表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛してるを歌にして  作者: 柚月 ぱど
7/29

第一部 稀代のテロリスト 6

「爆薬を設置する。視覚情報で設置位置と個数はわかるか?」

 爆薬を設置するうえで大事なのは、量を間違えないことだ。今回の場合多いことには問題ないが、少ないと武装の破壊がままならないので問題となる。しかし余計に爆薬を使うことはこれまたコスト的に勿体ないので、やはり適正量のみを使用する必要があった。

 ルミは俺が転送し続けている視覚情報を吟味しているのか、少しだけ唸る。しかし殆ど待つことなく、爆薬の個数と設置場所を教えてくれた。

 俺はもう人目を気にすることはないので、素早い動作で爆薬を設置していく。今回持ってきたのはC4爆薬にルミが改良を加えたもので、爆発力が既存のものより上昇している。だから少ない個数であっても、武器庫を破壊することは難しくない。もちろん遠隔起爆型であり、武器庫から離れて起爆することができる。

 設置自体はそこまで時間はかからず、ものの五分くらいで完了した。後はこの場所から離れて起爆するだけだ。

「これで問題ないか?」

『うん。量も場所も間違いないはずだよ』

 一応ルミに確認だけ取って、俺は武器庫から離れることにした。なるべく離れて起爆したいところだが、離れすぎても信号が届かなくなるので、距離は考えておく必要がある。

 俺はもうこの場所に用はないと、武器庫から去ろうとした。しかしあるものが目に留まって、俺はそちらの方に寄っていく。

『どうしたの、お兄ちゃん?』

 ルミが尋ねてくる中、俺は武器庫の端に設置されてある棚から、書類をいくつか抜き取っていた。

「こういうのも基本的には機密情報だろ? 売れば資金になる」

 俺たちは基本的に何の支援も受けずにテロ行為を行っている。もちろん依頼人クライアントの任務をこなせばそれだけで大金が手に入るが、それでもやはり資金不足に陥ることもあった。だからこのような自衛隊の機密情報を奪っておけば、換金して資金にすることができるのだ。

 書類の束を漁って、目ぼしいものを探っていると、ルミは小さく溜息を吐いた。

『まぁ、資金はあった方が良いけど……下手なことして気付かれないでね?』

「わかってる。お、これは何かの計画書か――?」

 俺はホッチキスで止められた紙媒体の計画書らしきものを見つけて、中を見てみる。それは何かの作戦概要のようで、恐らく機密保持の観点からオンラインベースじゃなくて紙出ししたのだろう。その計画書にはAI制御の無人兵器らしきものを自衛隊に導入する、という大筋そのようなことが書かれていた。

 ルミも俺の視界にリンクしているので、興味深そうに息を吐く。

『完全無人兵器かぁ。確かに車とかはもう自動運転が普通だけど、兵器にそんな器用なことできるのかなぁ?』

「さぁな。まぁ計画書ってだけだから、反故になる可能性もあるんだろうけど。それで、計画名は、っと――」

 俺はこの完全無人兵器の計画書の作戦名を見て、書類を全て取り落とした。

 何故俺が紙束を取り落としたのか、俺と視界を共有していたルミにもわかったらしい。

『――お兄ちゃん。違うよ。きっと違う。偶然だと思うから、落ち着いて』

 偶然。そんな言葉で片づけられるのだろうか。俺は無言で書類を拾い直して、その作戦名をもう一度視覚に焼き付けた。


“Operation: Agnes”


アニェス作戦。計画書には、そのように記されていた。

 この名前を俺はこの五年間、一度たりとも忘れたことはない。

 アニェス。俺の隣を歩いていた少女。もうこの世にはいない――死んでしまった女の子。

 その彼女の名前が、どうしてここに。偶然だとルミは言う。確かにその可能性は極めて高い。しかし俺は、どうしても極小の可能性を捨てきれずにいた。

 彼女が生きている。今もどこかで暮らしている。そんなことが、ありえるのだろうか。でも俺は、どこかで信じ続けていた。彼女が生きていることを。どこかで元気に暮らしていることを。

 だってアニェスは、たまに会いに来てくれるから――

『お兄ちゃん!』

 ルミの叫びで、俺は自意識を取り戻した。HUDに表示されているルミのライブ映像に恐る恐る目をやる。彼女は唇を噛み締めながら、こちらを見つめていた。

『――偶然だよ。わかってるよね、お兄ちゃん?』

 念押しのような彼女の声に、俺は曖昧に返事をすることしかできない。

 しかし、ここで止まっているわけにはいかなかった。早いところ爆薬を起爆して、基地内から脱出する必要がある。

 俺はアニェス計画と書かれた書類を持ち出そうとして、やめた。きっと持って帰ったところで、ルミに哀しい顔をさせるだけだろう。実の妹の哀しむ顔なんて、見たくないのが当たり前だ。だから書類は元あった場所に戻すことにした。

