表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛してるを歌にして  作者: 柚月 ぱど
4/29

第一部 稀代のテロリスト 3

 この施設はやはり搬入や運搬がメインの機能になっているのか、それ以外の機能は殆ど割愛しているようであった。つまり作業員などが休む場所などが存在せず、俺が今通っている道自体もコンクリ剥き出しで最低限の予算で建築されたことが垣間見える。まぁシンプルな方が侵入自体はしやすいので問題はないが、その分見つかった時に隠れづらいというのはあった。しかし当然ながら見つかる気はないので、より一層気を引き締めて目の前の動きに意識を向ける。

 しばらく細道を進んでみたが、職員などとの接触は一回もなかった。まぁこの裏口自体があまり使われていないようでもあったので、この細道を利用する人がそもそもいないのかもしれない。というか最近の輸送運搬などに限れば、殆どAI制御が確立しているし、人手など要らないのかもしれなかった。しかし気を緩めると予想外の遭遇に対応できない場合があるので、意識はしっかり保ったまま進む。だけどやっぱり一回も人間と遭遇することなく、僕は倉庫施設の入り口に到着してしまった。

 ナビは、この扉の先が巨大な倉庫に繋がっていることを示している。ここから先は間違いなく人間が存在するので、誰一人にも俺の存在を露見させるわけにはいかない。

 俺は小さく息を吐いて、少しだけ扉を開けて奥を確認した。しかしもう八時をとうに過ぎているからか、あまり作業音というものは聞こえてこない。しかし音がしないわけではないので、当然ながら作業を行っている人間(もしくは機械が)いるようだった。

『ナビ通りに進めば、目的のトラックに辿り着けるはずだから。あたしの情報は正しさが売りだからね』

「ハイハイ、頼りにしてますよ」

 軽口を叩きながら、俺は扉に自分の身体を滑り込ませて、倉庫施設に侵入する。

 倉庫はやはり天井が高い上に巨大で、閉所が落ち着く自分としては空間的な恐怖心が拭えない。見た限り荷物の搬入などの作業を行っている職員や機械もごく小数だがいるようで、普段着で侵入している俺は見つかるわけにはいかない。それなら作業員の服を奪えという話だが、こういうデリケートな任務である以上、できるだけ自分の痕跡というのは消さなければならない。作業員を一人捕まえて服を奪い取ることも可能ではあったが、それを行えば後に自分の侵入が発覚する。まぁ最終目的が爆破ということもあって俺の存在がバレることは避けられないと言えばそれまでだが、自分の身を守るためにも、むやみに証拠を残さないことが重要だ。だからできる限り、その場にいる人間に接触するのは避けるべきだった。

 俺は集められた荷物に身を隠しながら、ナビのデータと目視の情報をすり合わせて、徐々に目的地に向けて進んでいく。こういう隠密行動は経験がなければどう動けばいいかわからなくなる人間は多いが、今回の場合は作業員の動きさえ観察していれば、監視カメラがないので行動自体はかなり楽な部類だ。作業員も基本的に規則的な動きしかしないし、作業を行っている機械もプログラム通りの行動しかとらない。だからパターンさえ把握してしまえば、そこまで警戒しなくても任務の遂行は簡単であった。

 作業員もAI制御の貨物ロボットができない細かな作業だけを行うので、頭数自体がかなり少ない。目的のトラックに到達するまでに数人しか遭遇しないことが予想された。作業員とロボット、彼らのパターンを脳内で解析しながら進んでいくと、前方に一台のトラックが見え始めた。物陰に隠れながらナンバープレートを確認すると、ルミが調べてきた目標のトラックであることが判明する。このトラックは軍事的な装備品を輸送するので、他の運送手順とは異なるルートで運用されているようだった。だから無防備に外へ並べてあったトラックとは異なり、防犯上の観点から、倉庫の内部で荷物の出し入れを行っているのだろう。目標のトラックの周囲を見回してみるが、集荷自体はもう既に終了しているようで、荷台は閉じられていた。ついでに周りに人影はなく、本当に出荷直前という感じである。

