第133話 秋のスイーツ対決 ~前編~
いったい、どうしてこうなったのだろうか?
僕は今、調理実習室のテーブルの前に座っている。
向かって左側のキッチンに、白いバンダナにエプロン姿の秋芳部長と深谷先輩が。
向かって右側には、同じ装いの家庭科部の部長、花堂先輩と柳田さんが。
両陣営が対峙して、これからサツマイモを使用したスイーツ料理対決を行うという、まさにその直前だ。
審査員は、なぜか僕。
やる気満々で腕まくりをした、うちの部長と無表情の深谷先輩。
対して、澄ました顔の花堂先輩と、この勝負に巻き込まれてオロオロしている柳田さん。
なんで、こんなことに……
それは昨日の放課後の出来事が原因だった。
~昨日の放課後~
今日の放課後も、僕はいつもと変わらずに、茶道部の稽古のために部室へと向かう。
そしてやっぱり、部室には僕より先に部長と深谷先輩が、まるで部屋の主かのように先に到着して居座っていた。
しかし、その日はいつもと違っていたことが……
「おはようございます」
「おはよう! 春山くん」
「……あの、なんですか? これ?」
ちゃぶ台を前にしてお茶をすする部長。
奥で静かに本を読みながら座っている深谷先輩。
そして……
和室の畳一面に転がっている赤紫の物体。
それはサツマイモ。
サツマイモがところかまわず、足の踏み場がないほど散乱していた。
いつから茶道部の部室は芋畑になったのだろうか?
「これ? これはね、秋の味覚の代名詞、サツマイモだよ!! 美味しそうでしょ!!」
「……いや、それは分かってるんですけどね」
確かに今が旬なんでしょうけど。
なんでその秋の味覚が、こんなにも転がっているのか? ということを問うているのでして。
「もらったんだ。知り合いの人や、親戚や、ご近所さんからね」
「こんなに? ですか?」
部長に家には、秋になると全国からサツマイモが送られてくるシステムなのだろうか?
「春山くんにも、おすそ分けしようと思って持ってきたんだよ。ねぇ、どれくらい持って帰る?」
「え? いや、まあ、そんなに……」
「美味しいよ! サツマイモ!」
よだれが垂れそうなくらい表情を緩まして、両手で芋を掲げて勧めてくる。
「美味しいの分かりますけど……こんなには……」
食べるのは確かに好きだけど、料理しないからなー 僕は。
まさか、家に持って帰って、親にこれで何か美味しいもの作って、なんていうのもなんだか変だし。
「今日は何にしようかなー 芋ご飯、芋ようかん、大学芋、スイートポテト、天ぷら、ケーキ……」
夢見る乙女の顔をしながら、サツマイモを抱える部長。美少女が和室で、微笑みながら芋を眺めるという奇妙な光景……
「あの、稽古したいんで、このサツマイモ片付けてもいいですか?」
「ねぇ、春山くんは何が食べたい?」
「え? いや、あの、僕は稽古をしたくて……」
「せっかくだから一緒に作ろっか? サツマイモスイーツ!」
「作る? 料理するってことですか? いや、茶道の稽古を……」
「そう! このサツマイモ使ってね」
もう食べることしか考えてないよ、この部長さんは……
「ちょっと、あの……まぁ……いいですけどぉ……」
「じゃあ、今から調理実習室を借りに行こう!」
「えっ、ちょっと、部活は?」
っていうか、また行くの? 家庭科部のところに?
今から料理しに?
突然じゃない?
……と、いうわけで、僕たち茶道部の3人は部活をほったらかして調理室の前へとやって来てくる。
そしてなんの躊躇もなく、部長が扉を開けて中へと入り込む。
「お邪魔しまーす! 茶道部でーす!」
突然の訪問者に、中で調理をしていた家庭科部の面々が、一斉にこちらに顔を向ける。
「あら。いらっしゃい」
真っ先に家庭科部の部長、花堂先輩に見つけられてしまう。
そしてその横に居た柳田さんとも目が合ってしまう。
「あっ……また来た……」
恥ずかしいから、あんまり来たくないんだよね、このメンバーでこの場所には。
中を覗くと、今日はみんな料理の途中らしく、制服に白い三角巾と色とりどりの華やかなエプロンを身にまとって作業していた。
甘いバニラのような香りと、こんがり焼けた匂いが、実習室の中を漂う。
作業中なのに、本当にすみません。うちの部長が突然お邪魔いたしまして。
「花堂さん。これからちょっとだけ、ここ借りてもいいかな?」
「ええ、かまわないけど……どうしたの?」
僕は部長から預かって背負っていたリュックを降ろすと、中から綺麗な赤紫色のサツマイモを取り出しす。
「サツマイモ、いっぱいもらったから、何か作らせてもらおうかなーって。よかったら家庭科部のみんなもどうぞ!」
「あら、ありがとう。こんなに立派なお芋、いただいちゃって。どうぞ好きなように使ってくれて構わないわよ」
部員のみなさんは、サツマイモを見るやいなや、部長に群がってくる。
作業を中断して、一人1本ずつ奪うように貰っていく。
それはもう、すごい、はしゃぎようで。
女の子って、みんなサツマイモ好きなのかね?
