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黒力士サーガ  作者: Oshi
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闇に囁くもの

本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

「黒力士 其の一 闇に囁くもの」

 

 薄暗い理事長室の中、付けたままのTVががなりたてる。沖津風親方逮捕のテロップが画面を覆いつくすのを滝の湖は黙って眺め続けた。外に出れば報道陣に取り囲まれ質問攻めにあうのは目に見えている、今の状態で平静を保ったまま答えられるとは思えない。

 整頓され無駄な物は一切無い執務机の上で、写真立てだけが微かなTVの光を反射していた。収められた写真の中では青年の日の自分と沖津風が笑っている。涙でぼやけるセピア色の写真は容易に過去へと意識を連れて行った。

 

 滝の湖が相撲部屋の戸を叩いたのは高度経済成長期真っ只中である。田舎から上京したばかりの、でかい図体しか取柄のない少年には成功の道はそれしかなかった。そこで、故郷では悪ガキとして好き放題振舞っていた彼を待ち受けていたのは、かわいがりという名の先輩力士からの集団暴力だった。

 当時の相撲人気は鰻上りで門下生も多く文句を言おうものなら放り出された時代だった。その事がしごきをより激化させていた。骨が折れても医者に診せることなど適わず痛みに耐えたまま黙って寝込むことしか出来なかった。やがて一人、二人と同門が去っていく中、滝の湖は地獄に耐え続けた。殺人すら黙認される地獄だとしても何も持たない貧農の倅に他に行く場所など無かったからだ。

 そうして数年が過ぎ部屋での地位も確立し地方巡業に出られるようになった頃、彼は沖津風に出会った。

 

 終戦直後からの復興と共に表には出ない暴力の戦後史が始まった。闇市を舞台に、不逞外国人共と復員兵を中心に組織された暴力団の間で血で血を洗う抗争が繰り返されたのである。

 そこでヤクザ達は相撲取りに目を付けた。国技であることから早々に相撲協会が再開されており、血気盛んな若者達が集まっていた集団は格好の暴力装置だったのだ。暴力団と各相撲部屋は手を組み、巡業の資金援助と引き換えに抗争があると力士を貸し出す協定が闇の奥深くで結ばれた。時を経るにつれその繋がりはますます深まり両者の境界は曖昧になっていった。

 やがて一般人相手の露出が増えてきた頃、相撲協会は自身の暗部の隠蔽を画策し組織を二つのセクションに分けた。表舞台に出る通常の力士と汚れ仕事を担う黒力士に。

 

 初めて会った時の沖津風は黒力士として東北の地元有力者の元に派遣され、新興の組を潰している最中だった。近くでの興行に出場していた滝の湖はその補助として警察方面への対応といった裏方的な処理を手伝うよう親方に言われていた。事務能力に長けていることを見越されての登用だろう。彼は相撲の腕よりも部屋運営の手腕を買われていた。しばらく二人で共に行動したが滝の湖にとっては、驚かされることの連続だった。沖津風は体格こそ力士の中でも小さい部類だったが、恐ろしいまでの腕力を授かっていた。湯にでも浸かるように気楽に出かけたかと思うと敵方のチンピラを十数人まとめて叩きのめし息も乱さず帰って来たものだ。

 また、この男は笑うとひどく人懐こい笑顔を浮かべた。その生き様に滝の湖は魅せられた。

 次に会った時は学生運動の渦中だった。日米安保問題で世間が揺れており公安が表立って動けない状況にあった。そこで非公式な形で相撲協会に打診があったのだ。グレーに位置する黒力士は国家にとっても動かし易いコマだったのだろう。

 幾つかに細分化した過激派の実態は公安も掴みきれておらず一つ一つを滝の湖が探り出し沖津風率いる黒力士達が壊滅させていった。学園祭気分が抜けない餓鬼共の尻拭いを、まともな教育を受けられなかった自分達がさせられるとは皮肉な物だと自嘲気味に笑いあった。

 この期に二人は親交を深めた。安酒屋で沖津風が身の上話を聞かせてきたことには彼もまた困窮農家の倅だった。村相撲の際に威張り腐った地主の息子を投げ飛ばしたのを契機に相撲の暴力性に魅了されたのだと言う。スポットライトが当たる場所で活躍することは出来ないがいつか自分の部屋を持ちたいと語る彼の目はまるで子供のように輝いていた。

 その後もプロレス団体との抗争の際など何度も共に働き友情を深めていった。気付けば、いつしか互いに組織の中枢を担うようになり、その意思決定にも参加するようになっていた。昔見た夢が叶うのも時間の問題だった。

 だが時代は変わり輝かしい日々は過ぎた。

 力士志願者が急減し角界も大半を外国人力士に頼らざるを得なくなってきた。生き残る為には伝統芸能としての色彩を強めていくしかない。過去の繋がりから表沙汰にはしないものの、公安からヤクザ稼業から手を引くよう警告を受けていた。必然的に黒力士も解散しなければならない。だが沖津風は最後まで相撲の持つ暴力性を捨て去ろうとはしなかった。彼は厄介払いとばかりに部屋を与えられ協会から孤立した。最後に、理事長として表舞台に立つようになっていた滝の湖が説得にあたったが、意見は平行線を辿り二度と道が交わることはないと予感させた。

 外部への繋がりを遮断した沖津風部屋は先鋭化していった。それは、そこだけが時代の流れと闘っているようだった。結果、純化した思想は暴走を始め多くの死傷者が出てしまった。最早部屋の存続も危ういだろう。

 

 沖津風は誰よりも相撲を愛していただけだった。そのことを一番に知っているからこそ、滝の湖は悲しくて仕方なかった。

 何かを間違えたのは分かるが何を間違えたのかが分からない。ただ相撲がとりたかっただけなのに、社会という土俵は広すぎて上手く立ち会ったつもりでも黒星ばかりが付いてしまった。

 写真立てを倒すと涙を拭い席を立つ。だが、まだ自分の立会いは終わっていない。熱い思いが滝の湖を突き動かしていた。どんな時も沖津風は試合を投げたりしなかった、ならば、自分だけ土俵を降りるわけにはいかない。

 外に出るドアに手をかける、一瞬逡巡する思いに足が止まる。ふと背中を押す手を感じた。自然と笑みが零れる。そのまま勢いよく扉を開いた。

[完]

実は壮大な「黒力士ワールド」の構想が…

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