第19話 汗と麦茶と
前回のあらすじ
体育祭は無事終わりました。春山くんも終わりました。
ホームルームが終わるころに、部長からのメールが届いていたことに気づく。
「終わったら部室によってね。冷たい麦茶用意してあるから」
僕はとりあえず帰る前に部室に寄ることに。
「失礼します」
上履きを脱ぎ、上がろうとしたところで、
そういえば靴下汚れてるかも。体育祭の後だし。
茶道では畳に上がるのに、いつも清潔な状態でいなければならない。
ので、僕は靴下を脱ぐことに。
あれ? というか、もしかして自分、汗臭くないかな?
一応着替えるときにシャツは変えたが、特に体を拭いたりなどはしていなかった。
腕とか脇とかに鼻を持っていくが、特に……大丈夫なようだ。
「ねえ、どうしたの? 入ってきなよ」
ふすまの向こうから秋芳部長の声がした。
「すいません、ちょっと靴下脱いでるんで」
脱ぎ終わりふすまを開けると、ちゃぶ台の前に二人が座って、手にしたグラスで麦茶を飲んでいるところだった。
「おつかれさま」と二人が声をかけてくれ、部長が僕の分の、麦茶で満たされたグラスを差し出してくれた。
「昨日のうちに作っておいて、そこの冷蔵庫で冷やしてたから、冷たくておいしいよ」
「ありがとうございます」
茶道部の良いところ……部室に小さな冷蔵庫があること。
僕は部長から受け取ろうとしたが……体の匂いが気になる……ほこりっぽい気もするし……
なるべく近寄りたくなかったので、ちゃぶ台越しに最大限に腕を伸ばし受け取ろうとした。
そしてグラスに手が届こうとした瞬間。
部長がひょっと、グラスを引っ込めていまった。
「……」
僕はちょっとずつ、にじり寄って手を伸ばすも、今度は左に、右に……
「そんなとこからじゃなくて、もっとこっちくればいいじゃん」
「あの、あんまり、ちょっと近くには……」
しまいには一番奥の床の間にグラスを置かれて「どうぞ」
と言われてしまった。
僕は二人を避けて大回りしようとしたが、その進路上に部長が立ちはだかった。
……もう、麦茶はあきらめよう。
と、思った時、
今度はゆっくりと部長のほうが近寄ってきた!
もちろん後ずさりする。
追ってくる。
逃げる。
追ってくる。
逃げる。
そして、背中にドスっと壁にぶつかる衝撃が……
ついに壁まで追い詰められてしまう。
「もう、なんで逃げるの!?」
「なんで追ってくるんですか!?」
部長に壁ドンされて、僕はへたり込む。
ついに逃げ場がなくなった……
「その……体育祭で動いたんで、ちょっと汗が、ですね」
「?」
「汗臭いかもしれなくて……来ないでください……」
覆いかぶさる部長は僕の話も聞かず、猫が初めて目にするものにするように、僕の体に顔を近づけて……
クンクンしてきた!
うわぁ、恥ずかし!
部長は、僕をなめるように脇から胸、腰と足にかけてまんべんなく、鼻を近づけていく……
ホント勘弁してください。もう悪いことはしませんから……
そして一周顔を回した部長は、
「別に大丈夫だよ、におわないよ」
とにっこり笑いかけた。
めちゃくちゃ恥ずかしい……何てことしてくるんだ、この人は……
「あなたたち、なにしてんのよ」
ちゃぶ台の前でお茶を飲む深谷先輩が、
「そんなに気になるなら、これ使いなさい」
と、汗拭きシートを放り投げてくれた。
「その残り、全部上げるから、使っていいわよ」
「すいません」
ホント、すみません……
「ねえ、私が背中拭いてあげようか?」
「大丈夫です! 自分でできます」