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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが軽やかに舞いましょう
52/60

◯喫茶店と妖精の造語

「妖精を呼ぶ術を何個か覚えたのはいいのだけど」

 アネモネに紅茶を供しながら、華やかな香りの中でカフェアリーヌはそう悩みを切り出しました。

「ときどき自信を無くすのよ。こんな話されても、アネモネちゃん困っちゃうかもしれないけど」

 アネモネは身を乗り出しつつ、心配そうな顔をしています。

「いいのよ! カフェアリーヌもそんな気持ちになること、あるのね?」

「アネモネちゃんもある?」

「ある! お店にお客様が来ないのは自分のせいなんじゃないかって思ったり、自分自身のくせに『ワールド・アネモネ』のこと何もわかってなかったり、そりゃあ沢山よ!」

「そうなのね」

 席に着いたカフェアリーヌは初心者向けの魔導書を片手に、ぺらぺらとページをめくりながら、アネモネと話をしていました。彼女は魔導書に集中しているわけではないので、めくっているページは適当なのですが、それが妖精にまつわるページであることはたしかなのです。アネモネは興味深そうに、チラチラと見える本の中身をのぞき込みますが、何が書かれているか、彼女にはさっぱりです。なのでカフェアリーヌに話を聞く他ありません。

「カフェアリーヌが妖精さんを呼べても自信なくしちゃうのは、なにか嫌なことでもあったの?」

「……今は無いのだけど、昔ね」

「昔?」

 口から出た直後に、アネモネはハッとしてそれを悔やみました。

「聞いちゃダメだったかしら」

「うーん、ダメじゃないのだけど、ホラ、話したらおぼろげだった記憶でも輪郭がはっきりしちゃうでしょう。それがちょっとね」

「そうなのね」

 言葉は鋭利な刃物にもなりうるものですから、古傷をえぐるように、そしてそれがより濃い傷跡になってしまうように、話すことにはそれだけのリスクがあるのです。カフェアリーヌはそれを恐れていました。ですが彼女は少しだけ前にさかのぼって話をします。

「前に、名前の話をしたじゃない。アネモネちゃんの『アンシスタ』って名前のこと。覚えてる?」

「え? ……ああ、そんな話もしたかしら」

「あのときも言ったのだけどね、私は色んな人からオーナーさんて呼ばれるの好きなの。自分の名前が及ばない、肩書きだからかしら。それで私もね、名前のことときどき考えるの。『カフェアリーヌ』って、喫茶店と妖精を掛け合わせた、造語みたいな名前。おこがましいわって常日頃から思ってた。それが、本物の妖精を見るようになってから特に感じられるようになった。おこがましいわって」

「カフェアリーヌの名前がおこがましいの? 私、そんなこと全然思わないのだけど」

「ありがとう。それでも気になっちゃうとき、あるの。アネモネちゃんみたいに、この名前で呼んでくれる人は少ないから、尚更ね。あなたの店のマスターも、私のことは『オーナーさん』て呼ぶじゃない。それに昔むかしは『ソァリザ』って方で呼ぶ人が多かったわけだし、ね」

「慣れていないのとも、また違うのかしら」

「……そうね、案外慣れてないだけなのかもしれない。けど、やっぱり自分のこの名前はおこがましいって思っちゃうわ。妖精は神聖で軽やかで、けどどこか重々しくもある。そんな存在に近づくことさえ、私はどこか気が引けてしまう。ちっぽけな私なのに、大丈夫かしら……ってね」

 カフェアリーヌがネガティブに繰り返し言うものですから、その気持ちが根強いものであることをアネモネは感じ取っていました。簡単にどうにかできるものではなさそうです。それに、カフェアリーヌもそれを簡単にどうにかしてもらうために話しているのではなさそうです。彼女の目はアネモネではなく少し遠くを見ており、どちらかと言えば心ここに在らずに近いのです。

 アネモネは、そんな彼女をいつもの場所に戻すように、そっと声をかけます。

「ねえ、妖精って今呼べるものかしら?」

 問われ、一瞬考え、カフェアリーヌは困ったように頬に手を当てます。

「今はちょっと……私では無理かしら。お礼の材料の調達から始めないとなのよ」

「お礼?」

「そう。呼ぶには何か理由が要る。作業を手伝ってほしい、みたいにね。理由なく呼ぶには私ではまだ……ね。だから何か作ったりするときくらいしか呼べないし、手伝ってもらったらそのお礼をしなきゃいけない」

「わ、私、妖精見たい! また見たいの!」

「あらあら、うーん……」

 アネモネが『また』というのは、以前一度この店にやってきた魔女が連れた妖精を見たことをしっかりと覚えているからなのですが、それ以降彼女が妖精に出会うことはありませんでした。特に今回は、魔女の連れた妖精ではいけないようです。

「我がままなのわかってるけど、カフェアリーヌが魔女様の見習いとして妖精さんが呼べるようになったのなら。それ見てみたいんだわ。それで、妖精さんがどんな顔しているか見てみたいの」

「顔?」

「そうよ。私、カフェアリーヌに呼ばれたら、妖精さんだってきっと嬉しいはずだと信じてるわ。だからカフェアリーヌはおこがましいだとか、気が引けるだとか、そんな風に思わなくったっていいのよ。私がその証人になるの! だから私、カフェアリーヌが呼ぶ妖精さん、見てみたい」

 アネモネはカフェアリーヌの近くに駆け寄り、必死にそう訴えました。一生懸命で、すぐにはどうにも出来ないことでも何とかしようとする気概に、カフェアリーヌはふっと笑むのです。そして、ゆっくりとアネモネの手を握り、しゃがんで彼女の目線に背を合わせます。

「アネモネちゃんはそうやって、いつも私が喜ぶことを言ってくれるのね。ありがとう」

「……ううん、私はマスターみたいなお喋りできないから、こんなことしか言えないのよ。でも、それがカフェアリーヌの為になるのなら、いくらでも話すわ! 我がままが過ぎたら、ちゃんと教えて頂戴ね!」

「ふふ、そうね。それなら流石に今すぐは大変だから……今度妖精さんを呼べるように、そのお礼探ししましょ。あまーいクッキーがいいかしら、それとも新鮮な朝露かしら。香り豊かなハーブだっていいわね。どれにしても大変。簡単にはいかないわよ。付き合ってくれるかしら」

「勿論だわ!」

 やることを決めたら、あとはいつもの二人のお茶の時間です。丸テーブルの上に置かれたティーセットと簡単なお茶請け菓子。他愛のないお喋り。それだけでも、二人の時間は有意義なものになるのです。

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