 俺は書類を戻し終えると、すぐさま武器庫の出入り口の方へ移動して、扉を開けて外に出る。すぐに涼しい夜風が出迎えるが、気持ちよさを楽しんでいる場合ではない。

『どう脱出するつもり?』

「起爆すれば、この基地はしばらくだが混乱に陥るだろう。監視の目も一瞬だけど緩むはずだ。その隙に脱出する」

 時間をかければ退路を封鎖されて脱出不可能になることが予想されたので、迅速にことを運ぶ必要があった。

 俺は武器庫の周囲を見渡して、演習場の奥の方から脱出できそうなことに気が付く。演習場の端はフェンスで囲われているが、一瞬なら監視の目を気にせず逃げ出せるだろう。

 俺は腹を決めて、爆薬の起爆装置を持ち出した。これのスイッチを押せば、武器庫は木っ端微塵に吹き飛ぶはずだ。

 武器庫から、爆薬に信号が届くギリギリの距離まで移動する。下手に近づいていると、爆発の巻き添えを喰らってしまうからだ。ここまで離れれば大丈夫であろうが、耳は塞いでおいた方が良いだろう。

 俺は起爆装置に手をかけて、両耳を手と肩で塞ぐ。もうボタンを押すだけで、起爆は完了だ。

 しかし俺の脳裏に、あの計画書がよぎった。ルミのことを考えて放置してきたが、実を言うと持ち出したかった。あの書類がアニェスに繋がっているとは考えにくかったが、矮小な可能性であっても、俺は信じていたかった。

 だけどここまで来てしまったので、もう戻ることはできない。俺は静かに唇を噛んで、仕事を終わらせることにした。

 指先がボタンに触れて、遊びの部分を通過し、電気信号を爆薬に伝える。

 それと同時に武器庫で大規模な爆発が発生して、破壊的な衝撃波がこちらまで届けられた。

 しかし、のんびりしている暇はない。すぐに基地内が爆発に勘付くだろう。すぐさま脱出する必要があった。

『おにーちゃん、バレないうちにそこから脱出して!』

 ルミの声に頷いて、俺はカメラを気にせず全力疾走を始める。

 爆発が感知される今、侵入者の情報は知れ渡るのでもう隠れている必要はない。最低限顔を隠していれば問題はないはずだ。

 演習場の端を突っ切って、俺は駐屯地の切れ目であるフェンスを目指した。しかし走っている間に基地内にサイレンが鳴り響き始めて、緊急事態を隊員たちに伝えている。

 俺はすぐにフェンスに到着して、それに登ろうと飛びつく。監視カメラの存在があったが、この緊急事態で暢気に監視カメラの映像を確認している奴はいないだろう。

 俺はフェンスによじ登って、反対側、住宅街の方へ飛び降りる。そして、間髪入れずに走りだした。

 この先は普通に住宅地なので、あまり監視カメラの類は設置されていないはずだ。だから、たまに置かれているカメラに映らないようにだけ気を付けて、どんどん前に進んでいく。

 しかし俺は今、血の付いた作業服を着ているので、下手に目撃されるわけにはいかない。住民たちに目撃されれば、それだけで俺の情報が相手側に渡ってしまう。流石にすぐさま素性が判明することはないだろうが、避けるに越したことはない。

 そういうことで、俺は一時的に隠れることができる路地裏を探しながら走っていた。しかし幸運なことに、隠れるのに最適そうな細道を発見することができる。

 俺はすかさずその細道に入り込んで、背後から追手が来ていないか確認した。だけど追跡の類はまだ行われていないようで、人っ子一人いない。

 少しだけ安堵して、俺は路地裏の壁に寄りかかる。張り詰めていた緊張感というものが、一気に緩んでいくのを感じた。

『もう大丈夫かな?』

 ルミが心配そうにそう尋ねてくる。もう一度路地裏の入り口の方を確認してみるが、やはり追手はいないようだった。

「多分大丈夫だろう。ちょっと着替えて、証拠品を捨てるか」

 奪った作業着を着たまま、自宅に戻るわけにはいかない。これは証拠品になってしまうし、もし持ち帰って警察が家に来た場合は、言い逃れをすることができないからだ。まぁ、自宅には潜入用の装備品が大量に残っているため、どっちにしろ言い逃れはできないのだが、証拠は隠滅するに限る。

 俺は圧縮袋に詰めていた普段着を取り出して、血の付いた作業服とフェイスパックを脱ぎ捨てた。一応、作業着を触る際は指紋を付けないように気を使っていたので、証拠が残ってしまうことは避けられるだろう。しかし作業着はどこかに捨てなければならない。少し周りを見渡して、ちょうど良い具合にごみ箱があったので、そこに放り込んだ。フェイスパックは捨てるわけにはいかないので、ウエストバッグに詰めて持ち帰ることにする。

 俺は着替えを終えて、路地裏から表通りに出た。駐屯地の様子が少し気になったのだ。

 練馬駐屯地の方を見てみると、大きな火の手が上がっていて、大量の煙が立ち上っていた。爆発はかなり大規模なものだったようで、恐らく武器庫は全焼しただろう。

『任務達成だね、おにーちゃん』

 俺はしばらく燃え上がる武器庫の方を眺めて、曖昧な返事をする。しかし俺は内心で、別のことを考えていた。

 今回の任務上で、一人の人間を殺してしまった。他にも、国防に必要となる自衛隊の戦力を一部破壊した。別にそれは作戦遂行上致し方ない犠牲であったが、それでも俺は考えてしまう。

 きっと彼女が今の俺を見たら、とても哀しい顔をするだろうな。平和を愛し歌を愛し、慈愛に満ちていたあの女の子。俺が復讐のためにこうやって戦っているとしても、決して喜ばないだろう。

 それでも、俺は戦いに身を投じてしまう。きっと、これは醜い自己満足なんだろう。わかってる。わかっている。だけど、俺は武器を手に取って戦うのだ。

 こんなことしたって、彼女には会えないというのに。










   『愛してるを歌にして』









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