『どうするの、おにーちゃん? もう閉められてて、中に入れないよ。――ここを出発するのは八時半だから、あんまり時間もないけど』

 俺は物陰から顔だけを出して再度トラックの様子を見てみるが、誰かがもう一度やってきて荷台を開いてくれるといったこともなさそうだ。

「じゃあ、自分で開けるしかないな」

 荷物の搬入中に紛れ込む算段であったが、積載が終わってしまっているのなら仕方ない。荷台に侵入すること自体はなんら問題ないが、危険なのは荷台のロックを外側から占めることができないので、扉が開けっぱなしになってしまうことだった。誰かが違和感を持って荷台を調べようものなら、間違いなく発見されてしまう。それだけが少し問題だ。まぁ流石にそこまで慎重に中を探ろうとはしないだろうが、可能性の一つとしての話だ。こういう任務を行っている以上、矮小な確率であっても、確率という数値として存在している以上は、多少考慮しなければならない。その小さな可能性が積もり積もって、自分の首を絞めてしまうことだってあるのだ。

 しかし長考している余裕はなかった。俺は横目でHUDの時間表示を見やる。現在時刻は午後八時二十五分。ルミの事前情報によると、このトラックの出立時間は八時半なので、早いところ紛れ込まないと駐屯地への侵入手段を失ってしまう。そうなれば基地に直接潜入を行わなければならないわけで、そうなれば任務は失敗の確率が跳ねあがる。駐屯地外周の監視網を度外視できるこの侵入方法を採らなければ、そもそも基地への潜入など机上の空論なのだ。

 俺はこの際、思考することを放棄した。潜入工作という任務を行っている以上、身体よりも脳を動かす方が生還確率は高いのだが、時と場合によっては、天に命運を預けて行動を起こさねばならないこともある。昔から言われているように、賞金稼ぎという職業には運というステータスが最も重要視されるという。どんなに人智を尽くしても、天命に裏切られては任務の達成は困難なのだ。まぁ俺は賞金稼ぎ、あの一匹狼のような仕事をしているわけではないが、潜入工作という観点で言えば似ていると言えた。あのロ一匹狼も暗殺を生業としていたようだし、こういった隠密作戦では運が最重要視されるのだ。だからタイミングによっては賭けに出る必要がある。そのギャンブルで勝利してこそ、俺たちは本当に職務を全うしていると言えるのだから。

 俺は素早く物陰から身体を出して、中腰になったまま目標のトラックに接近した。作業員とAI作業ロボットの死角に入り込むように動いていたので、俺の行動が発覚することはない。すぐさまトラックに到着して、俺は荷台のロック解除を始める。

 荷台のロックと言っても、これは昔のトラックの荷台と大差ない。レバーのような突起を捻って、ロックを外すのだ。最近では電子ロック式の荷台も開発されたようだが、深く染みついた運送という伝統に電子ロックは馴染まないようであった。開発はされたものの、普及はしていないらしい。高度に電子化したと言えど、人間は深層に根付いた感覚というものをそう簡単には振り払えないのだ。特に長年のルーチンとして行っていたことが、他の要素で邪魔されようものなら、作業効率が低下するのは理解できると思う。人は適用力を自らの武器として進化してきたが、変わりたくないモノだってある。それと同じことが、荷台の電子ロックにも言えるだろう。

 俺は荷台のロックを冷静に解除して、扉を開く。荷台は多くの物品で埋まっているが、俺一人くらいなら隠れてもバレなさそうだった。俺は静かに内部へ入り込むと、内側から扉を閉める。人が荷台に入ることを想定されていないから、内側から扉にロックをかけることはできない。取り敢えず形だけ扉を閉めて、俺は荷台の奥の方へ進んだ。

