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死神

作者: 蟹江

「ねえ、死神の都市伝説、知ってる?」

前から聞こえてきた声に、僕はびっくりして顔を上げた。

「死神ってあの、死ぬに神様の神って書く、あの死神?」「いや、それ以外に何があるのよ。」

声の主は、僕の前のテーブルで飲み物を飲みながら女子高生の二人組だった。平日の昼下がり、僕がいつものように仕事の合間に休憩で立ち寄っている喫茶店だ。

「事故とか事件とかでさ、人が亡くなることがあるじゃない。そういう現場には、必ず死神がいるんだって。目撃した人もたくさんいるらしくて。」「ああ、死神っていったらそういうのだよね。」聞き手の女子高生は、大して興味もなさそうに相づちを打ちながら、コーヒーらしき飲み物をすする。「やっぱり死神の力で、事故とかが引き起こされて、人が死んじゃうわけ?」

「と、思うでしょ。でもね。」話し手の女子高生は、ここが大事なところ、と言わんばかりに身を乗り出した。都市伝説が大好きなマニアか何かなのだろうか。

「死神は見るだけなんだって。事故とか事件とかを見届けて、人が死んだのを確認するの。それを上司に報告するんだって。死神にも上司がいるのね。」

「何それ、見て、報告するだけ?楽な仕事じゃん。」

「あ、でもね、死ぬ予定の人を自分で探し当てないといけないから大変らしいよ。上司から、これから死ぬことになっている人の名前と顔写真だけ与えられて、死神はその人を探してあちこち調べるんだって。」

「へえ、死神も大変だねえ。」聞き手の女子高生はもはや興味がないことを隠しもせず、携帯電話をいじりながら生返事をしている。僕もそのあたりで、手を付けていない飲み物を置いて店を出た。そろそろ仕事に行かなくてはならない。


その日の夕方、僕は車と人が行き交う交差点をゆっくりと歩いていた。赤信号の前で、他の人と同じように立ち止まり、そろそろかな、と思いつつ待つ。

突然、けたたましい急ブレーキの音が響き渡った。それに続いて、バン、という大きな音とともに、男の人が跳ね飛ばされるのが見える。交通事故だ。信号をよく見ていなかった人が赤信号なのに気付かず、車道に飛び出してしまったのだろうか。あちこちから悲鳴が上がり、運転手がかなり焦った様子で車のドアを開けて出てくる。「救急車!」と叫ぶ声が聞こえた。だが救急車を呼んでも無駄なのは明らかだった。轢かれた男性の身体は無残に潰れ、すでに息はないようだ。見ればまだ若い。気の毒に、と思いながら事故現場を見つめていると、人混みの中に気になる人影を見つけた。その男の姿をよく見て、僕は驚く。

男は痩せて長身、黒ずくめの服装をしていた。他の通行人が右往左往している中、やけに冷静な顔で轢死体を見つめている。どこか人間離れしたような冷たい目をしており、僕が見ていることに気付くとゆっくりときびすを返して雑踏の中へと歩いて消えていった。

先ほど喫茶店で聞いた、死神の都市伝説の話を思い出す。

「まさかな…。」

首を振って頭に浮かんだ考えを打ち消し、再び歩き出す。僕は結構忙しいのだ。いつまでも事故現場を見ているわけにはいかない。


数日後、久しぶりに仕事が休みだった僕は、閑静な住宅街を散歩していた。空は気持ちよく晴れ、きれいな空気とうららかな日差しが心地よい。久しぶりの休日がうれしく、穏やかな気持ちで川沿いの道を歩いていたのだが、そこで後ろからの視線を感じた。

振り返ると、背後についてきているのはなんとあのときの事故現場にいたあの男だった。普通の通行人を装っているようだが、その目は明らかに僕の方を見ている。僕を尾行しているようだった。

まさか、僕を…?

