第202話 雪だるまを作ろう
前回のあらすじ
春山くん、秋芳部長と目隠し歩きする。
「春山くん、早く早く――!!」
「そんなに急がなくても、すぐには解けないですって」
茶道の稽古そっちのけで、早々に部活を切り上げる僕たち。
秋芳部長が雪と戯れたいがために、今日は早めに下校することに。
正門では、もう職員の人が雪かきをして雪がほとんど残っていない。
しかしいつも裏門から歩いて帰る僕たち。
こっちは比較的手付かずで、真新しい雪がまだ道に残っていた。
そんな、まだ踏み荒らされていない新品の雪を、部長が軽い体重を乗せながら足跡を付けて回っている。
そのたびに黒く長い髪と、濃紺のコートの裾が宙にたなびく。
まるで雪の妖精のように雪上を美しく舞う様子は、きっと僕以外でも目を奪われることだろう。
あぁ……深谷先輩は、遠くから冷めた目で見ていた……
部長とは対照的に、僕と深谷先輩はゆっくりと、そして慎重に雪を踏みしめながら歩く。
そのたびに、ギュゥギュゥっと、雪が締め付けられ悲鳴を上げる。
先を行く部長はスキップしながら、左右を飛び跳ねている。まるで生まれて初めて雪を見る子どものように。
「部長、そんなに跳ねたら危ないですよ」
見ているこっちがハラハラする。
ただでさえ、ここは緩やかな下り坂になっているのだから。
「だ~いじょうぶ、だよっ!」
っとくるっと、おどけて回って振り返った弾みで……
「あっ!!」
あ~あ、いわんこっちゃない。
足を滑らせて、前のめりになって倒れそうになったので、予期していた僕は前に出て部長を受け止めた。
でも、支えきれずに勢い余って、僕の胸に突っ込み抱き合う格好に。
「なにやってるんですか、部長! 転んだらどうするんです」
僕のコートに埋もれた顔を上げると、照れ笑いをしながら、
「ありがとう。春山くん」
「はしゃぎすぎなんですよ」
「だって、雪なんだよ。雪が積もってるんだよ!」
そう力説する部長だが……
理由になっているようで、なってない。
そんな部長は抱きついたまま、乱れた髪を整える。
「取り合えず離れてください」
「ちょっと待ってね」
身だしなみを整え終わり、ようやく体を放すてから、またゆっくりと3人歩き出す。
でもちょっと目を放すと、また部長がジグザグに雪に足跡を付けながら歩き回っていく。
「香奈衣、また転んだら面倒だから、先に倒れてなさい」
「え?」
「きっと春山君が、引っ張っていってくれるでしょう」
「本当? 春山くん引いていってくれるの?」
「しませんよ。なんで僕がそんなことを」
でも実際、先に倒れていた方が、転ぶ心配しなくていいのかも。
ただ周囲からの痛い視線を浴びることにはなるけど……
「春山くん?」
「なんですか?」
「また私が転びそうになったら、春山くんが捕まえてね」
「……僕は部長の保護者じゃないですよ」
なんで四六時中、部長のこと見守らなくちゃならないの?
っていうか、自分が転びそうなことする前提なの?
そんなことを考えてると「じゃあ……はい!」っと言って手を伸ばしてきた。
「なんですか?」
「私が転ばないように、手、繋いでて」
「……」
僕は自分の手の代わりに、コートの裾を部長に渡した。
「これでも掴んでいてください」
「意地悪!!」
部長はそれを受け取ると、わざと力いっぱい引き寄せた。
「あ、あぶなっ!!」
コートが引っ張られたせいで、こっちが滑りそうに!
「春山くんが転びそうになっても、助けてあげないから!」
「いいですよ、僕は」
「倒れたら、その上に乗っちゃうから!」
「……それは、困ります」
そう言って、部長は僕を押し倒そうとしてくるし。
それを阻止しようと抵抗する僕。
で、勢い余って自分で転びそうになる部長。
慌てて腕を掴む僕。
……
……の、応酬を横で見ている深谷先輩の存在に、今さらながら気がついてしまう!
