刺客 三
帯を取ったとき、帯留めと鐚銭をなくしてしまい、おれは本当に全ての道具を失った。
その前に命がなくなりかけた。
おれが気がついたとき、そこは見たことのない部屋だった。
顔を傾けると、苦み走った顔の男の顔が見えた。
三十代くらいの、表情が険しい——
「目が覚めたか、馬鹿野郎」
医者だ。
「お前さんの左腕は見つからなかった。というより、区別がつかなかった。菫小路は切断された手足だらけだ。おまけに罪のない柳の木が一本倒された」
「おれたちは何人斬った?」
「起きて最初にきくことがそれか? 何人斬ったかなんか、儂が知るか。とにかく大勢だ。バラバラになったのを全部かき集めて、つなぎ合わせりゃ分かるんじゃないか?」
「ここは?」
「〈小鳥〉の持ってる家のひとつだ。ここなら警吏たちも入れない」
「〈小鳥〉はこっちについたのか?」
「ああ。じいさん、日和見を決め込んでたらしいが、お前らにつくほうを選んだらしい。そりゃあ、あの死体の山を見ればな」
「トエクとリンイは?」
「生きてる。あいつらはちょっとかすっただけだ」
「おれは何日寝ていたんだ?」
「三日だ」
医者はおれの腕の切断面を叩いた。
「ぐっ!」
「おーおー、痛いか? 生きてる証拠だ。もっと痛がれ。……薬湯を持ってきてやる。大人しく寝てろ」
「待て。座はどうなった?」
「いま、〈小鳥〉と、それにあのふたりが座の使者と話してる。ハルビエ寺院の僧房で。なあ、何か忘れてないか」
「え?」
「ほら、思い出せ」
「……サキとカイは?」
「ふたりとも助かった。向こうで寝てる。が、サキのほうは長くないかもな」
「どういうことだ?」
「座は今回の件から手を引く。だが、元刺客だったサキについては粛清する。示しがつかないと言ってな」
医者は服をおれの寝ている寝台に投げた。
「行くんだろ? 病み上がりを知らない馬鹿野郎は嫌いだが、こっちがせっかく救った命を平気で持ってく馬鹿野郎よりはマシだ。ああ、ケムの医神よ。世のなかにはどうしてこうも馬鹿野郎が多いのか?」
おれはひとりで行くといったが、医者はついてきた。
「お前、腕が丸々一本ないんだぞ」
「わかっている」
「わかってない。いま、お前の体のなかには体が全部そろっているときの血が流れている。それが腕一本なくなると、それだけ血の圧が強くなる」
「それが?」
「つまり、お前はそれだけキレやすいってことだ」
ハルビエ寺院の前には座の刺客と〈小鳥〉の刺客が十人ずつ立っていた。
どちらもおれを止めようとはしなかった。
「なあ」
なんだ、と医者が言った。
「寺院の厨で今から言うものを用意して、僧房へもってきてほしい」
おれはそれを教えた。
「なんでそんなものを」
「頼む」
「やれやれ、儂のような天下の名医を給仕に使うとはな。世のなかは確実に狂っている」
砂利がうるさい道だった。
僧房は大きな建物で、そこにも座と〈小鳥〉の手下が同数控えていた。
おれが入ろうとすると、座の人間がおれを止めようとした。
喉に一撃くれてやると、誰も止めようとはしなかった。
廊下は高く、風がよく通った。
声がきこえてきた。
それを頼りに扉を開けていくと、大きな部屋に着いた。
そこには〈小鳥〉、リンイとトエク、それに座の代表がいた。
座の代表が体格がよく、大きな傷跡が顔に赤くつやつやと盛り上がっていた。
「どういう話になっている?」
〈小鳥〉がこたえた。「都から手を引く。いかなる報復もしない。サキは処刑する」
「あんたはそれにどうこたえた?」
「サキの処刑はやめたほうがいいと忠告した」
おれは座の男を見た。自信過剰の馬鹿でもないし、なんでも譲歩する腰抜けでもない。そんな男だった。
「サキを処刑する理由をきこう」
「示しがつかない。許したら、脱走者が出る。脱走者には死を。これはあらゆる刺客の鉄則だ。違うか?」
「里は違う」
「だから、滅んだんだ」
「ああ、そうだろう。それが、おれがサキの処刑を許す理由にはならない」
「おれたちの掟はどうなる?」
「お前たちはおれたちを殺すために大勢の刺客を送った。それを皆殺しにした。それが起きたことだ」
座の男はしばらく黙り、杯の酒を口にした。
「もし、サキの助命に同意しなかったら?」
「この場で殺す」
「なぜ、サキを助けようとする?」
「わからない」
「……わからない?」
「説明するための言葉がわからない。ただ、――清くありたい。清くなければ、清趣の心境にはなれない。そんな感じのものがある」
「そのためにあれだけ殺して、これからも殺そうとするのか?」
「笑いたければ笑え」
「いや。笑わないよ」
座の男は立ち上がり、拳を胸の前で礼として組んだ。
「名はワンヤ。氏族の名乗りはトヤマイ。伝説には敬意を表する。おれは刺客である前に男だ」
扉が開いた。ほら、持ってきたぞ、と医者の声がした。
おれは、もう、必要なくなった、と言った。
「せっかく持ってきたのに、馬鹿野郎め」
医者は大きな鍋を置いた。
そのなかにはおれの頼んだ通り、沸騰した油に葱と包丁が突っ込んであった。
「お前はいま清趣の心境にたどり着いた」
「全部燃えたぞ」
「粗に過ぎれば野趣となり、飾に過ぎれば雅趣となる。清趣とはそのあいだにある細い道を知るものなり」
「さっぱりわからない」
「粗に傾くとき、飾に傾くとき、お前を導く人格がお前に宿ったのだ。それが清さなのだ。清さは様々な形である。一日、畑を耕すものにも、山に籠るものにも、貴族のために宝珠をつくる職人のなかにも宿る。そして、もちろん刺客にもだ。さあ、はやくわしを迎えに来い」




