杉石 藍
⋇性的描写あり
「うんうん、みんなちゃんと真剣に選んでくれたみたいだね! どんなエッチな姿を見せてくれるか楽しみだよ!」
全員が揃うと満足気に何度も頷く藍の姿に、非常に憂鬱な気分になってしまう。果たして女の子である藍が同性のエッチな姿を見て一体何が楽しいのか。クラスメイトたちにも言える事だが、その辺りの事は良く理解できなかった。
「あの、杉石さんってそういう性癖の人なんですか……?」
「性癖かは知らねぇが、そういう趣味はあるんだろ」
付き合いが長そうな夜刀にこっそり尋ねると、不快気に眉を顰めながらも答えてくれた。尤もそれが慎士に対する不快感なのか、エッチな下着姿を披露しなければいけないこの状況に対するものなのかは分からなかったが。
「まずは言い出しっぺから。早く脱げ」
「そうだね! じゃあ着替えるからちょっと待っててね!」
柘榴に促され、藍は試着室の中へ飛び込みカーテンを閉める。
すぐにその向こうから衣擦れの音が聞こえてきたため、慎士は目の前で女の子が服を脱いでいるという事実を痛感させられた。柘榴と夜刀の両名は別段何も感じていないようだが、男である慎士は後ろめたい気持ちを感じざるを得なかった。
なので耐えられずにあらぬ方向を向くも、ランジェリーショップなのでどこを見ても目に映るのは女性ものの下着ばかり。結局カーテンしか映らない分、正面の光景の方が遥かにマシだった。故に慎士はカーテンの向こうで服を脱ぐ藍の事はなるべく考えないようにしつつ、正面に視線を戻すが――
「――エントリーナンバー一番! 杉石藍!」
「ひいっ……!?」
その瞬間に試着室のカーテンが開き、下着姿の藍がポーズを決めて現れた。そのあまりにも悩ましい姿に、思わず恐怖の喘ぎを零してしまう。
当然の事だが、藍は下着のみを纏った露出度が非常に高い姿だった。これで下着の布面積が多かったならともかく、ビキニもかくやというほどに少ないのだから困る。上下ともに純白レースで揃えているが、ブラジャーは胸の膨らみの半分程度を覆い隠すハーフカップ。ほんの少しでも動くと隠された桃色が零れそうに思えて、竦み上がりながらも目を離せない。
ショーツの方もかなり鋭角で際どく、見えてはいけない部分が見えてしまいそうな感じだ。そんな格好だというのに藍は恥ずかしがりもせず、むしろ会心の笑みを浮かべてポーズを取っているのだから始末に負えない。脇を見せつけるように両手を後頭部に当て、腰を捻ってウエストを絞り胸の膨らみを突き出すようなその姿に、慎士の目は完璧に釘付けとなってしまった。
「エロくはあるけど色気がない。六十点」
「だな。お前にゃ似合わねぇよ」
しかし女の子である柘榴と夜刀が口にした評価は辛口だった。
とはいえ二人が下した評価は慎士にも何となく理解できる。藍は純真で快活な少女なので、露出度が極度に高い格好は似合わないのだ。実際特に恥じらっている様子が無いので、『エロくはあるけど色気が無い』という柘榴の言葉は的を射ていた。とはいえそれでも慎士は魅了されて目が離せなくなっていたが。
「うーん、そうかなー? 楓ちゃんはどう思う?」
「え? あ、えっと……杉石さんはとても快活で純真なお方なので、あまりそういった方向の物は似合わないかと……」
「そっかー。残念、大人っぽいと思ったんだけどなー?」
ポーズを解いたかと思えば、自らの胸の膨らみを両手で持ち上げ若干不満そうな顔をする藍。
しかし子供じみた表情とは裏腹に、寄せられる胸肉によってくっきり浮かび上がるのは女性的な谷間。それを目にして感触と柔らかさを否応なく想像してしまった慎士は、自分の太腿を千切れんばかりに抓り上げる事で何とか邪な気持ちを抑え込んだ。
「次は私。度肝を抜く。刮目せよ」
そうして再び試着室に引っ込み元の服装に着替える藍を尻目に、柘榴が隣の試着室へと入る。薄布を隔てて二人の少女が服を脱いでいる状況に軽い絶望を覚えかけるものの、先ほどよりは慎士としても幾分マシな状況だった。
