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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが華やかに舞いましょう
10/60

▽トルフェイの羊、魔物を呼ぶ目。

「カフェアリーヌがお出かけ連れて行ってくれるの!?」

「だそうですよ」

アネモネという名の人形が目をキラキラとさせていました。二人がいる喫茶店は、カフェアリーヌがいる喫茶店よりも薄暗い印象です。なぜなら窓にかけられたカーテンが常に閉められているからでした。そのカーテンを開けてしまうと、外の真っ白な光が差し込んできて、それはそれは眩しいのです。

この喫茶店はカフェアリーヌがいるお店の分店。外は不思議なことに、空も大地もなく、右も左もわからない、真っ白な空間でした。そこにぽつんと建つのが、二人が代わる代わる留守番をしながら運営しているお店です。

アネモネから「マスター」と呼ばれる青年は、深く深くため息をつきましたが、アネモネがステップを踏みながら喜ぶ様子はまんざらでもないようで、カウンターで頬杖をつきつつそれを見守っていました。しばらく経ってから、青年は思い出したようにアネモネに忠告します。それはアネモネが「何を着ていこうかしら」と呟いたあたりのことでした。

「服は必ず『プロミネンス・ルビー』を着ていくこと。あれは七難を隠す服ですからね。それからあまり街で目立つことは――」

「そういうのはいいのよマスター! 楽しい気持ちに水を差すなんて、やっちゃいけないことの一つなんだわ」

「そうは言っても、貴女が何を言い出すかわからないのは私がよく知っていることですよ。それに今回はオーナーさん――カフェアリーヌが行けるところという条件付きです。前に貴女が話していたような遠方は、彼女の足では難しい」

「そういえばどこに行くのかまだ聞いていなかったわ。決まっているのかしら」

「ある程度は貴女の意向に沿うそうですよ」

とはいえオーナーさんがいる店があるのは、世界の最南端に広がる森から少し離れた広大な草原の真ん中。見晴らしが良く素敵な土地ではありますが、あまり人がいません。それは街から森に向かう人が少ないのも一つですが、何よりも遠いのが大きな理由でした。そんなお店から街を抜けて更に北に向かうには、相応の時間がかかります。歩いて行くのでしょうか? それとも何か乗り物に乗っていくのでしょうか? まだわかりませんが、アネモネは『オーナーさんでも行けそうな所』という条件をもらい、しばし考えました。オーナーさんもずっとお店に閉じこもっているわけではなく、食材の調達などで外に出る日があることはアネモネも知っています。アネモネは店のメニューのことを思い出して、とあることを思いつきました。

「それならね、マスター。私トルフェイに行きたいの」

「……トルフェイですか」

「そう、ワイトーンの牧場があるでしょう? 彼らに会いたいの」


言われた青年は、トルフェイにある牧場の光景を思い出していました。




▽トルフェイの羊、魔物を呼ぶ目。




ワイトーンの毛で出来た羽織は冬の必需品。ここはトルフェイ地区の牧場です。

この地域原産の大型の羊、ワイトーン。『魔物を連れてくる眼』と呼ばれるほど鋭い目をしていますが、心穏やかで優しい動物です。仲間同士で静かに寄り添う姿が家族のように見えることから『身を寄せたい家族』とも呼ばれ、この地域の人々に親しまれています。


~・~・~


カランカラン、と土産物として売られているカウベルを手で握り、振ってみる。音だけでいかにも牧場にいる気分になれる代物だ。

「そういえば、貴女のアクセサリーもカウベルですね」

僕が声をかけたのは自分の後ろにいる、この店の一人娘。カントリー風の淡い色のワンピースと、胸元には今僕が持ってるようなカウベルが下がっている。彼女はニコニコと僕の傍までやってきてしゃべりだす。

「そうそう、立派でしょう? 小さい頃お転婆だった私がいろんなとこ行っちゃうから『どこにいるのかわからない!』ってなっちゃって。両親がワイトーンたちと同じようにこれを付けて、探しやすくしたの」

娘は胸元のベルを指先でちょっとだけ持ち上げ、見つめている。ほう、と僕はそのベルの経緯に感嘆した。

「そんなにお転婆には見えませんが」

「ふふ、お世辞が上手。まあよく言われるけど!」

僕は今トルフェイの街の牧場に、入用な物を求めて訪れている。cafe chokerにも牧場はあるから、本来ならば今回の類はオーナーであるカフェアリーヌに言えば出てこなくはないが、物の種類が厄介だった。

