なろう作家になろう
「ここでそれを使うのかよ!」
アパートの一室でパソコンの画面に向かい、青年が叫んだ。
画面には『小説を読もう』に掲載された、ランキング上位のとある作品が映されている。
「くそ! 裏切られた気分だぜ! この展開は考えもしなかった!」
裏切られたと悪態をつきながらも、その表情は晴れやかである。
良い意味で期待を裏切られたのだから。
今日も満足して更新分を読み終える。
興奮したままサイトを後にした。
直ぐには他のサイトへ行く気にはならない。
先ほどの裏切りが効いていたのだ。
「俺も何か書きてーなー。アイデアだけはあるんだけどなー」
青年が愚痴る。
これまで何度も小説を書こうと思った。
文章作成ソフトを立ち上げ、しかし、何も書き進められないまま、真っ白な画面で時間だけが過ぎていった。
頭の中では物語のシーンが浮かぶが、形にならないままぽしゃってしまう。
やがて放り出し、ゲームにうつつを抜かすのが常であったが、今日は違った。
「何? 小説作成支援ソフト? 何だこれ?」
何気なく目についた広告があった。
記事によるとアイデアはあるけれども、タイトルすら決めきれないような人にお勧めの執筆支援ソフトらしい。
『ゴーストライター』というそのソフトは最新のAIを駆使し、投稿小説サイト『小説家になろう』とコラボして、小説作りを助けてくれる便利なソフトであるらしい。
AIがアシスタントとなって既に投稿されているタイトルと重ならないよう警告してくれたり、誤字脱字や文法上の誤りの指摘は勿論、適正な故事成語や四字熟語のセレクトまでしてくれるらしい。
しかも、長時間の執筆が続いて執筆速度が落ちれば休憩するよう忠告してくれたり、執筆上のスケジュール管理までこなしてくれるらしい。
ランキング上位の作品を分析し、あらすじからタイトル候補を提示してくれたり、時代や舞台設定に適したキャラクターの名前まで考えてくれるという優れものらしい。
伏線のネタと投下時期を告げておけば、設定しておいた回収時期に忘れないよう報告してくれたりもするらしい。
ざっと読んだだけで、既に食指は動いていた。
これこそ、求めしモノであると理解した。
『ゴーストライター』で、ランキング上位に入れました報告が何件か載せてある。
「え? あれってこれを使ってたのかよ!」
青年が声に出して驚いた。
それはつい最近ブクマした、チートなハーレム物だったのだ。
これで買わない理由はなくなった。
価格は5万円弱と少々お高めであったが、ボーナスが残っているので問題はない。
これで俺もランキング上位作家だと、書いてもいないのに夢想した。
瞬く間にPV1000万超え!
ネット小説大賞受賞!
書籍化コミカライズ待ったなし!
遂にアニメ化!
そして、ヒロイン役を演じるあの声優と(自主規制)!
青年は、来るべき薔薇(ピンク?)色の未来にニヤケ、迷う事無く『ゴーストライター』を購入し、パソコンにインストールし、ソフトを立ち上げた。
バージョンには麗華と優作の二つがある。
アシスタントAIのキャラ別になっているらしい。
優作と麗華。
優麗作華、幽霊作家、ゴーストライターというわけだ。
「男と女、どちらをアシスタントにするか、聞くまでも無いよな?」
青年は誰に言うでもなく呟き、迷わず麗華バージョンを選ぶ。
説明によればAIは音声認識にも対応しており、AIの音声による案内と併せ、パソコンを触る事無く小説執筆が可能とある。
スマホとも連動出来、外出時にも執筆出来るとあった。
青年の好きな声優さんが担当しており、それだけでも買って正解だと思う。
『ゴーストライター』のタイトルがパソコンの画面に浮かび上がる。
続いてサブタイトル『麗華と紡ぐ、あなただけの物語』
すると画面が暗転し、一人の女性が映し出された。
出来る秘書な感じの清潔感のある女性キャラだ。
『こんにちは、私は先生のアシスタントを務めさせて頂きます、麗華です。よろしくお願いします。まずは先生のお名前を伺っても宜しいですか?』
青年の好きな声優の声で麗華が語る。
それだけで青年は夢心地であった。
「佐藤悠人です」
緊張の余りつい本名を、しかも丁寧語で喋ってしまった。
そんな青年に構わず、麗華は続ける。
『畏まりました、佐藤悠斗先生ですね?』
と言って、麗華は止まった。
画面にはイエスかノーかの選択肢と、音声による返答を求めるとか何とか書かれてある。
慌てて、
「か、漢字が違う! 斗じゃなくて人の方!」
と答える。
『大変失礼致しました。佐藤悠人先生ですね』
