22.弟は家や聖剣、貴族の立場を失い嘆き悲しむ
美人宰相を救出した俺は、しばらくして、国を出発することにした。
街の外壁の外には、俺、ミュゼ、フレイ、そして皇女ヴィルヘルミナがいる。
「では、イーマン。後のことは頼んだぞ」
異空間に閉じ込められていた美女、イーマン・ロス。
眼鏡をかけた、長身の女が、ぴしっと腰を折って言う。
「……はい。国内のことはお任せください。ヒラク様、このたびは【真のお役目】を【引き継いで】くださり、誠に感謝申し上げます」
彼女を救い出した後、話し合いの末、俺はとある【役割】を引き継いだのだ。
「気にするな。これもまた、力を持つものの役目だからな」
「……あなた様ならやってのけられる。安心して、この世界の行く末を任せられます。ご武運を」
と、そのときだった。
「ヒラクぅうううううううううううううううううううう!」
一台の馬車が一直線に、こちらに向かってやってくる。
ふむ……この声は、バカが来たようだ。
バカを相手にする暇はない。
「いくぞ、君たち。ではな、イーマン」
「待てごらぁあああああああああああああああ!」
馬車の窓から、そいつが飛び降りてやってきた。
俺の弟……ジメル・マトーだ。
ふむ。
こいつは何をしに来たのだろうか。
「ヒラクぅ! てめえこら! どこいくつもりだ!」
「言葉遣いが少々乱暴ではないか?」
「うっさい!」
ジメルは腰の剣をぬいて、切っ先を俺に突きつける。
「ヒラク! 決闘の続きするぞぉ!」
「ふむ? 決闘……? すでに貴様との勝負はついたはずでは?」
こないだ、実家に帰ったときに、このバカ弟と仕方なく決闘してやった。
一撃で倒し、勝利して見せたはずだが……?
「ふざけるな! ヒラクてめえ! ずるしやがっただろ!」
「……? いや、してないが」
「ずるした! そうに違いない! じゃなきゃ、はずれスキル持ちのクズに、この大剣聖様が負けるわけがないんだぁ……!」
そんなふうに一方的に、自分の都合を押しつける様を見て、女たちが怒りの表情を浮かべる。
「一撃でやられ、負けた分際で! ヒラクをバカにするんじゃあないわよ!」
ヴィルヘルミナが怒りの表情をジメルに向ける。
一瞬、不自然にジメルがたじろいだものの……。
「う、うるさい! ぼ、ボクに命令するな! ボクは偉大なる剣聖の一族の次期当主だぞ! 偉いんだぞ!」
……ふむ。
どう考えても皇女のほうが立場が上なのだがな。
政治にうといジメルは理解してないようだ。
馬鹿すぎる。
「時間の無駄だ。いくぞ」
前回は、家の倉に入るタメという目的があったから、俺は仕方なくこんなやつに、力を振った。
だが今回は完全に、こいつを相手に力を使う義理もない。
女たちはうなずくと、俺たちの後についてくる。
「や、やいヒラク! 逃げるのか!」
「うるさい。俺には【新なるお役目】があるのだ」
「はぁ? てめえの都合なんて知るかよ……! って、あああ!」
ジメルのやつが声を張り上げてきたので、振り返って尋ねる。
「なんだ?」
「て、てめその鞘……! その剣! レーヴァテインじゃあねえか!」
ふむ。
確かに俺の腰には、鞘に収まった状態の氷の聖剣レーヴァテインがある。
「返せよ! それはマトー家のもんだ! 家を追われたてめえが持ってっていいもんじゃあねえ!」
「……ふむ? ああ、そうか」
こいつは【あのこと】を知らないのだったな。
確かに、レーヴァテインはマトーの剣、【だった】。
「返せごらぁ!」
マトー家を追放された俺が、家の剣を持ってるのが気に食わないのだろう。
俺に詰め寄ってきた。ふむ……。
無視して全然良いと思う。
だがこいつは、知っておかないといけないからな。
俺はさやごと、レーヴァテインを抜いて、ジメルに突き出す。
「や、やけに素直じゃあねえか……」
「受け取れ。ただし……しっかり持てよ?」
「はぁ? 何言ってんだザコカス。さっさと返せ」
ぱっ、と俺が手を離す。
レーヴァテインを受け取ったジメルは……。
ずしん!
「うげえええええええええええ!」
ぐしゃっ!
