枸櫞皿 三
五日後、少女はおれの前にあらわれた。
真夜中のカザクチ大路と巫女大路の十字路。辻の真ん中に大きな榛の木があり、ほんの一瞬だが、風もないのに葉ががさついた。
黒装束に細く尖った鎧通しを手にしていて、偽巡礼と会うまではそれなりに長かった髪は肩に触れるくらいのところで切られていた。誰かに形見分けでもしたのかもしれない。
おれと少女は榛の木をあいだにいれて相対していた。
少女の手が動いた。
おれが避けると、後ろに立っていた刺客が倒れた。胸に鎧通しが立っている。おれは手投げ刀を高く投げた。榛の木の枝から弓を手にした刺客が落ちて地面にぶつかり、折れてはいけない骨が折れる音がした。
道から刺客たちが虫みたいに湧き出した。
右に高く構え、籠手に打ち込むと、バリッと音がして、賊の両手が一度に落ちた。後ろへ飛び退きつつ、左の踵で地面をとらえて、身をめぐらせると、薙刀を振り上げた賊がいた。右へ身を入れて、懐に飛び込み、切り上げで顔を削ぎ切った。顔のない体は穴のなかに尻餅をついた。これでわかった。刺客たちは砂色の衣を着て、道に掘った穴に隠れていたのだ。
小細工が分かると、あとは労せず討ち取れた。土を踏み固めた道に違和感を見つけたら、そこに一太刀くれてやると、土から血が吐き出し、断末魔が上がった。
最後に隊の頭らしい刺客が飛び出した。顔を布で覆っているが、首筋は剥き出しだった。月の光に漂白された首に青く血の道が浮き上がっていた。おれはそこから目を離さなかった。賊は下段からおれの胸を突き通すと見せかけて、手を逆手持ちにし、おれの首を刎ねようとした。おれは剣で受け、鍔迫り合いをするかわりに、柄頭が相手に向くよう剣を寝かせた。相手の目には動揺が出たはずだが、おれは首筋に走る血の青い道から目を離さなかった。そのまま、前に飛び、鋼をかぶせた柄頭が首筋に打ち込まれ、血の道が破れて相手が血反吐を吐くまで目を離さなかった。
少女のほうを見ると、骸が三つ転がっていた。喉、脇の下、みぞおち。血のついた刃を骸から剥いだ頭巾で念入りに拭っていた。
賊がみな死ぬと、少女は榛の木の根元に置いてあった箱を持ち上げ、おれに渡してきた。
枸櫞皿が入っていた
箱に皿を戻し、たずねた。
「サキは本当の名前か?」
「違う」
「じゃあ、本当の名前は?」
「ない」
「……じゃあ、サキと呼ぶぞ」
サキはこくんとうなずいた。
皿でおれの好感を得てから、殺すつもりかもしれない。
サキは床に転がって眠っている。
おれは枸櫞皿を夜明けの光に照らさせた。皿は新しい皿ではなかった。砕けたおれの皿を藍色の漆でつなぎとめたのだ。割れた跡は模様になった。割れる前よりも良いものになった。
「古である」
また、あの老人だ。サギリの里で人の気配を感じ取る術を体に叩き込まれたおれでさえ、この老人の出現には気づけない。
「以前よりも古である」
「そんなことは知っている」
老人は声を上げて笑いながら、芭蕉の葉で、まだ眠っているサキを指した。
「清趣を知るものである」
老人は出ていき、おれがあとを追い、そして、そこには誰もいない。最近は仙人か何かの類かと思い始めた。あるいは詩人の幽霊。
おれはサキを見た。本当に深いところまで眠っていた。
おれが殺さないと思っている、というよりは殺されても構わないと思っているのだろう。
信頼とかではない。命に価値がないだけだ。
そして、おれは殺さないでいる。
同好の士を求めるというのは、これも含まれているのだろうか。
そのこたえはいますぐにはわからない。少し時間がかかるだろう。おれがサキに殺されない限り。
おれは剣を引き寄せて寝台に座り、徐々に赤みを失っていく朝焼けの光のなかで枸櫞が徐々に橙へと落ち着くのを眺めた。