第135話 前略 深谷様
さて、大変なことになった……
気が付いたら、もう10月も中旬。
いろいろとバタバタしていたら、こんな時期になってしまっていた。
本当に、歳月は人を待ってくれないものだと、思い知らされる。
僕がこんなに焦っている理由、それは……
秋芳部長の誕生日が迫っていたからだ。
どうしよう……なんにも準備していないよ……
日にちも迫ってきているというのに
とりあえず、プレゼントは贈りたい。
僕の時には、いろいろと頂いてしまったので。そのお返しと、日頃の感謝の意味も込めて。
なので、なにか選んで買ってきておきたい。
でも、何を?
女の子にプレゼントなんて買ってあげたこと、今までにないというのに。
なにを贈ればいいんだろう?
なにが喜ぶんだろう?
なにか集めてるのかな?
どんなものに興味があるんだろう?
……分からない。まったくさっぱり分からない。
あんなに、ほぼ毎日顔を会わせているというのに、意外と僕は部長のことについて知らないことが多かった。
どうしよう……
今時の女の子で、流行の物ってなに?
もらって嬉しいものってなに?
妹に聞いてみるか?
いや、そんなこと聞けるわけがない。
馬鹿にされるか、からかわれるか。
逆にいろいろと聞いてきて、面倒なことになるか……
じゃあ、どうすれば?
ネットで調べる?
友達に聞く?
友達なんていないし……
男で仲の良いあの3馬鹿は……あてになりそうもないし……
じゃあ……クラスの女の子?
……柳田さん?
花堂先輩!!?
聞けるわけないよ! 恥ずかしくて!!
じゃあどうすれば……
……
…………
深谷……先輩……
たしか部長の幼馴染だったはず。小学校からの付き合いだかで、一緒にいる時間が長い分、部長のことを一番理解している人物。
そう、深谷先輩に聞けば一番確かなはずだ。
きっと深谷先輩も誕生日プレゼントを買うはずだから、もしかしたら一緒に買いに行けるかも。
よし! そうしよう。深谷先輩に相談しよう!
ただ、一つ問題が……
僕は……
深谷先輩の……
連絡先を……
知らない!!
携帯の番号もメールのアドレスも、一切なんにも知らない。
だって……今まで必要なかったから……
部活で直接顔を合わすし。
なにか用事があった場合、部長を通して連絡してもらっていたから。
知らないんだよなぁー 連絡先。
直接会って聞いてもいいんだけど、いっーつも部長と2人で行動してるから、聞けないんだよね。
どうしたもんかなー
1人になるところを狙うって言っても……
そんな時、ないでしょ?
トイレに行くときは1人かもしれないけど、そんなところをストーカーみたいについていったら、深谷先輩になにされるか……
2人を引き離してその隙に……
でもどうやって?
……
…………
あれこれ考えて2日が経ってしまった、その日の夜……
僕は自室の椅子にもたれ掛かって、無い知恵を頑張って絞り出す。
そして考えぬいた結果、紙の手紙を書いて渡す。という方法にいたった。
原始的な方法だけど、結局これが一番いいかなーっと思ったのだ。
部長には内緒で、深谷先輩と2人で相談したいことがあります。そんな流れの文章。
作戦はこうだ。
手紙を深谷先輩の靴箱に、あらかじめ入れておく。
靴箱の位置は知っている。いつも一緒に帰っている時に、いつの間にか覚えたからだ。
でも、いつも部長と一緒に2人で昇降口にやって来るから、僕が先回りして部長に話しかけて、注意をそらす。
その間に深谷先輩が靴箱を開けて、手紙の存在に気が付いて読むという流れだ。
読んでいる深谷先輩に、その手紙の差出人が僕であることを仕草で伝える。
ここで問題なのは、手紙を早く入れすぎると、僕が先回りするよりも早く2人が靴箱までたどり着いてしまって、手紙を部長にまで見られてしまうことだ。
だから先回りして直前に入れる。
そして偶然を装って部長たちと出会って、部長に話しかけてその場から少し遠ざける。
その間に深谷先輩に目配せして、その手紙の差出人が僕で、部長に知られずに相談したいことがありますと伝える。
何回か頭の中でシミュレーションしてみる。
……
…………
よし、いけるぞ!
後は手紙の内容だ。
僕はそのまま机に向かい、紙を用意しペンを握る。
『拝啓 秋晴れの今日この頃 深谷様はいかがお過ごしでしょうか』
…………
なんか違うなー
なるべく部長に見られちゃった時の回避策として、あんまり送り主が僕だと想像できるニュアンスの文は避けたいんだよね。
もちろん僕の名前は明記しない。
『深谷先輩』って明記すると、後輩からだって、僕じゃないかってバレる可能性もあるし。
ん~~~
『深谷さんへ 相談したいことがあります。明日の放課後、2人っきりになりませんか?』
どうかな?
ん~ 『相談』って固い表現だなー 警戒されるかなー
『話したいこと』?