「じゃあ、春山くん、一緒に作ろうか」
「あー はい」
というわけで、一ヶ所のキッチンを借りての、芋を使ったスイーツ作りが始まった。
深谷先輩は一人で黙々と、僕と部長は一緒に作ることに。
というより僕はほとんど部長の横で見ているだけだけど。
「まずは、お芋を細かく切って……」
「はい、切りまして……」
部長がサツマイモに包丁を切り込む。
「切って……」
「切って」
「……ん?」
「……」
部長の手にした包丁が芋に刺さり、そのまま動かなくなる。
「んんん?」
「……切れてないですね」
部長が、がんばって前後上下に包丁を動かそうとするも、芋まで一緒に動いてしまい、包丁が抜けないわ、芋は切れないわ。
「んん―――!!」
「部長、ちょっと、そんなに力入れると危ないですよ」
「……だめだ……切れないよぉ……」
「……」
大きくため息をついて、包丁から手が離れる。
包丁が刺さったままの、ちょっとスプラッターな感じの芋が、まな板の上に転がる。
あー 芋って難しそうですもんね、切るの。
太くて硬そうですから。
「春山くん、切れる?」
「僕ですか? まぁ、たぶん……」
「お願いしてもいい? 気をつけてね」
「はい」
力の弱い女の子だと切りにくいのかな?
でも僕も、そんなに切るのは上手くないけど。
あんまり包丁持つ機会はないし、芋なんて切ったことないけど、大丈夫かな?
僕は部長の代わりに包丁を握る。
そして力を加える。
……
た、確かにちょっと硬い……
けど、切れない硬さじゃない。
スパッ
切れた!
「さすが! 男の子だね!」
「いや別にこれくらいのこと」
いや~ 料理できない僕でも、ちょっとは役に立ったかな~
ただ芋を切っただけだけど、なんかちょっといい気分。
でも、力の強さだけなら僕よりも強い人がここに……
……と、隣にいる深谷先輩に視線を向ける。
「なに?」
「いえ、なんでもないです」
まな板の上には、すでに細かく輪切りにされたサツマイモの姿が……
「なに、その目は? なんか文句でもあるわけ?」
「いえ、まったくないです」
右手に包丁を握り締めている深谷先輩に、そんな余計なことは言いませんよ。
僕もまな板の上に転がるサツマイモみたいになりたくないので。
その気になれば、まな板ごと一刀両断しそうで怖い。
……というか、手元の包丁とまな板は見えてるのかな? 胸が大きくて、もしかしたら見えてないんじゃ……
「あの~ 春山君。ちょっといいかな?」
「え? 柳田……さん?」
変な想像をしている僕のところに、柳田さんが申し訳なさそうに僕のところにやって来た。
「私のサツマイモも切ってもらいたいんだけど? ちょっと硬くて、ね」
「あー いいけど」
へー 早速、サツマイモを使った料理しようとしてるんだ。
柳田さんについていき、同じようにしてまな板にある芋を切っていく。
「ありがとう、春山君。やっぱり違うな~ 男の人は」
「そう……かな?」
芋を切ってるだけなんだけど、なんか、そう言われると悪い気はしない。
「ねえ、ちょと。悪いんだけど、私のも切ってよ」
「え?」
いつの間にか、僕の横には他の部員の人が……
「じゃあ、私も」
「ええ?」
「それ終わったら、こっちも」
「ええー?」
……なぜか全員の分の芋を切ることに。
1本、2本、3本…………
……
…………
……ふぅ……やっと切り終えた。
さすがにこんなに切ると、手が痺れる。
「ありがと。いやー 助かったわー」
「……いえ、どういたしまして」
……全てを切り終えた僕の右手は、握力がなくなり痺れることに。
「あら。春山君、全員分のお芋、切ってくれたのかしら?」
「ええ、まあ」
「さすが男の子ね、頼もしいわね」
ひょっこり顔を出しに来た花堂先輩に、褒められてしまった。
「いやぁ~ まぁ~ 切るだけなら僕にでも~」
「でもね、皆さん。硬くて切れないときには、一度電子レンジにかけて温めてから切ると、やり易いわよ」
そうなんだ……
それなら早く言って欲しかったな。
お陰で、まだ右手がプルプルするよ。
「やっぱり男の子がいると、助かるわね」
「そ、そうですかねえ」
「これからもお願いしょうかしら。カボチャ切ってもらったり、お魚捌いてもらったり」
「はははは」
花堂先輩、冗談か本気か? 未だに家庭科部に僕を勧誘してくるから恐い。
一仕事終え、ようやく僕は部長のところに戻り、お菓子作りに入ることに。
「春山くん、まずはこの切ったお芋をレンジで温めてるんだけど、それがこれね」
「はい」
すでにレンジで温めたであろうホクホク湯気だった芋が、容器の中に転がってる。
そして、さっきよりも少し数が減っている……
「……部長、食べましたね?」
「このままでも美味しいよ!」
僕がみんなの芋を切っている間に……
「でね、次はお芋を潰して……」
「はい」
僕は部長と一緒に、芋をすり潰す。
「砂糖と卵、バターに生クリームを入れてよく混ぜて……」
「はい」
こねくり回して、一つの黄色い粘土みたいなのが出来上がる。
「これを一口サイズに丸めて……」
「はい」
お饅頭みたいに小さく丸めて、トレーの上に並べていく。
「……部長? それ、なんです?」
「これ? クマの形にしてみた!」
小さい丸を3つ付けて……顔と耳2つ?
