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愛してるを歌にして  作者: 柚月 ぱど
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第二部 五年前のあの場所で 1

 ふと、自我が自意識を認識した。

 自我とか自意識について言葉取りは、感覚的なものだ。端的に説明すると、自分自身が目を醒ましたことに気が付いた、ということ。

 俺は重い瞼をゆっくりと開く。まだ覚醒したばかりで目は半分も開いていないだろう。しかし、視界の中には見慣れた景色が舞い込んできた。

 白い天井に、丸い蛍光灯。朝方特有の青っぽさが白をぼやけさせて、意識の覚醒を曖昧なものにさせる。首を少しだけ左側に捻ると、そこにはカーテンがあり、小窓から差し込む朝日を、手をかざすように遮っていた。

 目覚ましはまだ鳴っていない。しかし体内時計的におそらく七時前だと思うので、二度寝すると昨日の疲れから起きられなくなるだろう。そのことが経験上わかっていたので、俺は怠いと思いながらも、ベッドから起き上がることにした。

 上体を静かに起こして、緩慢な動作で背伸びをする。睡眠で収縮した筋肉が引き延ばされていくのを感じた。眠った後、起きるときに欠伸や背伸びをするのは気持ちが良い。起きたという事実確認にもなるし、目が冴える気がするのだ。

 俺はベッドから降りて、枕元の目覚まし時計を一応確認する。時刻は午前六時五十分。体内時計に狂いはなかったようだ。

 続けざまに俺は部屋のカーテンを開いて、窓を開ける。流石に朝方は冷え込むので、部屋に流れ込んできた風は頬に冷たい。しかし天気は悪くなく、パステルカラーの青空が広がっていた。

 俺は窓から顔を出すと大きく深呼吸をして、体内に新鮮な空気を吸い込む。こうすることによって、冬場は特に目が醒めるのだ。

 体内の換気を終えて、室内へと身体を戻す。十分ほど起床時刻より早かったが、俺は朝の仕事を行うことにする。しかし毎朝のルーチンで一番億劫な仕事を最初にこなさねばならなかったので、少しだけ気分が沈む。しかし後回しにすれば自分の首を絞めることに繋がるので、結局は仕方ない。

 欠伸を噛み殺しながら、俺は部屋を出た。少しだけ冷え冷えする廊下に身震いしながら、隣の部屋の前まで移動する。その部屋の扉には“ルミの部屋。入るときは絶対ノック!!”と油性ペンか何かで書かれた紙が貼られていて、毎度のことながら微笑ましい。こういう風にノックを強制されると、逆にノックせずに入ってやろうという悪戯心が湧いてしまうが、昨日彼女に助けられたことを思い出して、今日は勘弁してやることにした。

 俺は控えめな強さでノックして、中で爆睡しているであろう妹に声をかける。

「ルミ。朝だぞ。ちょっとばかし早いが、起きて来いよ。良い天気だ」

 しかし、中からの返答はない。いつも通りか、と思って溜息を吐きながら、俺は何度もノックをして声をかける。

「起きろよ。すぐにメシ作るからさ」

 だけど何回声をかけたところで、ルミは返事の一つも寄越さなかった。

 毎度のことながら、起こすのに難儀する妹だ。

 俺は再度溜息を吐いて、強めの口調で警告する。

「おい。起きないと中に入るぞ? 良いのか?」

 ちょっと圧をかけてみたが、それでも物音ひとつ聞こえなかった。俺は呆れて、普段通りではあるが、強硬手段に出ることにする。

「警告はしたからな。入るぞ」

 短く告げて、俺は部屋のドアノブを捻って扉を開けた。

 その瞬間。俺の鼻腔を強烈な臭気が刺激する。

 俺は鼻先を指で押さえながら、声を荒げた。

「おい! また部屋でメシ食ったのか! 部屋では食べるなって言ってるだろ! それと食ったなら流石に換気くらいしろ! 匂いが取れなくなるぞ!」

そう叫んだものの、やはり返事はない。俺は流石にイラっときて、ルミの部屋にズカズカと入っていく。

 部屋の内部は阿鼻叫喚と表現するのが妥当だと思えるほど、恐ろしく散らかっていた。

 漫画、ラノベ、携帯ゲーム機、お菓子の袋、エナジードリンクの空き缶など、散らばっている物の例を挙げるとキリがない。一応ルミはベッドで眠っていたが、足の踏み場がなさすぎて、そもそも彼女のもとまで到達できなかった。

