第79話 バーベキューをしよう
暑苦しい夏の太陽も地平線に隠れると、あたりは涼しげな暗闇の世界へ。
庭に設置されたバーベキューのコンロには、オレンジに光る炭の炎が灯り、それを囲んだ僕たちを明るく照らす。
合宿1日目の夜は、バーベキュー。
「じゃあ乾杯しよう!」
秋芳部長を中心に、各々手にした飲み物を掲げる。
「かんぱーい」
夜空の下、熱気とともに響き渡る乾杯の声。
久しぶりに飲む炭酸のオレンジジュース。
この爽快感がたまらない。
夏の暑い日には、やっぱり炭酸にかぎる。
「みんな、お肉いっぱいあるから食べてね」
「お――!」
「よーっし、食べるぞー」
部長が台所から持ってきた食材を、ややフライング気味に南先輩と遠野先輩がトングで掴み、網へと並べていく。
「春山くんも遠慮しないで食べてね」
「はい」
「明日、海で泳ぐんだから、体力つけとかないとね」
「はぁ……」
あんまりこういう、みんなでバーベキューとか鍋とか、やったことないから、やり方とかよく分からない。
オロオロしている間に、すでに南先輩と遠野先輩は、どんどんコンロの網に肉をのっけていってる。
そのわきでは深谷先輩が、ゆっくりと肉……ではなく、野菜を取って並べている。
「あれ? 深谷先輩はお肉、食べないんですか?」
「私は、少しでいいのよ」
バーベキューで肉を食べないって、どういうことだろう?
控えめに端の方に野菜を並べる深谷先輩に、網の全域を豪快に使用し肉を並べる南先輩と遠野先輩。
……これ、どのタイミングで、どこに僕は肉を焼けばいいんだろう?
「春山くん、どう?」
ただ立ち尽くしているだけの僕の様子を、部長が見に来てくれた。
「好きなの選んで焼いてね」
「はぁ……」
「ほら、海老! 海老あるよ!」
伊勢海老の代わりに買ってきた、車海老が盛られたお皿を目の前に差し出してくれる。
「えーと、これをどうすれば……?」
「網にのせて焼くんだよ。置いてあげるね」
高くて1人2.3匹分しか買えなかった海老を、部長は丁寧にゆっくりと並べていく。
「春山くん、お肉も食べてね……あれ? もうなくなってる?」
気がつくと山のようにあったはずの肉の塊が、すっかりきれいに無くなってしまっていた。
もしかして、もう、この二人で食べてしまったの?
「ちょっと取ってくるね。その間、野菜食べててね」
と、駆け足で台所まで戻っていった。
そうしましたら、野菜を並べましょうかね。
玉ねぎと、人参と、ピーマンと、ソーセージも……
……あれ?
僕の海老が無い……
ここに置いて焼いていたはずの、海老が……
野菜を並べてて気づいたが、さっき部長が置いてくれた海老が消えてる。
もしやと思い、南先輩を見ると、
先輩の口から赤い海老の髭が伸びていた……
「あぁ、これ春山のだった?」
僕が恨めしそうに見ていることに気付いたのか、南先輩はそう言って、
「わるい、返すわ」
と、海老の頭だけ口から吐き出して、僕に渡してきた。
殻だけを返されましても……
「お待たせ、春山くん。お肉持ってきたよ」
「ありがとうございます」
「あれ? 今度、野菜がなくなってる? ちょっと切ってくるね」
……海老…………まあ、いいや。
気を取り直して、肉を焼こう。
一切れつまんで、網にのせる。
ジュー
シュ――
シ――――
んー これくらいでひっくり返して……
ジュー
シュ――
どれくらいが食べ時なのか分からん。
そろそろかな……?
シ――― ひょいっ
あ――!?
僕の焼いてた肉がー!
遠野先輩に持ってかれた……
……まあ、いいや。
まだたくさんあるから、次焼けばいいや。
次……
シュ―――
そろそ…… ひょいっ
あ――!!
肉――!!
……南先輩に取られた……
じゃあ、もう、いっぺんに5枚くらい並べる!
ジュージュージュジュジュ――――
シュシュ――シューシューシシシュ――――
あっ、ちょっと待って、ひっくり返すのが……間に合わない……
シ―――シシシ――――
なんとか……焦げる前に……
ひょいひょいっ
あぁぁ―――
また持ってかれたぁ―――
結局、僕のもとに残ったものは、たっぷりの野菜と炭のように焦げた肉片。
これ、なにか焼き方とか、コツとかあるの?
