28.
《ジメルSide》
ヒラクの弟、ジメルは自宅に帰っていた。
だが……帰ってすぐに、愕然とした。
「ぼ、ボクの家が……ボクの家が……ない!」
旧マトー家の屋敷が……忽然と消えていたのだ。
「お、お家取り潰しになったから……? そんな……」
否。
いくらなんでも、お家取り潰しになったからといって、こんな短時間で、貴族の屋敷が消えるわけがない。
だが、ジメルは精神的に追い詰められており、そんな単純な事実に気づけないでいた。
「う、うう……ふぐぅううううう!」
ジメルは更地となったマトー家を前に、膝をついて、涙を流す。
「ちくしょおぉ……全部……全部なくなってしまった……」
自分が継ぐはずだった、家。貴族としての地位。
美しい婚約者。
自分には、輝かしい未来が待っていたはずなのに……。
「ちくしょおぉ……ちくしょおぉおお……! ヒラク……あいつのせいだ! あいつのせいで! ボクの……輝かしい未来は! 勝ち組ロードは! 閉ざされてしまったんだ!」
否。断じて否である。
お家が取り潰しになったのは、ヒラクではなく、報告・メンテを怠っていた父トザースのせいだ。
ヒラクはただ、家の不正を国に報告し、そしてマトー家に課せられたお役目を果たしただけ。
つまり、ヒラクは正しい行いをしたのだ。
……だが。
「あいつが何も言わなければ! あいつさえいなければ! 今頃ボクはこの家をついでいた! あいつが……あいつがぁ……!」
だんだんだん! とジメルが、地面を叩いてたそのときだ。
「ご苦労、ジメル」
ジメルの前に、フードを目深に被った人物が立っていたのだ。
周りには遮蔽物が何もなかった。
そんな場所に、こんな怪しげな存在が、突如として現れたのである。
「だ、誰だおまえは!?」
「おまえ【たち】は、よくやってくれた。【開】を、世に解き放ってくれたからな」
「おまえ……たち? 世に解き放つ……? 何を言ってる!」
謎の人物の言ってることは、さっぱりわからない。
だが、これだけはわかる。
「ここは! マトー家の土地だ! 勝手に入ってくるとは何事だ!」
「マトー家はもう滅亡したんだろう?」
「だ、黙れ! 無礼者!」
「まあ貴様なんぞ雑魚が、選ばれし片割れの【開】に敵うわけがないのだがな」
ぶちっ!
「ボクを……この大剣聖ジメル・マトーを馬鹿にしやがって! 万死に値するぞ貴様ぁ!」
貴族を侮辱した。
それは罪だ。そういう思考を辿り、ジメルは剣を抜いて構える。
「大剣聖……か」
「死ねえええええええええ!」
謎の人物に切ってかかるジメル。
だが、謎の人物は怯えた様子もなく棒立ちしてる。
「ちぇすとぉおおおおおおおおお!」
スカッ……!
……おかしい。謎の人物に切ってかかったはずだが。
剣が、すり抜けた!?
がしっ……!
謎の人物はジメルの頭を鷲づかみにする。
「もう用済みだ。【返してもらおう】」
「な、何を……!?」
「ステータス、展開」
……謎のワードを、謎の人物が発する。
「な、なんだ!? おまえ……何をしてる!?」
「返してもらうぞ、大剣聖」
「返す……? なにを……」
ぱっ、と謎の人物が手を離す。
ジメルは彼から距離を取って、剣を構えようとする。
ずんっ……!
「な、なんだ……? 剣が……重い……!」
手に持ってる剣を、とても重く感じるのだ。
おかしい。
今までなら、剣に重さなんて感じないし、剣を握れば、体は羽のように軽くなっていた。
だが今、剣も、そして自分の体も、鉛のように重いのだ。
「おまえのステータスから、職業スキル大剣聖を、奪わせてもらった」
「スキルを……奪う!? そんなことができわけないだろ!?」
謎の人物は否定も肯定もしない。
大剣聖が、奪われた?
