一年生の試練 【月夜譚No.216】
分厚い魔術書は、いくら見つめても軽くはならない。一般に見かける辞書の数倍はあろうかというその書物は、次の授業では欠かせないものだ。
学校併設の寮から通っているから持ち運ぶのは校内に限られるが、持ち上げただけで腕が持っていかれそうなほどの重量の物を持っていくのは骨が折れる。それが週に一度、お陰で腕の筋力はつくが、精神的には気が重くなる一方だ。
教師の言い分としては、早く浮遊魔法や収納魔法を覚えろということらしいのだが、入学したての一年生にそれを強いるのは如何なものか。
と、ここで文句を言っていても始まらない。それに授業開始の時刻も迫っている。
彼は意を決して、魔術書の下に両手を滑り込ませ――もとい、捩じ込ませた。全身を使って膝を伸ばし、顔を真っ赤にしながら一歩廊下へ出る。
他の一年生も、彼と同じように魔術書に集中しながら教室に向かっている。涼しい顔をして行き過ぎていく上級生が羨ましい。
いつかの自分が魔法を習得して軽々と歩くのを想像しながら、彼は腕に力を入れ直した。