全然食べれないんですけど……
「いやー 食べた食べた」
「もー お腹いっぱいー」
「ご馳走さまでした」
みんなはさんざん騒いで食べて飲んで、満足したのか広間に戻って、くつろぎ始めた。
南先輩は膨らんだお腹を上にして転がるし。
遠野先輩はうつ伏せでスマホをいじって、深谷先輩は本を読み始める。
残された僕1人は、同じく残された野菜を焼いてみる。
さっきから野菜しか食べてない、まるでウサギみたいだ。
そこへ台所と庭の往復でほとんどいなかった部長が、宴の終わりごろにようやくやってきた。
「春山くん、どう? 美味しかった?」
「え? えぇ、まぁ」
「海老、おっきくて、プリプリしてて美味しかった?」
「……………」
「……もしかして、食べてないの?」
「……」
「お肉はちゃんと食べれた?」
「……少しだけ」
「春山くん……」
こんな僕に呆れたような、悲しそうな顔を見せられる。
一緒に買い物したというのに……
食べたい食材選んで買ってきたというのに……
一緒に野菜切ったりして、準備もしたのに……
ぜんぜん食べれなかったなんて。
空腹の辛さよりも、部長に申し訳ないことをしたという気持ちで、胸がいっぱいになった。
きっと情けない男だと失望されたに違いない。
カッコ悪いなー
「どうせ春山くんの事だから、遠慮してたんでしょ?」
「いや、そういうわけでは……」
部長はコンロの、消えそうな細い炎に小さくなった炭をかき集める。そこに新たに炭を追加していく。
「もしくは、モタモタしてて取られちゃったとか?」
もうその通りで、なんにも言えない。
「春山くんらしいと言えば、春山くんらしいけど……」
「好きなものは、先に取らないと、無くなっちゃうよ」
「……はい」
「ちょっとこれ持っててね」
と、うちわを持たされる。
「これで火をあおいでてくれるかな?」
「はい?」
そう言うと部長は家の中へと消えてしまう。
僕は言われた通り、風を送り続ける。
消えかけた炎が、息を吹き替えし、徐々に大きくなっていく。
その様子を、ただぼんやりと眺めている。
…………と、
「はい、春山くん」
「?」
背後から声をかけられ振り向くと、部長が……
「持ってきたよ」
「部長? これは……?」
肉に野菜、そして海老まで盛られたお皿を手にしていた。
「どうせ春山くんの事だから、食べ損ねちゃうんだろうなーって。私の分と一緒に取っておいたよ」
そこまで……お見通しだったんですね。
まさしくその通りで、言葉がでない。
そこまで見抜かれてることに恥ずかしくて。
そこまで面倒見てくれることに、情けなくて、申し訳なくて。
そして…………嬉しかった。
「私も一緒に食べていい?」
「もちろん」
オレンジ色の温かい炎に照らされた部長の笑顔が暗闇に浮かび上がる。
部長はみんなのために、ずっとお運びしたり片付けしたりしてて、ちゃんとゆっくり食べていない。
「じゃあ、私が焼いてあげるから、春山くん火をつけててね」
「はい」
うちわであおぎ続けると、元気を取り戻した炎が大きく広がる。
そんな炎が、暗闇の庭にいる僕と部長の二人を赤い光で包み込む。
ぼんやり赤く浮かび上がる部長の手により、手際よく網の上に肉が並べられた。
肉の焼けるいい音と匂いがする。
「春山くんは、好きなものは最後まで大切にとっておく子なんだね」
「別にそういったつもりでは……」
「春山くんの彼女は、きっと大事に、大切にしてくれるんだろうなー」
「それは…………」
そんなこと、これっぽっちも意識してないですけど……
「でもね。好きなものは早く先に手に入れないと、誰かに取られちゃうからね」
「……そうですね」
誰かに奪われる?
好きなもの……物? 者?
それは肉の話?
それとも好きなひ……と………
「モタモタしてても、誰も待ってくれないからね。人も。時間も」
「はい」
「じっとしてたら、お肉も焦げちゃうし、腐っちゃうし」
そう言って、野菜をひっくり返す。
「そうなんですよね。でも、タイミングが分からなくて」
「赤くなったら、大丈夫だよ」
「赤く?」
「そう、海老はね」
そしたら、この海老はそろそろ食べごろだ。
「春山くんも赤くなってるけどね」
「そ、それは……火に近いから……」
とっさに自分の頬を触って確認してしまう。
本当に赤くなってるのかな……?
いや、そんなこといったら、部長だって炭からの炎に照らされて、赤く染まっている。
「お肉も海老も、待ってても口には入ってこないでしょ? 自分から行動しないと」
「はい」
「青春は、待ってはくれないよ」
肉が焼ける音、炭が弾ける音の中、部長の一言が、胸の中に音をたてて沈んでいく。
「でも、そこが春山くんの良いところなんだけどね」
「僕も……少しは積極的にならないと、いけませんね」
待っていても、なにもやってこない。
ただ、無駄に時間だけが過ぎていくだけ。
そんなことは、なんとなく分かってはいるけど……
分かってはいるけど、その一歩を踏み出すタイミング、チャンス、そして勇気がないのだ。
「もしかして春山くん、白馬に乗った王子様を待ってたりしてるの?」
「なんですか? それ?」
肉を突っつきながら、急になにを言い出すんだよ。
王子様なんて待ってるはず、ないでしょ。
「待ってなんか、いないですよ」
「そうだね、春山くん男の子だもんね」
と、明るく笑う。
「でも、眠れる森の女の子も、眠ってるから自分からはやっては来ないんだよ」
「えぇ、まあ、そうですけど」
「春山くんが起こしに行かないと。女の子、寝たままおばあちゃんになっちゃうよ」
いったい何の話をしてるんだ?
肉の話から、なんでこうなった!
「これ焼けたよ。食べさせてあげようか?」
「食べれますって」
今、言ってたじゃん。肉からやってくることはないって。
自分からいかないと、ダメだって。
「春山くんが待ってるだけなら、私が食べさせてあげるよ」
「大丈夫ですって。もう自分でできますから!」
ひとつの宴が終わり、静まり返った中、僕たち二人だけの夜会が始まる。
夏休みも、合宿も、始まったばかり。
だけど、長いようで、気がつけば終わってしまう夏休み。
時間は待ってはくれない。
一期一会
その時、その瞬間を後悔しないように……




