第134話 秋のスイーツ対決 ~後編~
前回のあらすじ
サツマイモが原因で、茶道部と家庭科部が料理対決することに。
昨日の放課後の一件により始まった、茶道部と家庭科部の料理対決。
勝負の場所は、放課後の調理実習室。
「さーて、みーちゃん、がんばろうね」
「……」
「春山くんの好みは知ってるから、私たちの方が有利だよ」
「そう……」
やけに張り切って楽しそうな秋芳部長と、相変わらず何を考えてるのか分からず不気味な深谷先輩。
2人は既に白い三角巾を頭に、制服の上にエプロンをして、キッチンの前で準備万端。
対するは家庭科部の2人。
「準備はいいかしら? 柳田さん」
「は、はい……」
あくまでも清楚に、清らかに澄んだ表情の花堂先輩に、焦りと緊張でオロオロしている柳田さん。
僕はそんな両陣営を静かに黙って眺めている。
周囲には他の家庭科部員の女性陣が。
もう勝負でもなんでもいいから、早く終わってくれないかな……
『さて! これから茶道部と家庭科部の、春山君を賭けた料理勝負を始めたいと思います!』
僕や他の部員たちが座っている前に出で、勝手に仕切り始める家庭科部のお姉さん。
僕は、いつこの勝負の景品にされたんだろう?
『今回使用する食材は、サツマイモ。これを使ったスイーツで対決してもらいます!』
部長が持ってきたサツマイモで、まさかこんなことになるとはね。
『制限時間は一時間。一人一品ずつ、計二品を出してもらいます。それを試食してもらい、両者の優劣を決めてもらいます』
大丈夫かな? うちの二人は?
……っていうか、僕、これから4品なんて食べれないよ。
『審査するのは、ここにいる、みんなのアイドル春山君と! 我々、家庭科部員6名!』
え? 僕って? アイドルなの?
『両陣営の二品を食べた段階で、どちらが良かったかポイントを与えます! 春山君一人で3ポイント。他の部員たちは1ポイント。5ポイント取れば勝利となります!』
僕と部員2名の味覚を唸らせれば勝ちなんだね。
僕一人で3人分……責任重大だ。
そんな勝負を繰り広げようとする料理人4人は、この説明をうなずきながら聞いている。
どうやら異論はないようだ。
『では、準備はよろしいでしょうか!? では、サツマイモスイーツ勝負、開始!!』
合図とともに動き始める4人。
あー ついに始まってしまった料理対決。
こんなことして、いったい何になるというんだろう。
普通に料理して、美味しく、楽しく、みんなで食べればそれでいいじゃん。
手際よく調理器具を操り、サツマイモを調理していく4名たち。
……しかし1時間もの間、作業をずっと見ていても味気ない。
そうなると、僕たちはやることはないので、必然的に皆さんとのお喋りタイムとなる。
「で、どうよ、どっちが勝ちそうなわけ?」
「いやー 僕に聞かれましても」
家庭科部の女性方に囲まれて、質問攻めにあう。
「付き合いの長い茶道部の方が、好みとか嗜好、分かってるんじゃない?」
「どうなんですかね」
「いや、やっぱ、うちらの家庭科部でしょ。私たちは怠けてるけど、あの2人の料理の技術は凄いわよ」
「はあ」
「どっちが勝つかねー」
「賭けてみる?」
「いーねー 私は家庭科部」
「私も―」
「それじゃあ勝負にならないじゃん」
「じゃあ、茶道部」
みんな好き勝手言ってくれるなー
「そういえばさ、もしうちの部が勝ったら、あんた何かしてくれるの?」
「えっ!? 僕ですか?」
何にもするわけないじゃん。
僕も被害者みたいなものだし。
「じゃあさー もし家庭科部が勝ったら、今度私の作る料理の毒見でもしてもらおうかしら」
……毒見?
「私さー この前、彼氏に手料理作ってやったのに、不味いって言いやがってさー」
「なにそれ。ひどくない?」
「いや、マツの料理、不味いよ、確かに」
「『お前、何部だっけ? 残飯部だっけ?』とか言いやがって! あったまくるじゃん!」
「……あんたのせいで、うちらの評価も下がるから、やめてくれる?」
「で、今度、見返してやろうと思ってて。秋のキノコのパスタなんて、どう?」
「いいじゃん! 今が旬でしょ?」
「ただ、キノコって言っても種類あるでしょ? どれがいいかなって」
「秋のキノコって言えば……松茸じゃない?」
……松茸で? パスタ? それは……
「椎茸とか、しめじ? えのき? なめこ? とか入れんのかな?」
……な、なめこ?
