第188話 恋の始業?式 ~後編~
前回のあらすじ
春山くん、調理実習室で柳田さんと二人っきり
調理実習室で柳田さんにプレゼントを渡し終えた僕は、逃げるようにしてその場をあとにした。
予想外の展開というのか……変な雰囲気になってしまったよ。
全速力で走ったあとのような胸のドキドキを抑えながら、次に僕が目指した場所は茶道部……
ではなくて、別のある場所に向かう。
そこは、中庭のとあるベンチ。
きっと今日もいるんだろうなーと思いつつ、寒空の下に出て向かうと……
あ――やっぱりいた。
亀井さんが相変わらずの定位置に座り、スケッチブックの上に鉛筆を走らせている。
もしかしたら去年から家に帰らず、ずっとここにいるのではないか?と思えてしまう。それくらい、この場所と亀井さんのセットは、当たり前の風景となってしまった。
「亀井さーん」
近寄る僕の存在に気がつくと、立ち上がり手を大の字に広げ出迎えてくれる。
「は、春山さん!!」
パーッと表情が明るくなるのが見て取れる。そして、地面に頭が擦れるくらい、大袈裟に深々と頭を下げてくれる。
いや、本当に大袈裟だから。
恥ずかしいから、やめて。
「あ、あけまして、おお、おめでとうございます!!」
「おめでとう。今年もよろしくね」
「あっ、は、はい! ここ、今年もよろしくしてもらっても…………いいんですか?」
「……そりゃあ、まあ、よろしく」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
そう言って何度も頭をぺこぺこ下げる。
「もう挨拶は大丈夫だから、座って絵の続きでも描いてて」
「は、はい!」
トスンと腰を下ろすと、描きかけのスケッチブックに線を足していく。
真っ白な一枚の紙から慣れた手つきで、目の前に広がる景色が鉛筆一本で写し出されていく。
本当に絵を描くことが好きなんだね。
こうも飽きることなく毎日描けるなんて、感心しちゃうよ。僕なんか、毎日正座してお茶なんて飲めないし。もしかして、亀井さんのお正月はお絵描き三昧だったのかな?
「あの、亀井さん?」
「は、はい!?」
「クリスマス、ありがとうね」
「へ?」
「素敵なクリスマスカードというか……年賀状?」
「あっ、いや、その……」
鉛筆を握る手が止まる、そして……
「ボ、ボクには絵しか、そ、その~~取り柄がないですし~~~その~~~エヘヘ」
照れ隠しなのかなんなのか、表情をゆるませながら体をくねくねしして、ドジョウみたいに座りながらうごめいている。
「…………で、そのお返しに、こんなの持ってきたんだけど」
僕はカバンから、さっき温めてきたお餅を取り出して、亀井さんの前に差し出す。
「こ、これはあぁ!?」
「お餅なんだけど。これが、あんこで、こっちはヨモギ。こっちはきな粉なんだけど、亀井さんお餅とか甘いの食べれる?」
これは今日の朝、バイト先の和菓子屋さんに事前にお願いしていたものを買ってきたお餅だ。
亀井さんのお返しは、絵に関するものがいいのだろうけど、僕にはそんな知識がない。結局、なににすればいいか分からなかったので、食べ物にしてみた。
お正月ってこともあったし、亀井さんはよく食べるって印象もあったから、お餅を持ってきてあげたんだけど……
ちょっと大きめの、3つの丸いお餅。
これを見た亀井さんの、瞳の輝きが増す!?
どうやら嫌いではないようだ。
「だ、大丈夫です!! ボク、おもち、大好きです!!」
「そう、それはよかった」
「い、いいんですか!?」
「いいよ」
「ぜ、全部! いただいても!?」
「どうぞ」
「い、いただきます!!」
何の躊躇もせず、手づかみでかぶり付く。
「あ、あの……そんなに慌てなくても、餅は逃げないから……」
「ぼぼぶ、おぼうぼつ、おぼづばばばべばぶべ!」
「ちょっと! 食べながら喋らないの!」
口いっぱいに餅を詰め込んで、なにしゃべってるのか分からない!?