藍は元の私服に着替えているだけだし、柘榴に至っては子供染みた体付きなのが分かっているため、例え下着姿であろうと感じられる女性的な魅力が少ないはずだから。何せ柘榴は少女のような見た目と身長を持つ慎士よりも背が低いのだ。加えてやたらに育ってしまった妹がいる身としては、自分と似たような体付きの少女に興奮を催すはずもない。慎士はそう確信していた。
「――エントリーナンバー二番。詩桜柘榴」
「う、わぁ……!」
しかしカーテンを開けてその艶姿を晒す柘榴に、慎士は紛れも無い胸の高鳴りを覚えてしまった。とはいえ柘榴の格好は本来の趣旨とは異なる恰好だった。
「って、下着じゃねぇだろそれ。シャツじゃねえか」
「なるほど、彼シャツってやつを意識したんだね! エッチだからルール上問題無し!」
夜刀が指摘した通り、柘榴が身に着けているのは下着ではなく白いワイシャツ。しかも妙にサイズが大きいため袖はブカブカ。裾はスカートを兼ねており、ちらちらと見える真っ白な太腿が、まるで下半身は何も身に着けていないようにすら錯覚させる。挙句に腹の辺りのボタン二、三個くらいしか留めておらず、胸元がびっくりするほど開いている有様。
覗く真っ白な胸肉には膨らみなどほとんど無い。相変わらずの無表情で恥じらいも無い。しかしそこには倒錯的な艶やかさがあり、大丈夫だと油断していた慎士はものの見事に目を奪われていた。
「楓、どう思う?」
「あ、そ、その……すごくエッチだと、思います。シャツの乱れ具合とか、大きめでブカブカな所とか……」
「良く見てる。良い観察眼」
正直な感想を口にすると、柘榴は満足気に笑った。
動揺と興奮を覚えていた慎士が、その様子を悟られずに言葉を返せたのは至極簡単な理由。自分のようなクズが彼女たちのあられもない姿を目の当たりにしている罪悪感が強く湧き上がり、昂る気持ちが相殺されていたからだ。それこそ柘榴の貴重な笑顔を見られた喜びを上回る程に。
「じゃあ次は夜刀ちゃん! ほらほら、早くー!」
「チッ、しょうがねぇなぁ……」
柘榴がカーテンを閉じて元の私服に着替え始めると、今度は藍に興奮した顔で促された夜刀が隣の試着室へ入る。
それを見送りながら慎士は迷っていた。すでに昂る気持ちが罪悪感で押し潰されそうになっているこの状況で、更に夜刀の艶姿まで目の当たりにすれば果たしてどうなるか。どう考えても絶対碌な事にはならない。
しかし夜刀の衣装だけ見ないというのも、嫌われている現状ではあまり好ましい対応とは言えなかった。とはいえ慎士が本当は男である事を考えると、そちらの方が正しい選択と言えるかもしれない。自分たちを騙し売り渡そうとしているゲス男に下着姿を見られ、喜ぶ女性などいるわけがないのだから。
「――ほらよ、これで満足か?」
「あ、ああっ……!?」
しかしそうして大いに苦悩している間に、夜刀は着替えを終えてカーテンを開けた。反射的に視線を向けてしまった慎士は、その光景に腰を抜かしそうになってしまった。
てっきり藍と同じような下着を想像していたのだが、それは亜緒が寝る時に身に着けているネグリジェに似たタイプの下着だった。一見ワンピースにも似た構造で露出度こそ低いものの、その生地はあまりにも薄く夜刀のボディラインがはっきりと見えてしまう。引き締まったウエストのくびれはもちろん、胸の膨らみだけでなくその先端の突起すら認識できそうなほどに。
少女から女性へと変貌を遂げつつあるその倒錯的な魅力が強調され、妖しい黒と紫の色合いによって大人の色気へと昇華している。それだけでも耐え難いというのに、夜刀が恥ずかしそうに頬を赤らめているのが何よりも衝撃だった。
今まで慎士には怒りや侮蔑の顔しか見せなかったというのに、ここにきて突然の恥じらい顔。見てはいけないと思っても釘付けになった視線を逸らす事は出来ず、慎士はそのまま夜刀の蠱惑的な美の虜になってしまった。
