昔話
高校の卒業式の帰り道。将来への展望もなく、普通の会社に就職し、4月から働くことになっていた。やりたいこともなく、欲しいものもない。ただ社会の歯車の一つとなって生き続けるんだろうな。そう漠然と思っていた。
ボーっとしながら歩いていると・・・
「其方が勇者か」
「へ?」
威厳のある低音ボイスが聞こえる。ふと見上げると、白い口髭を生やしたいかにも王様と言ういで立ちの人が、大きな椅子に座っていた。
周りを見渡すと、映画やアニメで見たことのあるような謁見の間だった。
あれ?なんで?普通に帰り道を歩いてただけなのに・・・。
王様(仮)は椅子から降り、自分の前まで歩いてき、頭を下げる。
「すまない・・・他の世界で生きている其方に、こんなことをお願いするのは烏滸がましいとはわかっている。しかし・・・このままでは、この世界は終わるのだ」
「はぁ・・いや、何のこと?」
正直パニックである。右も左もわからないどころか、上も下もわからない。自分が立ってるのかすらわからない。
「異世界からの来訪者である勇者よ。どうか魔王を倒し、この世界を救ってほしい」
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「あの時はパニックじゃったのぉ・・・1週間ほど寝込んだか。その後説明を受け、わしは即旅に出たんじゃよな・・・この世界を見るために・・・魔王とは倒すべきものなのかを確かめに・・・」
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そうして約5年ほど放浪し、剣の腕を上げ、討伐すべきだと判断した魔王の討伐に向かう。
勇者なんて名ばかりだった、たった一つだけ与えられたスキルである『不屈』。これだけを頼りに、強大な敵を倒しに行かなくてはいかないのだ。
聖剣なんてものもない。
チートもない。
魔法も適性がなく使えない。
ただ一つ。
心が折れない限り負けはない。
そんな精神論的な謎のスキルで、一年かけて魔王を討伐した。
共に討伐に向かった仲間たちの八割は帰らぬ人になった。
心身ともに疲弊したわしは、王様からの褒章を全て辞退した。貴族位にたくさんの嫁。土地に家に使いきれないほどの金。全てを固辞し、誰もいない山奥での生活を始めた。
のどか・・・と言うには魔物の多い山で自給自足の生活を送り、心の傷が癒えてきたころ、ふとものすごい孤独感に苛まれる。
人生の半分ほどを、この山で過ごしてきた野生児に、嫁や友達がいるはずもなく・・・。
「はぁ・・・寂しい・・・嫁さんの一人くらいはもらっとけばよかったかも・・・」
人に会いたかった。別に喋れなくてもいい。誰かに会いたかった。そんな理由で、20年ぶりに人里に降りる決意をした。
昔冒険者家業をしていた頃の貯金をすべて持ち、風呂に入り、適当な服を着る。そうして1週間ほどかけて、町に向かって歩いた。
久々の町は、特に二十年前と変わらなかった。たくさんの人を見ながら町を歩く。途中、畑でも作ろうと思い、数種類の種を買いつつ、フラフラと歩く。
ふと目に付いた奴隷館。
「奴隷だったら、あんな山奥でも・・・」
そう思い奴隷館に入る。嫁を貰っても、あんな山奥で生活することを、誰が望むだろうか。しかし、奴隷ならば拒否権はなく。どこかで使い潰されるくらいなら・・・。
人一人養うくらいの生活なら余裕で出来るし。
「いらっしゃい。買うのかい?それとも借りるのかい?」
「買いだ」
「どんな奴隷がお望みだ?」
「んー・・・その・・・嫁・・・んー・・・女性がいいな」
「ふむ。若い方がいいのか?生娘の方がいいとか」
「いや、その辺にこだわりはない。捨てられそうな子でもいい」
「そうか・・・ちょっと待って――」
オギャァオギャァと騒がしい声がする。
「ん?赤ん坊でもいるのか?」
「チッ!産んじまったか・・・」
「どういうことだ?」
「ああ・・・娼婦させてる奴隷が孕んじまってな・・・子供なんて育てるのに経費がかさむし、そのまま処分だ。ホントは卸させるつもりだったが・・・母親が拒んじまってな・・・」
「ふむ・・・んじゃあ俺が買おう。母子ともに」
「!?いいのか?」
「安くしてくれると助かるが・・・これで足りるか?」
