第1章 秘密の訓練
レインが影のスキルを手に入れてから数週間が経過したが、その力を誰にも告げることはなかった。シャドウフォークのコミュニティは小さく、秘密を守ることが難しい場所だ。だが、レインは誰にも知られずにその力を強化することを決意していた。
彼は毎晩、皆が寝静まった後に洞窟の奥深くへと足を運んだ。古代の遺跡に近いその場所は、他のシャドウフォークたちが滅多に来ることのない静かな場所だった。ここならば、誰にも見つかることなく影のスキルを磨くことができる。
レインは祭壇の前に立ち、自分の影を感じ取ろうと集中した。手のひらを広げると、そこから黒い霧のような影が立ち上り、その形を自在に変えることができるようになってきた。影を鞭のように伸ばしたり、刃のように鋭くしたりすることもできる。
「少しずつだが、確かに力が強くなっている…」
影の操作は彼の精神力を試すものだったが、毎日の訓練を通じてその技術は確実に向上していった。レインはこの力を完全に自分のものとするため、昼間は普通のシャドウフォークとしての生活を送り、夜になると秘密の修練に励んだ。
ある日のことだった。レインは洞窟内の市場で食料を手に入れるために並んでいた。シャドウフォークたちは互いに必要な物資を交換し合い、静かに生活を続けている。しかし、その静けさが突然破られた。
「何だこのザマは!」
市場の入り口に突然現れたのは、異種族の一団だった。彼らは人族ではなく、ビーストフォーク――狼や虎のような獣の特徴を持つ強靭な肉体を誇る種族だった。ビーストフォークは獣のような力と敏捷性を持ち、戦闘においては人族に劣らない力を持つと言われている。
その一団は、シャドウフォークたちが営む小さな市場を乱暴に荒らし始めた。ビーストフォークのリーダー格の男が、シャドウフォークの一人を掴み上げて高く持ち上げた。
「こんな所に隠れていやがったか。お前ら、いい加減にしろよ。影に隠れてコソコソしやがって!」
リーダーの声に、シャドウフォークたちは怯えたように後ずさった。シャドウフォークはビーストフォークに比べて身体的にも魔力的にも圧倒的に劣っていたため、まともに戦うことはできない。
「やめろ…!」
レインは思わず声を上げそうになったが、すぐに自制した。今、自分が何かをしても状況は変わらない。だが、彼の中で再び不満と怒りが膨れ上がっていった。自分たちがただ隠れて生きることしかできないという現実に対する苛立ちが、胸の奥で再燃していた。
結局、その場はリードが出てきて、ビーストフォークたちに譲歩する形で解決した。市場の物資の一部を差し出すことで、彼らはシャドウフォークの領域から去っていった。
「また、こんなことが…」
レインはその夜も、遺跡の前で影のスキルを磨いていたが、心は落ち着かなかった。自分たちがどれほど無力であるかを痛感させられる度に、彼の中で強くなる願望があった。この力をもっと強化しなければ、自分たちシャドウフォークはいつまでも弱いままで、他の種族に虐げられ続けるだろう。
シャドウフォークが隠れて生きる理由は単純だ。彼らの身体能力や魔力は他の種族と比べて圧倒的に劣っている。戦う術を持たない彼らは、影に隠れ、情報を収集することで生き延びるしかないのだ。人族やビーストフォーク、エルフといった強力な種族に対して、正面から対抗することは不可能だった。
「こんなことで、俺たちは本当にいいのか…?」
レインの疑問は日に日に強まっていった。彼はただ生き延びるためにこの力を手に入れたわけではない。彼はこの力を使って、何かもっと大きなことを成し遂げたいと思うようになっていた。
ある日、レインは再びリードに呼ばれた。今回の任務は、シャドウフォークがかつて虐げられていた他の異種族との接触だった。リードは慎重に言葉を選びながら説明した。
「レイン、君には少し危険な任務を頼みたい。近くにエルフの集落がある。彼らはかつて人族との戦いで敗れ、我々と同様に影に生きることを余儀なくされた。だが、彼らの持つ知識や技術は我々にとって貴重だ。彼らと接触し、協力関係を築けるかどうかを探ってきてほしい」
レインは頷いた。エルフは人族に次ぐ強力な魔法の使い手であり、森や自然と深く結びついている種族だ。彼らもまた、かつての戦いで敗北し、人族に追いやられた過去を持っている。そのエルフたちと協力することで、シャドウフォークも何かを変えられるかもしれないとレインは考えた。
「わかりました。やってみます」
レインは影の中に身を潜めながら、エルフの集落へと向かった。彼の心には新たな決意が芽生えていた。自分たちシャドウフォークの弱さを克服し、他の異種族と手を組むことで、この世界での地位を変えていく――そのために、この影のスキルをもっと強化し、誰にも負けない存在になると誓った。




