第132話 本屋に行こう ~深谷先輩編~
前回のあらすじ
春山くんは本屋にて、部長の魔法攻撃を食らう。
あ―― 酷い目にあった。
なにが魔法だよ、まったく、もう……
誰も見ていなかったから、よかったものを……
僕は秋芳部長に、からかわれたため、書店の奥の方まで逃げてきた。
しばらくその場でぼーっとしてると、だんだん心が落ち着いてきて、離れ離れになった先輩たちのことが頭をよぎるようになる。
そういえば、深谷先輩は何処だろう?
どんなの読んでるのかな?
書店に入ってから姿を全然見ていない。
きっと、僕たちと違って真面目な本とか読んでそう。
深谷先輩といえば、いつも文字が並んだ小難しそうな本を読んでいる印象だけど。
純文学とか、読んでるのかな?
ミステリーとか似合ってるかも。
もしくは哲学的なものとか?
……どうしよう。ロワイヤル系とかホラーとか、暴力グロテスク系だったら……
気になる。
そう考えると、読む本ってその人の性格が出るよね。
考えとか趣味とか。
そうなると、なおさら深谷先輩がどんなのを読んでいるのか、気になってしまう。
普段無口で自分のことを何も語らないだけに。
……なるほど、部長がいろいろと僕に聞いてきたことも、そんな理由からなのかな?
でも、そんなに僕のことが気になってたの?
僕は心臓の鼓動が、完全に正常運転に戻るのを確認して、部長に会わないように慎重に深谷先輩を探しに向かう。
この列……には、いない。
ここには? いない。
こっちは……
あっ、いたいた。
本棚の片隅で、一人立ち読みをしている深谷先輩の姿を発見した。
ここから見ると、優等生が学校帰りに難しい参考書を読み解いている風にしか見えない。
一体どんな本を読んでいるのだろう?
近寄って話しかけてみよう。
「深谷先輩、なに読んで……」
「!?」
僕が真横に来ても気づかないほど集中していた先輩は、僕の声で初めて存在を察したようで、
驚いたように体をビクッと振るわせた後、こちらを振り向くと同時に……
左頬に衝撃!? と、同時に、
バチーン!! という大きな音が響き渡り、
「いきなり背後に立つんじゃないわよ!!!」
???
怒鳴り声が響く。
え? なに?
「……す、すいません」
あまりの突然のことで、なにがなんだか??
ただ、僕の頬が何かに叩かれたという確かな重い痛みと、静寂な書店の中で頬がはたかれる音、先輩の声が響き渡ったのだけは分かった。
え? もしかして、叩かれたの僕? 深谷先輩に?
わななく深谷先輩は、怒りを押し殺すかのような顔を僕に残しながら、そのまま無言でどこかへと消えてしまった。
そうか……僕は深谷先輩が読んでいた本か何かで、叩かれたんだ。
まあ確かに、いきなり背後から声をかけたら、びっくりするよね。
痴漢と思われても仕方がないかもしれない。
でもそんなに熱中して読んでたの?
それとも、僕の存在があまりにも薄すぎて、いきなり声をかけて驚かせてしまったのか……
でも、叩かなくったっていいじゃん。
とにかく、また僕は深谷先輩を怒らせてしまったようだ。
あとで謝りに行かないと。
ヒリヒリする頬を撫でながら、そんなことを思い、目の前の本棚に目を向ける。
文庫本サイズの専門書? 教養? みたいな本が並んでいる。
リーダーシップとか、名言集とか、雑学? みたいな内容の。
こんな感じの本でも読んでるのかな?
その隣の棚には……ライトノベル?
悪役令嬢が……なんとか、結婚破棄……やらの、タイトルが並んでる。
ふ~ん。いろんな本があるんだな~
あっ、床に一冊、本が落ちてる。
さっきのはずみで、平積みにされていた本が落ちたようだ。
それを拾い上げる。
これもライトノベル? 女性向けの小説? なのかな?
タイトルが、
『秘密(非三つ)のお茶会。美女と野獣と男の娘』
……また変なの……でてきたなぁ~
表紙には、長い黒髪の紺のブレザーの制服を着た美人の女の子と、同じく制服を着た可愛らしいシュートカットの女の子と。
野球のユニフォームを着たハンサムな男が描かれてある。
どことなく少女マンガチックな絵柄。
なんだろう?
秘密のお茶会? 非三つ、って?
美女と野獣って、この髪の長い女の子が美女で、野獣って野球部?の人のこと?
男の娘って、なに?
……深谷先輩を追いかけなくちゃ、だけど、ちょっと内容が気になるかも。
少しだけ見ていこうかな。
あらすじ
頭脳明晰、容姿端麗、品行方正の完璧美少女の高校2年生、秋川さんは茶道部の部長を務めてました。
誰もが羨む美貌の持ち主で、誰からも慕われる、非の打ち所がない正真正銘の大和撫子の秋川さん。
そんな彼女には秘密がありました。
(はぁ……どこかに、可愛らしい女の子、いないかしら)
そう、彼女は可愛い女の子が大好きな、ちょっと残念な少女でした。
そんな彼女のもとに、新1年生の芳山さんが入部してきます。
小柄な容姿に、黒くサラサラなショートカット。二重の大きな瞳に、動く姿はまるで愛くるしい小動物のよう。元気いっぱいの屈託のない笑顔。
(あぁ! なんてこと! 私の、どストライクの女の子じゃないの!!)
