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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが華やかに舞いましょう
12/60

▽砂漠の海

▽砂漠の海


この日のオーナーさんは、壁に新しい写真を額装して飾っていました。

「この写真、本当に海の写真なの? 私てっきり砂漠のような、広大な砂地だとばっかり……」

アネモネが言うようにその写真の色彩は、海と言いながらも深いマリンブルーではなく、淡いベージュ色をしていました。写真の撮り方次第で作品としては如何様にでもなるとはいえ、水しぶきや波の様子はどちらかといえば乾いた砂漠を想起させるものでした。一瞬で海だとわかる人は少ないでしょう。

「アネモネちゃんならこの場所自体は知っているでしょう? ここからだととても遠いけれど」

「ええ勿論よ。でも、ピンとは来なかった」

アネモネは自分用の地図をその場で広げて、その場所を指で指し示しました。やっぱりこの店からは遠い場所です。特に海ですから、二人が今いる大地の端にまで足を伸ばさない限りその目で見ることが出来ないのです。

「行きたいけれど行けないのね」

「そうね、ちょっと遠いかしら」

顔を見合わせつつ、うーんと唸る二人。若干の間のあと、アネモネはおそるおそる手をあげます。

「あのねカフェアリーヌ。私思いついたことがあるの。聞いてくれるかしら?」

今日はいつもの席ではなく、壁にかけた写真がよく見える位置に二人は座りました。いつもの紅茶のカップと、先日トルフェイで買ったクッキーのお茶請けが机の上には置かれていました。

「私のパスポートは、私の行ったことのある場所にだけ扉が開くでしょう。だから私はカフェアリーヌのところに何度も来ることが出来ている。この間トルフェイに連れて行ってくれたから、私はトルフェイまでの扉も作ることができるわ。だからね、このお店からトルフェイまでは遠かったけど、次からはショートカットできるからトルフェイより先の街にも行ける。繰り返していけば、いままでダメだって言われたところにもいつか行けるんじゃないかって思うの。どうかしら?」

アネモネの向かいに座るオーナーさんは、

「思いついちゃったのね、その方法を」

と、ちょっぴり舌を出しながら惜しそうに言うのでした。

「知ってたの?」

「知っていたというべきか、ちょっと予想していた程度だけど、私から思いつきですぐに物を言っちゃダメね、って思って何も言わなかったの」

「まあ。でもこれで確信に変わったわ。このパスポートを使って、私色んな所に行けるようになりたい! ダメかしら?」

「私程度がダメだなんて言えるわけがないわ。だって貴女が成したいと思うことは、全部成すことができるはずよ。誰かが制しても叶えてしまう願い事。今のアネモネちゃんにとってはそれが、この世界での冒険なのね」

それは地図を広げながらの会話でした。丸テーブルの中央に広げられたアネモネの地図は、電子式で拡大や縮小が容易くできるものです。オーナーさんやマスターの持つ紙でできたものと違い、沢山書き込んだりマーキングすることができます。彼女はそこに、これまで聞いてきたお話に出てきた場所や気になる場所を綺麗にメモしていました。今は机上だけの冒険を、いつか自分の足で出来るようになりたいというのは、彼女のかねてからの願いでした。

アネモネは地図を見ながら、本当に自分が成したいことについて考えます。見てみたいものは沢山あるのですが、何のために見聞きしたいのか。その目標は定まっていません。そのことはオーナーさんも薄々わかっていました。

「それで、そんなアネモネちゃんへの提案。これはつゆ草さんが言っていたことだけどね、貴女はきっと観光案内所が開ける、って」

「観光、案内……?」

オーナーさんの顔をまじまじと見つめました。

「この世界で旅行がしたい人、それから初めてこの世界を歩く人。そういった人達の力になるお仕事よね。貴女がちゃんとこの世界のことを知って、この世界のあらゆるところへ行けるようになったら、それも夢じゃないのではと私思うのよ。それができるくらいになれば、誰も貴女を子供扱いなんてしないでしょうしね。そういうの、どう思う?」

考えてもいないことでした。アネモネはただ自分の興味関心だけで、これまでオーナーさんにお話をおねだりしてきたのです。冒険はしたいけれど、それはマスターから禁じられている。ですから、観光案内というお仕事について言及したのがマスターであることにアネモネは驚いていました。もしかしたら、自分のやりたい事の先にこの世界でのお仕事が待っているかもしれない。そして誰かの役に立つことができる。このとき彼女は、その未来への可能性に目を輝かせたのです。

「そのお仕事を目指せば、私いろんなところに行かせて貰えるのかしら?」

「止めるなんて無粋よね」

「私、今のお店で退屈な留守番しているだけじゃなくて、もっともっと自分の知らないお話を知れるのかしら。しかも、誰かの役に立ちながらなんて」

「貴女が望めばのお話よ」

「……カフェアリーヌ! 私、それやりたい、やってみたいわ! できるようになりたい! どうしたらなれるかしら!」

世界のことをたくさん知って、まだ見ぬ誰かに教えられるようになる。そんな目標を立てることが、そして世界を冒険する許可が、アネモネに降りたのです。その目標となる、観光案内所のお仕事。それについてオーナーさんは含ませたような表情をしつつ、立ち上がってゆっくりと歩いていきます。

「そうね……それももしかしたら、旅人が知っているかもしれない」

スクラップブックのしまってある本棚を背に、オーナーさんはそう言いました。その意味を知っているアネモネは、ワクワクを押さえられないままオーナーさんに飛びつきます。

「それなら私、やっぱりこれからもたくさんのお話が聞きたいわ! 聞かせてもらえるかしら!」

「勿論よ。さあ、今日のお話はどのページに載っていたかしらね――」

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