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僕は茶道部部長に弄ばれる  作者: 夜狩仁志
第三章 秋、色づく日々、深まる仲
129/229

第129話 秋の始まり

 季節は10月になり、制服も冬服になっても、やることは変わりない。

 朝、学校に行き授業を受け、お昼休みにご飯を食べ、午後にまた授業。

 そして放課後は部活。


 今日も僕はいつもと変りなく、茶道部の部室へと向かう。


 今まで文化祭でのお茶会のための稽古を続けていたのだが、文化祭が終わった今、これからは何をやればいいのだろう?


 そんなことを考えながら部室までやって来ると、中の和室では4人の先輩方が、すでに集結していた。


 いつも思うけど、なんで僕よりも先に集まってるんだろう?

 2年生って暇なのかな?


 秋芳あきよし部長は、お菓子を食べながらお茶を飲んでいる。

 深谷先輩は、奥で静かに本を読んでいる。

 南先輩は、体操着姿でテニスボールでお手玉してる。

 遠野先輩は、うつ伏せで寝転びながら鏡を手にし、髪の毛をクルクルと整えている。


 ここ茶道部だよね?

 みんな何してるの?


 文化祭が終わってからというもの、僕たちは稽古らしい稽古を全然していなかった。


「あのぉ~ おはようございます」

「おはよう、春山くん! お菓子、食べる?」

「いえ、今はいらないですけど」


「あの、何されてるんですか?」

「あ? お前が来るの待ってたんだよ」


 南先輩がお手玉していたボールを、僕に一つずつ投げつけてくるので、うまいことキャッチする。


「僕を、ですか?」

「そっ、春山に稽古の指導するために」

「はぁ……」


 指導という名の、遊びじゃないのだろうか?


「あの……先輩方は稽古しないんでしょうか?」

「春くーん。文化祭ー もう終わったんだよー 知ってるぅ~?」


 けだるそうに、寝そべりながら遠野先輩はそんなことを言ってくる。


「いや、文化祭は終わりましたけど……」

「だからー あたしたちはー もうやらなくていいのー」


「来年に向けてとか、ないんですか?」


「あ? 来年はうちら引退してるし」

「え?」


「そー そー あたしたちは3年生で、もう来ないから」

「本当ですか?」


「まー 遊びには来るさ。でも文化祭は出ないからな」

「はあ……」


「来年の文化祭はー ゆっくり見て遊びたいもんねー」

「はあ……」


 本気なの?

 南先輩と遠野先輩?


 ……といっても、いつもほとんどいないし、来ても遊んでいるばかりだし。


 問題は部長。来年で本当に引退しちゃうの!?


「部長! 部長は来年もいますよね?」

「ん? なあに?」


 なに……


 のんきに……


 どら焼きなんて、食べてるんですか?


「だからさ。今のうちに春山に稽古つけてやろうと思ってさ。せっかく今日来たんだから、うちが見てやるから、ちょっとやってみろよ」

「はい……ありがとうございます」


 南先輩が見れくれるの?

 なんだか不安しかないんですけど……


「まずは歩き方からだ。一回外出て、中に入って来いよ」

「はい……」


 まぁ、せっかく見てくれるというのなら。


 一度僕は準備をして部屋を出て、襖の前に座る。

 そして襖を開けて立ち上がると、和室の中へと歩み入る。


「ちょっと待て!」

「えっ?」


 入って3歩ほどして、いきなり南先輩に止められる?


「歩き方が違う!」

「え? でも……」


 ちゃんと右足から入ったし、手も膝に……


「両手は引いて、なで肩になるように!」

「え?」


「両膝は離さない! 膝下を動かして歩くように!」

「えっえ?」


「足のつま先は内側を向けて、内股で歩く!」

「えっ、ちょっ?」


 なんなの?

 こんなこと習ってないけど?

 今までの歩き方と全然違うんですけど?


「首や指先の動きは滑らかに! 肩幅を狭く寄せる感じで、肩をすぼめる!」


 え?

 肩を小さく? 内股で?

 そんな風にして歩くと、なんだかヒヨコみたいな歩き方になるんですけど?