『お話があります』?
しかも『深谷さん』は馴れ馴れしいかも。
何度も、何度も書き直した結果……
『前略 深谷様
二人だけでお話ししたいことがあります。
明日の放課後、17時に体育館裏の中庭で、お待ちしております。』
よし! これを明日、部長が帰る直前に入れておけばOKだ。
~そして、次の日の放課後~
よし、今日は部活がない日で、なおかつ早く授業も終わったぞ。
今、昇降口に向かえば部長たちよりも早く着ける。
僕は教室を一番で飛び出すと、息を切らせながら昇降口へと向かう。
まだ、帰ろうとする生徒はまばらだった。
ちらほら2年生がやって来ることから、何事もなければ、もうそろそろ2人はやって来るはず。
よし、今が手紙を入れるチャンスだ。
僕はカバンから、昨夜必死で考えて書いた手紙を、深谷先輩の靴箱の隙間に折りたたんで入れて……
「あれ? 春山くんだ!」
「っ!?」
ええ!? 部長だ!!
もう来ちゃった!?
「どうしたの? こんなところで?」
「い、いや、その、ちょっと、部長とお話が……」
「もしかして一緒に帰りたくて、待っててくれたの?」
「いや、そうでも、ち、ちょっと、向こうで話しませんか?」
そんな僕たちのやり取りを気にもせず、ふらふら~っと深谷先輩が通り過ぎる!?
「あの、深谷先輩! ちょっとま……」
「ねぇ、春山くんはテスト勉強進んでる? やっぱり部室で一緒にやった方がいいかな?」
「え? なんですか? テスト勉強? 今それどころじゃなくて、ですね」
あー!! まって!!
深谷先輩が! 靴箱を開けてしまう!
「部長! ちょっと向こう向いててください!」
「え? どうしたの?」
「ちょ――っと向こうで話しませんか?」
深谷先輩が……
靴箱を開けて……
ヒラヒラーっと……
紙が落ちて……
部長の足元に……!?
「あれ? みーちゃん、なにか落ちたよ?」
あ――!!
ダメですって!!
部長が拾っちゃぁー!!
「なに、それ?」
「何にか書いてあるよ? 手紙かな?」
ちょっと――!!
ああぁ―――!!
ぶちょ―――!!
「みーちゃん、もしかして、またラブレターかな?」
あー ……え? また?
「なによ、見せてよ」
2人で僕が頑張って書いた直筆の文面を覗き込む。
あああぁぁぁ……
もうおしまいだ……
計画がぁ……
「…………なんなの?」
「やっぱり、ラブレターだ!」
ラブレターじゃないですよ……
「春山くん。みーちゃんって凄いんだよ。結構入ってるんだよね、靴箱の中とかにラブレター」
「え? あ、あの、そんなにラブレターって、来るんですか?」
へ―――
そ―――
なんだ―――
もう、どうでもいいですけど……
「今回も体育館裏に一人で来てくださいって!」
「ふん! くだらない!」
部長が自分の事のようにはしゃいで、深谷先輩はうんざりした感じで顔を曇らす。
いや、その、そんな理由じゃないんですよぉ……
「明日、行ってきたら?」
「なんで私が!」
深谷先輩のイライラが増していくのが分かる。
「そもそも失礼じゃない? 自分が私に用があるのにもかかわらず、勝手に呼び出しておいて!」
……
「しかも、直接顔出して言うわけでもなく、名乗りもせずに手紙なんかで!」
…………
「どうせ大した奴じゃないわよ、こんな奴、臆病で自分勝手な奴よ!!」
………………
「なんで私の都合を無視して、体育館裏まで来いなんて! 何様のつもりよ!」
……………………………
「あれ? 春山くん、どうしたの? 元気ないよ?」
「……いぇ……なんでも……なぃ……ですぅ……」
もう……おしまいだよ。
なにもかも……おしまいだよ……
「んー でもね、みーちゃん。これ、もしかしたらラブレターじゃないかも」
え? 部長?
実はそうなんですよ。
部長の誕生日プレゼントを、何にするかの相談なだけなんですよ。
「これ、文章だけ見ると、みーちゃんへの果たし状かもしれないよ」
!?
なに言ってるんですか!?
ち、違いますよー! 部長ー!
「ほおー 上等じゃないの!!」
え? 深谷先輩?
「お望みなら、明日、ぼこぼっこに! してあげるわよ!!」
あああぁぁ…………
「春山くんも見に行こうよ」
「はい?」
「裏でこっそり隠れて、どんな子が来るか見てみようよ」
「いや、そ、それは……」
僕ですって。
ここに居ますって。
「告白でも、挑戦でも、誰が来たってかまわないわよ! ちょうど最近イライラしてたから、いい運動になりそうねぇ!!」
そう言って、まるで岩でも粉々に握りつぶすのではないかと思うほどの、握力で固められた拳を、何度も突き出す深谷先輩……
明日、学校、休もうかなぁ……