「あれ、なんって言ったっけ? マッシュルーム? ドリフ? トリフだっけ?」
「トリュフじゃない?」
「そうそう、それ」
「え? トリュフってチョコレートの?」
「違うよー なに言ってんのよ。キノコのよ」
「でもトリュフなんて、どこで売ってるのよ」
「さぁー ってゆうか、どんな形してんの?」
……
…………
僕は余計なことは言わずに、黙ってみんなの雑談に耳を傾ける。
「そうそう、でね、この前、体育館の裏庭にキノコ生えてたからさ。それ使えば買わなくて済むかなって」
……!?
「マツさぁ、それ食べれる奴なの?」
「だから毒見してもらうのよ、彼に」
はぁ!!!
そんな物騒なことを口にしながら、部員のお姉さんは僕のことを見てくる。
「なるほどねー でも、あんたが作れば、なんでも毒になるわよ」
「うっわ。ひどー」
……ちょっ、助けて……毒殺される。
部長たち、僕のためにも勝ってくださいね。
「でさー 君ってどうなの?」
「はい?」
部員のお姉さん方は、どうやら他人が料理しているのを見ているだけなのは退屈らしく、また僕に話題をふってくる。
「……どうなのと、申しますと?」
「茶道部でうまくやってんの?」
「まあ」
「ねぇ、誰と付き合ってるの?」
「……別に誰とも」
「うちの部長って、なんだかんだ言って、あなたのこと気に入ってるわよね」
「そう……なんですか?」
「一緒にいる時とか、話してる時とか、違うよねー 雰囲気が」
「はあ」
「もういっそのこと、こっちの部に来ればいいのに」
「いやぁ、まあぁ」
「私たちも料理作っても、つまんないのよね。食べさせる相手がいないから」
「そうなんですか?」
「毎回毎回、自分で作って自分で食べる。バカみたい!」
「はぁ……」
確かに茶道部でも最近は稽古もろくにやらないので、自分でお茶点てて自分で飲んでる日々が続いている。
それは実に、つまらないものだ。
「そういえばさ、花堂さん、この前もクラスの男子に言い寄られてたけど、また断ったみたいだね」
また女の子同士で、そんな話をし始める。
「理想高いんじゃない。まあ、あれだけの実力と容姿があれば、それだけの資格はあるってもんだけど」
料理よりも、そっちの恋愛話の方が興味があるのね。
「意外とさ、こんな子が好きなんじゃない? パッとしない普通の男」
こんな子? ……それって、僕に言ってるの?
「なんかさー 母性本能がくすぐられるっていうかー 面倒見てあげたくなっちゃうっていうかさー」
「あー なんか分かる分かる。ダメ男とか放っておけないっていうか。餌を作ってあげないといけない、みたいな」
……ダメ男……餌……
「そうそう、あなたさー あの子なんかどうよ、柳田。ピッタリじゃない? 普通と普通の、ザ・普通って感じで」
「お似合いじゃん! 同じクラスなんでしょ? 向こうもフリーなんだし」
「は、はぁ……」
茶道部の人たちは、色気より食い気、だけど……
家庭科部の人たちは、食い気よりも色気に興味があるのですかねぇ……
そんな話をしているうちに……
『ハーイ! 1時間経過! 終了でーす。では先攻の家庭科部からどうぞ!』
制限時間が終了し、もとの位置に整列する4人。
そして一番最初に僕の前にやって来たのは、自信無さげに身体を縮こませた柳田さんだった。
「あ、あの……これ、どうかな?」
差し出されたのは、紙のカップに入った蒸しパン。
カップからモコモコはみ出した、薄く黄色い柔らか生地にサイコロ状になったサツマイモのトッピング。
「へー すごいね。1時間で出来るんだ」
「ちょっと、どうかな、味は分からないけど……」
「いただきます」
うん!