「ボク、おもち好きなんですけど、お正月、食べれなかったんですぅ……」
「え? そうなの?」
「は、はい。お母さんが、食べちゃダメだって」
「食べちゃダメ?」
「お、おもちを、喉にに詰まらせて、あ、危ないからって……」
「なるほどね。毎年お年寄りが救急車で運ばれてるっていうからね」
そんな理由で食べさせてもらえないなんて、あるんだ。
まあ、亀井さんなら、本当に詰まらせてしまいそうで、お母さんが止めるのもなんとなく分かるけどね。
もしかしたら、過去何度も危険なことがあって……
「…………っ! ぐっ……ぅぅぐぅ……」
「ど、どうしたの?」
目の前で、あんなに嬉しそうに食べてた亀井さんが……
急に顔を青くさせて……
苦しそうに……
手をバタバタさせて……
胸を叩いたり?
喉に手を当てたり?
「……ゥ……ッ……ァゥ……」
「あの? 亀井さん?」
「………ゥ…………」
「あの……もしかして? 餅が喉に……詰まっちゃったとか?」
苦痛で歪んだ顔を、無言で縦に振る!?
「え? っちょ? ええ!? か、亀井さん!」
本当に詰まっちゃったの!!
ど! どうすればいいの!?
えっと! え――っと!
ああ――――!!
すごい苦しそうにしてる!?
「……ヵッ……ァッ…………ゥ……………」
「か! 亀井さん! 亀井さーん!!」
ど、どど、どうしよう!?
だ、誰か!?
先生を呼んでくる!?
今、なにすればいい!?
なにかを喉に詰まらせたとき!?
お正月、テレビでやってた!
お年寄りが餅を詰まらせたときの対処法……
背中を叩く!!?
「亀井さん!! 大丈夫!!」
バシバシ背中を、おもいっきり叩く!!
「亀井さん!亀井さーん!!」
「…………ァ…………ヵ…………」
ダメだ!!
全然よくならない!?
今度は後ろから抱きついて、両腕を胸の下に回して、おもいっきり持ち上げる!!
「亀井さ~~~~~ん!!」
「………………」
どうしようどうしようどうしよう!!??
全然効果ない!
このままじゃ、僕のあげたお餅で亀井さんが……!
「口! 亀井さん口開けて!!」
苦しむ亀井さんの口をこじ開け、手を入れようとするも……
ダメだ。手が入るほど口は大きくないし、喉の奥なんか全然見えない。
いったいどうすれば!?
「誰か―――あ―――!! だれか―――来て下さい―――ぃ!!」
あーもーあ―――も―――
ああ――――!!
もお――――!!
もう僕も、わけがわからず、必死になって叫びながら、亀井さんの背中を太鼓のようにボンボコ、拳で叩き続けていた!
「………ガッ……ガハッ………ゴホッゲボッ!!」
「か、亀井さん!?」
大きく咳き込むと、なにかの部品がはずれたように、体を大きく揺らす。
そしてそのまま背中を大きく前後させながら、口から……空気を勢いよく吸い込む音が!!
「亀井さん!! 大丈夫!?」
「ハアハアハァ……ハァ…………あぐぅ…………」
よかったあぁ……
息してる。
息してるよぉ……亀井さん……
「だ……たずがりまじだ……あ……ありがどう……ございまず……」
「あのね、亀井さん。ちゃんとゆっくり噛んで、食べてよ」
「は、春山さんは……ボクの……命の恩人です……」
涙目の亀井さんはそんなこと言うけど、そもそも僕がお待ち食べさせなければ、こんなことにはならなかったんだよね。
しかし……もう……なんで詰まらせちゃうのかな!!