「おい、自堕落娘。ゴミは期日に出せって毎度毎度言ってるだろう? それにこんなに散らかして……収納用のカラーボックス、この前ネットで頼んだだろうが」

 俺は張り巡らされた地雷を踏まないようにつま先立ちで歩きながら、そう小言を呟く。自分のことながら姑じみていて笑えないが、それ以上に妹の生活力の無さと言ったら、それには閉口するしかない。

 なんとか地雷原を越えてルミの眠るベッドまで辿り着いたが、布団の上もゲーム雑誌の類で汚染されていた。

 俺は眉間がピクつくのを感じながら、彼女の耳元で大声を上げた。

「起きろって言ってるだろ! さっさとしないと布団から叩き落とすぞ!」

 そう言って布団を力尽くで揺すっていると、流石に俺の声が届いたのか、ルミが顔に被っていた布団をどけて、眠たそうに半開きの瞳を向けてきた。

「……おにーちゃん。今何時だと思ってるの……」

「もう七時だ。起床時刻だぞ」

 そう返すが、ルミは口をまごつかせながら、また布団を顔面まで被ってしまう。

「おい! 起きろって言ってるだろうが!」

「……おにーちゃん。あたしが朝弱いの知ってるでしょ……可哀そうだと思うなら放っておいてよ……」

 俺は彼女の態度に呆れて、何度目かの溜息を吐いてしまう。

 確かにルミは低血圧で朝に弱く、そういったことも原因で不登校少女である。しかしそれでは社会に通用しないので、俺がこうして強引に起こしに来ているというわけだ。

「今日休日でしょ……? だったら、なおさら起きる必要ないよ……睡眠は人間の三大欲求の一つなんだよ……眠ることは人間の本能なの……だから寝かせて」

「寝過ぎたら体調崩すぞ。それに規則正しい生活が、精神と肉体に健全さをもたらすんだ。少しでも早く起きる練習して、一日でも学校に行ってみたらどうだ?」

 俺の言葉を聞きたくないとの意思表示か、ルミは布団をかぶったまま寝返りを打って、反対側を向いてしまう。

「学校は人類が生み出した史上最悪の収容施設だよ……みんな同じような格好させられて、同じような単位に切り揃えられる……あたしのように創造性に溢れた優秀な人材には不要な場所なの……教育は洗脳なのだぁ……」

 彼女の持論を展開されて、しかし俺は言い返すことにした。

「確かに教育は洗脳の一種だが、社会活動をする上では重要なステップの一つだ。教育のパラドックスって言葉、お前なら知ってるだろ? 最低限の知識を付けないと、社会生活は送れないんだ」

「むぅ……施政者の詭弁だぁ……人は本質的に自由であるべきだよ。だから教育という言葉を使うなら、各国家に依らない多角的な指導を取り入れるべきだぁ……歴史は時代の勝利者によって書き換えられるからねぇ……ぐぅ……」

 そのままいびきをかき始めたルミに、流石にこれ以上口論を続ける気はなくなった。俺は彼女の掛け布団を両手で掴むと、何の迷いもなくその布団をひっくり返す。

 掛け布団とゲーム雑誌が宙を舞って、地雷原に舞い落ちる。そしてベッドの隣にあった小窓のカーテンを開け放ち、自然の陽光を室内に取り入れた。

 突然、強烈な朝日に網膜がやられたのか、布団を剥ぎ取られたルミは目を押さえてもんどり打つ。

「ぐわぁ……家庭内暴力だぁ! 日照権の侵害だぁ! 消費者庁に訴えてやる!」

 途中から寝ぼけてかわけのわからないことを口走っていたが、ここまですればルミとはいえ起き出すだろう。

 俺はベッドの上で暴れるルミを後ろ手に、再度地雷原に足を踏み入れる。特に空き缶の類が危険だったが、何とか踏まずに部屋の入り口まで到達した。

「早く起きて来いよ。朝飯はお前の好きなチーズ入りオムレツにしてやるから」

 それだけ捨て台詞として残してやると、俺は部屋を出て、キッチンのある一階へ向かった。


 顔を洗って歯を磨き、俺は取り敢えずの朝支度を完了させた。

 昨日の疲れがまだ残っているのか、欠伸が何度も出て止まらないが、それを無視してキッチンに入る。ルミは基本的に料理の類は一切できないので(前にやらせてみたが、生卵を電子レンジで温めて爆破したため、二度と料理はさせないことにした)、俺が担当するしかない。今は専業主夫も増えてきているので、男であっても料理はできた方が身のためでもある。