なるほど、可愛いじゃないですか。
芋で作った小さなクマも、そんなことする部長も。
「これを……オーブンに入れて」
「はい」
「5分ぐらいたったら……」
「はい……」
……
…………
「取り出して……完成!!」
「お――!!」
一口サイズのスイートポテトが、甘くて香ばしい香りと共にオーブンの中から、こんがりキツネ色の姿を現した!
「これに黒ゴマをかけて……」
「はい」
部長お手製のクマには、口元としてクリーム、目として黒ゴマを乗せる。
「さあ、食べよう! いただきまーす!」
「いただきます」
できたてのスイートポテトを口の中に放り投げる。
うん! 美味しい!
中はしっとりとして、クリーミーで上品な甘さ。
外のカリカリ具合も甘くて香ばしくて、すごくいい!
「部長! すごく美味しいです」
「美味しいよね」
こんなに簡単に、そして美味しくできるもんなんだ!
ちょっと感動。
「部長はお菓子作りも上手なんですね」
「そんなことないよー」
えへへっと笑う顔が、また可愛い。
「一緒に作って、一緒に食べるのって楽しいよね」
確かに一人で作って一人で食べてても、あんまりおいしく感じないかもしれない。
「そうですね」
羨ましいなー 部長は。
可愛くて、性格もよくて、頭もよくて、料理も出来るなんて。
完全に勝ち組じゃないか。
でも、そんな部長と知り合いの僕も、自分のことのように誇らしく思ってしまうのだった。
僕の胃袋と心は、すっかり満たされて、なんだかまったりとした幸せな気分になってしまった。
スイーツには、どうやら人を幸せにする力があるようだ。
「ほら、出来たわよ」
……しまった。深谷先輩の存在を忘れてしまっていた。
どうやら深谷先輩の料理も出来たようだ。
どれどれ……ん?
お皿の上には輪切りにされたサツマイモが、いくつも乗っているだけなのだが?
「え~っと、これは……」
「ふかし芋よ」
ふかし……いも?
蒸かしただけの? いも?
え? これで完成?
これから部長みたいにすり潰したりして、調理するんじゃないの?
お皿に盛られた、切られたままの芋からは、ほんのり湯気が出て、控えめな甘い香りが漂ってくる。
「ん~と……これは……」
「蒸かすことで素材本来の旨味が残るのよ。油を使わないから身体にもいいし、余計な調味料も使わない。
芋そのものの良さを引き立てて、それでいてしっかりと甘味もある。さらに簡単に出来る。いいでしょ?」
いや……確かにおっしゃる通りなんでしょうけど。
なんか、その……スイーツというよりは、まるで晩御飯のおかずみたいな感じで……
「ほら、たくさんあるから、あなたも食べていいわよ」
「あ、ありがとうございます」
部長のが美味しくて、ついついいっぱい食べちゃって、実はもうあんまり食欲がない。
芋って結構お腹にたまるから……
でも部長は僕以上に食べていたにもかかわらず、「いただきます」と挨拶した後、それをバクバク口にする。
すごい食欲だー
「どうしたの? 食べないの?」
「いやー ちょっと、さっき食べすぎちゃいましてー お腹いっぱいです」
とりあえず一つは口にするけど、まあ、想像通りの味だった。
普通の蒸かしたサツマイモ……
いや……まあ、美味しいには美味しいですけど……
口の中が芋でまったりしている中、ふと奥の方を見ると、花堂先輩と柳田さんが仲よさそうに料理している姿が目に入った。
「あら、上手に出来てるんじゃない?」
「そ、そうですか?」
「ふふふ、やっぱり食べてもらえる相手のことを思いながら作ると、成功するものなのね」
「な、なに言ってるんですか! 部長!」
「相手の胃袋を掴んじゃえば、こっちのものよ」
「そんなつもりじゃないです!」
あー 楽しそう。
2人で何を話しながら作ってるんだろう?