僕たちの……しょうもないやり取りを、憐みとも蔑みともいえる冷たい眼差しで見ていた。
「……あんたたち、なにしてんのよ」
そんな事をしながらで、ゆっくりと歩く僕たちは、いつもの倍の時間をかけて、ようやく途中の公園の前までたどり着いた。
「わぁ~ すご――い!!」
部長の悲鳴のような歓喜の声が、静まり返った街に響き渡る。
白い厚化粧をした公園。
夏はあんなに緑で覆われていたのに。
そんな真っ白に埋め尽くされた公園を見て、部長がじっとしてられるはずはなかった。
道を外れて、勝手に公園内に入っていく。
「ちょっと、香奈衣!」
深谷先輩の引き留めも聞かず、部長は1人、未踏の雪の草原へと駆け出して行ってしまった。
そこら中を駆けまわっては、ときおり座り込んで雪をすくって、天高くに放り投げている。
「しょうがないですね……行きますか?」
「まったく、香奈衣ったら」
僕たちは渋々、子犬のように駆けずり回る部長のもとに向かう。
「ねぇねぇ! みんなで一緒に大きな雪だるま作ろう!」
「大きな……雪だるま、ですか?」
部長が得意げに、ソフトボールくらいに丸めた雪をかかげて、そんな提案をしてくる。
「やめなさい香奈衣。解けずにいつまでも残って迷惑なのよ」
「ええ―― じゃあ、かまくら!」
「公園でそんな大きなもの作ると、後々大変なのよ!」
「ええ――」
「作るなら自分の家でやりなさい」
「ええ――」
まあ確かに、家の前に置かれた雪山がいつまでも残ってると、ちょっと邪魔かもしれない。
共用の公園でそんなことしたら、普通に遊びに来た子どもたちにとって、迷惑がられるのかも……
「部長、ここは小さな雪だるまで我慢しましょう」
「うん……そしたら……」
「そしたら?」
「みんなで、お互いの姿に似せた雪だるま、作ろう!」
…………え?
深谷先輩も顔をしかめ、面倒くさそうに聞き返す。
「みんなに似せて作るってこと?」
「そう! 私が、春山くんっぽい雪だるま作って……」
「私が香奈衣に似せて作ればいいの?」
「そう。で、春山くんがみーちゃんと、そっくりなのを作るの」
え? なに? 勝手に話が進んでるけど?
僕も雪だるま、作ればいいの?
しかも深谷先輩を模した雪だるまを?
「春山くん、ちゃんとみーちゃんみたいに可愛く作るんだよ」
「深谷先輩を?」
深谷先輩みたく、
可愛い、
雪だるま、
……を?
と、深谷先輩に目を向けると、ものすごく冷めた視線で返される。
「なに、じろじろ見てんのよ」
「えっ、いやその、べつに……」
雪だるまを、深谷先輩みたく可愛く作れって……そんなこと言われても。
どうやって作ればいいんだろう……
「じゃあ15分くらいあればできるかな? 始めるよ――」
え? 時間制限あるの? ちょっと待って……
「よーい、スタート!!」
なし崩し的に始まってしまった雪だるま作り。
各々、公園内を散らばって雪を集め始める。
とりあえず僕も雪の多く積もっている茂みのところに行って、足元の雪をすくい丸くする。
雪だるまを作るなんて、以前降った小学生以来だろうか。
上手く作れる保証はない。
しかも深谷先輩の雪だるま、作れって言われても……
まずは丸めた雪を胴体として。
もう一つ丸めた雪を顔に見立てて。
顔は眼鏡かけてるから……こうかな?
次に胴体。
深谷先輩は、結構出るとこ出てるし。
何というか……胸も大きいし。
胸の位置に膨らみを二つ。
その下にくびれを作って、腰回りを大きくして、くびれを強調して……
なんだかんだ言って、僕も夢中になって作ってしまう。
僕も部長のこと言えないな。
やっぱり久しぶりの雪。
しかもみんなで遊ぶのは……正直楽しかったりする。
ん~~
でも、うまく作れない。
なんというか……
雪だけでうまく眼鏡を表現できないし、グラマーというより単なるデブになってるし。
これ全然、深谷先輩に似てないぞ。
しかも可愛くない。
こんなの見せたら確実に深谷先輩に殴られる。
作り直そうかな?
でも時間あるかな?
……
それにしても……
なんかこれ……
どこかで見たような形……
たしか……
歴史の教科書で……
あぁ……
遮光器土偶
……だっけ?
「みんな、出来たかな――?」
え? 部長、いつの間に?
「できたわよ」
え? 深谷先輩も?
「ちょっと、ま……」
「じゃあ、集合!!」
部長の号令で、いったんベンチ前に集合する。
これから自作雪だるまのお披露目会が始まるのだ。
え~っと、どうしよう。
まだ完成してないんだけど?
