刺客 一
クジャは医者じゃないが、医者みたいなやつを知っている。そいつは通報をしない。
リンイがやってきた。
「そっちもやられたか」
「ああ」
ふたつの並んだ寝台で、サキとカイが横になっていた。意識がなく、うなされていた。熱が体力を食っていた。おれはときどき、水を絞った布でふたりの額や首筋を拭った。
「なんというか、こう――八つ裂きにしてやりたくなるな」リンイが言った。
「ああ」
医者は毒と矢じりの摘出をしたが、助かる見込みはどちらも半々だと言っていた。
「家が焼け落ちたときいた」
「ああ」
「家具も焼けたわけだ」
「だが、役に立った」
「ほう?」
「寝台は盾がわりにできた。香炉と枸櫞皿は投げれば、隙を作った」
あの枸櫞皿を投げたのか?とクジャが驚いた声で言った。盆の上の、水を少なくして厚く仕上げた粥をおれとリンイに渡した。
「おれ、前に、あれは親王の部屋を飾ってもおかしくないって言ったよな?」
「そうだな」
「クトの硯は持ち出せたよな?」
「いや。だが、あれは二度、斬撃を防いでくれた」
「勘弁してくれよ」
「クジャ殿。手配の礼を言う。ただ、あの医者ではない医者とやら、信用できるのか?」
「それなら問題はない。元は宮廷内の抗争で追われた侍医だ」
「あの癇癪持ちが?」
「その癇癪のせいで追放されたんだ。だが、そこらの医者よりも腕はずっと確かだ。――で、ヒュンガ。クトの硯はどこにある?」
「持ち出せなかった」
「は?」
「やつらから逃げながら、鳥籠を落として、鳥を逃がさないといけなかった。それに――」
おれをかばって矢を食らったサキを運び出さなければいけなかった。
「クジャ。助かると思うか?」
「あの医者が半々と言ったんなら半々だ。やつは嘘はいわん。十五歳で侍医に抜擢され、十七歳のとき、皇太后に痩せたいなら食う量を減らせと直言して、打ち首になりそこなったやつだからな」
「ここを見ててくれ。トエクが無事か見てくる」
「嫌なやつだが、まあ、この際、仕方ない。戦力は欲しい」
おれは黒い襟巻を顔に巻いて、草深い門から表に出た。
外は変わりないようだったが、ときどき賑わいの絶えた小路があり、それを避けて通った。
それでも貢獣大路の道際の空き地でふたりの刺客を斬らなければいけなかった。
トエクは無事だった。行き止まりの二階の官署で老僕とふたりで床の血だまりに水をぶちまけ、木の棒に取りつけた雑巾で汚れた水を散らしていた。
「まったくとんでもない面倒事を――ああ、ヒュンガさん。来ていたのか。いや、恥ずかしいところを見せた」
「ここにも来たのか?」
「ご明察だ。でも、こうしたことは初めてではない。こっちのサイエクさんはちょっと特殊な薬を作れる人でね。その薬というのが人間を泡に変えてしまう代物で、いまも地下で座の刺客が六人、甕に浸かって泡になっているところだ。ところで、ここにも、と、さっき言ったが、そちらにも?」
「ああ。家を焼かれた。リンイも襲われたそうだ」
「それは変だな。座が襲っているのは正義の徒のはず、なぜ悪人を襲ったりするんだろう?」
「あんたとリンイのあいだに何があるのか、知らないし、知りたくもないが、利害は一致している。もし、座が来るのを許せば、賊殺しが追いつかなくなる」
「まったくその通りだ。さすが、正義の徒」
「だから、おれは――」
「その帯につけた鐚銭が何よりもの証拠だ」
「……わかった。じゃあ、おれが正義の徒として、これからおれたちは何をすべきだと思う?」
「それはもうわかっているんじゃないかい、ヒュンガさん」
「わからない。おれのわかっているのは、やつらを殺せるだけ殺すこと。それだけだ」
そう言って思った。
サキも同じだ。
「僕も同じ意見だ。やつらを全滅させることは難しいけど、半分以上殺せば、こっちとの話し合いをする気になれるだろう。まあ、仕方がないから、あの悪党にはこちらから折れてやってもいい」
「そう言ってもらってよかったよ」
「なに、正義の徒との約束は——あ」
「なんだ?」
「そうだった。すっかり忘れていた」
「何がだ」
「サギリの里に座を手引きした裏切者の名前だよ。わかったんだ」
「〈小鳥〉はどうする?」
「去就が分からない以上、つつくのは藪蛇だ。物わかりのいい老侠客だというだけで、あの齢まで生き残れたわけがない」
「時間はわたしたちに不利だ。少数精鋭でひっくり返すのが可能な時間は刻一刻と失われている」
犬猿の仲だったリンイとトエクがかなり冷静に戦略のようなものを立てている。
こういうことを、おれは考えるのが苦手だ。考えられるのは自分の手足のことで、それ以上のことは考えない。それができれば、軍人になっているところだ。
ふたりはその戦略をおれに分かりやすいところまで引き下げた。
殺せるだけ殺す。
それも今夜じゅうに。
増援を送っても無駄だと分かるくらい殺す。
話し合いの席を設けたくなるほど殺す。
そこまで噛み砕けば、おれはおれ自身の太刀筋や身ごなしを考えればよくなる。
サキの意識が一瞬だが、戻った。
そのとき、おれたち三人は黒装束に剣と投刀、弓を携えて、出かけるところだった。
「家が……ごめんなさい……ごめんなさい」
「謝られなければならないことをされた覚えがない」
冷水にくぐらせた布を絞って、火のように熱い額にのせた。
「優れたものたちと出会う楽しみをもう一度与えられた。それだけだ」
サキがまた意識を失ったとき、クジャが何か言うことがあるかとたずねた。
「さあな。おれには、……うまく言えない。だが」
おれは顔に黒布を巻いた。
「これでいいと思うやつは、そいつが神だろうが、座だろうが、必ず殺す」