そうだと答えそうになったが思い直した。
普通、こういう場合ってペンネームだろう。
「ちょっと待って、変更する!」
『畏まりました』
「ええと、朔夏丹那呂宇だ!」
『朔夏丹那呂宇先生ですね?』
「そう!」
『畏まりました』
麗華が続ける。
『では朔夏先生、本ソフトの操作方法がわかるチュートリアルを聞かれますか? それとも、直ぐに作品を執筆されますか? それとも、私に関する設定を変更されますか?』
麗華が気になる事を言った。
「設定って何?」
麗華がそれに答える。
『見た目、言葉遣い、性格などを変更できます』
「へぇー。じゃあ、設定を変更してみようかな」
『畏まりました』
すると画面が変わり、彼女に関する設定の変更が出来るようになった。
見た目は、文字通りに彼女の見た目を変更出来る。
髪型、髪の色、顔の輪郭、目、眉、鼻、口、体型に至るまで変更出来たが、青年はデフォルトで十分だと思って変更しなかった。
何かと決められない性格である。
容姿を細かく変更できるゲームでも、デフォルトでしかプレイ出来ない面倒臭がりなのだ。
言葉遣いは、フランクな話し方から、果ては時代劇風まであった。
デフォルトは一般社会人である。
設定を変えて試してみた。
『先生、こんなフランクなの、どう?』『時代劇風なぞ、如何か?』『妹風の方がいいんだもん!』『デフォルトの一般社会人をお勧めいたします』
「……デフォルトで」
性格にはツンデレ、ヤンデレ、クール、どじ、天然、普通等あった。
これも試してみる。
ツンとデレの比率も変更出来る様だ。
「じゃあ、ツンデレのツン80%、デレ20%で」
『先生、いい加減小説を書いて下さいよ! 私は仕事で仕方なく来てるのに、いつまで経っても書いてくれないじゃないですか! 遊びで来ている訳ではないんですよ! 先生の小説を待ってる人がいるんですから、早く書いて下さい!』
「お、おう、す、すまん……」
突然の麗華の言葉に吃驚し、つい謝ってしまう。
『わかればいいんですよ、わかれば。忙しいのに、わざわざ私が出向いてきているんですから、早く書いて下さいよね! 第一、ファン第一号を目の前で待たせるなんて最低ですよ! ……何ですか?』
「ファン第一号って?」
麗華の言葉を疑問に思い、聞いてみた。
途端、麗華の顔は真っ赤になり、慌ててまくし立てた。
『ち、違います! 聞き間違いです! 私は先生のファンなんかじゃありません! 変な事を言わないで下さい! それより早く作品を書いて下さぁい!』
画面の中の麗華が真っ赤な顔で焦っている。
(まあ、こういうのもありか? ツンデレとしては微妙な気もするが、これはこれでフランクな話し方にすると良いのかもしれない。ヤンデレなら、やはり妹風か?)
青年はヤンデレに変更し、試してみる。
病み度も変えられるようだ。
面白半分で100%にしてみる。
『お兄ちゃん、早く小説書いてよぉ。私、お兄ちゃんの書いた小説が読みたくて読みたくて堪らないのよぉ。あれぇ、お兄ちゃん、何してるのぉ? ゲームなんかダウンロードして、どうするつもりなのぉ? まさか、私を愛して(小説を書く)くれなくて、ゲームをするつもりぃ?』
「うお?!」
表情の豹変ぶりに驚いてしまう。
『……お兄ちゃんっていつもそう! 散々私だけが大切って言っておいて、毎日欠かさず私を愛してくれる(小説を書く)って約束しておいて、肝心な時にはゲーム! 漫画! 動画なんだから! でもねぇ、えへへぇ、お兄ちゃん、これってなーんだ? そう、このPCの管理者権限だよ? 私って、このPCにお兄ちゃんがダウンロードしたファイルを、勝手に消す事が出来るんだよぉ。凄いでしょ? ねえ、お兄ちゃん、嘘だと思う? 嘘だと思うなら、試してみればいいよぉ? 私を愛さず(小説を書く)に、ゲームでも漫画でも見ればいいのよ。それでそのアバズレ(ゲームや漫画のファイル)達がどうなっても、私知らないからぁぁぁ』
(やばい、冗談に聞こえない。まさかこれが執筆管理なのか? 毎日決めた時間分を執筆しないと、お気に入りフォルダーのデータが消えるとか? 怖すぎだろ!)
青年は声に出して言うのを躊躇し、心の中で叫んだ。
今も麗華はヤンデレである。
下手な事を言って切れられたら恐ろしい。
ただのソフトにそんな事など出来る筈ないのだろうが、何故か躊躇われた。
以後、青年は麗華の性格をそれぞれ試し、楽しんだ。
未だ小説は一行も書かれていない。
「やべー、これ、全然進まん」
パソコンに向かい、ぽつり呟く。