだ。


「……なるほどだぴょん。これが事実なら、今のヘリオトロープは<魔法>に意識を奪われている状態だぴょん。自分を苦悩から解放してくれる<魔法>に全てを委ね、制御を手放しているんだぴょん」

「だったら、何とかしてアイツを起こせばこれは止まるのか!?」

「理屈としてはそうだぴょん。でも昏睡状態よりも深い意識喪失だぴょん。例えカンパニュラがグーで殴っても目は覚めないぴょん」

「だったらどうすりゃいいんだよ!? このまま指咥えて見てろってか!?」

「ああああああっ! 揺らさないで欲しいぴょ~ん!」


 頭を掴まれた状態でガクガクと揺さぶられ、ラスールは震えた抗議の声を上げる。

 しかし夜刀が怒りのままに叫びを上げるのも仕方のない状況だった。楓の目を覚まさせようにも、黒い領域に踏み入れば生命力を奪われ死に至るため近付けない。そして仮に近づけたとして、楓の意識を引きずり上げる方法が無ければ意味が無い。

 傍目から見れば抜き差しならないこの状況。だが柘榴には一つだけこの状況を打ち破る手段があった。


「それなら、直接精神に語り掛ければどう?」

「ああ、その手があったか! けど、出来んのか? お前の<魔法>は同意を得ないと無理なんじゃねぇのか?」

「同意を得てからやってるだけで、別に出来ないわけじゃない。それで、どう? 行けそう?」

「可能性はあると思うぴょん。でもただ語り掛けるだけでは意味が無いぴょん。ヘリオトロープの心に響く事を伝えられなければ、彼女は<魔法>に囚われたままだぴょん」

「心に、響く事……」


 精神に語り掛ける方法は存在する。しかし心に響く事を伝えられる確証は無かった。

 元より柘榴たちは楓の苦悩の根源にあるものを知らない。何も知らないまま知った風な事を語りかけ、楓を闇の中から救い出す事が出来るとは到底思えない。不安を感じて夜刀に視線を向けると、彼女も同じ事を考えているようで表情を曇らせていた。


「――やろう、二人とも!」


 しかし弱気になっていた柘榴たちを、正確に癒しの矢を放ち続ける藍が叱咤する。


「出来る出来ないじゃなくて、やるんだよ! 苦しんでいるヘリオトロープを、これ以上放っておく事なんて出来ないんだから!」


 放たれる矢の如き真っすぐな心を見せる彼女に、柘榴は夜刀と顔を見合わせ苦笑いする。

 藍の言う通り、他に出来る事は何も無いのだ。ならば出来る出来ないではなく、やるしかない。そんな簡単な事にも気付けないほど慌てていた自分たちが無性に恥ずかしかった。


「……だな。当たって砕けろの精神で行くか」

「ん。真理」

「酷いぴょおぉぉぉんっ!」


 ラスールをポイ捨てする夜刀に頷きを返し、柘榴は<共有>を行う事を決める。

 本来なら同意を得てから行う事で、一方的に行う事ではない。しかし緊急事態である以上、四の五の言っていられなかった。

 それでも今から行う事は、人のプライベートを無理やり暴くような行為。その結果嫌われてしまおうとも、楓を救い出せるならそれで構わない。柘榴は覚悟を決め、それを視線で他の二人にも問いかけた。


「あたしたちも、覚悟は出来てるよ!」

「やれ、プリムローズ!」

「……分かった!」


 真剣な眼差しで促してくる二人に背中を押され、柘榴は躊躇いなく自らの<魔法>を行使する。

 光が溢れたりはせず、また何かを具現する<魔法>でもない。派手さは全く存在しない、例え人前で用いても誰にも気付かれない地味な<魔法>。

 しかしその効果は力を合わせて戦う仲間たちにとって、何よりも大切な物。お互いの考えている事が全て筒抜けになってしまうため、心を許せる相手にしか使えない柘榴だけの<魔法>。


「――<みんななかよしアミークス・アニュラス>!」


 柘榴は自分を中心にして藍と夜刀、そして楓に対して<魔法>を発動した。全員での思考の共有という、相手を理解し絆を深めるための<魔法>を。




 そこは一切の光が差さない、無明の闇が広がる世界。上下左右の区別もつかず、ただふわふわと宙に浮いた感覚を覚えながら漂うのみ。

 さながら宇宙空間の如き孤独に満ちた世界であるが、不思議と慎士(しんじ)にとっては安らげる夢のような空間だった。何故ならここには何も無い。痛みも苦しみも、慎士を苛むありとあらゆる刺激が存在しない。

 ぼんやりと霞がかった思考の中では、自分が何故ここにいるのか、何に苦しんでいたのかも思い出せない。しかしそれで構わなかった。何か途轍もない苦悩に苛まれていたという事実だけは覚えているのだから、そこから解放された今となっては理由などどうでも良い事だった。

 故に、慎士はこの暖かい闇の中を心地良さに浸りながら眠る。何も考えず、ただ安らぎを享受しながら。


『――楓ちゃん! 楓ちゃん、聞こえる!?』

『楓、起きて! 目を覚まして!』

『目ぇ覚ませ馬鹿野郎! 回り巻き込む自殺とかふざけてんじゃねぇぞ!』


 けれど静寂に満ちた闇の世界に、突如として何者かの声が無粋に響く。

 煩わしさから無視しようかとも思ったが、どうにも声の主は三人もいるようだ。一人ならともかく三人はあまりにも耳障りで無視できない。それに不思議と、無視してはいけないような気がした。