 コンタクトレンズの光量調節機能がフルに稼働して、殆ど光の無い状態でも周りの様子がギリギリ確認できるくらいに集光を行ってくれる。見た限りこのトラックが駐屯地に輸送するのは大型の電子機械のようで、佐倉重工という名前は付いているものの、そういった細かい機械の製造も行っているようだ。後は異変に気付いて作業員が荷台を内検しないことを祈るだけだが、取り敢えず隠れておこう。俺は荷台の一番奥の物陰にしゃがみ込んで、静かに待機していることにした。

『一応、外の人たちにはバレなかったね。この後も荷台の確認とかないと良いんだけど』

「そうだな。まぁ、流石に大丈夫だと思うぞ。自衛隊への物資輸送だし、下手に遅れるような真似はしないだろ」

『だと良いんだけどね』

 あんまり声を出すと異音だと思われかねないから、声は非常に小さく抑えている。と言っても運転を行うのもAIなので、基本的にはバレる心配もない。昔とは違って、このような怠い待機の時間でも、ルミと会話することで暇を潰すことができる。一昔前までは単独で潜入を行っていたと思うと、今はだいぶ恵まれていると思えた。

『と言うか、佐倉重工って大企業だよね? こんなずさんな管理でよく不祥事とか起こさないよね』

「まぁ、大企業にでもなれば、コストというのが目の上のたんこぶになる。不必要だと判断した場所は即座に切り捨てるのが普通だ」

『でも、こうやってあたしたちみたいな人たちに潜入されちゃったら、企業としてはダメダメだよね』

「物事結果論だからな。管理が行き届いていなくても、ボロを出さなきゃ優秀だと判断される。いくら丁寧に管理したところで、問題一つ起こせば信用はガタ落ちだ。世の中そう平等にはできていないのさ」

『うーん。なんか、そういうのイヤだね。結果論って、人の頑張りを無視する行為だと思うんだ』

「お前こそ、結果論が全てだと思ってるんじゃないか? 俺だって、いくら慎重に潜入しているとはいえ、不意の接触でバレたらお終いだ。いくら注意しているからって、見逃してもらえるわけじゃない」

『わかってる。あたしも成果だけで言えば結果が全てだと思うよ。だけどさ、――あんまり通ってないけど、学校だと頑張るのが大事って教わるらしいけど。失敗を恐れないことが、一番重要なんだって』

「それは子どもだからだな。子どものうちにたくさん失敗しておくのさ。大人になったら失敗は許されないし、過程で評価はもらえない。俺たちはまだ子どもだけど、失敗はできない。結果論に違和感を覚えるのは当然だな」

 そうだ。俺たちは子どもだけど、大人の戦いに首を突っ込んでいる。だから子どもにありながら、失敗は許されない。でも心はまだ子どもだから、結果論というものに懐疑心を感じる。俺は思った。今、世の中にいる少年兵というものは、どんな気持ちで戦っているんだろう。大人の道具にされて、大人の言いなりになって戦って。それで死ぬかもしれないのに、生きるためには戦うしかない。子どもが武器を持って戦うというのは、そういうことだ。俺は少年兵ではないが、似たように武器を持って戦っている。そうさせたのはこの国だ。子どもに、武器を持たせた。数十年前はそんなこと考えられなかっただろうが、今、俺たちは武器を手に戦っている。この国に復讐するために――。

 そこまで考えて、胸の内に青く煌めく炎が湧き上がるのを感じた。これは――義憤と復讐心がごちゃごちゃに混ざり合った、そんな感情。俺はこの感情、この火の渇きを頼りに今まで戦ってきた。全ては、この国に一矢報いるために。でもわかっている。そんなことをしたって、彼女は喜ばないこと。人を傷つけることを何よりも嫌っていた彼女が、胸を痛めるということも。だけど、俺は止まれない。この内に溜まった獣性というものを発散しなければ、胸の内から裂けてしまいそうなのだ。だから今まで戦ってきた。だから今まで、俺は武器を手に取ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