両手で受け取ったジメルは、そのまま地面に倒れ込んだ。
まるで、とても重い荷物を持ったかのようなリアクションだった。
「い、いてて、いてええ! 重いぃい! 痛い重い重いいぃいいいいい!」
顔を真っ赤にして、レーヴァテインを持ち上げようとするジメル。
だが全然持ち上がろうとしなかった。
「ちくしょぉお! なんでだよ! どうして持ちあがらねえんだよぉ!」
『当然じゃな。こやつはヒラクと違って、選ばれなかったものじゃからな』
俺は片手でひょいっ、とレヴァを拾い上げて言う。
「これでわかっただろう。おまえはこの剣に、選ばれなかった存在なのだ」
「ふざ……ふざけんな! た、たかが剣をモテなかったくらいでよお! この剣はなぁ! 王家からお役目を果たすために、マトー家へ与えられたものなんだぞ!」
ジメルがギラついた目を俺に向けながら、指を向けてくる。
「てめえがやってるのは、窃盗だ! 国の物ぱくって持って行く行為だぞぉ!」
……ふむ。
やれやれ、仕方ない。
こいつは、子供なのだ。
親のやらかしに、気づいてない。実に哀れだ。
「……そのことについては、何も問題ありません」
「ああ? なんだババアてめえ……!」
ジメルのバカが、イーマンに向かってなめた口を聞く。
彼女は一瞬だけ不愉快そうに顔をゆがめたものの、淡々と説明する。
「……私はこの国の宰相、イーマン・ロス」
「さ、宰相!? え、え、ええっと……その……」
宰相に暴言を吐いたことについて、やばいと思ったのか、大汗をかくジメル。
「……ジメル・マトー様。この聖剣レーヴァテインは、今日よりマトー家ではなく、【国選勇者】となったヒラク様のものです」
「は? こ、こくせん……? ゆうしゃあ……?」
ふむ。
ジメルのやつは、知らないようだ。
「……文字通り国が定めし勇者のことです」
「は、は? な、なんで勇者? つ、つーかそんなものあるの……?」
「……あります。魔王が生きていた頃の制度ですが。しかし、制度自体は生きております」
「は、はあ……? い、いや……なんで? なんでこのクズが勇者なんだよ? なんで聖剣がマトー家からヒラクになってんだよ!」
はぁ……とイーマンはため息をつく。
「……ヒラク様と違って、バカと話をするのは疲れます」
「ああ!? んだよその口ぶりぃ!」
「……そちらこそ、立場をご理解しては? 名字無しの、ただのジメル様?」
「………………は? みょ、名字……なし?」
そう、とイーマンはうなずき、そして言う。
「……マトー家は本日をもって、解体となりました」
「…………………………は? かいたい?」
「……簡単に言うなら、お家取り潰し、でしょうか」
マトー家は終了。
お役目は、聖剣とともに、俺に受け継がれたのだ。
「……マトーの名字はこのままヒラク様が使うかたちになりますが、ジメル様ほか旧マトー家のかたは、もう名字を名乗らないでください」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! なんで!? どうして!? 家が潰れなきゃいけないんだよぉ!」
イーマンが淡々と説明する。
聖剣のメンテを怠っていたこと。虚偽の申告を国にしていたこと。
ちなみに、イーマンが宰相になる前の連中も、お役目のことについてはほぼ知らなかったそうだ。
イーマンが宰相になって、マトー家のお役目のことが気になり、調査に入ろうとしたところで、クロマックに邪魔されたそうだ。
まあイーマン以前の宰相どももアウトなのだが。
イーマンはそいつらへの処分も行うといっていた。
まあ、何はともあれ旧マトー家は国のお役目をないがしろにしてきたのだ。
そして、邪神復活は国全体に被害を及ぼす危険性を秘めた案件。
その件を黙ってたことは、十分過ぎるほど、罪が重い。
「……本来であれば死罪に問われてもおかしくないレベルなのですが、国選勇者であるヒラク様を輩出したということで、今回はお家取り潰しだけで済みました。ヒラク様に感謝なさい」
「……そ、そんな……うそ……だろ……まじ……なのかよぉ……」
がくん、とジメルがその場に膝をついて嘆く。
家を取り潰されたこと、見下していたやつが勇者になったことが、ショックなのだろう。
ふむ……。
だからといって、優しい言葉をかけるつもりも、冷たい言葉をかけるつもりもない。
どうでもよかった。
そもそも、マトー家のほうから俺を切ったのではないか。
自分たちが聖剣のメンテをサボったのではないか。
すべて、自業自得だ。こいつに何かしてやる気には、一切ならない。
「いくぞ、おまえたち。イーマン、あとは頼む」
「……心得ました。勇者様、お気を付けて」
俺が立ち去ろうとすると……。
「う、うぉおお! ヒラクぅうううう!」
後ろから、ジメルの声がする。
多分に怒りと、そして憎しみのこもった声がして……。
「てめえのせいだぁああああああああああ! 死ねぇええええええ!」
「! 父上さまあぶない!」
大方、背後から切りつけてこようとしたのだろう。
だが、俺は動かなかった。
ぱきぃいいいいいいいいいいん!
「なっ!? や、刃が!? ヒラクにぶつかった瞬間、砕け散ったぁ!?」
『当然じゃな。そんななまくら剣と、なんの修練もつんでない剣術に、勇者の身体を傷つけられるわけがないじゃろうが』
ふむ。
勇者となった俺は、人より頑強な身体を手にしたようだ。
そもそも体力が桁外れだしな。
「そ、そんな……ボクの……剣が通じない……。こんな……外れスキル持ちのほうが……うえ……ってことぉ?」
背後からの不意打ちすら効かなかった。
ジメルは、俺との格の違いを思い知ったのだろう。
「そんな……家も……なくなって……ヒラクには……ぼろまけして……ボクって……いったい……ボクは……これから……どうすれば……う、ううう、うあぁああああああああああああああん!」
悔しかったり悲しかったり、いろんな感情がない交ぜになったのか、ジメルのやつが情けなく涙を流す。
だが、俺は振り返らなかった。
勇者となった俺には、新たなるお役目を果たす義務がある。
こんなところで、こいつに、時間を割く暇は、今はない。
「さらばだ、ジメル」
「ヒラクぅうう! ヒラクぅううう! くそぉおおおおおおおお!」
こうして俺は、国選勇者となり、新しいお役目と、聖剣を手に、旅立つのだった。