 俺は手早く料理の準備を整えて、取り敢えず作り始めることにした。メニューは白飯と味噌汁、サラダと、先ほどルミと約束してしまったチーズインオムレツだ。

 二人分の分量は身に染みついてしまっているので、作業自体は一瞬で終わる。慣れてしまえば朝飯前、というわけだ。俺が白米を茶碗によそっていると二階から足音が聞こえてきて、まもなくリビングにルミが現れた。

「おはよう。目、醒めたか?」

 彼女はまだ眠そうで両目をぐしぐしこすっていたが、曖昧な返事だけは寄越してくれた。

「顔洗ってこい。もうできたから」

 ルミは俺の言葉に頷いて、たどたどしい動きで洗面所に向かっていった。


 ルミが食卓につく頃には、二人分の朝飯の配膳は終了していた。

 ルミは顔を洗って少しだけ目を醒ましたようで、まだぼんやりとしていたものの先ほどよりはしっかりとした動きで箸を手にする。

「うわぁ、オムレツだ! 良いことでもあったの?」

「さっき言ったろ。作ってやるから降りて来いって」

 そんなこと言ってたっけ、と疑問符を浮かべるルミに微笑ましさを感じながら、俺たちは手を合わせた。

「いただきます」

 そう呟いて、食事を開始する。

 俺は長年(と言っても十九年しか生きてないが)の癖で恐ろしく食事のペースが速いので、あっという間に朝飯を平らげてしまう。反面、ルミは食が細い上にローペースだ。兄妹なのに俺たちはあんまり似ていなかったが、その違いが面白い。俺は早々に食べ終わって箸を置き、ルミの食事風景を横目で眺めていた。

 なんとなく暇になって、俺はテレビの方に顔を向ける。

「テレビ、七チャン表示」

 そう短く告げると、テレビの音声認識機能が俺の言葉を読み取って、指示したチャンネルを表示してくれる。一昔前はこのような機能を搭載しているテレビなど極小数であったが、今となっては標準装備されている機能だ。

 俺はぼんやりとテレビを眺めた。番組はニュースを放送していて、陸上自衛隊の練馬駐屯地にある武器庫が爆破されたと報道している。爆破、と表記されているように、武器庫は事故ではなく、故意に破壊されたらしい。基地内の監視カメラに不審者が映っていたことから、こいつが容疑者だと囁かれているようだ。

 まぁ、その容疑者とは言うまでもなく、俺であるのだが。

 俺はテレビをボーっと眺めながら、昨日の任務後を回想していた。

 駐屯地の武器庫を爆破し終わった俺は、その後自宅に帰還する必要があった。

 しかし監視カメラに頻繁に映ってしまっては、自分が現場付近に居合わせたと疑われてしまうので、カメラから隠れつつ進まなければならない。

 だが現場付近から離れてしまえばカメラに映っても問題ないので、とにかく住宅街を抜けることが先決だった。

 幸い俺は恐らく住宅街の監視カメラに一度たりとも映らず、その場から抜け出すことに成功する。街に出てしまえば普通に動いても平気なので、俺は繁華街に到着してようやくその身を晒すことを許されたのだった。

 俺はその後電車に乗って最寄りまで戻り、その後徒歩で自宅まで帰還した。家は世田谷区の一等地であり、この日本で安全であると一応断言することができる数少ない場所にある。

 俺が家の鍵を開けると、ルミが出迎えてくれた。彼女は俺がちゃんと家まで帰ってくるのをいつも待っていてくれる。それは俺たちの両親が二度と帰って来なかったことに由来するのであろうが、話が長くなるので割愛しよう。

 そんなこんなで帰還した俺は、疲れからシャワーを浴びてすぐ眠りについた。しかしルミの方は依頼人クライアントに仕事の完了報告を行う必要があるため(ついでに遊ぶために)夜更かししたようだったが。

 俺はニュースを垂れ流すテレビから顔を背けて、未だに食事を続けているルミの方に顔を向けた。

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