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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが華やかに舞いましょう
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▽珈琲に宿る妖精はどこ?

▽珈琲に宿る妖精はどこ?


喫茶店『cafe choker』は、カフェアリーヌがオーナーを務める小さな喫茶店です。彼女は店を訪れたアネモネという不思議なお人形を前に、ひとつ提案をします。

「この間並べた『アネモネちゃんがやること』の間に、ちょっとした隙間は無い?」

「隙間?」

「本当だったらその隙間で、貴女のマスターは貴女にも色々な話を聞かせてくれるはずなのよ。だって彼は色んなことを見聞きしてるんだから」

「そうよね。私、マスターが話してくれるお話は全然退屈しなかったの。自分が旅をした時の話だって言ってたわ。それを聞いていたタイミングが私にとっての『隙間』なのね。そうでないときは……本を読んだりしていたかしら」

思い出したときのアネモネの表情はぱっと明るく、それでいて懐かしむように目を細めていました。今は喧嘩を重ねてしまったせいか、アネモネのマスターはアネモネの前では大変無口なのです。アネモネにだけ無口なのかどうか、それは彼女にもわかりません。少なくとも旅の話しはあまり聞かなくなりました。

「でも、その隙間を使って私のところに遊びに来てくれれば、少しずつ他愛もない話をするくらいはできるでしょう。今度貴女のマスターとも話しておくわ。そのぐらいの時間は、許してくれるようにってね」

「本当? 私から頼んだんじゃいい顔しないけど、カフェアリーヌの頼みならあの人も納得するはずね。嬉しい!」

「苦い顔はしそうだけどね。まあ、なんとかなるでしょう」


まだまだ寒い季節。今日のアネモネの目の前にはマグカップに入ったミルクコーヒーがあります。アネモネが注文――というよりも、おねだりしたものでした。

「マスターはね、コーヒーを淹れるのが上手なのよ」

「……そうなの?」

「ええ、だからカフェアリーヌが淹れたものと比べてみたかったの。でもどっちも美味しいわ! 比べるなんて野暮なことしちゃダメだったわね」

両手でゆっくりとカップを持ち上げ、砂糖を入れたコーヒーに舌鼓を打ちます。

「そうね、何事も比べるばかりが良いわけではないわね。特に嗜好品には妖精が宿るから、その妖精に失礼なこともある」

「妖精?」

「妖精。フェアリー。大きいものから小さいものまで、この世界には沢山いるの、アネモネちゃんも知ってるでしょう」

「知ってるわ。でも、大妖精のイメージばかりだったの。水の妖精や炎の妖精みたいに、厳かで立派。コーヒーの妖精は、そんなに立派じゃちょっと気が引けちゃうわね。小さい妖精は、今ここにもいるのかしら」

アネモネは、人間でも魔法使いでも、もちろん神でもなく、それでいて自分よりも小さな存在がいることを知っていました。ですがアネモネは人間よりも小さな人形ですから、自分よりも大きいものばかり見てきたのです。

「いるかもしれない。けど、簡単に目で見えるような存在じゃないものね。きっと目で見えないからこそ大切にしなきゃいけないんだわ」

「うーん、でも会えるものなら会ってみたいわ。どこにいるのかしら」

キョロキョロと辺りを見渡すアネモネは、マグカップの周りやテーブルに置かれたシュガーポットの中、自分のポシェットを開け閉めしたり、少し席を立って花瓶の裏やカーテンの裾を覗いたりしてみました。ですが、妖精らしい存在の影形はありません。オーナーさんは何も言わずそれを見守っていましたが、おかしいわねと首を傾げるアネモネの様子に思わずクスリとしてしまいました。気づいたアネモネが少しだけ頬を膨らませるので、「ごめんなさい」と眉尻を下げて笑みつつ謝りました。

「コーヒーにも紅茶にも、ワインにもウイスキーにも、妖精は宿る。ただし、この世界でじっくりと時間をかけたものだけに宿るから、真新しいものだとまだ居ないかもしれないわね。私が淹れているコーヒーではまだ早いのかも」

「カフェアリーヌで早いなら、うちのマスターなんて全然だわ! いつまで経っても会えないようなものね……」

アネモネは自分の店にいるはずのマスターの作業の様子を想像しました。まだ店をオープンしてから日が浅いのもあり、慣れない手付きで準備をしている様はハラハラとする場面もありました。かといって自力で完璧に何かをこなせるわけではない、手伝いができるわけではないアネモネも、人のことは言えないのです。自分で作る飲み物に妖精が宿ってくれたら、どれほど嬉しいことでしょうか。アネモネは、カフェアリーヌの作るものにはきっともうすぐ妖精が宿るだろうと信じて止みません。

「カフェアリーヌのコーヒーになら今すぐ妖精も駆けつけてくれそうな気がするわ」

アネモネはもう一度お店の中をぐるりと見渡しつつ、改めて妖精を探すように探索しました。自分の背丈よりも高いところはなかなか手が届きませんが、床を蹴り上げゆっくりと浮かび上がり、棚の上ですとか照明の影ですとか、そういったところにいるんじゃないかと真剣な眼差しで探していました。

「マスターは妖精のこと、知ってるのかしら」

「どうだったかしらね……忘れてしまっている可能性はあるかも」

「じゃあ思い出させてあげないと。今日帰ったら聞いてみるわ」

どれだけ探しても見つからないので、アネモネは諦めて元の席に戻りました。見つけたら、もし会うことができたのなら、オーナーさんも交えてお話ができたら楽しかったでしょうにと、残念がっています。元の席に置かれているマグカップの中身を覗き込むアネモネは、いつかここに宿る妖精とお話をすることを新しい目標の一つに加えました。その願いがかなった日には、きっといいことが起きるでしょう。だって妖精ですから。彼女はそう信じているのです。

「……コーヒー冷めちゃったわね」

オーナーさんがアネモネの目の前のマグカップに軽く触れてそう言いました。アネモネが妖精を探している間に、随分と時間が経ってしまいました。冬の空気に包まれたコーヒーは、一気にその熱を放ってしまうのです。アネモネは慌ててオーナーさんを止めます。

「取り替えなくて大丈夫よ! 私飲んじゃうわ、でないとコーヒーの妖精が可愛そうだもの」

そういってアネモネは冷えたマグカップの中身を勢いよく飲み干しましたが、残念なことに、ミルクが沢山とはいえ冷たく苦味の増したコーヒーは彼女にとってあまり美味しいものではありませんでした。わずかにベロを出して表情をキュッとさせたアネモネを見て、オーナーさんは困ったように笑うのでした。

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