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ライン際のひまわり  作者: ふじみやなつ
【第一章】決断
6/67

精が出るなぁ。ご苦労さん

 その後しばらくして二人も公園をあとにして帰路についていた。



 途中商店街に寄り道をして行きつけの肉屋にコロッケを買い食いしに行った。

 部活をしていた頃はこれがほぼ毎日の日課みたいになっていたものだ。


「いやぁ、やっぱ安定にウマいな、これ。ほやけど部活終わりクタクタの中食べるコロッケの方がやっぱ美味しいんやなぁ」春輝が言った。


 確かにその通りだと和葵も同じことを思っていた。

 仕事終わりに飲むビールはウマいと父さんがよく言うけど、これも似たようなものなのだろう。



 商店街を抜けた後の和葵と春輝は帰る方角が別で、また明日とだけ言って別れた。


 思ったよりも公園と商店街で時間を使っていたらしく時刻は六時半を少し回っており、あたりも暗くなり始めていた。


 帰ったらちょうど晩ご飯くらいの時間になるなと考えていたら、前からランニングをしている誰かがこっちに向かってくるのが見えた。最初は誰だか検討がつかなかったが近づいてくるにつれ、そいつが誰だかわかった。



 和葵が心底いけ好かない奴だと思っている『ヤツ』だった。



「よぉ、こんな時間からランニングかいな。精が出るなぁ。ご苦労さん」

 声が聞こえる距離になったあたりで和葵が言った。嫌味を言うつもりなんてなかったのだがどうもそんな風に言ってしまった気がする。


「……和葵か。ランニングするのに時間なんて関係あるか?」

 立ち止まった『ソイツ』がいつも通りの冷めた声で答える。


「はは、確かにな。お前クラスになるとランニングなんてせんと思ってたんやけどな」

「何言うてんねん足腰鍛えるのは野球、いや全部のスポーツの基本中の基本や。その辺分かってないから所詮一回戦敗退なんていう寒い成績で終わるやろ」



 相変わらず、和葵を小馬鹿にするような口調で話す彼は近所に住む幼馴染の一条(いちじょう)椿(つばき)だ。


 はっきり言って、いや控えめに言っても椿はこの辺りでは有名な天才ピッチャーで県内はおろか全国区でも高校での活躍が期待されている注目の選手だ。


 その剛腕っぷりは小学校の時から健在で、小学校高学年の時点でMAX120キロをマークしている。

 ちなみに一般的に100キロを出せば能力がかなり高いと言われる小学校野球で、定常運転で100キロオーバーの球を投げる椿は文字通りバケモノだった。


 小学校までは和葵や春輝、それから冬城や猿橋と同じ少年野球団に所属していたのだが、中学では部活動ではなく七種から少し離れた森津(もりつ)と呼ばれる町にある森津シニアという、所謂クラブチームで野球をしていた。


 森津シニアは県内で敵なしと言われる強豪クラブで、実際に椿の学年、つまり今年の夏には全国制覇という輝かしいにもほどがある成績を残している。



 初戦敗退と全国制覇…確かに馬鹿にされても仕方がないのかもしれない。


 もちろんそんな怪物椿には県外の強豪校からたくさんのスカウトが来ているのは明らかだ。春輝の聞いた噂だと今年の夏に甲子園を制した、大阪の超名門高校に進学するらしい。あくまで噂だが…


 綾瀬家との関係同様、一条家とも家族ぐるみの交流がずっと昔からあり、三家族でキャンプに行ったことだってある。もうかなり昔のことだが…。


 そういった昔からの付き合いにも関わらず、和葵と椿はどうも馬が合わない。


 ー今だってそうだ。


「おっしゃる通りで返す言葉もないわ。ほな全国優勝投手の邪魔したら悪いから俺は帰るわ。」

 そう言って和葵は、椿の元からそそくさと立ち去ろうとした。


「そういえば、」立ち去ろうとする和葵を椿が呼び止めた。

「お前、進路まだ決めてないらしいな。母さんから聞いた。別に俺にとってお前がどこの高校で野球やろうが関係ないし興味もないけど……」そして椿は強調した。





「―逃げんなよ」




 和葵には椿がなにを言ってるのか皆目見当がつかなかった。


「逃げるってなんやそれ。何の話かさっぱりやわ。」

 そういって今度こそ本当に和葵は椿との会話から立ち去った。



 そこからの帰り道、椿に言われた一言が時間が経つにつれて和葵の上に重くのしかかってくるようなそんな気がした。


 和葵はどうしようもない苛立ちを感じた。しかしそれは椿の発言に対してではなく、椿に自分の心を見透かされたような気がして堪らなくてそんな自分に対して心底腹が立ったのだ。


 和葵はそんな感情を振り払う異様に顔を振り、駆け足気味に帰路を急いだ。



 妙にうす寒い向かい風が、和葵の心に追い打ちをかけるかのようにびゅうと吹いた。


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