なかなか切り出せないまま話は進んでいき……
「じゃあ、みーちゃんから見せて!」
「私のは、これよ」
深谷先輩が出した部長だるまは、オーソドックスな丸い体に丸い頭の雪だるま。
顔がにっこり笑っていて可愛らしい、いかにも部長らしい雪だるまに仕上がってる。
「かわいい――!!」
「……いい感じですね」
あぁ……ちゃんとした作品に仕上がってる。
いきなりハードルが上がってしまったぞ。
可愛らしい深谷先輩の作品は、雪の積もったベンチの上に座らされた。
「じゃあ、今度は私ねっ!!」
と、自信満々に取り出した部長の春山だるまは……
三角錐のような胴体に、ニッコリ笑顔の丸い顔がのった雪だるま。
やけにスリムじゃない?
背も高いような?
そんなに笑ってたっけ、僕?
……普段、部長は僕のこと、こう見えてるの?
「まぁ、いいんじゃない。
……………………似てないけど」
「でしょ! はるやまるま! かわいくてカッコいいでしょ!」
深谷先輩の辛口評価とは裏腹に、達成感と満足感で満ち溢れた部長は、うやうやしく僕の分身をベンチに座らせた。
「最後、春山くんだよ!」
「え! 僕ですか?」
「みーちゃん雪だるま、どんなのかな――?」
「えっと、その~~ 僕のは……見せるほどの価値は……」
「あんた、私は、雪だるまにする価値もないっていうの!!?」
「あ、い、いえ!! めっそうもございません!!」
「じゃあ、早く見せなさいよ!」
「ぇっ……あの……」
僕は寒さではなく、恐怖で震える手でもって、雪の土偶をベンチに座らせた……
……
…………
――数秒の間――
雪の広がる静寂な公園に漂う沈黙。
永遠ともいえるような凍り付いた刻。
「な に こ れ」
深谷先輩の低い声が、ツララとなって僕の胸に刺さる。
「し、遮光器……
ど、土偶……
…………です」
「プッ! は、春山くん、どぐう…っ……久しぶりに…遮光器土偶って、聞いたよぉ!!」
それを聞いた部長が思わず吹き出し、必死に笑いをこらえてる。
「あ、あの、すいません深谷先輩! 僕の技術が至らなかったために、ですね。これは別に……」
深谷先輩は無言でしゃがみ、足もとの雪を掴むと、丸く固めて僕に………
「いたぁっ――!!!」
雪の球を至近距離から食らう!
オーバースローの全力投球!!
しかも、とんでもない握力で圧縮された雪球は、まるで鉄のように固く、重く体に食い込んでくる!!
そんな至近距離で雪の塊、投げられたら……
「痛い!! いた――!! 深谷せ、痛っ!! す、すみま、痛っ!!」
「あ――!! 雪合戦! 私もやる!」
「違います! 部長、これは……」
痛いってば!!
部長も一緒になって、投げつけてきて!?
な、なんで2対1なの!?
これ、合戦じゃなくて、一方的なジェノサイドだよ!!
マシンガンのように投げつけられる玉に、投げ返すひまなんかない。
防戦一方の僕は、必死に逃げ回るしかなかった……
――その後――
さんざん、雪をぶつけ合って回った僕たち。
自販機で温かいお茶を買うと、ベンチに並んで座り一服することに。
走り回ったせいで、のど渇いたし、汗かいちゃったよ。
雪の積もった公園でお茶を飲む。
隣のベンチには同じく座った雪だるま3名。
真冬の寒空の下、雪を見ながら飲むお茶も、また格別美味しく感じる。
なんだかんだで、すっかり満喫してしまった。
雪だるま作ったし、雪合戦したし。
こんな光景を見ながら、みんなでお茶も飲んで。
隣に座る部長は、満足そうな笑みを浮かべながらお茶を飲んで言う。
「こんな日に飲むお茶も美味しいね!」
「そうですね」
「このお茶、雪だるまにもあげよっか?」
「やめなさい、香奈衣。雪だるまにとっては、このお茶は致命傷になるから」
解けちゃうて……
そう、明日にはきっと目の前の雪は解けてなくなってしまうのだろう。
もちろん僕たちの作った雪だるま……も。
儚いものだ。
久しぶりに降った雪も今日限り。
次、いつこんな機会があるかわからない。
来年? 3年後? それとも……
部長たちが卒業したら、僕との関係もきっと失くなってしまう。
この立場で、このメンバーでは、来年のあと一回くらいしかチャンスはない
だからか来年もし雪が降らなかったら、2度と……一生ない。
そう思うと、これは本当に今日限りのイベントだったのだと、改めて痛感させられる。
部長が望んでいたの、もうなずける。
こんな経験も、きっと一生に一度。
今日限り。
あと何十年生きたとしても、僕にはおとずれる事のない経験。
まさに一期一会。
この3人が、
青春時代に、
学生服を着て、
下校途中で、
雪だるま作って、
雪合戦して、
お茶を飲んで……
「楽しかったね―― またいつか一緒にやりたいね」
「……そうですね」
温かいお茶を口に含み、白い息とともにささやく部長。
またいつか……
来年はきっと無理だろう。
雪が降る保証はないのだから。
それはもう二度とこの機会は、やって来ないということを意味する。
そのことは部長が一番知っているはず。
だから、あんなに雪が降るのを楽しみして、そしてこうやってみんなで、全力で楽しもうとしていたのだ。
「また、3人で雪合戦できたらいいね」
「そうですね」
また、3人で……
それは、これからも僕たち3人は一緒にいようという意味の裏返しなのだろうか?