まさに秋川さんにとって、理想の可愛い女の子が現れたのでした。
「ねぇ、芳山さんはどうしてこの部活に入部したのかしら?」
「はい。ボク、可愛い女の子になりたくて。茶道の作法を身につければ、可愛くなれるかと思いまして」
その受け答えから、声のトーン、笑顔まで全てが秋川さんの心を鷲づかみにしてなりません。
(なんて可愛いのかしら! でもね、心配しなくても、芳山ちゃんは十分そのままで可愛いわよ)
「私が一から教えて差し上げますので、心配しないでね(私好みの女の子に)」
「ありがとうございます!」
そして楽しい部活が始まるかと思いましたが……
「あ、あの部長? あの、なんだか近くありませんか?」」
「そう? でもこうしないと、教えられないわよ」
「なかなか難しくて覚えられないです……」
「そうね、今度、私の家にいらっしゃい。朝から晩までお稽古付けてあげますわよ(夜の稽古も)」
「あ、ありがとうございます。で、でも……」
「でも? なにか不満でも?」
「いや、その、不満とかではないんですけども……さすがに女の子の家にお邪魔するのは……」
「……? なにか気になることでも?」
「その……ボクはいいんですけど、部長が、その……」
「私も全然かまわないですけれども?」
「……実はその…………ボク……男……なんです」
「えっ!?」
(な、なんですって!? こんなに可愛らしい子が!? 芳山ちゃんが? あの汚らしい下等生物で欠陥品である男であるというの?)
そうです。芳山さんは男の子だったのです。
男嫌いで、可愛い女の子大好きな秋川さん。
可愛い女の子になりたい、そしてカッコいい男の子が好きな芳山さん。
そんな二人に、割って入ってきた人物が一人……
「失礼します!!」
「あ、谷中先輩! お待ちしてました!」
一人の野球のユニフォームを着た青年を見るやいなや、芳山さんの表情は喜び一色に変わります。
「谷中? 谷中って、あの野球部の谷中が、なんで茶室に!?」
対して、秋川さんの眉間にはしわが。
2年生の野球部の主将でエース、爽やかイケメンの谷中キャプテン。
180センチの身長に筋肉質な体を持ち、短く刈り上げた頭髪と整った顔立ち。
ピッチャーで4番、走攻守そろった選手で、性格よし、学業、成績もよし。
教師や監督、さらには後輩からの信頼も厚く、昨年エースピッチャーとしてチームを甲子園へと導いたという実力も併せ持った男。
将来はプロへ向かうのではないかと噂される逸材。
もちろん異性からはモテモテ、同性からも憧れる存在。
皆は彼を尊敬と親しみの念を込めて『キャプテン谷中』と呼んでいました。
しかし、そんな完璧に見える彼にも、秘密がありました。
秋川さんのことが、好きで好きで、好きで好きで、大好きでしょうがなかったのです。
その思いは一歩ズレると、ストーカー寸前でした。
「秋川さん!! 今日こそは自分と、お茶をご一緒しましょう!」
「あなた! そんな汚い足で、なに勝手に和室に上がりこんでいるわけ!!」
「大丈夫です。足を強アルカリ性洗剤で洗い、塩素に一時間付け込んだ上、新品の白い靴下を3枚重ねて履いてきてます!!」
「普通の足なら溶けるわよ! 誰よ、こんな野獣入れたのは!」
「ボクです秋川部長」
「え、え? 芳山さん、なんでそんなことを……」
「ボクのお点前を見てもらいたくて」
芳山さんは、実は頼もしい男性が好きで、谷中先輩のことが気になっていました。
「谷中先輩! ボクのお茶を飲んでください!」
「ん? あ、ああ、君は確か芳山君じゃないか。ありがとう。でも今日は秋川さんに用があってだね……」
「ボクは野球部には入れないんでしょうか!?」
「は、芳山さん? なに言ってるの? あなたは茶道部でしょ?」
「ん~ この前も来てくれたのは嬉しいんだが、君は野球未経験者だろう。この学校の野球部に入るにはそれ相応の技術がなければ……」
「いえ、マネージャーとしてです!」
「芳山さん!? なんてことを!!」
「いや、いま女子マネは足りているんだ。申し訳ないが……」
「ボク、どうしても先輩の力になりたいんです! ダメなら先輩専属のマネージャーにして下さい! ボク、なんでもしますので!」
「は、芳山さん―――!!!」
「ははは、気持ちだけ、ありがたくいただいておこう」
「谷中! 早く出ていきなさい! あなたに飲ますお茶は、ありません!!」
「秋川さん、今日の部活の後にでも、どうですか? ぜひ自分と駅前の喫茶店でお茶でもしませんか?」
「早く消えなさい! 整地ローラーで轢くわよ!!」
……
…………
……情報量が多くて、その……
学園物のラブコメ?
ちょっと登場人物を整理すると、
女の子大好きな美少女。
同性が好きな女装男の子。
粘着質ストーカー気味の男。
この3人の繰り出す日常の話、なのかな?
ん~~~
ちょっと気になるような気もするけど、早く深谷先輩を探さないといけないので。
元の場所に戻そう。
同じ本が積まれてある、その上に本を静かに閉じてそっと置く。
よく見るとこの周辺は、こんな感じの本が多い。
少女マンガに出てくるようなキラキラした絵柄の表紙。
ピンクとか赤とか、そんな色の本が氾濫している。
まぁ、いろんな趣味の人いるだろうから、なんともいえないけど。
ところで深谷先輩って、どんな本読んでたのかな?
結局、分からなかったけど。
謝った後にでも聞いてみようかな。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
また更新が滞る可能性がありますので今後の予告を。
家庭科部との秋のスイーツ対決。プレゼントを買いに。十三夜と月見団子。中間テスト勉強。部長の誕生日。ハロウィーン。
10月のイベントは、こんな感じでしょうかね。
ではまた次回でお会いしましょう!