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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
サキの滋味
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葱の羹 一

 どこまでも平原が広がっている。

 さえぎられることを知らない冷たい風が耳のなかで渦を巻いていた。

 窪地に溜まった青い雨水が空の影を映している。

 街道のそばにはときどき焼き土ででできた廃墟があらわれる。ナ国の開拓民に見捨てられた植民村の名残だ。


 ルァン州の国境で棺教徒とわかれた。

「じゃあ、いい旅を。どんな目的かは知りませんけど、でも、とにかくいい旅を!」

 棺の中身も、カリカリ、と引っかいた。


 ギ州にいるのは間違いない。

 でも、それ以上の手がかりはない。

 里を裏切り、逃れた刺客。

 少なくとも、道端で見つけられるものではない。


 街道沿いに早馬の厩舎がある駅町があり、ナの皇帝が勅令を出せば、一応、ギ州にいきわたるようになっている。

「だが、偽ゴドンがいるんだよ」駅舎の召使が言った。

「偽ゴドン?」

「ゴドンの乱はとっくに鎮圧されたのに、ゴドンを名乗る叛徒があとを絶たない」

「官軍の騎兵は何をしているんだ?」

「略奪に精を出してる」


 駅町はどれも似た造りをしていた。

 中心に駅舎があり、早馬の厩舎と厩舎長の家がある。店や宿屋は街道沿いにあって、街道からわかれた道沿いには泥煉瓦造りの家が並んでいるが、そう数は多くない。あとは褐色の米の畑が少し。

 お守り札を書くという老婆は地震や嵐除けの他に、役人除けのお守りも書いている。

 法の存在は義理程度だから、人らしく生きるには最低限の武器使いを覚えなければいけない。


 ときどき、雲のない晴れ空の日。

 世界が緑と青だけになることがある。

 世界の下半分が牧草の緑、上半分が空の青。

 そうした混じり気のない世界を前にすると、不安になる。

 この旅が終わったら、何が起こるのか。


 あるいは何も起こらないのではないか。


 夜は空に星が隙間なく輝いている。

 王都には終末論を説く新興教団がいる。

 彼らは決まって、この星、全てが地に落ちて、罪人を焼き尽くすと脅す。

 焼かれたくなかったら、おれたちの仲間になれ、という。

 新興教団の教祖をよく殺した。

 どれだけ殺されても、そういう教祖があらわれ、そして、だまされるものが出る。

 座の刺客にひとり、趣味も口も悪いものがいて、あの手の教祖のことを貯金とか固定収入と呼んでいた。

 ちなみに、その刺客はその毒舌で怒らせてはいけない人間を怒らせ、わたしに殺せと行がきた。

「ヒュンガもよく殺した?」

 ヒュンガは焼いた麦をちぎって、口に運ぶところだった。

「そうだな。むしろ、連中の専属の刺客になれと言われたことがあった。月に三百角払うからと」

「どうしたの?」

「もちろん、断った。だが、なぜかやつらは怒って、別の刺客に百五十角でおれを殺せと言ったらしい。そいつには分別があった。前金の七十五角を受け取った後、全部、おれに教えた」


 夜中、星のすぐ下で赤い煙が上がった。

 風上から馬蹄の音が流れてきた。

 翌朝、そのある方角へと歩いた。

 焼かれた村があった。建物はどれも炭になっていた。

 死体がどこにもなかった。

 わたしは井戸を覗いた。

 そこに首のない村人が詰まっていた。


 次の駅町でそのことを話した。

「官軍だな」駅の長が言った。「五位の武官がいる。わしら駅の長はどれだけ勤めても七位止まりだから、誰もやつらには逆らえないんだよ」

「だが、四位の武官は?」引退した農夫らしい老人が言った。「あいつはとんでもねえ極道だったが、喉を切り裂かれて殺された。寝てるあいだにな」

「義士の噂か? あんなもん、本気で信じてるのはあんたぐらいだ」

「義士?」

「正義の刺客がいるっていうんだよ。そいつが四位を殺したって」

「ありえる話だ。他にも惨いことした盗賊や追い剥ぎが死んでる」

「馬鹿馬鹿しい。あれは五位が自分が四位になるために殺したんだよ。それを刺客が忍び込んだとか、ガキでも引っかからん嘘を言いふらしたんだ。いいか、砦には官軍の兵士が大勢いて、その誰にも見とがめられずに寝所に忍び込んで、四位を殺し、また誰にも見られないで外に逃げる。こんなことできるわけがない」

「可能だ」と、ヒュンガが言った。「それができるやつを知っている」

「それならな、兄ちゃん」農夫が言った。「そいつに、五位も殺しといてくれって伝えてくれよ」

「あんまり物騒なこと言うもんじゃないぞ。今度、五位は四位に正式に格上げされるんだ。騎将の役職付きで。その使節はもう都を出発している。四位の騎将なんて、もう誰も逆らえない」

「太守は何をしているの?」

 わたしがたずねると、駅の長は笑った。

「官軍どもの貢ぎ物を待って、ひな鳥みたいに口を開けてるよ」


「官軍にわざと捕まる。危険だから一緒に来ることは——」

「相棒。だから、一緒に行く。それ以上は何も言わない」

「……すまない」

「相棒。だから、謝罪は受けつけない」


 駅町から七里くらい離れたところで、土手が破れて、大きな群青の池ができていた。

 見ると、池は想像しているよりもずっと深い。三十尋以上の水底に石でできた巨大な祭壇が沈んでいた。水は恐ろしく澄み切っていたから、祭壇のまわりで後ろ手に縛られた骸が何十体と白骨をさらしているのも見えた。この水ではぬめりのある藻は生えないらしく、骨は星のように見えた。

 それからの道は褐色の米畑と道ですれ違う太った牛ばかり。村は駅よりも栄えている。

 農夫たちは服の寸法でも図るみたいにわたしを見ている。

 そういえば、あの白骨はみな小さかった。


 楡の大木が街道に影を落としている。

 その影には首と両手に板の枷をつけられた男があぐらをかいて座っていて、隣にはルァン人が着るのに似た外套をつけた兵士が棒を手に立っている。

「そいつは何をしたんだ?」

「馬を盗んだ」

「盗んだんじゃない。ちょっと借りて、返し忘れただけだよ」

「そいつを盗んだって言うんだ」

 兵士は罪人を棒で小突いた。

「あんたは官軍か?」

「違う。つまり、おれは官軍の歩兵だ。そっちの想像してる官軍は騎兵であって、おれたち歩兵はずっとまともだ」

「騎兵にはどこへ行けば会える?」

 冗談だろ!と、歩兵が驚いた。「同じ官軍のおれたちだって、あいつらには近づかないよ。死にたいってんなら、もっと楽な方法がいろいろあるだろうに」

「何がしたいんだ?」馬泥棒がたずねた。砂埃のたまった太い眉毛をぐいっと持ち上げて、興味津々だ。「そうだな」ヒュンガは少し考えてからこたえた。「仲間に入れてくれと頼んでみるつもりだ」

 馬泥棒はゲラゲラ笑った。「そりゃ傑作だ。十角金貨はあるか?」

「ああ」

「じゃあ、どこでもいいから、人の見ている場所で、そいつを落として、また拾いな。そうすりゃ、やつらのほうから会いにくる」

 わたしは旅衣の懐から十角金貨を取り出して、ふたりの前に落として、また拾った。

「さあて」馬泥棒はにやにやした。「おれはあと二日はこのまま動けない。誰がやつらにご注進するんかなあ。ヒヒヒ」

 歩兵はバツの悪そうな顔をした。

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