「雪だるま、どうしょう? 連れて帰る?」
「ここに置いていくしか……」
「明日には解けちゃうね」
「残念ですが、そうですね」
「思い出は持っていけても、雪は持っていけないからね。解けちゃうから」
「…………」
ポツンとつぶやく部長の言葉には、なんともいえない哀愁がこもっていた。
でも、
今日という日の思い出は、僕の心の中に一生、雪の結晶のように輝き続け、解けることはないだろう。
日は沈みかけ雪が紫色に染まっていく。
名残惜しいが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
早く帰らないと。
走り回って汗もかいてしまったので、身体が冷えて風邪をひいてしまう。
「ねえ、最後にみんなで集合写真、撮ろっか?」
「集合写真?」
「雪だるまと一緒に!」
「……そうですね」
ベンチの前に、雪で即席のスマホ台を作る。
その上に部長が、タイマーをセットしたスマホを置く。
ベンチにに戻り、それぞれ自分の姿をかたどった雪だるまの後ろに立つ。
中央の部長は、雪だるまのように白く美しい顔をゆるませながら。
遮光器土偶の後ろに立つ深谷先輩は……
不機嫌そうに……
カシャッというシャッター音を聞き、急いで確認しに行く部長。
その場で笑顔で手を振る様子から、上手く撮れていたようだ。
雪だるまとの出会いは、これが最初で最期。
この楽しい思い出は、写真と僕たちの心の中にいつまでも。
「みんな揃って、きれいに撮れてますね」
「雪で反射するかなと思ったけど、うまく撮れててよかったぁ!」
「さあ、香奈衣、撮るもん撮ったら、早く帰るわよ」
「……うん」
名残惜しそうに雪だるまに背中を向ける部長は、最後振り向いて彼女たちに小さくバイバイする。
そして僕たちはゆっくりと公園をあとにする……
一期一会。
もう会うこともないから……
同じ日は再びやっては来ないから……
その時その時を悔いのないように……
精一杯生きる。
「部長、ちょっと待っててください」
「どうしたの?」
進み行く部長に声をかけ、引き留める。
「あの、忘れ物を……」
僕は急いで雪だるまの前に戻って、しゃがみこむ。
今日限りの命の、仲の良い3人。
僕はポケットからスマホを取り出し、改めてもう一枚の写真を撮った。
この日のことを、いつまでも記録として残しておくために。
(楽しかったよ、ありがとう)
今日という日に出会えた感謝の挨拶をして、無言で微笑み返してくれる雪だるまに背を向けると、遠くで待っている部長たちのもとへ駆け戻る。
「お待たせしました」
「もう大丈夫? 忘れ物は見つかった?」
「はい」
部長は僕の考えの全てをお見通しのような眼で、真っ直ぐ見つめながら微笑む。
僕も思わず照れ臭くなって、笑って返す。
この部長の笑顔はいつまでも続いてくれれば。
雪のように淡く、儚く消えてしまわないように、
いつまでも……
そう思ってしまうのだった。
ちょっと長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回から「バレンタイン騒動」全5話の予定です。
主要キャラは全員登場です。前半はいつものようにドタバタラブコメ。
最後は、春山くんと秋芳さんとの二人っきりの、ほっこりエピソードです。
よろしければ最後までお楽しみくださいませ。