柔らかフワフワのパンが、ミルクの味と一緒に舌を包み込む。ほんのり甘いパン生地が口の中で広がる。
それでいて歯ごたえのある自然の甘みのするサツマイモが、柔らかい生地の中で存在感を出してくる。
この絶妙の感覚が合わさって、全体的にあっさりとしてはいるが、それでいて食べ応えのあるものとなっている。
気軽に食べれるおやつに、ちょうどいいかも。
それと、すごく牛乳が飲みたい気分。
「美味しいよ。食べやすくて、甘さもちょうどいいし」
それを聞いた柳田さんの表情は、曇りから一瞬にして快晴へと変わった。
「よかった~ 春山君、パンケーキみたいの好きそうだったから」
「まあ、そうだね」
「お昼、いつもパン食べてるしね」
「それは……」
パンが別段好きというわけでもなく、ただお昼休みの時間が無くて簡単に食べれるという理由もあるけど。
……っていうか、よく見てるね。僕がお昼によくパンを食べてるなんて。
他の部員たちも試食しているが、なかなかよい反応のようだ。
『さて、次は茶道部、どうぞ!』
遂に茶道部の……しかも最初は部長の料理からのようだ。
「はい! どうぞ!」
部長が笑顔で持ってきてくれたのは、お皿に乗った……
「これは……お餅ですか?」
「そう! さつまいも餅!!」
消しゴムサイズの山吹色のお餅が、山盛りになっている。
「へー 芋でお餅、作れるんですね」
「サツマイモに片栗粉混ぜて作るんだ。お好みで、きな粉と黒蜜をかけてお召し上がりください!」
きな粉と黒蜜?
わぁー すごく美味しそう……
「では、いただきます」
あっ! ちゃんとサツマイモの味と甘みのする、触感もお餅だ。
弾力があって、上品な甘さ。
これだけでも美味しいけど、これに、きな粉をかけるとまた違った味で……
あー 黒蜜でコーティングされると、さらに美味しさが一層増す。
「部長、美味しいですよ、これ!!」
「ありがとう!」
きな粉の風味と、ほんのりした甘みが、またすごく合う!
さらに黒蜜かけると……まるで……
「あぁ~ 美味しい~ これ僕の好きな……」
「葛餅みたい、でしょ?」
「え? ええ。そうですね」
「たしか春山くん、葛餅好きだったよね」
「え? え、ええ、好きですけど……」
「それで、さつまいも餅、作ってみたんだけど。よかった~ 気に入ってくれて」
なんで? なんで知ってるの?
僕が葛餅好きなの。
確かに好きだけど。そのことは部長には話してないと思ったけど……
なんで?
でも、理由はなんにせよ、初めて食べたけど美味しかった―
サツマイモをお餅にするのも、ありなんだね。
そして、一緒にお茶が飲みたくなる。
周りも、これを食べての美味しさのあまり、嘆息が漏れていることから、結構、評価は高いかも。
『では次は家庭科部、花堂部長! どうぞ!』
さて、家庭科部部長の花堂先輩は、いったいどんなスイーツを用意してくれるのだろうか?
きっとすごいの作ってくれるんだろうなー
「春山君のお口に合うかしら?」
まるで高級レストランのウエイトレスのように、トレーを両手で持ちながら上品な足取りでやって来る花堂先輩。
にこやかに微笑みながら、僕の前まで持ってきてくれたのは……
……え? ケーキ?
花堂先輩が、ホールのケーキ、まるまる1個持ってきたんですけど?
表面はこんがり焼けて、きつね色に。
そのうえに薄黄色のホイップクリーム? のデコレーション。
普通に商品として売ってそうな!
超本格的なの出してきちゃったけどー!!
大丈夫なの? これ!
うおおおー!!
と、周りも、どよめく。
ざわめく中、ケーキを均等に切り分けて、みんなへと配る。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
あまりの完成度に、フォークで形を崩すのを躊躇してしまう。
そして一口サイズに切り取った黄金色のケーキを、口に中にいれる。
……
……ん!?
これは!!
「すごく美味しいです!!」
周囲のお姉さん方からも、同じような感激の悲鳴が聞こえる。
「この生地……なんだか芋の甘さがあって、それでいて……ほんのりすっぱくて……なんだろう? レモンと牛乳?」
「このケーキの生地の中には、隠し味としてヨーグルトを混ぜてるのよ」
ヨーグルト!? それが入るだけでこんなに味が変わるんだ――
「あと、この表面にあるサツマイモのクリーム。すごく美味しいです。サツマイモの甘さと、まったりとした……生クリームなのかな? あと、なんかいい香りが?」
「これはね、砂糖と牛乳の代わりに、バニラアイスを混ぜてあるのよ」
「バニラアイス!?」
うちの部長がスイートポテト作ったときは、普通に牛乳と砂糖を混ぜてたけど、それをバニラアイスにしたんだ。そういえばバニラの味がした!