まぁ、なんとか詰まったお餅は取れたみたいだけど……
まさか、本当にこんなことが目の前で起きるなんてね。やっぱりお母さんの言うことは正しくて、亀井さんにお餅は厳禁だったの?
「亀井さん、やっぱりお餅を食べるのは……」
「ばっばび、おぼびば、あびびいべぶ!」
ちょっと目を離したら、懲りずに2個目を食べ始めていた……
その後、何事もなかったかのように笑顔でお餅を食べ続ける亀井さんだったけど……
怖いから最後まで食べきるのを確認するために、僕が横にいて、ずーっと一緒にいる羽目に。
「ご、ご馳走さまでした!! ありがとうございます!! 久しぶりのお餅、美味しかったです!!」
「どういたしまして……」
おかげで部活の時間が……これ、大遅刻だよ。
――――こうして、だいぶ予定の時間から遅れて、僕は茶道部の部室へと向かったのだった……
「すみません、遅れました」
すでに疲労困憊の僕は、重い足を動かしながら、ようやく茶道部の部室へとたどり着く。
そして部室の扉を開けると、なぜか目の前に深谷先輩と?南先輩?遠野先輩の3人が?
……しかも……だいぶお怒りのご様子。
「おい! 春山! 新年早々、なにしてんだよ!」
「す、すみません」
「春くん、最低だね!」
「申し訳ありません」
なんかすごい怒ってる……
確かに遅刻したけど、なにもそれくらいで、こんなに怒らなくても……
「あんた! なにしてたのよ!!」
この3人の中でも、一番お怒りであろう深谷先輩なんて、まさに鬼の形相そのものだ。
「あ、あのーいろいろとありまして……遅くなってしまいまして……」
本当にいろいろありすぎて、説明しきれないよ。
「あんた! また女の子に変なことしてたでしょ!!」
「………………え?」
「中庭のベンチで! 女の子に手を出して! 泣かせてたでしよ!!」
「そ、それは!!」
え?! また!?
全部見られてたの!?
いつ?なんで?だれが?どこから?
「女の子の背中、なで回して!」
「!?」
「後ろから抱き締めて!!」
「!!??」
「口に何かを突っ込んで!!!」
「!!!???」
「こいつ、女の敵だな!」
「春くんには、お仕置きが必要だね!」
「ちょ、ちょっと! 待ってください! これには理由が!」
ものすごい形相で立ち並ぶ3人の隙間から、床の間の前に座って、静かにお茶を飲んでいる部長の姿が……
「ぶ、部長! これには訳が!」
「……女の子……すごく苦しそうにして……泣いてたよね」
ぶ、ぶちょ―――!!
「違うんです! これには事情が!」
「なによ!! なにがあるっていうのよぉ!!」
「あ、あのですね、女の子がですね……」
とにかく、一番怒り心頭の深谷先輩を落ち着かせなくては!
「あんこ餅、一気に入れて、詰まらせちゃったんですよ! のどを詰まらせちゃったんです! だから……」
……と、僕の言い訳を聞いた深谷先輩の眉間が……さらに?険しくなる?
「○んこも、ちん○に入れて、孕ませちゃったんです、だあ? “ほ○”を詰まらせちゃった、だとおおぉ!!?」
「あ、あの、その、深谷先輩? きっと勘違いしてますって! 落ち着いてください! ひ、筆談、文字で説明しますから!!」
だ、ダメだ! 逃げよう!!
「あんた! どこ行くのよ! 逃げんじゃないわよ!!」
と、取りあえずトイレかどこかに隠れて、部長にメールで説明しよう……
この状況じゃあ、なに言っても聞いてくれそうにないし……
ヤバイなぁ……
このままだと、深谷先輩に息の根を止められてしまうよ……
新年始まって最初の登校日だというのに……
先行き不安の新学期始まりとなってしまった……
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は『茶室で百人一首(前・後編)』です。
投稿は少し遅れます。なにせ百人一首を調べなくてはならないもので……
この歳でまた百人一首を勉強するとは思いませんでしたよ。