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僕は茶道部部長に弄ばれる  作者: 夜狩仁志
第一章 春、出逢いと始まりの季節
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第6話 割稽古

 今日の部活も、僕と秋芳あきよし部長と深谷先輩の三人のみの活動のようだ。

 基本、南先輩はほかの体育系の部活への応援。特にこの時期は練習試合とか多いから、忙しいらしい。

 遠野先輩にいたってはバイトに遊びと、めったに参加しないようだ。特にこの時期はバイト先が人手不足のようで、忙しいらしい。


 そんな残された三人での部活の内容といえば、しばらくは僕の特訓である。


 深谷先輩が姿勢を正しながら僕に言う。

「文化祭にはお点前を披露してもらいます」

「僕がですか?」

「そうよ、もちろん」


 まあ、そのことは確か部活の初日にも言っていたような……

 正直、正座している時に足が痛くて、話の内容はあんまり覚えていない。


「まずはそれを目標に稽古してもらわないと」

「はい」

「春山くんが主役になれるんだよ」

 今日もウキウキで話す秋芳部長。

 

 主役か…… 今までの自分に縁のなかった言葉のためイメージがわかない。


「主役というより正確には亭主ね。お茶会を主催し準備しお客様をおもてなしする」

 深谷先輩がいろいろ説明してくれるが、いまいちピンとこない。


「おもてなしするからには、しっかりといろんなこと勉強しなきゃ、だね」

 秋芳部長がいろいろと話してくるが、漠然として全く分からない。

 

 そんな感じで、今後の部活の大半の時間は、僕への稽古で終わってしまうようだ。


 今まではお茶を飲む側、すなわち招かれるお客の側だったが、最終的にはお茶を出す側、もてなす側へとならなくてはならない。

 それにはいろいろと憶えることが多い。


「まずは割稽古わりげいこね」

「わりげいこ?」

 深谷先輩からの聞きなれない言葉に、つい聞き返してしまった。


「お点前するときの一連の動作を、区切って一部づつ練習することだよ」

「はあ……」

「例えば……サッカーの練習でいきなり練習試合じゃなくて、パスの練習、ドリブルの練習、シュートの練習、とか個別で練習する感じ」

「あー なるほど」

 部長が分かりやすく説明してくれた。


「そうね、だからまずは帛紗ふくささばきね」

 ……んー 深谷先輩がまた難しい言葉を使ってきた。


 

 帛紗ふくさとは、絹でできた色鮮やかな朱色のハンカチのようなものだ。

 それを手にして茶道に使う道具を拭いたりするのだ。


 しかしこれは、折り紙のように順番通りたたんだり広げたり、いちいち使うのに作法があるようだ。


「今日は私の貸してあげる。みーちゃんの真似してみて」


 いまだ道具一式を持っていない僕は、部長からそれを借りる。

 すごくつやのある肌触りの良い布だ。

 さすが絹でできているだけある。本当に滑るような肌触り。

 木綿のハンカチのようにゴワゴワしてない。いつまでも触っていられるくらいだ。


「ではまず、たたみ方から」


 と、目の前の深谷先輩が手品師のように布を折りたたんでいく。

 四角から三角に。その三角の角と角を合わせて小さな三角に……そしてそれを……


「じゃあ、同じようにやってみて」


 ……全然分からない……


 先ほどと同じように先輩は、ゆっくりとやってくれるが……

 それでも早くて追いつかないし、すぐには覚えられない。


 ……


 ………ん


 ……えーっと


 僕の手の上には、くしゃくしゃになった丸い布が完成された。


「なんでそうなるの?」

 先輩もあきれて、ため息を漏らす


 だって初めてだし、しかも向き合うと動作が左右逆になるから、いまいち分かりにくいんだよなー


「春山くん、一緒にやろっか」

 

 何回か繰り返すうちに、部長がじっとしてられなくなって、僕の真横についた。


 そして何の躊躇もなく、

 いきなり僕の両手をつかんだ!

「あの、部長、ちょっと……」

 ……びっくりした……女の子に手を握られるなんて……


 そんな驚きを感じる間も無く、

「左手をこうして、右手をこっちに持ってくるの」

「あ、はあ……」

 なんだか操り人形みたいに、部長によって動かされる僕の手。

 まるでフォークダンスを踊っているかのようだ。


 しかし部長の……女の子の手って、こんなに小さくて細いもんなんだな。

 この絹でできた布よりも、つやつやでスベスベしてて、それでいてあたたかい。


「どう? わかったかな?」

「え? あー はあ……」


 すみません。全然別のこと考えてました。


「もう一度初めからやるね。ちゃんと覚えてね」

「はい……」


 正直、もう覚えるとかそんな状態ではないんだ、これが。 

 僕の真横に部長が密着し、両手を握りしめられている。

 ちょっと高校一年生に僕には刺激が強すぎる。


 しかも……


 その……


 教えてくれる部長が真剣なのはわかるが……


 身体が、近すぎるんで……ちょっと……

 僕の肘が部長の変なとこにあったってる。


「今度は左手に全部預けて、それを右手でつかんで……」

「あの、ちょっと。その……部長、近いです。すみません、ちょっと離れて……いただけますか?」

「え?」


 もう部長の横顔が目の前まで迫っている。

 ちょっと違えば、口がくっ付いてしまう距離だ。

 しかも動いたり振り向いたりするたび、部長の髪が僕の顔を優しくなでていく。

 部長の制服なのか髪なのか、動くたびにいちいち甘い香りが鼻をさすっていくので困る。


「どうしたの?」

「あの……近いです。あたってますから」

「そぉ?」

 

 そういって部長は手を放し、僕から離れて行ってくれた。


 助かったー

 今日はやけに潔い。 

 僕が胸をなでおろしたとき……


「うわっ! ちょおっと!」


 いきなり後ろから部長に、覆いかぶさるように抱き着かれた!


 そしてそのまま両手を掴まれてしまった!


「こうすれば分かりやすいでしょ」

 耳元で部長の吐息とともに、ささやき声が僕の心を刺激する……


「ちょっと何してるんですか!?」


 必死に振りほどこうとするも、両手を掴まれ体重を乗せられているので、簡単に引き離せない。


 ちょっと、ほんとに勘弁してくださいよ……


 身体を揺さぶるも、しぶとい部長はなかなか落ちてくれない。


「危ないですって、部長……っ!」、


 そうこうしているとバランスを崩し、前のめりに倒れこんでしまった。

 部長も一緒に、僕に覆いかぶさるようにして崩れ落ちる。


 ぐふぇ……


 カエルがつぶれたような声が、思わず口から吐き出されてしまった。


「春山くん、大丈夫?」

 痛いなー もぉー

 大丈夫じゃないですよ、部長……


 僕はゆっくりと起き上がろうとする。と……


 目の前に、カッターの刃のように薄く鋭い目で僕を見下ろしている深谷先輩の姿が……



 あ――


 これ、めちゃくちゃ怒ってますよね――

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