「ヒュー! 最高! スケベっ!」
「エッロ。娼婦かな? 一晩幾ら?」
「て、テメェら……!」
挙句に藍と柘榴に煽りを受け、顔を真っ赤にしつつ身体の要所を手で隠して縮こまる夜刀。その様子がまた慎士の胸を高鳴らせるが、同時に自分がどれほどの罪を犯し少女たちを辱めているかを深く思い知らされ、昂る気持ちを遥かに上回る程の罪の意識が沸き上がってきた。
「うっ……!」
藍たちの艶姿に感じた確かな興奮が、完全に塗り潰されて駆逐されるほどの罪悪感と自己嫌悪。昼食を吐きそうになった慎士は無理やりにそれを飲み込んで堪えたが、立ち眩みを覚えて身体がよろけてしまう。
「あれ、楓ちゃんどうしたの――って、何か顔色悪いよ!? 大丈夫!?」
その様子を藍に目敏く気付かれてしまい、他の二人の視線も慎士に集中する。今更誤魔化そうにも足が笑うのはどうにもできず、血の気が失せた酷い顔をしているのが三人の視線ではっきりと分かった。
「楓、具合悪いの?」
「す、すみません、ちょっと眩暈がして……黒羽さんの艶姿に当てられてしまったんですかね、ハハッ……」
「どう見てもそんな顔じゃねぇだろ、馬鹿が! 藍、そいつ横になれる場所に連れてけ!」
「うん! 楓ちゃん、歩ける!?」
意外にも夜刀が優しさを見せ、藍が慎士に肩を貸してくれる。柘榴も柘榴で酷く不安そうな顔をしており、三人とも心から慎士の身を案じているのは明白だった。
しかしその優しさが余計に罪悪感を煽ってくるため、具合は更に悪くなるばかり。肩を貸してくれる藍から伝わってくる温もりも、女の子特有の甘い香りも、何もかもが罪の意識を逆撫でする材料であった。
「だ、大丈夫です……少し休めば、きっと……」
「どの口で抜かしてんだ、アホが! 今にも倒れそうなレベルの青い顔しやがって!」
「藍、もうお姫様抱っこで運んだ方が良い。楓は軽そうだし、藍ならいける」
「分かった! ちょっと我慢してね、楓ちゃん! うおりゃあっ!!」
そうして慎士はあまり女の子らしくない掛け声を上げる藍に抱えられ、そのまま近くのトイレ付近のベンチへと運ばれた。その光景は他のネオン利用客たちに奇異の目で見られていたが、男の子なのにお姫様抱っこされて恥ずかしい、なんて事を考えられるほどの余裕は無かった。むしろそんな辱めを受ける事で、多少なりとも罪悪感が和らいだくらいである。
しかしベンチに仰向けに寝かされ、藍に膝枕をされると即座にそれがぶり返してきてしまう。女の子らしい肉付きの良い太腿を枕にしているというのに、少しも気持ちが昂る事は無かった。
とはいえしばしの時間を置くと、少しずつ胸の苦しみはマシになってきた。人類を裏切り魔法少女たちを魔王に売り渡そうとしている下劣畜生であり、女装して女学院に通っている変態である慎士にとって、人を騙し感情を弄ぶ事など最早日常茶飯事。弱っている所に不意を突かれただけであり、それに対して感じる苦しみ自体は慣れた物だったから。
「……迷惑をかけて、すみません」
「ううん、いいんだよ。誰だって体調を崩す事はあるんだから」
吐き気が過ぎ去っても膝枕から脱する事は許されず、やむなく藍の太腿を強制的に堪能させられる。見上げる視界の半分くらいは藍の胸の膨らみで覆われている事、そして後頭部に感じる柔らかさと温もりのせいでいまいち落ち着けない。藍自身は純粋な善意で気遣ってくれているのだろうが、むしろ拷問にも等しい時間だった。
唯一の幸運は慎士を安静にさせるため、柘榴も夜刀もこの場には寄ってこない事くらいか。ゲス外道の屑が自業自得の苦しみで悶えているだけだというのに、藍だけでなくあの二人にまで心配の目を向けられながら看病されては、あまりの罪悪感に発狂してしまった事だろう。
「それに楓ちゃんって、確かこっちに引っ越してきたばっかりなんでしょ? 色々な新生活で疲れてるだろうから、それが一気に出ちゃったんじゃないかな?」