お転婆な一人娘がいるこの牧場には、沢山のワイトーンが住んでいる。ワイトーンというのはこの世界の羊の一種である。白い毛とがっしりとした角。何よりも特徴的なのは、その鋭い目から「魔物を呼ぶ」「夜に出くわせば呪いにかかる」などと恐れられていたことだった。しかし織物屋に言わせればその毛は最上であり、昔から必要な存在でもあったのだとか。

会話の後、姿を消していた娘がひょっこり戻ってきた。

「はい、お待ちどうさま。じゃーんっ、ご要望のワイトーン・ミルクでーす」

そう、これが入用なのである。ワイトーンはその飼育が難しく、原産地であるトルフェイ以外ではとんと見かけないのだ。流石にcafe chokerでもこれは入手できない。娘が頭の上に掲げていた大きなミルク瓶は随分と重そうに見える。それを見て僕はカバンから財布をとり出した。

「料金は七五〇だったかな」

「えっ、冷たーい。折角頑張って取ってきたのに。尽くしがいの無い客だなあ」

「一定のマイナス評価は貰い慣れているよ」

それを買うための代金を支払おうとした。ちなみにこの額なら紙幣ではなく硬貨だ。僕のこの無粋な態度に唇を尖らせる彼女は、それでも手にしていた瓶を丁寧に梱包してくれた。良い娘だ。僕は、重いけれど温かみのある瓶入りのミルクを受けとり、彼女の手に金を握らせた。それを数えながら彼女は僕に向かって疑問を投げかけた。

「でも珍しい、ワイトーンのミルクが欲しいって人、中々いないのよ? 癖が強くて飲めたもんじゃないってお父さんも言ってたし」

「聞いた話によれば、ある種のハーブと一緒に煮込んでからチーズにすれば、中々に美味だそうだよ」

Cafe chokerのオーナーからの話を丸ごと受け売りする。僕がこの時彼女の顔を思い出したからだろう。「そうだ」と思い出したことを彼女に伝える。

「オーナーから言付かっている。『先日はありがとう。また何かあった時はお願いします』と」

「はあい、お母さんにも伝えておくね。お母さん、カフェアリーヌさんのブレンドマスカットティー、凄く気に入ってたんだよ」

「……へえ」

カフェアリーヌが最近始めた農牧業は、彼女の経験不足もあり絶好調というわけではなかった。この間も家畜の具合が悪そうにしており、彼女だけじゃ手に負えずヘルプを求めていたのだ。農牧業で助けを求める相手が、この娘の両親である。しかし今僕が訪れているこのトルフェイの農場は、東南地域圏とはいえ決してcafe chokerに近い所にあるわけではない。彼らがカフェアリーヌの頼みごとを引き受ける理由が何かあるんじゃないかとは思っていた。だから娘の話を聞いて、その関係性が少しだけ見えた気がしたのだ。でも、理由が美味い紅茶だけだろうか?

「簡単でしょ。友達だからじゃない?」

お転婆な娘が言う。

「だって、見ず知らずの人の頼みよりも、知り合いの頼みの方がずっと力になりたくなるじゃない」

彼女はいつの間に持ってきたのか、土産物がどっさり入った箱を足元に置いて、陳列棚に補充しつつ、そう話した。当然僕の方は見ていない。けれど笑顔で話す姿は好印象である。せわしく働く彼女は、その会話の仕方にしても僕に伝えた考え方にしても、それがさも当然のように振る舞っていた。僕は彼女の言葉をゆっくりと咀嚼して、自分のものにした。

「友達、か。……そうだな」

「ねえねえ、どうせならワイトーンたちに会っていって頂戴! 貴方ミルク持って行ったんだもん、お礼ぐらいするでしょ?」

やけに唐突だと思った。そんな発想が一ミリたりとも無かった僕は、彼女の提案を拒否も受け入れもせず、それでもただ彼女の案内にはついていくことにした。小屋の外にある空は、湿り気のある風が重い雲をゆっくり動かしていた。気持ち良い天気ではないが、こういうのも嫌いではない。