ちょっと凄いよ!
本気だよ、この人!!
見た目も、味も本格的だよ!!
深谷先輩、喧嘩売ったのはいいけど。相手は家庭科部の部長だよ? 専門家だよぉ!
大丈夫なの深谷先輩!?
余裕の表情を見せているけど?
へたしたら、僕、毒キノコ食べさせられるかも、なんですよ!
あぁ、それにしても、本当に美味しい。
いくらでも食べれそう。
あと、紅茶も一緒に飲みたい。
花堂先輩な僕の満足そうな表情を見つめながら、変わらぬ笑顔を僕に向けてくれている。
今、教室内は完全に家庭科部の流れに。
この状況を覆すだけの料理を出せるの? 深谷先輩?
大丈夫なんですよね、深谷先輩!
これ以上のスイーツ、思いつかないですよ。
『さて、いよいよ最後の一品。茶道部、どうぞー!!』
問題の深谷先輩の料理……
みんなが、かたずを飲んで見守る中……
自信ありげな深谷先輩は、うやうやしく僕の前にお皿とフォークとナイフを並べていく。
え? いったいどんな料理が出てくるというんだ?
フォークとナイフ使う料理なの?
なんかすごい期待させてくれるけど、大丈夫?
メガネを光らせながら……
持ってきたものは……
……
…………
サツマイモ……まるまる一本。
…………?
それをお皿の上に、ゆっくりと乗せる。
……
……えーっと、そのー
「これは?」
「焼き芋よ」
やき……いも……
……
…………
「いただきます」
フォーク、ナイフを使わずに半分に折る。
中身は黄金色のホクホクの身が。
……うん。焼き芋だ。
正真正銘の焼き芋。
ほっくほくの、モフモフする焼き芋。
「サツマイモといえば焼き芋。定番の一番人気。よけいな調味料は一切使わない。本来の味が楽しめる。今回は一番美味しい焼き方、じっくりと時間をかけて加熱したわ。今回は下ごしらえで塩水にもしっかりつけているから、甘みがひき立っているはずよ」
……
…………
口の中が、芋でモサモサする。
あぁ、水が飲みたい…………
『では結果を発表します。0対9で家庭科部の勝利です』
歓声に包まれる教室内。
「よかったわね、柳田さん」
「は、はい……」
喜びを体で分かち合う2人。
「あー 負けちゃった……」
「……」
悔しがる、うちの部の2人。
『審査員の春山君、今回の勝負はどうでしたか?』
『いやー 皆さん頑張ってくれて嬉しかったんですが、勝負の差は、やっぱり料理を楽しんでくれる相手を思う気持ちの差、だったのだはないかと…………」
「えー 私、頑張って春山くんの好きそうなの作ったのに……負けちゃった……」
「あの、部長は悪くないんですよ、部長は……」
「ちゃんと調べたのに。好きな食べ物……」
「しらべた?」
「みーちゃんも、春山くんのこと考えて作ったんだもんね?」
「は? 全然。あなたの好みなんか知らないわよ」
……そうですよね。
「そもそも、なんであなたのために料理なんか作んなきゃいけないのよ!」
「いや、それは、今回の勝負は、おもてなし……」
「客は亭主を! 亭主は客のことをお互い思いやるんでしょ!! だったら、あんたは作る方の身にもなって考えなさいよ!」
え? ええー
まさかの逆切れ?
「毎日毎日、夫の食事作る妻の身にもなれってことよ! 時間かかるは、食費もかかるは! 簡単で短時間で安く、そして体にいいものを作れば文句ないんでしょ!!」
「それは、ごもっともですけど……」
「焼き芋の方が簡単で! 安くて! 美味しいでしょうが!! なんでわざわざ面倒くさいケーキなんか作らないといけないのよ!!」
「……」
「早く食べなさいよ! 全然食べてないじゃないのよ!」
「いや、ちょっとお腹いっぱいで……」
さすがに4品は……
しかも最後が焼き芋……
「昨日といい、今日といい! そんなに私の料理が食べれないっていうわけ!!」
「ちょっ、食べますから、ちゃんと食べますから、口の中に……突っ込まないで……くださいよ……」
結局、なんだったんだよ……この勝負。
なんかもう、
当分はサツマイモは、
食べたくない…………
今回も読んでくれまして、ありがとうございます。
そして次回は、部長の誕生日プレゼント探しの話へと。
次回「前略、深谷様」です。
もう少し深谷先輩の話が続きます。