「そうですね。色々と新しい事や驚きの連続でしたから、気が付かない内に疲れが溜まっていたのかもしれません」
「気が付けなくてごめんね? 良かれと思って遊びに誘ったんだけど、そのせいで余計に体調が悪くなっちゃったのかも……」
藍の慈愛に満ちていた微笑みが暗く陰る。今回四人で遊びに出かけ、親交を深める事になったのは他ならぬ藍の提案だったのだ。責任を感じてしまうのも当然だった。
とはいえ慎士が胸に抱えている罪悪感に比べれば、吹けば飛ぶほど薄い感情なのは考えなくとも分かる。こちらのように体調に支障をきたすほどではないのだから、別段フォローや慰めも必要とは思えない。
「……いいえ、そんな事はありませんよ。自分の体調管理もできないボクの自業自得ですから。それに皆さんと遊ぶ事自体はとても楽しいです。詩桜さんとは以前よりも仲良くなれましたし、黒羽さんとも多少は打ち解ける事が出来たような気もします。それもこれも、全部杉石さんのおかげです。ありがとうございます、杉石さん」
「楓ちゃん……」
けれど慎士はにっこりと笑い、藍を慰めてあげた。藍に非は無く、むしろ感謝しかない、と。それを聞いて、彼女の陰った表情は僅かに和らいだ。
どうせ魔王に売り渡す相手なのだから、普通に考えれば慰める必要など無い。むしろそんなものは単なる自己満足でしかない。しかし慎士はそうやって割り切る事が出来なかったし、目の前で涙ぐむ少女を無視する事も出来なかった。
そんな自分だからこそ、無駄に苦悩する日々を過ごしているのも自覚している。だがこれが慎士という人間なので、今更変えようが無かった。
「――<大いなる光よ、全てを癒せ>」
不意に藍は慎士の身体に手を置き、そう呟く。すると慎士の身体が仄かな光に包まれ、僅かに体調が回復していくのを感じた。
身体を包んだ暖かい黄金色の光は、治癒の光。藍ことホワイトリリィが持つ治癒の<魔法>であった。まさか単なる体調不良に、それも周囲に人がいないとはいえ公共の場で<魔法>を使うとは思わず、あまりの驚きに慎士は目を丸くするのだった。
「これで、少しは楽になったかな?」
「は、はい。でも、大丈夫なんですか? こんな所で<魔法>を使うなんて……」
「監視カメラとかは無さそうだし大丈夫だよ。ちょうど今は誰もいないし。それに――こんなに具合の悪そうな楓ちゃんを前にして見てるだけなんて、あたしには出来ないから」
「………………」
先ほどと同じ、罪の意識に歪んだ面差しでそう口にする藍。
けれど何故だろうか。先程に比べるとその深さが、自身にも引けを取らないほどに強く感じられた。まるで過去に何か途轍もない悲劇を味わい、その時の行動を悔やんでいるかのような、酷く苦渋の滲む表情であった。
「楓ちゃん。しばらくここで休んだら、送ってあげるからもう帰ろう? さっきよりは良くなったけど、顔色がまだだいぶ酷いよ?」
「……そうですね。これ以上迷惑をかけたくありませんし、そうさせて貰います」
慎士はお言葉に甘えてしばらく休むため、瞼を下ろし身体の力を抜いてリラックスする。直後に頭を撫でつけるような感触を感じてチラリと目を開けると、そこには慈愛に満ちた微笑みを浮かべて慎士の頭を撫でる藍の姿があった。先ほどの深い罪の意識を感じさせる表情は幻だったかのように。
考えてみれば、慎士は藍たちの過去を知らない。どのような理由で魔法少女となったのか、そしてどのような渇望からそれぞれの<魔法>を得たのか、何も知らないのだ。
それを知りたいと思う興味もある反面、これ以上知りたくないという恐怖もあった。ただでさえ彼女たちを裏切り売り渡す事が苦痛だというのに、これ以上彼女たちの事を知ってしまえばどうなるか分からない。
だからもう、彼女たちと関わるのはやめよう。これ以上絆を深めようとするのはやめよう。慎士は自分のひび割れた心を守るため、そう誓うのであった。
主人公はもう限界メンタルですが、壊れるまで追い込めっておばあちゃんが言ってたのでまだまだ追い込みます。