「違う違う! それじゃぁ、ペンギンじゃねーか!」

「いや、だって、こんな感じになっちゃいますよ」


「芝居だから、大げさに表現しないといけないんだよ!」

「……芝居?」


「女性よりも女らしく!」

「……女……らしく??」


 さっきから何を言ってるの?


「あ、あの……南先輩? これ、なんの稽古なんですか?」

「あ? 歌舞伎の女形おんながたの稽古に決まってるだろ」


 女形に……決まってるだろ、って……


「女形って、あれですよね? 男性が女性を演じるのですよね?」

「おう」


「……いや、あの、僕、そんなの目指してないんですけど」

「はあ? 男が女を魅力的に美しく演じられるように、長年試行錯誤してきた結果を否定すんのか!?」


「……僕……普通に、茶道の稽古がしたいです」


 南先輩が稽古をつけてくれるって言った時点で、おかしいなと思ったんだよ。

 なんで僕がそんなことを練習しなくちゃ、いけないの?


「春くん! 春くん! 今度は、あたしが見てあげるー!」

「遠野先輩が……ですか?」


 すっごくウキウキで立ち上がって、そんなありがたいこと言ってくれるけど……


「……じゃあ……お願いします……」

「春くん、また入ってくるところから― やってみてー」


 というわけで、また和室の外に出て襖を閉めて、その前に座る。

 で、また襖を開けて立ち上がり、中に入る。

 そして3歩足を踏み入れたその時……


「違う違う――!! 全然違うよ――! 春くん分かってない――!」

「え? 違いますか?」


 いや、いつも通りに歩いたんだけど……


「つま先立ちを意識して!」

「え? つま先立ち?」


 真逆じゃない? 体重をかけるのは、かかとの方だと思うけど……


 しょうがないので、言われた通りその場で背伸びをするように、つま先立ちをしてみる。


「そうそうー 体重は前の方にー」

「え? 前の方ですか?」


 体がブレて……うまく歩けないよ……


「足はなるべく曲げないー! 伸ばしたままで歩くー!」

「え? っちょ?」


「姿勢は崩さない――!! 真っすぐ――!!」

「あ、あの、難しいです……」


「前に出す足はー 逆側に交差する感じで―!」

「えっ、えっ?」


「右足は左前に― 左足は右前にー」

「むずか……しい……」


「ハイ! そこで止まって―― ポージング!!」

「え? ポージング?」


「そして、ターン!」

「……あの、ちょっと待ってもらえます?」


 さっきから……なんか、おかしいんですけど……

 もしかして……


「あ、あの、遠野先輩? これ何の稽古ですか?」

「モデルのー ウォーキングの練習だよー」


「……僕……普通に、茶道の稽古がしたいです」


 ダメだ、この先輩たちは。


「あの~ 部長。僕は何をやればいいですかね?」


 のほほんと、今までの一連の流れを、お茶を飲みながら楽しそうに眺めていた部長に尋ねることに。


「え? 春山くん、可愛い女の子に変身する練習? したいの?」

「違います」


 この部活には、まともな先輩はいないのだろうか?


「春山くん。お点前の種類はいっぱいあるんだよ」

「はい」


「例えば、秋には月点前っていう、箱にお道具が入ったお点前とかもあるんだよ」

「へー」


「椅子に座ったお点前とか。庭でやるお点前とか」

「そうなんですか?」


「だから憶えることいっぱいだよ」


 なるほど。文化祭は一つの区切りで、やることはまだまだあるんですね。

 ……というか、そういうのを教えてくださいよ。


「季節によって、釜も変わってくるからね」

「釜も、ですか?」


「夏は風炉ふろ、冬は炉」

「ふろ?」


 風炉って、このお湯を沸かすポータブルコンロみたいなの?


「今の季節、風炉は和室の一番奥にあるよね」


 たしかに、和室の一番左奥の角に置いてある。

 そのうえに鉄瓶や釜を置いて、お湯を沸かしていた。


「夏は暑いから、火元がお客さんと離して置いてあるんだよ」

「へー」


「11月からは、冬で寒いからお客さんの近くに火元が行くんだよ」

「へー」


 なるほど、これも、おもてなしの精神なのかな?


