第130話 本屋に行こう ~秋芳部長編~
「春山くん、今度ね、本屋さんに行きたいんだけど、一緒に行かない?」
「書店ですか? まあ、いいですけど」
この前の部活の帰りで、秋芳部長にそう誘われたため、部活のない今日は部長と深谷先輩と3人で、そのまま学校帰りに書店へ向かうことに。
僕たちの住む近所には、残念ながら書店は存在しない。
今の時代、学校の最寄駅の周辺にすらないから、マンガとか欲しい場合、僕なんかはネットで予約して宅配してもらってる。
雑誌とかはコンビニで買えるし。そもそもそんなに本を買う機会がなかった。
というわけで、3人で電車に乗り繁華街まで行き、そこの駅ビルにある大きな書店までやって来たのだった。
電車に乗ってまで書店なんか来るなんて、本当に久しぶりだ。
部長は何を買おうとしてるのかな?
テスト前だし、参考書でも買うのかな?
深谷先輩はいつも本を読んでいる印象だけど、こういう大型書店まで頻繁に足を運んでいるのだろうか?
僕も気になるマンガとかあったし。せっかく来たのだから、いろいろ立ち読みしたり、気になる本を探してみて買っていこうかな。
そんなことを考えながら、僕たちは駅ビルのワンフロアーまるまる書店のところまでやって来る。
学校が終わってすぐに来たから、夕方の帰宅時間には早いので、書店にはお客がまばらにいるだけだった。
本を立ち読みしたり、探すにはちょうどいい混み具合。
「春山くんは何探しに来たの?」
「え? 僕ですか……」
いや……普通にマンガとかだけど。
なんか恥ずかしいな。マンガです、と答えるのも。
部長に僕が読んでる本を見られるのも、ちょっと抵抗が……
「私は一人で探すから、あなたたちも勝手にやってなさい」
素っ気なく深谷先輩はそう言い残すと、一人書店の中へと消えていってしまった。
「あ~ 僕たちも自由行動しますか?」
「そうする? じゃあ、またあとでね」
こうして僕と部長も解散して、各々の探し物の目的の場所まで向かう。
僕はみんなに気付かれないように、マンガの雑誌のところまでやって来ては、何気なく並んだ表紙を見る。
ちゃんと立ち読みできないように、封されてるし……
棚には表紙がアニメ調の美少女で飾られた雑誌が、いくつも並んでいる。
僕はあんまりこういうのには興味が無い……わけではないが、こんなの眺めているところ部長には見られたくないな~
ここは無理して背伸びして、バイクとか車の雑誌を買ったりする? 免許ないけど。
ゲームの雑誌も読まなくなった。というか、ゲーム、やらなくなったし。
立ち読みできないなら、他へ行こう。
その場を後にし、そのままコミック売り場の方まで向かう。
大型書店だけあって、いろんな種類の本がところ狭しと陳列されている。
いろんなのがあるんだなー
これ、このマンガ、まったく知らないけど、人気ナンバーワンとか書かれてある。
これも面白そうだけど、23巻だって。今から読み始めると、時間もお金もかかってしまうよ。
あっ、これこれ、このマンガ。探してたのは。
前までよく読んでたんだけど……そういえば高校生になってあんまり読んでないや。
部活が忙しくて、あんまり。
とある長編物のマンガも好きで読んでいてコミックも集めていたが、一度読まなくなると、そのままほったらかしになってしまって……
たしか、高校受験の時から読むの止まってるよね。これから読むのも、今さら感が……
あー これも読んでたなー
もう新刊出てるし……
しかも読んでた時から2巻くらい進んでる……
なんだか、今さら読んでもなぁ……
あんなに昔、マンガとか読んでいたのに、どうして読まなくなったんだろう?
ん~ たぶん現実がすごく充実しているから? いや、忙しいからかな?
それとも、もっと面白いものが見つかったからなのか……
ところで部長って、どんな本読むのかな?
マンガとか読むのかな?
きっと部長は難しい本読んでるんだろうな。
そんな部長に、僕がマンガ読んでいるの知られるのが恥ずかしい。
じゃあ、雑誌とかは?
週刊誌とかファッション誌とか読むのかな?
よく考えたら、部長のことあんまり知らないや。
部長……どこでどんな本、見てるのかな?
なにを買いに来たんだろう?
ちょっと探しに行こう。
……
…………
……あ、いた?
案外近くにいた。
僕のいた少年コミックの近くの2列裏に。
黒いセーラー服に身を包んだ、凛とした立ち姿。
文庫本を手に取り、一心に文字の列を目で追う。
その真剣な横顔は、どことなく憂いと儚さを感じさせる。
まるで純文学を愛する薄幸の文学美少女。
絵になるなー
書店で本を立ち読みしているだけでも、部長の姿はドラマのワンシーンみたいに輝いて見える。
そんな部長は、文庫本を手にして何を読んでいるのだろう?
純文学とか? 哲学とか?
「部長ー」
「……あ、春山くん」
あれ?
部長のいるコーナーって……
ライトノベル?
「あの……なに読んでるんですか?」
「これ? 面白いよ。これ買いに来たんだ!」
と、今読んでいる本を渡されたのが……
ライトノベル? の文庫本?
表紙には……
『異世界転生した千利休は恋に戦に茶道無双。秀吉に切腹させられ、あとから戻ってきてください言われてももう遅い!』
そして千利休らしき男の姿と、鎧に身を包んだ女の子が描かれている。
なに、このタイトル……
しかもどこかで……学校の図書館?