「……誰、ですか?」

『あたし達は、あなたの友達だよ!』

『そして、大切な仲間』

『一緒に力を合わせて戦った仲だろうが! 忘れちまったのか!?』


 声の主たちは次々にそう語り掛けてくる。恐らくは女性。それも少女というべき年齢の三人。

 けれど霞がかった思考では記憶も掘り起こせず、またその必要性も感じなかった。何より慎士自身が思い出したくないと感じたから。


「……知りません。ボクの事は、放っておいてください」

『このままじゃ楓ちゃん死んじゃうんだよ! それでも良いの!?』

「……良く分かりませんが、それに何か問題があるんですか? こんなに気持ちの良い世界にずっといられるのなら、良い事じゃないですか。ここには悩みも苦しみも存在しないんですから」


 今にも泣き出しそうな震えた声に対して、淡々とそう返す。

 不思議な事に感情が直接流れ込んできて、彼女が酷く胸を痛めているのだとはっきり分かった。けれど自分までも同じ感情を抱いている気分にさせられ、酷く煩わしい。そして余計にこの世界から出たいと思えなくなってくる。ここは楽園。苦悩など何もない幸せな世界なのだから。


『それで良いの? 楓の帰りを待っている人は、誰もいないの?』

「……そんな、人は……」


 無感情に聞こえながらも、どこか熱の込められたその声にずきりと胸が痛む。

 同時に霞がかっていたはずの思考の一部が鮮明となり、脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。くるくるとカールした癖の強い青色の髪と、星のように煌めく銀の瞳。人懐っこい悪戯な笑みを浮かべ、掛け値なしの好意と共に甘えてくる、大切な妹の姿が。


『そうだ! 大切な妹がいるんだろ!? このまま死んじまって良いのかよ!』

「ち、違う! 知らない! ボクにはそんな奴いない!」


 不意に浮かんだ記憶を、乱暴ながらも暖かみのある声が更に刺激する。

 苦悩の無い楽園にずっと浸っていたい慎士は、全力でその指摘と自らの記憶を否定した。これ以上思い出したら、きっと耐え難い苦悩に襲われるから。


『ううん、いるよ。だって今あたしたちは繋がってるから、あなたの思考と記憶が流れ込んでくるもの。綺麗な青い髪をした、元気な女の子。名前は――』

「――亜緒(あお)


 思い出したくないはずなのに、当然のようにその名前が口から零れた。同時に連鎖的に記憶が弾け、大切な妹との思い出が、自らの記憶が次々に浮かんでくる。幸せに満ちた思い出の数々も、苦渋に満ちた痛みの記憶も。

 ああ、一体どうして忘れていたのか。何よりも大切な幼馴染であり、妹である亜緒の事を。絶対に彼女を守ると誓ったのに、何故こんな虚構の救いに浸っていたのか。

 まだ全てが思い出せたわけではない。大半は未だ思い出せないまま。けれどここから抜け出さなければならない事は理解していた。亜緒を救うために、幼馴染として。そして――兄として。


『そう。楓の事、お兄って呼ぶ可愛い妹さんが――えっ? お、お兄……?』

「あっ……」


 そんな決意が、流れ込んできた動揺の感情に揺らぐ。

 何故かは分からない。しかしそれは絶対に知られてはいけない情報だという事が、はっきりと理解できた。


『ん? う、嘘だろ? お前……男、なのか……?』

「っ!」


 伝わってくる困惑に、自身の胸の中に様々な感情が弾けるのを感じた。恐怖と悲しみ、そして絶望。多種多様な暗い感情が怒涛のように押し寄せ、それによって再び記憶が連鎖的に弾けていく。

 彼女たちに決して知られてはいけない、絶対に明かしてはいけない記憶が。


『えっ、待って……これ、<エルダー>の首領……?』

『私達を、売り渡す……?』

『ど、どういう事だよ、これ……』


 思い浮かんだだけで口にしていないというのに、彼女たちには記憶がはっきりと伝わってしまったらしい。

 その声に怒りや悲しみは無い。ただ膨大な情報を処理しきれずに呆然とした様子の、困惑に満ちた声音だけが届いてくる。直接流れ込んでくる感情もまた同じ。

 けれど完全に理解すれば、彼女たちは怒りと悲しみのまま慎士に罵声を浴びせるだろう。『裏切り者』と罵り、『人でなし』と蔑む事だろう。慎士を見捨て、救い出す事などしなくなるだろう。何故なら自分はそうされて当然のゲス野郎なのだから。


「あ……ああぁっ、あああぁあぁぁっ!!」


 一瞬後に訪れるであろうそんな地獄の責め苦に耐えられず、慎士は拒絶の叫びを上げた。

 彼女たちに切り捨てられるくらいなら、敵意や憎悪を向けられるくらいなら、その前に死んでしまいたい。安らぎに満ちた速やかな終わりを、心の底から激しく渇望しながら。

 それぞれの<魔装>と<魔法>(更新)


 ヘリオトロープ:鏡(反射)、広範囲生命力吸収

 ホワイトリリィ:弓(何でも矢として放てる)、治癒能力

 プリムローズ:本(解析)、思考共有能力

 カンパニュラ:手甲(身体能力強化)、????

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