「春山くん、そこの真ん中の畳、見てくれる?」

「畳ですか?」

「うん、ここ」


 部長が指差した和室の真ん中の畳。その一畳の角に、正方形の切れ込みがある。


「ここの畳はずれるんだよ」


 そういって正方形の畳を引き剥がす。


 あっ、本当だ。

 その下からバスケットボール一個分が入りそうな空間が現れる。


「冬はここに釜を置いて、お点前するんだよ」

「へー」


 ちょっとしたミニ囲炉裏いろりみたいな感じだ。

 なるほど、衣替えと同じで、季節に合わせてお点前も変わってくるんだ。

 そしたら、これからは冬用のお点前の稽古をすればいいんだね。


「でね、春山くん?」

「はい」


「実はね、冬になると、もっとすごいものが出てくるんだよ」

「え? なんですか? もっとすごいものって?」


 もっとすごいモノ?

 ここの畳がはずれて、囲炉裏が出てきたことでも、すでにビックリしてるんだけど。

 それ以上のもの?


 部長は思わせぶりなことを言うと、押入れを開けて中から何かを取り出してくる……


 棒と、板と、机?

 それと……布団?


 目の前でそれらを組み立てていき……


「はい、出来た!」


「……これって……コタツですよね?」


 いつの間にか目の前には、どこの誰が見ても立派なコタツが出来上がった。


「いやー 久し振りだなー コタツ!」

「入ろー コタツー コタツ―」


 害虫ホイホイハウスの感じで、わたわらと南先輩と遠野先輩がコタツに吸い込まれていく。

 そして部長と……

 三人はコタツに足を突っ込んで、くつろぎ始めた。


「あの……部長? その……コタツも茶道の一つなんですか?」

「ううん、違うよ」


 …………ですよね、違いますよね。


「ちょっと早いけど、コタツはいいよね~」


 ……


 …………


 あーあ。和室の真ん中にこんなの置いちゃって……


 稽古できないじゃないですか。


 まったく、この先輩たちときたら。

 ダメだよ、もうこの部活。

 廃部だよ。

 来年の文化祭まで持たないよ。


 しょうがない。茶道部の母である深谷先輩に聞いてみるしかない。


「あの~ 深谷先輩。僕に何か教えてもらえませんか?」


 静かに本を読んでいるところ、邪魔して申し訳ないが、ここはもう深谷先輩を頼るしかなかった。


 深谷先輩は読んでいた本をパタンと閉じると……


「そうね、そろそろあなたにも教えておかないとね」

「あっ はい! お願いします!」


 ゆっくりと立ち上がり、何かを取りに和室を一度離れた。


 さすが深谷先輩。

 最初っから聞いておけばよかった。

 でも、なんだろう?

 深谷先輩、直伝の稽古とは……


 そして戻ってきた深谷先輩は、


「はい」


 僕の目の前に教科書くらいの束の書類?

 を、どさっと置いた……


「……えーっと……これはいったい?」


「部活動の内容と実績を記録。活動実績がないと見なされれば廃部になるから。毎日、何時から何時まで、誰が何をやったか記録」

「え――っと、その――」


「これは会計報告書。日々の支出を記録。購入した備品やお茶菓子お茶代などのレシートを添付」

「あの――」


「生徒会に部費を決算時に報告。そして予算請求。ちゃんと報告書作らないと、部費がおりないから全部自腹になるわよ」

「うん――」


「休日活動する時は、この申請書を提出。時間外や下校延長時もこの書類。それから……」

「あの、ちょっと待ってください」


「……なに?」

「あの、これ、僕がやるんですか?」


「当たり前でしょ! 来年はあなたしかいないんですから!」

「あの……深谷先輩は? 来年もいてくれるんじゃ……」


「受験があるでしょ! なに言ってんのよ!」

「は……はい……」 


 そっか……今まで事務的なことは、知らないところで全部やってくれていたんだ。


「まあ、来年、部員があなたしかいなかったら廃部で、こんなことしなくて済むから、いいかもね」

「いや……それは、ちょっと……」


 文化祭が終わっても、やることや覚えることはいっぱいあるんですね。

 安心したような……

 不安なような……


 そんな僕の気持ちには関係なしに、部長たちはコタツに入り込んで、楽しそうにお茶を飲んでいるのであった。

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