全財産の入った皮袋を置く。どうせ使い道なんかない。ここで使い切っても痛くもかゆくもないのだ。
「ちょっと足りんが・・・まあいい。付いて来てくれ」
男に付いて行くと、赤ん坊を抱いた女性がいた。
「エルフか・・・」
「あぁ・・・もちろん父親がだれかなんてわからん。それでもいいのか?」
「もちろんだ」
「契約はどうする?母子ともに行うか?母親には契約してもらわないといけないが・・・」
「母親だけでいい。この子には自由に生きてもらいたいからな・・・」
「ご主人様・・・ここは・・・?」
「ん?エルフの森だよ。ここで療養しつつ、その子・・・エルを育ててやってくれ」
「え・・・でも私は奴隷ですし、ご主人様の家がこの辺にあるはずない・・・ですよね?」
各町にある転移門でエルフの森まで転移してきた。転移門は、冒険者カードに登録してある町や都市に転移できる。世界中を旅した俺は、この世界の全ての町や都市に転移できるカードを持っている。
「ここに知り合いがいてさ、っと・・噂をすれば・・・」
タッタッタと走ってくるエルフが一人。緑色に輝く髪を揺らしながら走り、俺の前で止まる。
「カイ!!どうしたのよ?あらあら。老け込んじゃって・・・」
「うっせぇ・・・お前は変わらないな・・・あの時のまま、美しいままだ」
「あらあら嬉しいことを言ってくれちゃって。こんな隻眼のエルフが美しいだなんて」
豊満は体に、目鼻立ちはすらりとしていてまるで芸術品のようだ。
しかし・・・。
「すまねぇな・・・俺が弱かったばかりに・・・」
「何言ってるのよ!これは名誉の負傷よ。私の誇りなの。それに・・・一番傷だらけなのはあなたでしょうに・・・心も・・・体も」
このエルフ・・・リーディアは数少ない魔王討伐隊の生き残りだ。
俺が不甲斐ないせいで、彼女に消えない傷を負わせてしまった・・・。
「ははは・・・そんな事ねぇよ・・・。それより頼みたいことがあってな」
「そんな事って・・・。みんな心配してたのよ・・・いきなり消えるんだもん・・・。んで?頼みって何?私にできる事なら何でもするわよ」
「ん?今なんでも・・・いや、そうじゃないな・・・。この親子を頼みたい。住むところとか、子供が大きくなるまで面倒を見てやってくれないか?」
「あらあら。エルフって子供ができにくいのよ。そんなエルフの子を守るためならお安い御用よ?で?この奴隷さんとはどういう関係なの?まさかあなたの子供!?」
「いやいや、たまたま出産に立ち会って・・・俺が買ったというか・・・あ、ルリエ。こちらエルフの長の娘のリーディア。こっちは奴隷のルリエ、抱いてる赤ん坊がエルだ」
「あ・・・リーディア姫様・・・ルリエです。この子はエル。お・・・お世話になります」
「よろしくねルリエ。エルちゃんもよろしくねー」
リーディアが指を差し出すと、それをギュッと握るエル。
「かわいいいいいー!!!!!!!!ふへへ~」
「そりゃよかった・・・。あとは任せた」
「あら?一緒に住まないの?せっかく買ったんでしょ?」
「んー・・・男と一緒に住んでも落ち着かないだろうしな・・・俺は帰るよ」
「ちょっと待ってください!?私はどうやって貴方の恩義に報いれば・・・別に抱いてもらっても構いません。エルさえ元気に育てられるなら・・・そう言う事も慣れてますし・・・」
「いや、いいよ。なんとなく寂しくて奴隷を買ってみただけだし・・・久々に人に会って、話せただけで十分さ。きっかけをくれてありがとう。リーディアに会えたのも、ルリエがエルを生んでくれたおかげだ。あの時の俺だったら、リーディアの顔をまっすぐ見れなかったしな・・・。割と時間が解決してくれるっていうのも、間違ってなかったんだな」
「カイ・・・」
「リュウコとかメイとかも元気にしてるのかな」
「ふふふ・・・元気よ。あなたが会いに行ったら喜ぶと思うわ」
「気が向いたら出向いてみるよ」
「カイ様。エルが育ったら、カイ様の元へ行ってもよろしいでしょうか?」
「ん?・・・来ても何もないぞ?なにせ山奥の辺境だ。不便だし、俺は魔法も使えないし、毎日生きるだけでいっぱいいっぱいだ。それでも来たいと言うなら・・・」
俺は地図をルリエに手渡す。
「そこが俺の住んでるところだ。道中は魔物が跋扈し、道という道もない。生半可な実力では辿りつけもしないと思うがな」