部長がこれを読んでるの? わざわざ買いに来たの?
さっきまで僕が思い浮かべていた『純文学を愛する薄幸の文学美少女、秋芳部長』はどこへ行ったの?
ん――――
ん~~~
これ、冗談じゃなくて?
「部長、これ読んでるんですか?」
「うん。面白いよ」
本当なんだ。
え―――
意外だな―――
へ―――
「私、全巻持ってるよ」
「はあ……」
「面白いから、今度貸してあげるね」
「はあ……」
すっごいニコニコで話しかけてくる。
本当に面白いんですね。
でもストーリーの内容が、このタイトルと表紙だけでは全く入ってこない。
「あの……これって、いったい、どんな話なんです?」
「利休無双? これはねぇ……」
……利休無双って略すんだ。
へ―――
「千利休が豊臣秀吉に切腹させられちゃうんだけど……」
「はい」
「気が付いたら異世界で転生してたの!」
「……はい」
でしょうね、タイトルからすれば……
「でね、異世界で冒険していくって話」
「……はあ」
なんだか部長の口から、異世界という単語が出てくることの違和感が、ハンパない。
「まずね、利休がお茶を飲もうとしたら、緑茶がないの! みんな紅茶ばっかりで!」
「……まあ、異世界って紅茶のイメージですよね」
「で、お茶っ葉はあるから、緑茶や抹茶の作り方を教えて広めるの」
「はあ」
「それと並行して、緑茶にあう葉っぱを探しに森に冒険しに行くんだけど、そこで薬草とか伝説の果実とかを発見したり……」
「はあ」
「それを収集して商売を始めたりね」
「はあ」
「利休はもともと商人の子だから、計算とか商売が上手くて、薬草とか緑茶販売が成功するの」
「え!? 千利休って商人だったんですか?」
へ―――
「ほかにもね、道中、モンスターとかに出会うんだけど、全部倒して……」
「倒すんですか!?」
「千利休って、武将だから強いよ。実際、身長180センチあったんだって」
「え? 本当ですか!?」
僕の思ってる千利休がどんどん遠ざかっていく。
ひょろひょろお爺さん茶人のイメージが……
いや、でもこれ、小説の中での話だよね? そうだよね?
「今度はお茶碗作りに取り組むんだよね。この世界だとティーカップしかないから」
「……まあ、異世界に茶碗なんて聞かないですよね」
「それで、お茶碗のもとになる土を探しに山まで行くんだけど、そこで鉱山見つけたり、宝石見つけたり……」
「は、はあ」
「お茶碗を焼くかまどを建設するついでに鍛冶屋を作って、鉄砲まで作って……」
「て、鉄砲!?」
「そう、種子島。利休は信長にも仕えてたからね。あと武器商人の今井宗久と近かったからね」
「へ、へえ~」
なんか、すごいことになってるぞ!?
千利休ってそんなにすごい人だったの?
「外交とか政治も詳しかったからね」
「そ、そうなんですか?」
「お茶会開いて、いろんな武将と交流したりしてたからね」
「へ、へぇ~」
ヤバい。本当に無双してるぞ、千利休!
「畳を作ろうとして、い草を探しに行ったり、茶室を作ろうと木材探しに行ったり」
「……」
「そんなことしているうちに、レベルが上がって」
「……」
「でね、住んでたところの王様に気に入られて、仕えるようになったり。外国からの軍隊を撃退したり」
「……」
「わび・さびの精神を広めようとしてたら、いつの間にか領土広がってたり!」
「……」
「そのうち敵側に豊臣秀吉が転生してたり、魔王と恐れられてたモンスターは織田信長だったり……」
「……」
「最新刊は、ちょうど今、その辺のところかな」
「す、すごいですね」
ヤバい、ちょっと面白そうと思ってしまったぞ。
「意外とね、歴史や茶道の勉強にもなるんだよ!」
意外といえば、部長がこういうの読んでいることの方が意外だっだよ。
でもそこが逆に、親近感が湧くというか。
いつもの部長らしくて、いいのかなぁ……
「今日これ買うから、春山くんも一緒に読もうね!」
「あー はい。読ませてもらいます」
本当にこれを買いに来たの?
参考書とかは?
テスト近いけど?
「でも……なんか、素敵だよね」
「え? なにがですか?」
あんなに興奮して語っていた部長が、急にしおらしくなって……遠い昔に思いを巡らせるような……
そんな表情を僕に見せて……
「異世界って楽しそうだよね?」
「え? ん~ ま~ そうなんですかね~」
「私たちも行ってみたいよね?」
「……は?」
「私と春山くん2人で異世界に行って、冒険したり、のんびり生活したり……」
「え~っと……」
急になにを言い出すんだ?
「2人で旅行でもいいよね。沖縄とか!」
「……沖縄は異世界じゃなくて日本ですよ。……というか、部長は来月沖縄に修学旅行ですよね?」
「『2人で異世界で茶道部を作ってみました!』とかどうかな?」
「……」
2人で、とか……
異世界とか……
そんな部長の笑顔が本気なのか、
また僕をからかっているのか、
区別がつかずに……
それ以上何も返事をすることが、
出来なかった……
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
この後、「春山くん編」と「深谷先輩編」と続きます。
「利休無双」誰か書いてくれないですかね。ちょっと読んでみたいです。