そして彼女に先導された先にいるのが、ぎろりとこちらを睨むワイトーンの群れだ。若干でもなく僕はその視線に怯む。

「ぅおう」

「おっかないでしょー? なんてったって魔物を呼ぶ目だもん。でもね、そういう時は群れの中にどーんと入っちゃえば大丈夫!」

「は? どーん?」

「そうそう、どーん」

彼女は二度目の「どーん」の瞬間に僕の背をどーんと強く押した。一歩間違えれば大惨事である。これで僕は前につんのめりながら、ワイトーンの群れの中央に入ることになる。それに合わせて羊たちもわらわらと無秩序に動いた。なんだなんだ、と怪訝な目をしながらもこちらに興味を向ける彼らは、自分たちの体毛をこちらにぎゅっと押し付けてくる。突っ立ったままの僕の足元に、まるで白い海があるかのような密集具合だった。彼らには仲間同士で身を寄せ合う習性がある。それを知ってはいたがこうやって直に見ると、また印象が変わってくる。これが『身を寄せたい家族』か。

――家族だって、さ。

さっき娘の言った『友達』という言葉で抱いた感情と同じだ。友達や家族なんて僕らにはとことん縁がないはずで、縁があってもいけないものだと思っていた。

僕らはシテン。物語を追うだけの存在。けれどもしかしたら、そんな固定概念に縛られない者が沢山いるのかもしれない。ちょっとだけそんなことを考えた。

ワイトーンは元々僕らの腰ぐらいの高さはあった。だからこちらがちょっと立膝をつくだけで、もふりとした毛が顔に近くなる。

「こういうもふっとしたのは……僕以上に好きな奴がいるだろうな」

そう小声で呟くレベルには触り心地のいい、そして暖かい毛である。しかも向こうから身を寄せてくるのだから、成程これはあの恐ろしい目をしていても親近感を抱く。個体によっては他の個体の毛で顔が見えていないから、恐怖心も和らぐ。

「……この毛からは何が作れる?」

僕は彼らの毛を撫でながら、ニコニコと楽しそうにこちらを見ているお転婆娘に訊ねた。

「色々。そりゃもう何にでも使えるから。欲しい? ねえ欲しくなっちゃった?」

「まあ、いずれね」

羊の毛だから、要は僕らの感覚で言うウールだ。やはり毛糸製品などは多く作られるはず。僕に作れるものは限りがあるが、他のシテンなら何を作るだろうか。そんな事を考えた。


きっと、ワイトーンを家族にしたくなる人はたくさんいるのだろう。

暖かい体に身を寄せながら物作りでもすれば、幸せになれるに違いない。


~・~・~


「懐かしい話ですね。確かに、あの羊に触れているかいないかは大きい」


青年は昔々のことを思い出していました。ワイトーンの暖かさを知ったのは彼にとって偶然のことでしたが、それでもその時感じたことや気づいたことというのは、鮮明に覚えているのです。見ず知らずの人の頼みよりも、知り合いの頼みのほうがずっと力になりたくなる。そう言った娘の後ろ姿を、青年は思い出しました。

先日オーナーさんに言ったことを僅かに後悔しました。友達という言葉は好きじゃないと。けれどこれは他の場面でも同じことを言ったかもしれません。友達というのは信用ならないのだと。尚のこと後悔しました。知人であるかどうかだけで、人との関わり合いというのは全く変わるものだというのに。うつむき、組んだ両手を額にトンと当てました。

青年の顔色を伺うようにカウンターに身を乗り出すアネモネは、彼の様子に気づきはしましたが、あまり気にせず得意げに言いました。

「私、ワイトーンに触ったことならあるわよ!」

「……どこで」

「はぐれ羊さんがいたのよ。元のところに返してあげたあとも、カフェアリーヌの店の前でもう一回会えたの。だからトルフェイに行けばまた会えるはずよ!」

ニコニコと屈託なくそう言うので、嘘ではないだろうというのは青年にもわかりました。ですがワイトーンという羊はそう簡単に牧場以外の場所で見られるものではなかったはずです。なので彼は一瞬首を傾げたのですが、『店の前』という辺りできっと、それがオーナーさんが何か食材を注文したか何かあったのだろうと推測しました。

「なるほど、オーナーさんとやり取りが続いているあの牧場なら話が早い。頼めばすぐに連れて行ってくれるでしょう。トルフェイは多少遠いですが、まあ許容範囲」

「なら決まりね。とっても楽しみだわ!」


アネモネはその場でぴょんと飛び上がり、ふわりとスカートを舞い上がらせました。彼女にとって貴重な遠出は、一体どんなものになるのでしょうか。

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