「待っててください・・・。必ず・・・」
「ははは。期待せず待ってるよ」
そうして、結局有り金はたいて、手に残るものはほとんどなかった。
でも不思議と、心の中にあった寂しさと言うものは消えていた。心のつっかえも取れた気がした。
それから20年後。さすがに毎日魔物を狩りに行く事も出来ず、体の調子のいい日に狩りに出かけ、その肉を貯蔵して食いつないでいた。
「そろそろ魔物に負けて、死ぬかもしれんの・・・弱肉強食。とうとうわしも食われる側か。ははははは」
そう自虐しながら、畑をいじる。不思議と死ぬことは怖くなかった。儂はこの世界でやらなきゃ行けない事をちゃんと達成した。
そしてその後はのんびりとスローライフも満喫した。もう後悔もなければ悔いもない。精いっぱい生きた。
まぁ欲を言えば、嫁さんや、子供なんていればよかったんじゃけどなぁ・・・。まあ贅沢すぎるか。
「カイ様と言うのはあなたで間違いないでしょうか?」
「へ・・・?」
大きなリュックを背負い、メイド服を着た少女。金色の髪を肩ら辺で切りそろえた、可愛い子だった。
突然のことに呆然とし、その青い瞳をぼーっと見つめる。エルフより若干短めの耳は、ハーフエルフか。
「カイ様?ですか?」
「あ・・あぁ。確かにワシの名前はカイじゃが・・・こんな可愛い子・・・はて?こんな辺境まできて、わしに何か用かの?」
「私はエルと申します。お覚えではないでしょうか?」
「エル・・・はて?わしも歳じゃからのぉ・・・気を悪くせんでくれ・・・エル・・エル・・・あっ!?確か・・・ルリエの・・・」
「はい・・・ルリエは私の母です・・・。覚えていらっしゃるのですね・・・こちらが母からの手紙になります」
手紙を受け取り、広げて読む。
『拝啓カイ様へ
20年前の約束通り、エルを育て終わりましたので、そちらにお伺いさせていただきました。リーディア様達の御助力もあり、一通りの教育は済ませてあります。本当は私がカイ様のお傍に侍らせていただきたかったのですが、今ではリーディア様の側近として身軽に動けない身分になってしまいました。
その代わりと言っては何ですが、エルは好きにして構いません。彼女もそれを望んでいるようですし。私が言うのもなんですが、絶世の美少女に育っているかと思います。嫁に迎えていただけると私も安心します。あ・・・もちろん私もカイ様の事を夫だと思っておりますが、愛する夫が娘を嫁にしたいと言っても大丈夫ですよ。血は繋がってませんし。なんならリーディア様とリュウコ様もどうです?メイ様はすでに夫がいらっしゃるのでダメですけどね。リーディア様なんていつまでも伴侶を得ないし、リュウコ様も自分より強くないといけないとかでまだ未婚なんですよ?
リーディア様も竜人のリュウコ様も長命ですし?
あ・・・そういえば獣人族のニャル様がカイ様によろしく言っといてくれと言ってました!メイ様もニャル様も可愛いお子さんがいて、まあエルにはほんのちょっとばかし劣りますけどね!
それからそれから~~~~~~~~~~~~~~~中略~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして最後に・・・。あの時、私とエルを救っていただきありがとうございました。カイ様のお仲間様といろいろお話を聞きました。皆さんを代表して、この手紙に書き記します。
勇者 カイ ナジリ様 この世界を救っていただきありがとうございました。あなた様のおかげで、私たちは幸せに暮らせています。あなたは誰が何と言おうと、この世界を救った救世主なのです。そのことをお忘れなきよう。誇って頂けるよう。よろしくお願いします。
貴方を愛するルリエより』
「まったく・・・年寄は涙もろいんじゃ、貴重な水分を無駄にさせないで欲しいもんじゃの・・・」
「カイ様。これから末永くよろしくお願いしますね」
「いや、わしはもう歳じゃし、もうじきに死ぬからな?」
「そんな悲しいこと言わないでください・・・私がもっと早く・・・」
「ははははは!泣きそうな顔をするでないわ。まだ儂は死なんよ。こんな可愛い娘に悲しい顔をさせる訳にも行かん。頑張って生きるさ!」
「娘・・・はい」
そうして儂は、齢60にして、奇縁な娘との共同生活を始めたのだった。