なんか、いーなー
可愛い女の子が仲良くお菓子作りに励んでいるところは。
それに引き換え、こっちは……
冷めた表情の深谷先輩と、一心不乱に芋を食い漁る部長。
確かに2人とも美人だけど、なんか違うんだよね。
こう……なんと言うか……
華がないというか。
はぁ~
「……ちょっと、春山君、あんた今、ため息つかなかった?」
「え!? い、いや、そんなことは……」
ヤバい!
うっかり深谷先輩の前で、ため息をついてしまった!
「あっちの2人を見て、こっち見てから、ため息つかなかったあ!?」
「いや、別にそんな……ただ、女の子が料理している姿は、いいなーって思っただけでして」
「私たちも女なんですけど!?」
「そ、そうですよね」
「そもそも、女が料理して男がそれを食べる、見たいな前提が、なんだか腹が立つんですけど!?」
「そ、そんなつもりで言った訳では、ないですって」
あー また変なスイッチが入っちゃった!
どうしよう、どうしょう!?
そうだ!
ふかし芋、全部食べます!
「あの……春山君?」
「え? あっ、柳田さん?」
急にどうしたの?
そんなモジモジしながら。
またサツマイモでも切ってくれって、言うのかな?
「これ……ちょっと味見してくれないかな?」
「あじみ?」
僕のところまで近付いてきた柳田さんが、小さくうなずくと、手にしたお皿を差し出してくれる。
「試しに作ってみたんだけど」
手のひらサイズの食パンの形をした、パンケーキ?
小さなサイコロ状のサツマイモが練り込まれている。
「え? これ? 作ったの?」
「……うん」
「この短時間で?」
「……うん」
「すごいね! こんなの出来るんだ! さすが家庭科部だね!」
「そう……かな?」
いや本当に。
これだけのお菓子を簡単に作れちゃうなんてすごいよ!
「いただきます」
うん。小さく練り込まれたサツマイモと……生地の中の黒ゴマもいい香りを出してるし……
「すごく美味しいよ!」
「ほんと? よかったぁ~」
「……ちょっと、あんた! さっき、お腹いっぱいとか言ってなかった!?」
ぅぐっふっ……
「食欲あるじゃないのよ! そんなにバクバク喰らいついて! 私のは食べるに値しないって言うわけ!?」
「そ、そんなつもりじゃ、いや、あの……そう! 別腹って言うやつです! べつばら!!」
深谷先輩がナイフのように冷たく鋭い視線を突きつけてくる。
そのうち本物のナイフが刺さるかも……
仮に本当に満腹だったとしても、柳田さんがわざわざ持ってきくれたなら、お腹が張り裂けてでも食べてると思うよ。
そんな修羅場になっていることも知らずに、今度は花堂先輩が現れる。
「どうだった?」
「部長?」
「美味しかったでしょ? 春山君」
「は、はぃ」
「やっぱり料理に愛情が込められていればね。美味しいはずよ」
「あいじょう?」
「ちょっと部長! 変なこと、言わないでください!!」
2人が横で楽しそうに騒いでいるのに反比例して、深谷先輩の表情が曇っていく……
あわわわわ……
ちょっとまずいですよ、この状況は。
「私の料理には気持ちが込められていない。そういうことかしら?」
誰に向けられたか分からない深谷先輩の言葉が宙を漂う。
「そんなことないですよ、深谷先輩のも立派に……」
僕は慌ててその言葉をキャッチし、フォローを入れる。
「あら? 茶道でも相手のことを思う、おもてなしの精神は十八番じゃなかったかしら?」
あ―――!!
深谷先輩の売り言葉を!
花堂先輩が買ってしまった!!
澄ました顔して、なんてこと言うんですか! 花堂先輩!?
「ええ、そうよ。茶道は総合芸術ですから、料理以外のことでも最大級のおもてなしをするものですよ」
あーっと、えっーと……
「そのわりには、あまり春山君は嬉しそうじゃないわよね」
えーと、その、ちょっと……
「あんたはどっちの味方なのよ!」
「そ、そんな、敵も味方もないですって……」
「では、どちらが春山君に最高の料理のおもてなしが出来るか、勝負してみましょうか?」
「ええ! のぞむところよ!!」
あ―――!!
大変なことに!!
「部長! 秋芳部長! 食べてないで、なんとかしてください!」
「え? なになに? 料理対決? 面白そう!」
ちょっと部長!? ここは止めるべきところでは!!
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
切りのいいところで終えたら、1話が長くなってしまいました……
次回は後編ですが、その分、短く終るかもです。