死神の都市伝説を聞いたときの記憶を思い出す。いやな予感が頭の中をよぎった。いや、ただの偶然かもしれない。たまたま先日の事故現場に居合わせた人が、僕と同じルートで散歩しているという可能性もある。しかしやはり不安な気持ちは拭えなかった。

しばらく歩くと、男は僕の後からいなくなっていた。尾行されているわけではなかったのだろうか。しかしやっぱり残る不気味さに、僕は顔をしかめた。今日はもう帰ろう、と思う。


その数日後、男は再び僕の前に現れた。いつものように仕事の休憩に立ち寄った喫茶店、その僕の座っている隣のテーブルに、当然のように男は座っていた。文庫本を開き、のんびり休憩しているような振りをしているが、時々こちらにチラチラと視線をやっている。

出会うのが三回目となると、さすがに僕の居るところにこの男がいるのが偶然であるとは思えなかった。彼は明らかに僕を尾行し、何かを調べている。

僕は頭を抱えた。先日聞いた死神の都市伝説、死亡事故の現場にいた男、そして彼が今、僕についてきている。これらの事実から僕にとってよい展開が予想できようはずがなかった。どうしたものか。

隣に座る男に接触してみようかと思ったが、それはかなり危険な行為にも思えた。

とにかく今は僕にできることはない。「その日」を待つしかないのだ。僕はそう結論づけ、ともかくこの男から離れようと思って喫茶店を出た。


次に僕がその男に会うことになったのは、その数日後だった。

ビルの建設工事が行われている下、夕方の日差しを浴びながら、男は歩いていた。仕事の帰りなのだろうか。鞄を持ち、1日の疲れをひっさげたような様子で、ゆっくりと道を進んでいる。僕は彼の後をつけ、十メートルほど後ろを同じくらいのスピードで歩いていた。

そこで、「危ない!」という誰かの声が響いた。

上に目をやると、先ほどまでクレーンでつるされていたビル工事の建築資材が落ちてくるところだった。大きな鉄骨で、その大きさに比例するようなものすごい速さで地上に落下してくると、丁度真下にいた男に激突した。

骨の砕けるような音、それにすさまじい衝撃があたりに広がり、気付いた通行人から悲鳴が上がった。男は明らかに即死していた。

人々が事故に気付いてパニックに陥る中、僕は安堵のため息をついた。懐から報告書を取り出す。

「松岡洋平、32歳」。報告書の「氏名、年齢」の欄にはそう書かれ、右上にはあの男の顔写真が印刷されていた。空欄になっている「死因」の欄に、「工事中の事故に巻き込まれて死亡」と書き込む。腕時計を見て、死亡時間の欄も書き込んだ。

これで今回の仕事は終わり。後は上司にこの報告書を提出するだけだ。何事もなく終わってよかった、と僕は胸をなで下ろす。松岡に尾行されたときにはどうなることかと思った。

松岡はおそらく、僕が死神であることや、自分が近いうちに死ぬ運命であることを感づいていたのだろう。先日喫茶店で聞いた都市伝説を思い出す。どういったいきさつでかは分からないが、僕たちの存在やその仕事内容が人間たちに広まり始めているようだ。僕は仕事をするためにそれなりに以前から松岡のことを調べ、彼の居場所を知るためにいろいろと嗅ぎ回っていたから、それらの行動が松岡に気付かれて怪しまれたのかもしれない。それにしても交差点での交通事故の現場で仕事をしていたときに、次に死ぬ予定の人間である松岡を見つけたときは驚いた。松岡が僕の行く先々に現れたのは、おそらく自分に死神がついていることに気付き、死の運命を変えるために僕を攻撃でもして追い払おうとしていたのではないだろうか。そんなことになっては非常に面倒だった。人間と過度に接触してはならないと、上司からはきつく言われている。人間とトラブルを起こした場合、僕たちは重い処分の対象となるのだ。

今回は面倒なことになる前に対象の人間が死んでくれたが、やっかいな事件が起きる前に、人間に僕たちの実態が漏れていることを報告しておいた方がいいかもしれない。僕はそう考えつつ、報告書を提出すべく事故現場をあとにしたのだった。


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