そんな、あり得ない。
あり得るわけがない。
スキルは絶対だ。
一度得たら、変えることはできない。それが、この世界のルール。
「さらばだ」
「ま、待ちやがれ……! この……!」
ジメルが剣を構えて斬りかかろうとする。
だが、剣が重くて持ち上がらないし、自分の体のなんと重いことか。
のったのったと、ふらつきながら歩く様は、とても大剣聖の剣術とは思えない。
結局、ジメルは石に蹴躓いて、その場に無様に倒れ込む。
「これでわかっただろう? おまえの職業スキル、大剣聖は、永久に失われたのだ」
「そ、そんな……そんな……うそ、うそだ……うそだぁ……!」
「いいや、嘘ではない。おまえは駒だったのだ」
一陣の、風が吹いた。
隠されていた顔が、明らかになる。
「あ、あなたは……なぜ!?」
ジメルから、力を奪ったのは……。
ジメルがよく知る人物だった。
「おまえは、利用されたのだよ。この、【閉】に」
「と、【閉】……? なにを言ってるのですか!?」
「理解できぬか。まあそうだろう。貴様は所詮、邪神復活の鍵、【開】を世に放つために利用した、駒の一つにすぎぬのだから」
【閉】と名乗ったその人物は、ジメルにそう吐き捨てると、きびすを返して去って行く。
「ま、待ってください! ボクはこれからどうすればいいんですかぁ!?」
貴族としての地位、家、婚約者を奪われ……。
その上、唯一の頼りの希望、大剣聖という優れた職業スキルまで奪われて……。
「これからどうやって生きていけばいいのですかぁああああ!?」
しかし【閉】は立ち止まると、まるで他人事のように言う。
「残念ながら、おまえの未来はもう、閉ざされたのだ」
「そん……な……」
確かに職業スキルを失って、生きていけるわけがなかった。
「だが安心するがいい。まもなくこの世界は、終わる。【閉】、そして邪神ギンヌンガガプが、この世界に幕を引く」
【閉】は、笑っていた。
その顔は、今までジメルが一度も見たことない顔だ。
「おまえは……誰なんだ?」
「言っただろう? わたしは【閉】。この世界の未来を切り開くのが【開】ならば、この世界に終わりをもたらす者、それが……【閉】」
それだけ言って【閉】は……。
「待ってよぉ……どうしちゃったんだよぉお……父さぁあああん!」
父、トザース・マトーは、息子を捨てて、立ち去っていったのだった。
☆
《ヒラクSide》
帝国近くの森で、魔族をやっつけ、壊れた帝都を修復したあと……。
俺、ミュゼ、フレイの三人は、帝都の外にいた。
バンジョー皇帝、そして婚約者のヴィルヘルミナが、俺を見送りに来てくれた。
「本当に行ってしまわれるのか、ヒラク?」
「はい。皇帝陛下。俺は勇者として、これから世界を回り、邪神の遺体を全て破壊します」
今回の帝国での出来事で、遺体が他にもたくさんあるという、確信を持てた。
でなければ、天が俺に新しいユニークスキル(善因善果)なんて授けないだろう。
これで終わりではない、始まりなのだ。
「遺体があとどれくらいのこってるのかも、どこにあるのかもわからない。いつ終わるのか不透明な旅……それでも、いくのか?」
「はい。ノブレス・オブリージュ。それが、力を持つ俺の、責務ですから」
皇帝は、あきらめたようにため息をついたあと、晴れやかな顔になる。
「わかった、ならば止めない。ヒラク、引き続き邪神の遺体の情報は、帝国が総力をあげて集める。何かわかったら知らせる」
「ありがとうございます、陛下」
王国、そして帝国から助力を得られることになった。
だが国だけに頼るのではなく、俺は自分の意思で世界を回り、遺体を見つけようと思う。
「ヒラク。あたしはここに残るわ。遺体捜索の指揮を執る」
「ああ、頼む」
「ええ! 任せて! そして……全部終わったら、ちゃんと帰ってきてね! 待ってるから!」
ヴィルヘルミナの目に涙が浮かんでいた。
多分俺との別れがさみしいのだろう。
だが、その気持ちをぐっと押し殺して、俺を送り出そうとしてくれる。
世界の危機を救う俺を、応援してくれる。
いい女だ。ほんとうに。
「ああ。約束しよう。必ず帰ってくる」
にこっ、とヴィルヘルミナが笑ってうなずいた。
俺は陛下に言う。
「では、いってきます」
こうして、俺は仲間とともに旅立った。
これは、世界に散らばる邪神ギンヌンガガプの遺体を全てを破壊し、この世界の未来を切り開く旅路……。
その、プロローグである。




